酔いどれ兎は怠りを認めない

「うっぷ。なんでこんなに酒は旨いんだかねえ。止まらないったらありゃしねえ。」

「何度も言うようですけど、飲み過ぎはよくないですよ、トビ。」

「うるせえ、ラビ。このにんじん酒の味わいを知らんやつに、何も言われたかないね。」

「毎日飲み過ぎて、年中二日酔いを患っているあなたにこそ何も言われたくないですけどね。」

「ったく。あーいえば、こういうやつだ。ぶん殴ってやろうか。」

「おっと、こわいこわい。まあ酔っているあなたの前足なんて避けるのに造作もないですが。」

「言ってくれるじゃねえか。地の果てまで追いつめてタコ殴りにしてやるぜ。」

「兎にタコ殴りさせるのはごめんですね。全速力で逃げさせて頂きますよ。」

「へっ。おめえさんの足で逃げ切れるとでも?」

「通常時ならもちろんの事、泥酔してるあなたに捕まえられる訳がありません。」

「俺の足をなめてもらっちゃ困るぜ。おめえの足なんざ、俺からいわせりゃ亀よ。とろとろののろのろだ。」

「なんだか粘ついた感じがして嫌ですね。しかし亀とはね。ふふっ。」

「なんだよ。」

「どれだけ威張っていても、最後に勝つのは亀です。余裕ぶっているあなたはまさに童話通り、私に負けるでしょうね。」

「かー相変わらず減らず口だねー。」

「恐縮の限りです。」

「褒めちゃいねえよ。ところでだ。」

「なんです?」

「今お前が出した、うさぎと亀。あの話は結局何が伝えてえんだ?」

「おやおや、あの話から教訓を汲み取れていないとは。甲羅を持つ生き物達に全力で詫びた方がいいですよ。」

「そんな罪深い事はしてねぇだろ。」

「あの話は、いくら高い能力を持っている者でも、その力に胡坐をかいて努力を怠れば、いずれ努力を積み重ねたものに追い抜かれる、一生において努力は大事だという話ですよ。」

「ほー。そういうメッセージがあったのか。」

「逆にこれ以外のメッセージはないと思うのですが。」

「だが、俺は幼少時にそんな事は思わなかったぜ。」

「ほう。では少年トビはどう解釈したのですが?」

「簡単にはスターにはなれねえって事だ。」

「は?」

「そもそもがまずおかしいんだよ。」

「どのように話を展開していくのかこれは見物ですね。」

「まず、なんでこのうさぎと亀は勝負する事になったんだっけ?」

「それは、うさぎが亀の鈍足さを馬鹿にしたからです。」

「はい、そこ。」

「え、この段階でもういちゃもんを?」

「よくねぇ。とてつもなくよくねぇ。結局この亀は運が良かっただけなんだよ。」

「運が良かった?亀自身が諦めなかったから勝利を掴めたのですよ。」

「そもそも、うさぎの足と亀の足、どっちが速いかなんてまず明白な事なんだ。その上でこの亀は勝負を挑んだわけだ。つまり、この亀は自分の足がうさぎに勝てるだなんて、とんでもねぇ思い込みをしてるわけだ。」

「自分の力量を分かっていないと。」

「そうだ。そしてだ。」

「そして?」

「もともと足の速さを比べる話のはずだ。なのに、足の遅い亀が、スタートして一瞬でゴール手前まで到着していた俊足のうさぎが眠っているのをよそに、先にゴールしたから自分が勝ちだという。」

「それの何がおかしいんです?」

「うさぎや観客がどれだけ待ったと思ってんだ!っていうか、もう最初の時点でうさぎの方が足が速いってのは証明済みじゃねえか。この時点で勝負はついてんだよ。なのに律儀に亀さんのゴールを待つだなんて。俺には気がしれねえな。」

「言いたいことは分かりましたが、それでも負けは負けですよ。」

「議論のすり替えだ。しかし何より可哀想なのは、お前のようなこの話から教訓を得たと思っている輩だ。」

「なんですって。どういう事です。」

「おめぇの教訓をもう少し砕いて言うと、この話は努力は必ず実る。そう考えていいよな。」
「ええ。」

「だからひでえって言ってんだよ。」

「さっぱり訳が分からないのですが。」

「努力でどうにでもなれば、誰でもスターになれるじゃねえか。この話、あたかも亀が頑張ったから結果を出せたみたいな美談になってっけどよ。ゴール出来たはずなのにしなかったうさぎ、絶望的な鈍足にも関わらず、優しく勝負を見持ってくれた動物達。これらの条件があったから、亀はスターになれたんだよ。」

「まぁそうですね。」

「だが、実際。そんなに周りは優しいものかね。」

「なんですか、そのシリアスな顔。似合ってませんよ。」

「そんな風に、強者はいつだって怠けるか。周りは優しく見守ってくれるか。そんな事はねえ。現実はそんな甘かねえ。なのにそれでも、努力すればいつかは成功する。自分だってスターになれる。そう思って叶うわけのねえ夢に手を伸ばす。憐れじゃねえか。悲しいじゃねえか。その星を手中に収める事が出来る確率なんてとんでもなく低いのに。」

「正しいかどうかは別として、幼少期にそこまでの解釈が出来ていた事に逆に尊敬の念が止まりませんよ、トビ。」

「分相応ってのを大事にすべきなんだよ。そいつにはそいつの身の丈にあった役割ってのが、必ずあるもんなんだからよ。」

「いい感じにまとめましたね。」

「っとまあ、こういう事だ。綺麗事だけじゃあやってけねえって事だよ。」

「子供に対してあまりに無慈悲な気もしますけどね。」

「そういうのを教えてやるのが大人の務めってもんだろ。」

「いい顔で空を見上げないでください。ところで、分相応なんて言ってましたけど。」

「おう、それがどしたよ。」

「いや、確かに大事な考えだなとは思ったんですよ。我々ももう、大人と言っていい年齢ですからね。これから先の事を自分の身の丈を見たうえで、ちゃんと考えないといけないなと思いましてね。」

「そうだな。おめえ、将来何になりてえんだよ。」

「そうですね。私はこんな真面目うさぎですからね。教師にでもなりましょうかね。」

「こりゃまた、正論しか言わねぇ堅物先生になりそうだ。おもしれぇ。」

「トビはどうなんですか、将来。」

「俺か。そうだな。俺には昔からなりたかったもんがあってな。」

「何です?」

「アイドル。」

「もう一度読みましょうか、うさぎと亀。」

酔いどれ兎は怠りを認めない

酔いどれ兎は怠りを認めない

酔いどれ兎シリーズ第二弾。 今日も今日とて酔いどれ兎は屁理屈をこねております。 ラビとトビ。二頭の兎のくだらない日常会話。

  • 小説
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-12-28

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