才能絶対主義

序章「天才と凡人」

 俺は思う。
 この世に才能のないものが存在する価値などあるのか、と。
 この世には無能ばかりが溢れている。そして、数は力だ。故に無能の存在は、常に才能のある者を妨げる。無能とは、即ち悪なのである。

 俺は畠山泰介。つい先日、県内のトップ校に入学したばかりの高校一年生だ。
「……バビロン第一王朝、ハンムラビ王、『目には目を、歯に歯を』の復讐法………」
 本日は高校初の考査――一学期の中間考査初日である。科目は世界史と古典。
「ふ、ふふふ……」
 つい笑いがこみ上げてくる。
 今回のテストの結果によって、無能は天才にはどう足掻こうとも勝つことが不可能であるということを周りの有象無象どもに知らしめてやるのだ――!
「何だか余裕そうだね、畠山くん」
「ん……あ、伊達さん」
 ニヒルに嗤う俺に話しかけてきたのは、伊達玲奈。人当たりがよく、高校生活が始まってまだ一月ばかりしか経っていないのに、既にクラスの人気者としての立場を確立した強者である。俺とは大違い。俺には友達なんていない。
(ふっ、何時の世も天才は孤独だな……)
 そんな俺にも話しかけてくれる伊達さんはすごいと思います、はい。もし俺が彼女の立場だったら、絶対に俺みたいな奴には話しかけないと断言できる。
(だが、それもあと暫くの間だけだろう)
 生まれ持った才の圧倒的な差を知れば、彼女も俺を畏れ敬い、そして関わろうとしなくなることだろう。
(……別に構わない。天才は孤独なものなんだ。独りでだって、何も支障はない……)
 嫌な記憶が脳裏をよぎり、気分が落ち込んでくる。
「けっこう勉強してきたからね。まあまあ自信あるよ」
気を取り直すように伊達さんに返事をする。もちろん本当は『まあまあ』なんてレベルではないのだが。
「すごーい!私なんてぜーんぜーんダメ」伊達さんがオーバーリアクションで肩をすくめてみせた。
「ははは。まあ、別に勉強が全てってわけでもないし?それにたった一回くらい失敗してもいいんじゃない?」
 当然だが本音は違う。確かに勉強が全てではないと思うが、だがそれでも出来る方がいいに決まっている。中学時代に、体育教師(=馬鹿)がやたらとこの言葉を繰り返していたが、出来もしないくせに偉そうなこと言ってんじゃねえよと、何度も言い返したくなった。というか言い返した。殴られはしなかったが、内申点を下げられまくった。あの愚か者めが……今思い返しても腹立たしい……。
 それからも少し話していると、チャイムが鳴った。ホームルームが始まる……が、そんなことはどうでもいい。少しでも点を上げるためにひたすら教科書とノートを読みまくった。
 そしてテスト。
 カリカリ……
(ふっ、余裕だ。余裕すぎる……。満点とまではいかないだろうが、1位は揺るぎない!さすが俺、天才すぎる……)
 高らかに笑い出してやりたい気分だ!

 残りの科目も完璧にこなし、通常授業に戻って少しづつ答案が返却され、そしてようやく順位発表の時が来た。
「畠山君」
 担任に呼ばれ、成績表を受け取りに行く。
(どうせ一位に決まってるんだから、わざわざ見るまでもないがな)
 受け取り、結果を見ると――
「え?」
 ―――――総合順位二位。
(そんな馬鹿な?な、何かの見間違い、だよな?)
 もう一度見る。
―――――総合順位二位。
 しかし、何度見てもそこに書かれてある数字は変わらない。
(い、印刷ミス?線が一本多いぞ……?)
 身体が震えてくる。頭が真っ白になる。いったい、どういうことなんだ……?
 ――すると、
「わあ!私、一位だった!」
 歓喜の声が、聞こえてきた。
「っ!?」
 声だけで、俺を超えた奴が誰なのかはすぐに分かった。クラスの連中の声なんて、ほとんど覚えていない俺でさえ、その声の主が誰なのかは、直ぐに分かった。
でも振り返った。

(伊達、玲奈……)
 全然ダメだって、そう言ってたじゃねーかよおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!

 こうして、俺の計画は脆くも崩れ去った。

第一章「初恋!?」

 本日はいい天気。降水確率ゼロパーセントって天気予報のお姉さんも言っていた。そして実際、空には雲一つ見えはしない。教室の雰囲気も、そんな天気が関係しているのかいないのか、いつもと比べても何だか妙に明るい気がする。……ただ一人をのぞいて。
「はあ……」
 本日何度目とも分からないため息をつく。空には雲一つないが、俺の頭の上にはどんよりとした積乱雲ができている。
 もう、何もかもが嫌になってしまったのだ。
 俺は自らの才を余すことなく発揮し、周りの無能どもを完全に屈服させるつもりでいた。そのために、一生懸命勉強だってした。俺だってこの国の学生だし、勉強が特別に好きだというわけではない。けど、勉強した。ただひたすらに、自らのプライドを満たさんがために。
(なのに――)
 そんな俺の夢と努力は、ただ一人の本当の天才によって、完膚なきまでに水の泡とされてしまった。
 無能どもを屈服させるのは、俺のように他者を見下しきった人間が圧倒するからこそできる。伊達玲奈のように、その無能どもと親しくしているような輩がやったところで、それは成し得ないのだ。
(もっとも、たとえできたとしても、彼女がやるんじゃ意味ないんだけど……)
 無能をひれ伏せさせたいというのもあるが、やはり一番の目的は、プライドを満たすことだ。『ナンバーワンにならなくてもいい もともと特別なオンリーワン』という歌があるが、あんなものは俺に言わせれば糞食らえだ。ナンバーワンになれない落ちこぼれが、自らを必死で慰めているようにしか思えない。
「なーんて、今の俺もナンバーワンじゃないんだけど……」
 はあ、また憂鬱になってきた……。もう学校に来るの止めようかなあ?
「畠山くーん」
 そんな俺に、話しかけてくる人がいた。そんな人はこのクラスに一人しかいない。だからきっと俺は彼女に感謝するべきなのだろう。ボッチな僕を気遣ってくれてありがとう!って。
「……」
 でも、できない。俺はそんな大人じゃない。どれだけ大人びてみせようとも、結局は子供だ。ようやく中学生をやめたばかりの、子供だ。
「なんか今日も暗いね?大丈夫?何かあったの?相談のるよ?」
 心底俺を心配したような様子で尋ねてくる。
「っ」
 そんな彼女が、俺にはたまらなく憎い。どうしようもなく、憎い。……そして、妬ましい……。
「ねえ――」
「ごめん、ちょっと俺用事あるから」
 伊達さんが何か言葉を続けようとしていたが、俺は逃げるように――いや、逃げた。
「っ」
 周りからは不審に思われないように、けれども彼女が追いかけて来ようとは思えない程度には速く、歩き去る。
 テストの成績表が返されてから、何度同じようなやりとりを繰り返したことだろうか。自分の行動を振り返ると、途方も無い自己嫌悪に陥る。けれども自らの未熟ゆえに、同じことを繰り返してしまう。
(そういえば――)
 今までは自分のことしか考えていなかったから気づかなかったが、よく考えたらおかしい。
 ――なぜ、彼女は何度も俺に話しかけてくるんだ?

 パソコンの前に向かい、キーボードを叩く。
『恋』……特定の異性に強くひかれること。また、切ないまでに深く思いを寄せること。恋愛。「―に落ちる」「―に破れる」
「……」
 好きの反対は無関心であり、好きと嫌いは変換可能だ――とは、よく言ったものだ。まさに今の俺の状況を上手く表している。つまりはまあ、惚れちまったぜ!
「ふっ、まさか伊達さんが俺に惚れていたとはな……」
 『何度避けられても俺のような奴に話しかけてくる→俺のこと好き』という簡単なことだったのだ。
「彼女は必死にそのことを隠していただろう。だが不運なことに、俺は天才だ。その程度はいとも容易く見抜いてしまう。ああ、己の才が疎ましい……」
 伊達さんにテストで負けたことなどすっかり忘れて、彼女の事ばかりを考えるようになっていた。恋は盲目である。
「ふひ、ふひひ」
 その後もニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべながらネットサーフィンを続けた。気付いた時には日付がとっくに変わっていた。ネットって怖え。
 とりあえず今日は『いつもの』をしてから寝ることにした。もちろんオカズは伊達さん。先程集めまくったエロ画像の顔の部分を脳内で伊達さんに変換するのだ!
「ふひひひひひひひ」
 こんな姿、決して誰にも見せられない……。

 そして翌日。
(今日こそは、話しかけられたらイケメン的な対応をしてやるぜ!ふへ、ふへへへへへへ)
 一人、席に座りながら気色の悪い笑みを浮かべる男がいた。俺だった。

 そして放課後。
「………」
 本日の会話した回数……0!!
(……あれれ~?)
 な、なんで伊達さんは話しかけてくれないの?ん?どゆこと?
 結局、その日は誰とも会話せずに終わった。んな馬鹿な!
「ふぅ……まったく、天才は孤独だぜ……」
 いつもの台詞も、どこか虚しかった。畜生!

 畠山泰介には知る由もないが、伊達玲奈はひとりニヤニヤする泰介に恐れをなして、いつものように話しかけに行くことが躊躇われていたのだ。まったく、知らぬが仏である。

第二章「諦観」

 さて、恋などにうつつを抜かす時は終わりだ。
「――反撃だ!」
 必ずや再び、王者に返り咲いてみせる。真の天才が誰なのか、とくと教えてくれようぞ!
「そのためには、どうするか……」
 今まで通りやったのでは、勝てない。それはもう、嫌というほど理解した。敗北により、俺は成長したのだ。これこそが挫折。それを経験しているか否かは、その先に大きく影響してくる。
「才能で圧倒していれば、そんなの一生経験しなくても済むと思ってたんだけどな……」
 過去の俺にとって、挫折は必須などとぬかす輩はただの嘲笑の的でしかなかった。負け犬の遠吠えでしかないと、そう思っていた。
「まさか、その俺自身が実感することになるなんてな……。まったく、嫌なもんだ」
 敗北を知ることによってグレードアップした俺ならば、必ずや伊達玲奈に敗北の土をなめさせてやることができるはずだ――できるに決まっている!
「では、どうする?」
 結局はここに戻ってくる。敗北を経験し、自らの慢心を理解することは確かに重要であり、それを得たことはかけがえのない利益だ。だがしかし、それだけでは駄目だ。そこからどうするのか――それこそが真に必要なことなのである。
「では……」
 ど、どうしよう?ぜーんぜん思いつかない……。

 そして翌日。俺は、一晩中考え抜いて思いついた策を実行することに決めた。
(敵を知り己を知れば百戦危うからず)
 伊達玲奈を観察し、彼女が如何にして斯様な好成績を収めたのかを、見極める。孫子さんマジ天才。
「…………」
 が、そうやって長時間彼女を観察して得られた解――それは。
「彼女は、真の天才なんだ……」
 どうしようもない、彼我の才能の差であった。
 俺は、休み時間には常に勉強している。一時も無駄にするべきではないと、そう思っているから。だが、伊達玲奈はそんなことをしてはいない。むしろ、彼女は(少なくとも学校では)まったく勉強していないのだ。なら、家で勉強しているのだろうとは思う。しかし、それを言うなら俺だってそうだ。そりゃあ、ネット見てて気づいたらとんでもない時間だったってことはしばしばあるけども……。それでも、一日最低五時間はやっている。だから、少なくとも学習時間で彼女に劣っているわけではない。なら、何が原因なのかは、考える間もなく明白である……。
「圧倒的な才能の差……」
 それしか、あるまい。
「っ……」
 なぜだ?
 なぜなんだ?
 俺には学力しかない。けれども、それだけはどこの誰にも負けず、それによって俺は俺でいられる――はずだったのに!!
「また、俺はあの頃に戻ってしまうのか?」
 それは、暗黒の記憶。
「嫌だ、そんなのは嫌だ……!」
 それは、絶望の記憶。
「くぅ……」
 それは、中学時代の話―――――

 どんな薄汚い大人にも、必ず無垢なる時代が存在している。それは、俺――畠山泰介も例外ではない。
「う、うううう……」
 何度も死にたいと思った。
「おい、畠山!金はどうした~、あぁ!?」
 でも、死ねなかった。
「そ、それは……」
 自殺する勇気すら、俺にはなかったから。

 中学時代、畠山泰介はいじめられていた。

第三章「テンサイ◇リコレクション」

 学校という場は、俺にとっては地獄に等しかった。
「はあ、はあ、はあ……」
 いや――地獄そのものだった。
「畠山く~ん~」
 間延びした、どこか気の抜けたような声が聞こえてくる。
「ひっ……!?」
 だがその声は、俺には処刑の開始を告げる冷酷な声に聞こえた。
「おっ、みーつけたー」
「ぁ……」
 そして――予想を裏切ることなく、処刑が始まる。
「昨日、テレビでボクシングの決勝戦やってたじゃん?」
 集まってきたのは、二人。いずれも茶髪で、ピアスをつけている。
「あー、やってたな。すぐにチャンネル変えちまったけどな」
「マジで!?お前、それ超損してるって。人生の八割くらい損してる」
「お前の人生の価値のなさに驚愕」
「はあ!?ちょ、マジそういうこと言う?俺怒ったぜ?」
「だからなんだってんだよ」
「畠山くんをサンドバッグにしてボクシングの練習やんぜ!!」
 背筋が凍る。何か言い返さければ――
「っ……」
 声が出ない。喉がかすれてしまっている。俯くと、脚が震えているのに気付いた。
「うーし!第一ラウンド始めえええええ!!」
「え――――がふっ!!」
 気付いた時にはもう遅かった。顔面に強烈な拳を喰らい、吹き飛ばされ転倒する。
「倒れてんじゃねーよ!!」
 ――ことすらできなかった。倒れそうになると、もう一人が後ろから蹴りあげてきて、前につんのめる。
「はーい、もう一発いくぜー!!」
すると再び拳を入れられる。今度は鳩尾に命中した。
「ぐぅ、ふぅ……」
 口から空気が漏れる。声にすらならない。
「だから倒れんなっての!」
再び後ろから蹴り上げられ、やはり倒れることすら出来ない。
「うおおおおおりゃああああああ!!」
 そしてまた前から――――

 この日は、計百発もの攻撃を喰らった。

 俺には、取り柄といえる取り柄が何もない。
「うひ、うひひひひ……」
 それでも敢えて何か一つ取り柄といえるものがあるとすれば、ゲームだ。今もプレイ中である。
「ふひひひひひひ」
 もちろん、そんなものが何かの役に立つはずもなく。
「はあ……」
 そうしてそういう考えに至って鬱になり、ゲームすら楽しめなくなってしまうという悪循環。
「どうすればいいんだろう……」
 どうすれば、人並みの幸福を得られるのだろうか。
 普通に学校に行って、普通に友達とダベって、そしてできれば彼女作ってイチャイチャしたり……そんな、どこにでもあるありきたりな生活がしたい。
「けど――」
 無理だ。少なくとも今は、無理だ。なにせ、あの学校にはアイツラが居る。アイツラを排除しないことには、人並みの幸福なんて得られるはずがない。
「では、どうするか――」
 合法的に平和的にアイツラを排除する方法…………。
「……はあ、そんなのあるわけねーじゃん……」
 俺のしょぼい頭じゃどれだけ考えても思いつきはしなかった。
「せめて頭さえ良ければなあ……」
 そうすれば、少しは自信がついてアイツラから絡まれなくなる――かもしれない。
「待てよ……?そうか、そうすればいいんだ!」
 勉強なら、努力さえすればできるようになるはずだ!先生たちだっていつもそう言ってるし!
「よし、そうと決まればさっそく猛勉強だ!」

 こうして、俺の勉強ライフが始まった。

 普段の俺の勉強時間は、一日に多くて一時間。基本的には0だった。だが、勉強ライフが始まってからの俺は――平日は一日五時間、休日は一日十時間という、まさに大学受験目前の高三ばりに勉強しまくった。
 その結果――――
「うわ!俺赤点だ!」
「マジかよ(笑)ほんと馬鹿だなお前!」
 テストの結果を見せ合いながら笑う馬鹿――もとい、不良ども。
「じゃあ、ここで畠山くんの結果を見せてもらいましょうか~」
「ほんとお前性格悪いわ(笑)」
「俺だって誰かに勝ちたいし?」
「知らねーよ(笑)」
 ケラケラニヤニヤと気色の悪い、意地の悪い笑みを浮かべながら俺の席へと向かってくる。
「おい畠山、お前のテスト――――え?」
 だが、俺の答案を見て、その笑いは消し飛んだ。
「百点……だよ」
 正答率百パーセント。誤答率ゼロパーセント。完全無欠の満点答案である。
「は、はああああああ!?ちょ、ふざけんなし!お前あれだろ、カンニングだろ!?」
「なっ!?」
 その言葉は、かつて無いほど俺の癇に障った。
「っ…………」
 今までに言われたり、やられたりしたことのほうがずっと酷いものだったけれど。
「この卑怯者!なんか言えやコラ!!」胸ぐらをつかまれる。
「っ」
 それでも今回ばかりは。俺の、あの血の滲むような努力を、完全に否定されたように思えたから。
 だから――――
「その汚い手を離せ、下郎。知性の低い猿ごときが俺に触れるな」
 そう告げて、不良――もとい、『馬鹿』の手を胸元から引き離した。
「…………」
 『馬鹿』は突然のことに反応できず、呆然としている。
「ふ、ふふふ、フハハハハハ!!もはや、貴様らのような低俗な猿の為すがままにされる時は終わった!俺は覚醒したのだ!猿には猿の、天才に天才の立場というものがある。愚者――いや、愚猿は天才の前にその醜き姿を見せてくれるな!」
 そして、厨二病が発症した。ちなみにこの病気は、高一になっても未だ治っていない。重病である。
「「…………」」
 俺の突然の宣言に、『馬鹿』だけでなく、クラス全員が呆然としている。その、どこか変わったものを見るかのような目は――――俺を畏怖しているのである!!
「栄えある王の凱旋だ!愚者共よ、道を開けよ!フハハハハハハハハ!!」
これが、俺の人生が変わった日であった。

 それからも、俺はずっと勉強しまくって、遂に県内のトップ校への進学を果たした。
 だが――――そうして俺は、ようやく本当の挫折というものを味わった。それまでは、そもそも最初から努力も何もせず、完全に状況の流れるままに過ごしてきていたから、挫折なんてものを真の意味で味わうことはなかったのだ。でも、味わってしまった。いくら努力したところで、本物の天才には足元にすら及ばないのだと――
「伊達、玲奈」
 彼女こそが真の天才なのであり、所詮俺は凡人にすぎないのだと――

第四章「天才的本性暴露」

 思考を開始してから、いったいどれだけの時が過ぎただろうか。
「どうすれば……」
 だが、どれだけ時間をかけたところで、圧倒的な才能の差を乗り越えるための手段は思いつかなかった。
「またあの頃に戻るのだけは……」
 中学の時の『アレ』は、ぶっちゃけちょっとした黒歴史ではあるけども……それでも『アレ』は自信の現れだ。それまでの根暗でビビリなときよりはよっぽど良い……と思う。
「はあ……やっぱり思いつかないなあ……」
 本当に、どうすればいいんだろう……?

 登校してからも、ずっと俺は鬱々と思考を続けていた。ホームルームの間も、授業中も、休み時間の間も、そして放課後も…………。
「げっ、もうこんな時間……」
 気づけば外はもう真っ暗。時計を見ると五時を示している。終業が四時頃だから、一時間もこうして教室でボーっとしていたことになる。
「そろそろ帰らないとな」
 帰っても何もすることはないんだけど、と小さく漏らしながら立ち上がる。長時間座ったままでいたためか、立ち眩みがした。
「はあ……」
 自然とため息が漏れる。もはや癖のようになってしまっている。
「嫌な癖だな……」
 ため息をつくと幸せが逃げると言うが、じゃあ俺の幸せはそろそろストック切れになっているのではなかろうか。
「……」
 考えていると再びため息が漏れそうだった。
「帰ろう……」
 バッグを持ち上げ、のそのそと歩き始めた。すると――
「――ねえ、畠山くん」
 あの忌々しい声に呼び止められた。
「何か用かな、伊達さん」振り向かずに答える。
「いい気味だね」
「え?」
 突然発せられた伊達さんの言葉の意味がわからない。彼女は今、何て言ったんだ……?
「畠山くんってさ、昔いじめられてたんだって?けど、成績を上げることで自信を持って、それから頭がおかしくなったかのようなこと言い始めて、それでいじめられなくなったんだとか。まあ、ただ単に気味悪がられてただけだと思うけどね(笑)」
「……」
 なぜ、なぜ伊達さんがそのことを知っている……!?
「その話を友だちから聞いてさ、私思ったんだ。その自信を打ち砕いてやろうって」
「っ!!」
「私、昔から勉強が超得意でね、近所では神童だなんて言われてたんだ。それだから学力に関しては誰にも負けないって自信があるし、実際誰にも負けてない。そして、そんな状態で、誰かを見下さないはずがない。私には、みーんな馬鹿に見える。どうしてあの程度のことがわからないんだろう、頭悪すぎない?ってさ。畠山くんも、もしかしたら私と同じタイプなのかなーって思ったけど、違ったみたいだね。畠山くんは努力家だ。そして私は天才。ぜんぜん別物だよね。だから、当然優劣もあるよ。お馬鹿なお馬鹿な畠山く~ん」
「ふざけんな、ふざけんなよ!」
 無意識のうちに怒鳴っていた。
「ふーん?」伊達さんは見下したような顔で――いや、実際見下しているのだろう――俺を見つめてくる。
「優劣があるだって?そんなの俺が一番良くわかってるよ!だから無茶苦茶苦しんでるんじゃねーかよ!お前なんかに何が分かる!?ずっと神童だなんて言われてた奴に、何が分かる!?こっちは真剣なんだよ!自分は何の取り柄もないクズ野郎だなんてことは百も承知で、でも見返してやりたかった!だから勉強した……一生懸命努力した!それがたったひとりの天才に、笑いながら無意味だったって知らされることの辛さが、お前に分かるのかよ!?」
 胸の中にわだかまっていた気持ちをすべて吐き出した。かつては伊達さん――いや、伊達に惚れたこともあった。けれども、今はそんな気持ちは完全に消えている。ただ、憎悪しか無かった。
「分かんないよ。分かるわけ無いじゃん。だって、私天才だもん」
 伊達は、首を傾げてニコリと笑った。
「ッ!!」
 殴りかかろうと一歩踏み出した――
「やっぱり畠山くんも、君を虐めた連中と同類だね。何かあればすーぐ暴力。頭が悪いから、言葉で言い返すってことが出来ない。殴りたければ殴ってもいいよ。そんなことで気が済むのなら、いくらでもお好きにどうぞ」
「っ……」
 が、踏みとどまった。暴力だけは、したくなかった。
「くっ、うっ、うううう、うわあああああああああああああああ!!」
 そして、俺は泣き崩れた。みっともないことはわかっていた。けれども、どうしても我慢できなかった。
「……キモ」
 伊達は、先程とは種類の違う蔑みの目線を向けてから、去っていった。
「うわああああああああああああああああ!!」
 でも、俺には関係なかった。

 気付いた時にはもう七時だった。やばい、夕食の時間に遅れちゃった。母さんに怒られる……。

終章「てんさい!」

 泣いて泣いて泣きまくったら、ちょっとスッキリした。でも、そのままじゃいけない。
「期末テストだ……」
 今度こそ、伊達玲奈を打倒してやる!
「ふふふ、あれだけ好き勝手に言っておきながら俺にコテンパンにされる奴の姿を思い浮かべると、今から笑いがこみ上げてくるぞ!!」
フハハハハ!といつも通りの高笑い。
「だが……」
 どうやって勝つ?誠に遺憾ながら、伊達玲奈は本物の天才だ。俺なんかとはモノが違う。今までどおりやったのでは万に一つも勝ち目はない。
「ならどうする?」
 何か手はないか?今までとは全く異なる手段で学力を飛躍的に向上させる方法……。
「そうだ!塾だ!」
 いくら伊達玲奈といえど、大人には敵うまい!

 そして期末テスト。
「何故だああああああああああああああああああ!?」
 惨敗した。中間テストの時よりも点差を付けられていた。
「相変わらず大したこと無いね~、畠山くん」
 伊達玲奈が、他の人には聞こえない程度の声で馬鹿にしてくる。
「何故だ、何故なのだ……。今まではずっと独学だったから、塾に行って教えてもらえばもっとできるようになると思ったのに……!」
「あー。そういうこと」
 伊達玲奈はどこか納得したような表情を見せる。
「どういうこと?」
 聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥だ!たとえ敵だろうがいくらでも助言を求めてやるぜ!
「やーだ。教えない(は~と)」
 可愛い笑顔で断られてしまった。危うく惚れるところだった……。

 帰宅してからずっと、俺は伊達玲奈の反応について考え続けていた。
「なぜ彼女は俺が塾に行ったと聞いて、成績が下がったことに納得したんだ?」
 独学には限界がある、だから誰かに教えてもらわなければならない――
「そんなの、あたり前のことじゃないのか?」
 いやまあ、俺もつい最近気付いたばかりなんだけど……。

 そうやって考え続けていると、携帯のアラームが鳴った。
「あ、塾の時間だ」
 とりあえず、今は塾に行き続けよう。そうすれば理由がわかるかもしれないし。

 塾での授業が始まった。
「では、この問題分かるかな?」
 講師が問題を出した。
「えー、わかるわけないじゃん」
 この塾で俺の次に成績の良い――つまり二位――のチャラ男にはわからないようだ。軽く周りを見渡してみたが、どうやら他の連中も同じらしい。
「そうか、佐藤でもわからないか……よし、それじゃあ畠山はどうだ?」
 そして、すでにパターン化している流れを繰り返す。
「はい――」
 俺が立ち上がって淀みなく答えると、
「……あー、うん、正解だ。流石だな」
 いつも通りに正解して、着席する。
 すると、これまたいつも通りに、視線を感じた。
「……」
 視線を辿ってみると、佐藤が俺を睨んでいた。俺が見たことに気づくと、佐藤はそっと目をそらす。これもまた、いつものことだ。
「あっ、そういうことか」
 そして――ようやく俺は伊達玲奈の言っていたことの意味がわかったのだった。
 その日のうちに、俺は塾を辞めた。塾長まで出張ってきて必死に辞めないよう説得されたが、無視してやった。イエーイ。

 そして翌日、学校にて。
「伊達玲奈、俺はようやくお前の言いたいことがわかったぞ」
「ふう~ん?言ってみて?」
興味深そうな、けれども実は興味なさそうな、そんな微妙な表情で俺の顔を直視してくる。つい恥ずかしくて顔を逸らしてしまった……。
「俺が塾に行ったから成績が下がった理由――それは、俺が天才すぎるからだ!」
 某マンガでお馴染みの効果音「どん!!」が俺の後ろに出ているような気がする!
「…………」
 伊達玲奈は完全に呆然としている。クラスのその他の連中も、俺の声が聞こえていたのか、呆然としている。そして中学であの宣言をした時と同様の視線――すなわち畏怖の念を俺に示している。ああ、快感……。
「塾という場は、基本的にその場で平均的な学力を持つものに合わせる。しかし、俺は天才だ。であるからこそ、塾では学習効率が非常に悪い。いやむしろ!逆効果と言っても差し支えない。ならば俺は、やはり独学こそが最も適しているということなのだろう……。フハハハハ!貴様が言いたかったことはそういうことなのだな!?」
「え?あー、うん、そう……かな?」
 彼女にしては随分とあやふやな解答だった。だが、構うものか!
「フハハハハハハハ!やはりそうか!見ていろよ、伊達玲奈!!休み明けテストでは、貴様を完膚なきまでに叩きのめしてくれようぞ!」
 そしてそのまま教室からフェイドアウト。やばい、我が事ながら、格好良すぎる!

 夏休み――それは、学生の誰もが心躍り、毎日遊びほうけてしまう時期。だが、そんなときにも俺は勉強し続けた。
 【今年の夏休みにしたこと】
① 勉強
② なし
 まさにこんな感じである。
「伊達玲奈!目にもの見せてやる!」
「あははは……お手柔らかに」

 結果は――やっぱり惨敗した。
「何故だあああああああああああああああああああああああああああ!?」
「今更なんだけどさ、家庭教師なら自分の力にあった内容を教えてくれたんじゃない?畠山くんの学力なら、相当優秀な家庭教師じゃないとダメだとは思うけど」
「先に言ってくれよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
 本日も、天才(笑)の叫び声が木霊する…………。

 完

才能絶対主義

 泰介は、とにかく自分が1番になりたくて仕方がない人物です。1番になれさえすれば、どんなことでもいいとすら思っています。そんな彼が勉強を選んだ理由は、特にありません。何でも良かったんですから。泰介が結局最後まで玲奈に勝てないのは、そういうところも影響しているのかもしれません。泰介の視点からだと玲奈は努力とは無縁に見えますが、もちろん本当はそんなことありません。神童と言われていたことも、きっとプレッシャーになっていたに違いありません。彼女は努力する天才なのです。その辺りの話もそのうち作れたらいいなーとか思っていたり。……たぶんそんな機会はないと思いますが。

 最後に、どうでもいいけど俺は家庭教師組合の回し者じゃないよ?

才能絶対主義

(自称)天才の畠山泰介は、調子に乗ったまま県内一の進学校に進学する。そしてそこで、彼は真の天才に出会う――

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-12-23

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 序章「天才と凡人」
  2. 第一章「初恋!?」
  3. 第二章「諦観」
  4. 第三章「テンサイ◇リコレクション」
  5. 第四章「天才的本性暴露」
  6. 終章「てんさい!」