practice(33)


三十三





 サクっとする生地が好きなピエロの女性は実はそういうパンを買って帰ろうと思っている,だから見た目より運び易く(押せばいいので),続く石畳にも跳ねたりしない大玉を選んで,カラフルなボールは木箱に詰めて,双子に任せた。そこから一つも零さないように両手を広げて慎重に持つから,双子の足下はどちらも見え難い。そしてやはり石畳の街だ,上り下りも少なくない。平坦なところから,今や続く下り道を歩かされて必要とされる慎重さに余計な負担が掛かるから双子はついて来る側で,「ズルい,ズルい!」の文句を垂れる。行き先はそれでも変わらない,梟を自由に飼っているブランコ乗りがお勧めしてくれたそこにはここが心地良い近道なのだから「甘い,甘い。」と言って,歩調を緩めないピエロの女性は健やかに笑う。その形は実に綺麗な三日月らしいものだ,梟も首を傾げない。
 周囲は程よい夜を迎えつつある,街灯は点いていない方が多い,どうやら区画で分かれているようで,ピエロの女性が歩くここの通りは未だその時間で無いことを見える暗闇で,分かりやすくしている。家々である建物は特に静かだ,鉄の音が気持ち良く響きそうで,離れやすい気温は敷き詰められている。ピエロの女性は手を添えている大玉で,ゴロンゴロンと石を踏んだ。カチャカチャと,木箱になってついて来る音が音と,きちんとある。コツコツは下で鳴る。ギイッというのは,どこかの扉だ。
 半分以上のものが浮かぶなら,ピエロの女性はナイフ投げが得意だった。そうでないなら,ピエロの女性は綱渡りにその才を存分に発揮していた。サーカス団員としての運命を決するにはとても月に委ねた先代はピエロとしての今の彼女を築き上げてテントを去り,今はこの街で食事付きのマナー教室を月二回開講して暮らしていると聞く。エンターテイナーは本当に驚くことが出来る,館外で司書と立ち話をしてテントに帰るのが好きだった先代は,いつも話を求めていたのかもしれない。帰りながら聞いた話も,少なくない。
『鍵穴を束ねるトムに唯一託されたのはケースのもの,今は開けるためにその役割を待つものだった。』
 明るさが高い空の,向こうに行くようにして目立ち始めた星々の順番は律儀に守られて月は煌めくようには輝かない,それが自然とライオンに背凭れて今宵の出発を見送った団員への,お土産は何にしようかと歩くままに双子と話し合ってみる。双子は,食べ物よりは置き物がいいというから,例えばどんなのかを尋ねる。一回吹いたきりの風に乗り損ねて,次々と上がってくるのは可愛いクマやらイヌらしいもの,お花が咲かなかったのが双子の気の使い方であるようだった。それは却下と一蹴して,マグカップとかを考えてみるも,それだと飲み物にも工夫したくなる。今夜は紅茶も良いのかもと「うんうん」言って,お互いに分け合っている双子に悩むことは任せて,大玉を道の真ん中に寄せ直した。
 傷を付けたことを決め込んでから,動いたりするなと壁に立って言った,渡るにしても,渡り切っては行けないのだと手前で言う。ついて行きながら,弾けないヴァイオリンにも興味があることを聞いたときも,嬉しいことがあってサボテンを二つも買って貰ったときも,初舞台前に喜んで上り坂を先にかけ上がったりしても,待てと言ったりはしなかった。岐路に立ったら倒れ込め,と言われた意味は未だに分からないけれど,それに伴う正解は,あっても教えてはくれないだろう。手渡された問いはそれが答えだ,なんて聞いたら聞いたで騙されたりもしそうだ,ならそのままにして行こう。答えは二人で出してくれる。
 そう信じて,着いた今夜のテーブルの上で語られる言葉に耳を預ければ,きっと巧みに返してくれる,これまでと一緒だったことからこれまた違った味わいも添えて,ちなみにアルコールはもう飲める年齢だから,高いのとは言わないまでも,安いのは嫌と言ってしまおう。美味しいパンから差し入れて,美味しい料理も求めちゃおう。
 ゴロンゴロンと石を踏む,色々を抱えた木箱に乗って向かう先にもある話は楽しませるものが楽しむ話,赤い鼻でも付けて帰ろう。



 

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-12-25

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