酔いどれ兎は寂しさを認めない

「うぃー今日もにんじん酒が身に染みるぜー。」

「トビ、いつもながら言っても無駄だとは思いますが、飲み過ぎは体に毒ですよ。」

「うるせいやい、ラビ。一日の終わりの酒は毎日風呂で体を清めるのと同じようなもんだよ。」

「ならば体の中もちゃんと清めてください。たださでさえ不摂生なんですから。」

「ったく。ああいえばこういうやつだぜ。しかし、あれだな。おめぇ知ってるか?」

「何ですトビ?」

「俺達兎ってのは、どうも寂しがりらしいんだ。」

「ほう。それは一体どこの情報です?」

「決まってるだろう。人間だわさ。いつものことだ。」

「とかく人間というのは種族の性格をひとまとめにしたがる節があります。」

「そうだ。犬は従順。猫はわがまま。兎は寂しがり。じゃあお前ら人間はって話だよ。俺らだって個体ごとに性格なんて異なるっつうのに。」

「まぁ勝手に種族の長って思ってますからね。我々含め人間以外の動物を下に見ている所はありますよね。」

「気分の悪い話だぜ。俺はちっとも寂しがりなんかじゃねえってんだ。」

「おや、そうなのですか?」

「おい、その反応はどういう事だ。」

「トビに関してはあてはまってると思っていたのですがね。」

「なっ!?なんだとてめぇ!俺様のどこが寂しがりってんだ!?」

「どこがって言われると全体的なんですけど。」

「てめぇ。俺をあまり怒らせない方がいいぜ。具体的にどこがか言ってみろってんだ!」

「じゃあ言いますけれど、食事の時私が先に一頭でにんじんを食べてるとそれを見てあなたは、”なんで俺に声掛けずに先に食べてるんだ!”ってよく怒鳴りますよね?」

「それと寂しがりがどう関係あるんだ?」

「何故先に一頭で食事をとってはいけないんですか?腹の減るタイミングなんて違うじゃないですか。私と一緒に食事が出来なかった。一頭ぼっちにさせられた。つまり一頭寂しく食事をするのが嫌なのでは、と私ずっと思っていたのですが。」

「はははは、なんだそういう事かよ。お前の推論は大外れだ。いやある意味正解か。」

「あらら。そうなのですか。じゃあ何故一緒に食事をとりたがるのですか?」

「お前の言った事をそっくりそのまま返品させて頂きやすってとこだ。」

「ん?というと?」

「だから、寂しがっているのは俺じゃなくて、お前だって事だよ。」

「私が?」

「そうだよ。俺はお前が一頭で食事するのが本当は寂しさを我慢してるからだと思って、わざわざ気を遣ってやってんだよ。お前は口下手で本心を言わない所があるからなぁ。」

「私そんな事思った事ないですよ。」

「いやいや、気にするな。分かってる、俺はよーく分かってるよ。なんせお前とは長い付き合いだからな。言葉にしなくたって感じ取れるもんがあるんだよ。」

「長年いる中でとんでもない勘違いが育まれてきた事を今初めて知りましたよ。」

「まぁそういうこったよ。」

「なるほど。じゃああれはトビの気遣いだったって事なのですね。」

「その通り。」

「分かりました。では他の例を挙げさせてもらいます。」

「なんだい。他にもあるってのかい。」

「ええもちろん。ここの小屋は私とトビ以外いませんよね。」

「何を今更な事を。」

「そして、我々二頭が寝るには十分すぎるくらい広いスペースがありますよね。」

「なかなかな豪邸に住まわせてもらってるよな。」

「どうして眠る時にぴったりと私にくっついてくるのですか?」

「なっ!?いや、お前・・はっ、馬鹿が!何を言い出すかと思えば!」

「こうも動揺が上手な兎もいませんね。」

「うるせぇ!待て待て、お前たったそれだけの事実で俺が寂しがりだとでも?」

「何か理由が?」

「ったりめえよ!お前は何も知らないんだな・・いや知らない事がいい事だって世の中多いがな。」

「どういう事です?」

「俺はお前を守ってやってるんだよ。」

「守る?何かが私を狙っているのですか?」

「いや・・これはずっと秘密にしておきたかったんだがな・・。」

「いいです。気にしないので教えてください。」

「聞いて驚くなよ?」

「はい。どうぞ。」

「にんじんのバケモノがお前を連れ去ろうとしてるのを見ちまったんだよ。」

「はい?」

「いや俺だって最初はびびったよ。得体の知れねぇオレンジの巨体がおめぇの横に立って見下ろしてんだからな。」

「それで?」

「そのバケモンがこう言うわけよ。”友を待たずに先ににんじんを食う不届き者めが。許すまじ”ってな。」

「その件についてはにんじん側も不満に感じてたんですね。初めて知りました。」

「でだ。これはやばいなと。そして必ずやつはお前が寝静まってから現れるんだ。そして恨めしそうにお前を見つめる。だから俺がお前の後ろに張り付いて実は毎夜睨みをきかしてやってんだよ。」

「毎夜そんな争いが起きてるとは。」

「大変なんだぜ、これでも。睨んですぐ消える時もありゃ、一時間たっても消えねぇ時もある。それでも俺はお前を見捨てねぇ。大事な友だからな。」

「こんな壮大な物語になるとは思ってませんでしたが、ありがとうございます。」

「分かったろ。俺は寂しがりなんかじゃなく、善意で行動してるだけなんだよ。」

「これは失礼しました。」

「わかりゃいい。」

「はい。ところでトビ、私来週は旅行で小屋を3日程開けるので、小屋の留守番頼みますね。」

「え?」

「いやー、私が勝手にトビを寂しがりだって思い込んでたので遠慮してたんですが、今決心しましたよ。これで心おきなく旅行にいけそうです。」

「え、いや・・。」

「大丈夫ですよね、トビは寂しがりなんかじゃないんですから。」

「俺が悪かった。行かないでくれ。」

「酔いがさめたようですね。」

「うん、一気に。」

「飲み過ぎはいけませんよ。」

酔いどれ兎は寂しさを認めない

酔いどれ兎は寂しさを認めない

常に落ち着いた丁寧口調を崩さないラビ。 にんじん酒が大好きな酔いどれトビ。 そんな二頭の兎の、くだらない日常会話。

  • 小説
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-12-22

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