美夏と

美夏と

■道立近代美術館

北の街に初夏が訪れようとしていた。
ぼくのクルマは繁華街の駐車場に入れ、
久しぶりにアーケードの人混みを歩いていた。
まあまあのお天気で、この街の人にはちょっと暑い気温だろうか。
人々の視線も多少物憂げだ。

携帯が着信を知らせた。
水色格子のカラーシャツの胸ポケットから携帯を取り出すと、
華やかな声が聞こえてきた。

「いまどこですか?」

午後3時に駐車場に近い4丁目で待合せをして、
ほぼ正確な時間に連絡が入った。
通勤用のバッグとともに抱えていたスーツの上着のポケットから、
ハンカチを取り出し額をぬぐった。

美夏は、今年から社会人となった。
半年以上会っていない。

まもなく美夏は幅広の襟で襟元がちょっと開いた膝丈ワンピースで現われた。
セミタイトの黒無地でとても身体にフィットしていた。
微かにブルーが入ったサングラスが暑い日差しを反射しとてもお洒落だ。
そして、右手にはお気に入りのベージュ系トートバッグ・・・
バッグと同系色のミドルヒールが落ち着いている。

美夏の周りだけが、空気が違っていた。
とても爽やかなのだ。

ぼくに気付き、見覚えのある笑顔が話し掛けてきた。

「お元気ですか?」
「うん、久しぶりですね」
「似合うじゃない? 相変わらず素敵だね!」
「サングラスのこと? ・・・気にいってるんですよ」

昨年の秋にプレゼントしたものだった。

美夏は急にセンスがよくなった気がする。
やはり学生と社会人では気持ちが違うのかな?
大人っぽくなった気がする。

道立近代美術館までタクシーを使う事にし、
早速捕まえ乗り込むと少しひんやりした。
通りすがりの大通り公園はビアガーデンが片付けられ、
明日からの盆踊り用やぐらが組まれていた。

美術館は大トルコ展とパスキン展を併設していた。
エントランスから中央ロビーの真中にチケット販売受付があり、
閉館真近な時間にもかかわらず10人ほどの行列があった。
思いがけず美術館は混んでいた。
ぼく達は並んで順番を待ち共通券を購入した。


--美術館の惹句は以下のとおり


新石器時代の女神の壺に始まり、アナトリア文明、ギリシア・ローマ美術、
ビザンティン美術、セルジュク・オスマン美術にいたるまで、
絵画、書跡、貨幣、陶芸、工芸、彫刻、染織など
さまざまなジャンルにわたる620点余りが出品されます。

宝石が散りばめられた冠や装飾品はもとより、
アレクサンドロス大王の貴重なコイン、
繊細な金属器、優美な文様の陶磁器、華麗なガラス器、
そして色鮮やかな織物や衣装などにも目を奪われることでしょう。


しかし、混んでる美術館は基本的に嫌いだ。
じっくり見たり、想像したりする時間がないからだ。
そういえばルーブルでモナリザを見たときもそうだった。
ラッシュアワーの電車のようだった。
急き立てられるようで落ち着かなく、見たという実績しか残らなかった。

美夏はやはり高貴な女性達が飾りつけた装飾品に興味があるようだった。
ダイヤやルビーをふんだんに埋め込んだヘアーバンド、
ブローチやペンダント、イヤリングや指輪、
民族衣装を着飾る大きな円形のバックルなどはとても華やかだった。
束の間、遠いコンスタンティノープルの栄華に思いを馳せ、
衣装を纏った美夏を想像してみた。
とても似合うような気がした。

「どれが欲しい?」

美夏は悪戯っぽい笑顔を作って微笑んだ。
とても可愛かった。

清楚な美しさと質素な驕慢がバランスして、いまを生きてる美夏。
美夏にとって幸せって何なのだろう?
できるなら全ての幸せをプレゼントしたいと考えていた。

美夏を守ってあげたかった


■ジュール・パスキン

展示室を移動して、
次は裸婦が漂うパスキンのアンニュイな絵画を二人でだらだら見てまわった。

「このおんなの人たちってどんな人なの?」
「多分、高級娼婦たちじゃないのかな?」

退廃的なエロチシズムをテーマとするパスキンの絵画は
どれもこれも、うねった太り気味の裸婦たちで、
美夏には違和感があったのかもしれない。
あのエロチシズムはぼくもあまり好きじゃなく
飽き飽きしてしまう。

「パスキンは自殺したんだね」
「彼はさー、連夜の馬鹿騒ぎをやめようとはせず、
肝臓をやられていて・・」
「三角関係やらなにやら、
うまく生きることが不得意だったようだね」

一通り展示室を歩き終わった頃、
閉館のアナウンスが流れた。
まもなく、午後5時だった。
ぼく達もそろそろ次のコースへ移動しなければならなかった。

札幌では割と有名なすし善に行く事にした。
東急インの地下は行った事があるが、
美夏はホテル関係の人なので、
メジャーなホテルは知り合いが多く、
敬遠したいようだ。


■すし善

円山のすし善本店に行く事にした。
近代美術館のある17丁目からすし善本店の27丁目までは、
僅かな距離だけれど再びタクシーを使った。

美夏は、中とろや大とろは嫌いだと言う。
普通のマグロがいいそうだ。
美夏とは殆んどがイタリアンやフレンチだったから、
そういえば、過去にお寿司は行った事がなかった。

ただ、和食では一緒にかにを食べに行ったことがある。
札幌駅前のアスティ45にあるかにレストランだった。
個室でゆっくりはできたけれど、
出てきた毛がには美夏の満足のいくものではなかった。

ぼくも札幌で食べるかには美味しくないと常々思っており、
「かにはゆでたてじゃないとやっぱりダメだね」
と、二人で納得しあった。

すし善本店は、円山の一角に構えた割烹風の格式のあるお店だった。
午後5時過ぎ、暖簾は出ていたが、
お客の出入りはなく、暖簾は潜ったものの僅かの間放置された。
まもなく、年配の和服の女性が来て予約の確認をされた。
もちろん予約はない。

「今日は全てご予約のお客様で満席なんですよ」

と、門前払いであった。

なんと!

しょうがないので辺りの街並みを二人並んで散歩しながら、
適当なお店を探してみたが、
イタリアンやフレンチは目に付くものの、
格好のお店を探す事は出来なかった。
円山地区は札幌でも高級住宅街として有名だ。

「美夏もそのうちこの辺に住むのかな?」
「うん、いいわね」

美夏は微笑んだ。

結局、新しくできた札幌駅大丸デパートの8Fにあるすし善大丸店に行く事にし、
再びタクシーに乗った。

約10分程度で着いた。
札幌駅前地区再開発でこの辺りは最近活気がある。
メインは、大丸デパート、ショッピングプラザステラプレース、
そしてホテル日航札幌があるJRタワーの三つである。

大丸のエレベータで8Fに上がった。
降りて右側レストラン街を途中まで進むと目指すお店があった。
もちろん新しいお店であり、白木をふんだんに使った木の薫りのするとても上品な店構えだった。
店内スペースは適度に広かった。
ここは席に余裕があり、テーブル席を確保する事ができた。
美夏と顔を見合わせ、ほっとした。

ぼくはカウンターを背にし、美夏は飾り格子を背にして正面に座った。
4人用のテーブルである。

あまりお腹が空いてないということで、
オーダーは、お造り5品セット、
美夏がヒカリものは食べられないということで、
適当にアレンジしてもらう事にした。
あとは、二人であれやこれやと相談しながら、
お好みで10品程度頼んだ。

美夏はえびとマグロなのだ。
これじゃ格好がつかないので、
定番のいくら・うに・あわび・トロ・かになどを頼み、
ぼくの好物の真だこといかもお願いした。
一般的にはふたりの量として少ないかもしれなかった。
美夏はあまり食べる人じゃないし、ぼくも小食のほうなので、
ちょうどいいと思った。

もちろん、ワインはシャブリのフルボトル。

まもなくシャブリがワインクーラとちょっと大きめなグラスと共に運ばれてきて、
最初にぼくから美夏に注いであげ、
自分で自分のを注ごうとすると、
さすがに美夏はホテル関係の仕事をしている人だけあって、手を差しのべボトルを要求した。
美夏はぼくに注いでくれた。

ワインの注ぎ方は白だと普通でいいけれど、
最後の雫の処理をするのがかっこいい。
つまり、最後はボトルを軽く回してやるのだ。

美夏はワインに慣れているのでやはりうまいし爽やかだ。

ぼくの右隣の席は割と静かなファミリー、
小学校高学年の女の子とその父母、そして祖母だろうか。
和やかな雰囲気だ。
反対の隣の席は予約席でまだ空席だった。

最初はお造りが運ばれて、
しばらくそれをつまみながら、ワインを飲んだ。
美夏はくるまえびが美味しいと喜んだ。
鯛や北寄など何れもとても美味しかった。

美夏はいまのホテルでフロントだけをしてること、
だから8時ー5時勤務で残業はないこと、
女性支配人とは仲がいいけれど、
最近契約スタッフが3名辞めたのは
その支配人のせいかもしれないこと・・・
いろいろ話してくれた。

あれだけ尊敬していた支配人との関係が変化してるようだった。
ぼくも会った事があるが、なかなかやり手で内輪では一見厳しい感じの人だった。
契約スタッフには辛いのかもしれなかった。

「ところでさ、ぼく達ってどんな関係に見えると思う?」
「やっぱり、父親と娘かな?」
「それとも不倫?」

「さー、どうだろう・・・、親子には見えないのじゃないかな・・・」
「不倫のような、そうでもないような・・・」
「やっぱり先生と教え子くらいならいいな!」

「そうかな・・」

美夏はやはり不倫の意識があるのかもしれない。
最初はまさに不倫関係だったからしょうがないかもしれない。
ただ、いまは、メジャーホテルのホテルマンと婚約中で、
一緒に住んでいる。
だからぼく達は単なる友達なのだが・・・。

「今の彼とは結婚するつもりなの?」
「うーん、わたしはいつでも自由でいたいし、結婚は考えてないかな・・・」
「やっぱり仕事をしていたいし・・・」
「それって、かれを利用してる?」

恐らく、美夏はたくさん夢を持っていて、
簡単に家庭におさまるタイプの人間じゃないから、
ある意味冷たい視線でいまの環境を捉えているようだ。
その延長線上にぼくとの関係があるような気がする。

お造りがなくなって、適切なタイミングでお寿司が出てきた。
運んできたのはフロアの女性スタッフではなく若い板前さんであった。
笑顔でネタの説明を一生懸命してくれた。
今日の一押しも教えてくれた。
それって、美夏へのサービス?
美夏ってやっぱり気になる存在のようだ。

「じゃ、食べてみてまだお腹に入りそうなら、お願いします」
「はい、ではなにかありましたら声をかけてください」

清々しい青年ではあった。

ワインは半分ほどなくなっていた。

「今度、どこへ行きたい?」
「前に一緒に行ったニセコの温泉もう一度行きたいな」
「なんかね、あそこのお湯がすごく私に合うみたい」
「お肌がね、つるつるになるの・・」
「じゃまた、ぜひ行こうよ」
「うん、8月になったらすこし楽になるので連絡します」

そんな時の美夏の笑顔は無防備でとても幼い。
ぼくはこの関係をとても大切にしたい。
できれば公然の関係にしたい。
それはもちろん不倫と言う関係ではなく、
もっと一般的な社会に認められる関係を維持できたらと考えている。

彼女の当面の目標は秋のフランス一人旅、
およそ一ヶ月、フランス語の腕試しのようだ。
はたして今のホテルがそんな美夏の考えを受け入れてくれるか、
まだ相談はしてないらしい。
ダメならダメで、また帰ってから考えるし、
必ずしもホテルじゃなくてもいいらしい。
福祉関係をやってみたいとも言っていた。
ホテルへのこだわりが少し薄くなってるようだ。

まだまだ未来のある彼女。
どう成長していくのだろう?
明るく屈託なく話をする美夏。
ぼくはきらきら輝く美夏の瞳に自分の年齢が映って、
少し考え込んでしまう。

何が罪作りなのか彼女は理解していない。
きっと、数多くの男性を虜にし、
そしてフリーな自分でありたいと願っている。

お寿司もやはり美味しかった。
うにはいまが旬だから、
美夏が嫌いと言ったが勧めてみた。
旬のうには絶対うまい…


■楽しかったね

やっぱり美夏はいいなー
おしゃれで、知的で、素敵でした!!
美術館を歩く美夏ってかっこいいよ。

遥かなるイスタンブール!
ギリシャ、ローマ、ヘレニズム、そしてオスマン帝国。
高貴な女性たちを飾った装飾品がキラキラ。
イヤリングや指輪は今でも使えそうだった。
「これキレイ!」
と、目を輝かす美夏の方が、もちろん一番輝いていたよ。

すし善、円山本店は予約満席で門前払い!
近くをぶらぶらして・・・
円山はおしゃれな店が多いですね。

タクシーで札幌駅大丸まで戻り、8Fのすし善、やっと食べられましたね。
美味しかったよ。
シャブリも美味しかったし、美夏は美人だし、板前さんもそわそわ・・・

他のお客様は女性のスタッフが運んでくるのに、
ぼくたちのところへはじきじきだった。
「甘エビが今日は美味しいですよ!」
宣伝までして・・・・
ほんとに美味しかった。

楽しかったね。
楽しかったよ。
ほんとにありがとう^^

また、どこか行きましょう!
そのうちホテルピアノも行こうね。
芸術の森美術館も行きたいな。
キタラのオルガンもいいけれど、
キタラのレストランも大好きだよ・・・


■窓の風

美夏と会ったときのことを考えると、
ぼくはちょっと有頂天になってしまうかな?
美夏とのカフェでのおしゃれな会話や、
ニョッキを食べながらの思いやりの会話、
公園のベンチでのキスシーンや、
海の見えるお部屋での密やかな時、
どれをとっても夢のようです。

とりわけ,白いレースのカーテンがそよぎ、
美夏のこころとひとつになって、窓の風に委ねながら漂い、
流れる時を感じるのが大好き。

そんな美夏の笑顔に、ここち良い匂いが充ち充ちて、
それってやっぱり、美夏の個性であって、
「こころ」と「からだ」が爽やかに連係した、
美夏の匂いだと思います。
それは、美夏にしかないもの。
つまり、この匂いは誰でも漂わせるわけではなく、
いままでにぼくがイメージで作り上げた美夏だからできるし、
さらに、美夏の「からだ」だけがあれば良いわけでもなく、
美夏の「こころ」と「からだ」が溶け合って、
その中に漂う陽炎として存在するものなんです。

この陽炎は、
美夏の原型からぼくのこころを映して作りあげられます。
つまり美夏の存在は、
ぼくの抽象化のなかで作られ認識されます。
これを広く解釈すれば、
美夏はぼくとの関係において「いのち」として存在します。
そしてその美夏の「いのち」は、ぼくのものでもあるのです。

あはは(笑)
書いてて読み直すと、「なにかっこつけてんだよー!」 
美夏に笑われそー。
ちょっと時間があったので楽しんでみました。
美夏との想像はとても楽しいよ。


まもなく美夏はフランスへ旅立った 。

美夏と

美夏と

「このおんなの人たちってどんな人なの?」 「多分、高級娼婦たちじゃないのかな?」

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-10-08

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