シッソウ

プロローグ

試験に落ちた。

車の免許とか、英検とか、漢検とか…そんなんじゃなくてこれから僕が生活していくために必要なお金とか、人間関係とか、そういうのの基礎になる大事な試験に落ちた。

結果の通知が来たのは昨日。婆ちゃんの家に行くときそろそろ結果の通知が来てるはずだと思って覗いたポストにそれは入ってて、確認したら不合格。見た瞬間(やっぱりな。)って思うと同時に(これからどうしよう。)って思った。普通はショックで泣いたりするんだろうなって思ったけど僕はやっぱり涙が出なかった。だってべつになりたい職だったわけでもないし、合格するための努力なんて一切してない。むしろ僕みたいなやつは落ちて当然で、受かってもこんな生半可なやつ悪影響しか与えない。じゃあなんでその試験を受けたかっていうと安定した職を選んで普通に生きたかったから。でもそれを祈るだけで努力なんて何もしないし結局他力本願。試験に落ちて分かったのは自分がどれだけ流されて生きてきたのかってことくらいで、そんなこと今更わかったって、じゃあこの性格をなおそう!とかうまく付き合ってく方法を考えよう!とかそんな風に思うこともない。結局ほんと僕って救えないなあって考えに戻ってきて失踪したいって思うようになる。
何もかもから逃げ出したくなる逃亡じゃなくて、
思うままに振舞う放蕩じゃなくて、
まるっきり存在ごとなくなってしまう消滅じゃなくて、
失踪。

僕は悩んだり落ち込んだりそういう時には失踪をする妄想をするんだ。

本当の失踪

失踪っていっても海外とか田舎に行ったり神隠しにあったり。実際に居なくなるわけじゃない。

失踪したいなあと思って玄関を出るとそこは海でドアから出てしまった僕はもう家には帰れなくなる。すぐに海で溺れて気絶するんだ。でも目が覚めると無人島に流れ着いてて生きてるってことを実感する。それでなんとか生きていこうって考えるけど寝るときには、なんで失踪したいなんて思ったんだろう。あの時あんなこと考えなければ今頃家でなんの不自由もなくご飯を食べてお風呂に入って寝て、また朝が来てっていう繰り返しだったんじゃないのかな。って思ったりする。でも毎日ルーティンワークの繰り返しで飽きてたんなら今の生活のが充実してるんじゃない?これでいいんだよ。って思い込み、それから頑張って生活するんだ。そんなこんなで無人島を自分の所有物みたいにした僕は島でのルールを作って王国を作ろうとする。自分だけの住みやすい環境を作り上げようと。この島は自分の妄想で出来てて好きなように大きさを広げたり形を変えたり島の位置を移動したり好きなようにできるから。そうこうしているうちに妄想と現実の境界が曖昧になって現実に生きているのか夢に生きているのか分からなる。

これが本当の失踪だって僕は思ってる。体だけが行動して頭や心は周りに流されっぱなし。これじゃあ失踪なんて言わない。体の移動だ。本当に姿をくらませたいなら自分の中から全部とってしまわなくてはならないんだ。みんな大事な「モノ」がある。地位、名誉、権力、お金、……別に大事なマンガ本とかCDだっていい。そういうものからも姿をくらますんだ。無機物から姿をくらますってことはつまり自分がそれを忘れればいい。そうやって全部捨てて初めて失踪が完成する。

でも実際そんなことできやしない。生きてる間は大事な「モノ」にしがみつかなきゃ人は生きていけないし、妄想で心を固めたって現実にぶち当たってすぐに砕け散る。それを集めて失踪を目指して…現実なんてそれの繰り返しで、結局失踪なんて夢見ているうちは僕は何も変われない。きっと一生変われない。

このままどうなるんだろうやりたいこともない、やらなきゃいけないこともない、そんな状態で人に流されて生きてて意味なんてあるのかな。よく成功者が著書するエッセイとかには「なるべる自分で選択せず流れに身を任せる」とか書いてあるけどそれは違うよって今の僕なら自信を持って言える。

シッソウ

シッソウ

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-12-29

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