喜怒哀楽のクリスマス

12月24日 am10:28
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「榎本さん、じゃあ行きましょうか」
青砥がいつものように地下備品倉庫室に立ち寄って、榎本を促す。
連休明けの平日、ごく普通に出勤した二人はごく普通に密室調査に出発する。
東京総合セキュリティを出ると、日差しはあるものの、吐く息が白い。
「わ、寒いですね…」
「冬至も終わったばかりですし」
会社の玄関前に大きく飾られたツリーにも、そこかしこに溢れるクリスマス飾りの話題にも触れず、二人は「年も押し迫ってきましたね」と年齢的にいかがなものかという話題で盛り上がりながら(いや盛り上がってはいなかった)がスタスタと現場に向かって行った。


12月24日 pm7:15
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「ああ、そういえば今夜は事務所のクリスマスパーティという名の忘年会なんですよ」
ふと思い出したように青砥が告げたのは、もう夕方というより夜というのがふさわしい時間。
調査にはさほど時間はかからなかったものの、些か距離のある場所だったのと、渋滞に巻き込まれたということもあり、地下備品倉庫室に戻ったのはかなり遅い時間帯だった。
「今から参加されるんですか?」
榎本の問いに青砥はうーんと少し考え込んで「今日は疲れたから帰ります」とボソッと告げた。
「事務所内でケータリングの食事とワインを飲んでるくらいですし。それに今からわざわざ向かうなんて、いかにもイブの夜に暇してるみたいじゃないですか」
「…ではご予定でも?」
「ははっ、あったらこんな時間まで仕事してません」
乾いた笑いと共に零された言葉は表情とは裏腹に寂しげな響きを持っていた。
「そうですか」
特に興味もなさげに返された言葉に青砥からの問いが重なる。
「榎本さんは?クリスマスの予定はないんですか?」
「クリスマスの予定はありませんが、24日も25日も普通に出勤です」
これが予定といえば予定ですね、と生真面目に返された言葉に青砥はクスリと笑う。
「じゃあ明日、よかったらご一緒にケーキでもいかがですか?」
「ケーキ…?」
「ええ、明日、今日の調査結果をクライアントに報告してきますから。この近くだし、帰りにケーキでも買おうかと思って。せっかくだしクリスマスらしいことでも一緒にしましょうよ」
じゃあ決まりですよ、と一人で勝手に予定を決めてしまったらしい青砥に、榎本は特に固辞する理由もなく、はあと頷くにとどめた。

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12月25日 pm8:00
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約束の時間をとうに過ぎたというのに、青砥がなかなか現れない。
数時間前に「ケーキを買ったので後で寄ります」と連絡があったものの、一向に姿を見せる気配がない。
既に仕事を終えた榎本は、来ると言ってる人を置いて先に帰る訳にもいかず、手持無沙汰な状態でぼんやりと錠前をいじって時間を過ごしていた。
すると、バタンという大きな音とはあはあと荒い息が扉側から聞こえて、待ち人が大慌てで飛び込んできたことを理解する。
「す、すみま、せんっ!お待たせしましたよね…」
息が整わない青砥に、榎本は立ち上がって部屋に招き入れると椅子を勧めた。
「何かあったのか思いました」
「ごめんなさいっ!芹沢さんが…」
「芹沢さん?」
肩を上下させて息を弾ませた青砥が、少し頬を膨らませて「芹沢さんがどうしても着ていけって…」と零す。
「着ていけって…何をです?」
榎本の問いに、青砥はピタリと動きを止め、数秒ほど考えたのち、観念したように膝まで隠れるロングコートのボタンに手を掛けた。
そして。
そうして、徐に「えいっ!」と自ら掛け声をかけて両の手でつかんだ前を左右にバッと広げた。

──目の前に、真っ赤なミニスカート姿のサンタが現れる。

「ああっ!やっぱりウケない!呆れられた!!芹沢さんの嘘つき!!」
いきなり目の前にもろ肌を見せたコスプレの女性が現れて硬直した榎本を見て、青砥は芹沢への怒りを口にする。
「芹沢さんに無理やり着せられて…その、せっかくケーキ食べるんだったら気分だけでも盛り上げろって…あの、これ、言っときますけど私の服じゃないですからねっ!!」
捲し立てる青砥の言葉に、ようやく硬直が解けた榎本が「ではその衣裳は…」と零すと「昨日、事務所でやったクリスマスパーティで秘書課の女性が余興で着た衣装なんですって」と恥ずかしそうに青砥が種明かしをする。
「芹沢さんに、絶対にウケるってそそのかされて…」
真っ赤なサンタ衣裳に身を包んだ青砥は、肩口から胸元まで肌が露わになっており、しかもスカート丈はかなり短い。その上、どうやら素足らしく寒さで血管が青く透けていた。
榎本は慌てたようにエアコンの温度設定を高くする。
「青砥さん、その格好でケーキを召し上がるんですか?」
「だって、着替えは事務所ですもん…」
どうやら途中で着替えさせるのを阻止するためか、着替えの洋服も持たされなかったらしい。
「変ですかね…?」
変ではないが、露出が多すぎて目のやり場に困る。そう率直に伝えたかったが、それを言うと芹沢の思う壺のような気がして口を噤んだ。
「もし寒かったら仰ってください。何か羽織るものをお貸ししますので」
「あ、大丈夫です。この部屋あったかいし」
にこっと笑った青砥は、一旦その格好を見せてしまえば恥ずかしさから解放されたらしく「さ、ケーキ食べましょうか」と呑気な声を出していた。

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12月25日 pm8:20
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青砥がケーキを並べてる間に、榎本が温かい飲み物を用意していた。
一緒にケーキを食べましょうと言われた時は、別に二人でクリスマスを過ごすという意識はなく、いつものようにお茶菓子を持って来ますくらいの感覚でいたのだが、目の前にサンタコスプレをした人がいると、否が応でもクリスマス感で満載だ。
少々気まずさを感じつつも、こんな風に女性と──青砥とクリスマス気分を味わえるのは、さほど悪い気分ではない、と榎本は思いがけず浮き立っている自身の気持ちに自分で驚いていた。
せっかくだから、といつものマグカップではなくとっておきのカップ&ソーサーでお茶を入れる。
トレイに乗せてそれをテーブルに運んでいくと、青砥の衣裳の背中に妙な糸がひっかかっているのが目に留まった。
真っ赤な衣装に白い糸がついているので、おやと思ってその糸をつつーっと何気なく引っ張る。ゴミだと思っていたその糸が思いの外長く、するすると解けていくのを不審に思いながら。

「あ、榎本さん!運ぶの、手伝いますね!」
そう振り返った青砥の──
青砥の胸元が、はらりと落ちていった理由に気付いたのは、耳をつんざく悲鳴が立ち消えた頃。

「み、み…見ましたっ!?」
叫び声で一瞬かすれた声が泣きそうになって問いかける。
「──見てません」
明らかに嘘だったが、ここはそう答えるしかないだろう。
「やだーもう!ずり落ちないように里奈ちゃんが後ろで詰めてくれてたのにぃ」
どうやらこの事態を引き起こしたのは自分の軽率な行動だったと自覚のある榎本だったが、それを告げるのはさすがに躊躇った。
「あの…胸がその…じゃない!この衣装を着てたのは私よりもほんのちょっとグラマーな人だったんですよ!だからその、体系的にですね、少々余る部分があったものですから!」
しどろもどろな青砥は引っかかるところが何もないビスチェ風の赤い衣装の胸元を両手でつかんだままだ。
このままでは両手が使えないと慮った榎本は、ひとしきり思案するとホチキスを取り出す。「失礼」と一声かけると背中で余った布地を引っ張ってバチンバチンと止めていく。
「後ろの見栄えは悪くなりますけど、別に構わないでしょう?」
ようやく両手が離せた青砥は顔を赤らめながら「ありがとうございます」と頭を下げた。

・ ・ ・

12月25日pm9:00
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ケーキを食べてお茶を飲んでしまうと、何もすることがない。
こんな格好ですみません、と言い訳されつつ青砥から密室調査に関する質問をいくつか受け、それに応えると二人の間に会話さえなくなる。

普段なら黙っていても何の気まずさもないのだが、なんとなくサンタ衣裳の──妙に露出の多い青砥が目の前にいると、非常に気づまりだ。しかも先ほど一瞬眼に焼き付いた映像がいつまでもちらついてさらに困ってしまう。
榎本はふうと息を落とすと「そろそろ帰りましょうか」と促す。
「青砥さん、お送りします」
「え?」
「車を出しますから。……動いてホチキスが外れたら大変ですし」
すみません、と恥じ入る様子の青砥にコートを背中から掛けてやる。
「事務所に戻られますか」
榎本の問いに、青砥は逡巡すると「家に帰ります」と返す。
「着替えはよろしいんですか?」
「今さら事務所に寄っても遅くなりますし…」
それに、と青砥は少し恥ずかしそうに榎本の方を向く。
「よかったら、うちでやり直ししませんか?」
「やり直しって何を?」
「その…クリスマスを」
芹沢さん提案のコスプレはあまりウケなかったですし、リベンジさせてください!と青砥が妙に意気込んでいる。
「実は、一人で飲もうと思って、とっておきのワインを買ってあるんですよ」
「いいんですか?そんなとっておきを僕と一緒で」
少々困惑しつつ告げた榎本に「一人より二人で飲んだ方が美味しいですから」と青砥は笑った。



それでは遠慮なく、と二人で駐車場に向かいながら榎本は考える。
車で送ると言っている自分に一緒にワインを飲もうという彼女。
これは──
これはつまり、泊まっていってもいいですよ、という意味でいいんですよね。



今夜は楽しいクリスマスになりそうだ。



喜怒哀楽のクリスマス

喜怒哀楽のクリスマス

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-12-25

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