琥珀色の奇跡

琥珀色の奇跡

こちらが、私の小説に登場してくれるキャラのみんなです。

記号説明⤵︎
➸両想い
➵片想い

➹主要メンバー/梨紗と翔真のグループのメンバー➹
桐谷 梨紗(きりたに りさ)➸翔真
椎名 翔真(しいな しょうま)➸梨紗
桃野 結依佳(ももの ゆいか)
牧瀬 優雨(まきせ ゆう)
櫻井 冬哉(さくらい とうや)➸真梨華
木村 真梨華(きむら まりか)➸冬哉
胡桃沢 愛菜(くるみざわ まな)
真川 凛々(さながわ りり)➸隼人
福永 菜乃花(ふくなが なのか)➵慶太
佐々木 麻衣(ささき まい)➸凌
成海 凌(なるみ りょう)➸麻衣
石橋 岳登(いしばし たけと)➸璃乃
東雲 慶太(しののめ けいた)➵菜乃花
ーーーーーーーーーー
久我 隼人(くが はやと)➸凛々
矢野 亮(やの とおる)
倉谷 大雅(くらたに たいが)
朋坂 聖(ともさか せい)

➹後輩たち➹
藤城 乙華(ふじき いつか)➵翔真
高梨 璃乃(たかなし りの)➸岳登

➹家族構成➹
❁桐谷家❁
父: 徹矢(てつや)
母: 麻結(まゆ)
息子: 勇嗣(ゆうし)
娘: 詩桜璃(しおり)➸棚橋 絢斗(たなはし あやと)
娘: 梨紗(りさ)

❁椎名家❁
父: 悟(さとる)
母: 杏子(きょうこ)
息子: 翔真(しょうま)
娘: 桜瑚(さくらこ)

驚嘆

<結依佳 Side>
「はあぁーーーー!?告られたーーー!?」
梨紗が話の顛末を話し終わった後の、親友である私、桃野 結依佳(ももの ゆいか)の開口一番がこれだ。
「ちょ、ちょっと、声でかいよ…!でも今まで告られたこととかなくて、今すごくびっくりしてるっていうか、動揺してるっていうか。」
「だよねー!…てゆうか、え!?梨紗、今まで告られたことなかったの!?」
「うん、まぁね…。」
私が驚くのも無理はない。実際、梨紗のルックスは誰にも負けないくらい可愛いし、色は白いし、髪は長くて茶色がかっててさっらさらだし、何より気遣いのレベルが半端じゃない。柔らかいし優しいし、まさに"女の子"っていう感じなのだ。女の自分でもそう思うのだから、そこらの男どもが好きになってもおかしくないだろう。実際、梨紗のことを好きだという男子はたくさんいた。なのに告白さえしてなかったのか、アイツらめ。
でもそう言われてみれば、小学校三年生の頃からの付き合いだけど、失恋した話ばかり聞いている気がしてくる。
「なるほど、ついに梨紗の悲しい歴史にもピリオドが打てるってわけね。」
「か、悲しいって酷いなぁ。結依佳にそこまで言われる筋合いはありませんーだ!」
梨紗は、口を横に開いて、いーっという何とも憎たらしい顔をした。
「はあぁーあ。」
一人ため息をつく。
「で、今付き合ってんの?今思い出したんだけど、梨紗って椎名のこと好きだったよね。」
「うん、OKしたから、今付き合ってます!でもまさか、あの椎名くんに告られるとは思ってもみなかったよ。」
「そっかぁ。それにしても、新学期に入ってすぐ告るなんて…ね。」
「え?どういうこと?」
ふふふ、楽しくなってきたー、と思わず妖艶な笑みを浮かべる私の横で、梨紗はきょとんとした顔をしていた。

その日の休み時間。梨紗の噂はあっという間に広がって行った。
「ちょっと、梨紗!椎名に告られたんだって!?」
「よかったね、おめでとう!」
次々と言われて、梨紗はたどたどしく応答をしていた。
「椎名が自分から告るなんて、相当ベタ惚れなんだねー。」
そう、女子がそこまで言うほど、梨紗の彼氏、翔真は人気なのだ。自分から何かをしなくても、女の子の方から言い寄っていく。一見、黙っていると怖いという印象を受けても一旦しゃべればすごく面白いし、さりげない優しさが人気を集めているらしい。
今日はその話題で持ちきりだった。

初々しい気持ち

<梨紗 Side>
「おはよ。」
次の日の朝。登校すると、頭の上から声が降ってきた。
見上げると、翔真。
「お、おはよう。」
慣れないからか、返事に詰まる。
そこへ、結依佳が登校して来た。
「「あ」」
私と結衣佳の声が重なる。
「おっ!?あぁ、だよねー☆」
いち早く気がついた結衣佳が、にやにやしながら言った。
「お二人さん、いいねぇ。青春だわー。」
そんなおばさんのようなことを言いながら、結衣佳はおはようの挨拶もせずに教室のほうへ行ってしまった。

「あ!梨紗ー!」
そう叫びながら走って向かってくるのは、木村 真梨華(きむら まりか)と牧瀬 優雨(まきせ ゆう)。私と仲がいい二人だが、その二人同士も仲良くて、走ってくる姿はシンクロしている。そのまま見ていると、二人は私のことをよけることなく突進してくる。そして体当たりしてきた。でも後ろから翔真が支えててくれたから、転ばずに済んだ。二人は、「おっはよーう!」と言いながら体当たりしてきた。
「お、おはよう…。」
そう呟くと、
「お前らなぁ、梨紗が転んで怪我したらどうすんだ。」
翔真が言った。二人は、その声に今気づいたようで、
「あ!え?」「なんで椎名?」
やっぱりタイミングといい表情といい、シンクロしながらきょとんとしている。
「あ、あのね…。」
「分かった!」「付き合ってんだった!」
私が言わなくとも分かってくれた。
「一緒に登校してくるなんて、夫婦みたい。」
「「"椎名ご夫婦"だねー!」」
口を揃えて言うもんだから、学年のほとんどの生徒に聞かれた。
それから私と翔真が二人でいる時は、"椎名ご夫婦"と呼ばれるようになってしまった。

3ヶ月後

あれから3ヶ月。
私が胡桃沢 愛菜(くるみざわ まな)の相談に乗って、成功しめでたく付き合うことになったのをきっかけに、『恋愛の女神』という名で、裏で呼ばれるようになった。
「あ、梨紗いたいたー!ちょっと聞いてよ〜。」
そう言って、女の子たちが相談をしに来ることもたびたびあった。時には、男子だって話をしに来たりもした。
「なあ、なんかおそろで買う時とか、アイツの元カレがどんなの選んでたかとかすげぇ気になんだけど、これってダメなことか?」
「あぁ、そういうのはあんまり良くないと思うなぁ。…ていうかまさか、実際訊いちゃったりしてないよね?」
「あー、訊いたわー。」
「あららー。それはダメだよ。…あのね、元カレっていうのは、もう昔の人であって、今好きな人じゃないでしょ?前は大事だったけど、もうその人とは別れて、今大事にしてる人はあんたなんだよ。だから、気になるのは分かるけど、聞かなくていいと思う。聞かない方がいいかもってくらいだね。もしかしたら、思い出したくないことがあるかもしれないし、そんなに自分に自信が無いのかって思われちゃうかもしれないし。」
「そっかぁ、そうだな。…ありがと、ためになった。また話聞いてなー。」
そんな具合で、みんな些細なことでも訊きに来るようになっていた。

ダブルデートの相談

「梨紗ー!愛しの旦那さまがお呼びだよー。」
帰りの会も終わった頃、真川 凛々(さながわ りり)が声高くそんなことを言った。
「ちょっと、旦那さまなんて恥ずかしい、やめてよー。」
少し否定しながらも翔真のほうに笑顔を向ける。
「梨紗ー、帰るぞ。」
「あ、待って待って!」
そんな二人を見て、
「なんか本当に新婚さんみたい。」
と愛菜が言う。
その間に、借りていた本を友達に返して、支度をした。
「じゃあねー!凛々、愛菜、真梨華ー!」
私がそう言うと、あちこちから声が帰ってくる。
「お待たせ、翔真。」
「よし、行くか。」
廊下を、たわいもない話をしながら歩き、外に出る。
すると突然自分の名前が聞こえた。
「梨紗梨紗梨紗梨紗!」
「麻衣麻衣麻衣麻衣!」
最後に振り向くと、やっぱりそこには佐々木 麻衣(ささき まい)がいた。
「すごい、なんで分かったのー!?」
「声で分かるよー!なんでかは分かんないけど、麻衣の声って独特の響きがあるから。」
「お前に麻衣のなーにが分かる。」
そう言いながら現れたのは、麻衣の彼氏、成海 凌(なるみ りょう)だ。少し笑いながら言う。
「あたしには分かるんだよぉ!」
凌のノリに思いっきり乗って言う。
「あー、そういうのは分かってないパターンだな。」
「なにそれ、ひどっ。」
適当に会話をしてから、
「あぁ、それで、どうした、麻衣?なんか話があったんじゃないの?」
「あ、うん…。」
ちょっと、と言って、横に引っ張られる。
「あの、話っていうのはね。」
ひそひそとしゃべるから、男子二人には聞かれたくないのだろう。
「…ーーそれで二人だけだと気まずいし、なにしゃべっていいか分かんないから、梨紗たちさえよければ、ダブルデートにしてもらえないかな?」
「えー!ダブルデ…あtづごうjふぇjfsこりゅ…って!やめろ、麻衣。」
「だって梨紗が大きい声で言ってくるからでしょ。」
「ごめんって。で、ダブルデートね…、あたしたちはいいけど、初デートだし二人きりのほうが、成海喜ぶんじゃない?」
「でも緊張して固まっちゃうと思うんだよねぇ、あたしが。」
「そっかぁ…。じゃあ明後日土曜日だから、うちに遊びにおいで。その時また話そ。」
「ありがとう、梨紗!」
女子だけできゃあきゃあやっていると、
「おい梨紗ー、そろそろ帰るぞ。」
翔真が後ろから私の首に右腕を回してくっついてくる。
「麻衣、行くよ。」
凌は普通に麻衣を呼ぶ。
「ごめーん!」
麻衣はそう言うけれど。
「ちょっと、人目とかあるでしょ?」
「あぁ、俺は気にしないけど?」
「翔真は、ね。あたしは気にするの!」
「なんでそんなの気にするんだよ。別に関係ないだろ。」
「関係ある!とにかく人目を気にしてくーだーさーいっ!」
「はいはい。分かったって。」
その一部始終を見ていた麻衣が、一言。
「いいなぁ…、ラブラブだね。」
「なにぃ、麻衣。どうしたのよー?」
「仲良くて羨ましいな、って。」
「そんなの3ヶ月も一緒にいればこうなるだろ。」
「そうだよ!そんなに心配しなくたって大丈夫だよ、麻衣。」
「当たり前だろ、麻衣。お前は俺が幸せにする。」
凌がそんなこと言うから、私と翔真は顔を見合わせた。
「なんか今の、すげぇプロポーズっぽかった!」
翔真がそう言うと、麻衣と凌が照れまくって、元から笑っていた私と翔真は、照れる二人を見てもっと笑った。
「じゃ、そろそろ帰ろ?」
頃合いを見計らってそう言う。
「そうだね。じゃあね、梨紗。」
「また明日ね、麻衣!」
そう言って別れた。


「そういえば梨紗、なんか口塞がれてたけど、あれ何だったんだ?」
二人で歩いていると、唐突に翔真が訊く。
「あぁ、あれ?うん、そうだ、翔真にも話さなきゃって思ってたんだけど。…麻衣がね、来週末に成海と初デートなんだって。それで、二人きりだと恥ずかしいし、なにしゃべっていいか分かんないから、ダブルデートにして欲しいって。…いい?それでも。」
「んー、俺的には久しぶりのデートだし、二人だけで行きたいけど…。んー、そうだな。…梨紗が自分からキスしてくれるなら考えてもいいけど?」
ニヤッと意地悪な笑みを浮かべて翔真が言う。
「…っもうっ、翔真ズルいっ!そんなこと言われたら、そうするしかないじゃん!」
なんて言っても、意味なんてあるわけもなく。要するに、いつも受け身の私に自分からしろと言っているのだから。
「わ、分かったよ!するから!でも…、あんまり期待しないでね?」
そっちがそう来るならあたしだって!と言わんばかりに、上目遣い&首を45度傾けての攻撃。やっぱり狙い通り翔真はやられたらしく、頬がほんのりと赤みを帯びている。
「梨紗がそこまで言うならなぁ…。まぁ、楽しみにしてっからな?」
ーまた、これ。
そんないたずらっ子みたいな顔で無邪気に言われたら、いちいちドキドキして心臓がいくつあっても足りない。
「…は、はい。」
必死でそう言うと、ははは、と翔真が小さく笑って、
「可愛い。」
私は絶句して、赤面しながら次に言う言葉を探していた。

浮気疑惑

次の日、火曜日。
「やっと来たのぉ、梨紗!相談があるなり。」
真梨華が飛んできて言った。隣で、“なんだよ、その古風な言葉遣い”と言う声が聞こえる。彼女は、俗に言う天然である。彼女がいつもと違って変な口調でしゃべる時は、すごく悩んでる時か、テンパってる時だ。そして恐らくこの場合は前者だろう。
「はいはい。なぁに、どうしたのよ?」
「ちょっと、冬哉(とうや)のことなんだけど…。」
冬哉というのは、櫻井(さくらい) 冬哉。真梨華の彼氏で、私の元カレ。所謂学年の主要メンバーで、人気とか尊敬なんかもすごい。だけど、少し女癖が悪くて、私と付き合ってる時も他の女の子と遊びに行ったり、仲良くしたりしていた。もちろん、彼の“元カノ”という部類に入る女の子達もたくさんいる。自分もそうだ。だけど、そんな冬哉がついこないだ、一週間くらい前、天然の真梨華のことを好きになってまさかの自分から告白して、上手くいきそうだって、そう思っていた矢先。目の前にいる真梨華は、不安そうな顔をしている。
「何があったの?…ちょっとごめん、先行ってて。」
少し心配そうな表情をした翔真にそう言って、真梨華のほうへ向き直った。
「あのね、噂なんだけど…、あくまでも、噂だからね?…あの、冬哉が、あたしの知らない女の子と一緒に歩いてるのを見たって…、仲良さそうだったって…。」
「誰から聞いたの?」
「絢歌(あやか)がそう言ってた。」
「絢歌って…、佐伯(さえき) 絢歌?」
うん、と頷く真梨華を見ながら、言っていることが殆ど嘘だと言われている、絢歌の顔を頭に浮かべた。

新たな標的

「あれ、どうしたのぉー?真梨華、なんで泣いてるのぉー?」
自分では可愛いと思っているらしい、気味の悪い高い声を廊下中に響かせながら、話題に上がっている張本人、絢歌が取り巻きを引き連れてやって来た。
「噂をすれば、ってやつね。てか、泣いてないし。」
私はイライラして低い声で言った。
「えー、でも、ほら、なんか今にも泣き出しそうな顔してるじゃぁーん!大丈夫ぅー?あ、噂をすれば、ってどぉゆうこと?」
誰のせいだよ、と言いたくなるようなことをサラッと言ってのける。私は彼女の最後の質問を完璧に無視したまま、
「あんたのせいでしょ!?黙っててくんない!!?」
怒りをあらわにして吠えた。
「わぁ、怖ーい。野蛮ー!もう行こぉー?」
最後の台詞は取り巻き達に言って、絢歌は去って行った。
「なんなの。ほんっとうにイラつくよね。誰のせいで真梨華が不安になってるか分かってんのかなぁ!?あたしもう少しで殴りかかりそうだったよ。」
「梨紗、殴ったりだけはしないでね。暴力沙汰になったらめんどくさいから。」
「うん、なんとか理性で抑えた。」
私はまだイライラしていたけれど、真梨華が落ち着いたようだし、もうこのことを話すのはやめようと心の中で呟いた。

ーちょうどそのとき、絢歌が意地悪そうにニヤリと笑って、「ちょうど良い、面白くなりそう。」と言うのにも気づかないままで。

**********************

「絢歌、面白くなりそうって、なにが?」
取り巻きの中の一人、美貴(みき)がいち早くその言葉を聞き取って、不思議そうに訊いた。
「んー?なにがって、桐谷 梨紗のことに決まってるでしょぉ!ちょうど良いのが現れたじゃん。最近つまんなかったんだよねー。ちょっといじってやろ。」
「絢歌ってば、ほんっとうに小悪魔ー!次のターゲットは梨紗かー。」
玲奈(れいな)も二人の話に乗る。
「幸乃(ゆきの)のことはもういいのー?泣いたり睨みつけてきたり、反応結構楽しんでなかった?」
心底面白そうに、千紘(ちひろ)が口を出す。
「あぁー、そういえば幸乃とか居たねー。まぁ、いいんじゃん?飽きてきたし。」
「本当、悪魔様だわー。」
きゃははと笑いながら廊下を歩いていく彼女たちの姿と薄気味悪い甲高い笑い声には、学年中の誰もが気づいていた。

仲介役

その日のお昼休み。
私は、優雨と愛菜と三人でしゃべっていた。愛菜が先週末のデートのノロケ話を始める。
「…ーーでさ、もう本当に楽しかったんだよねー!めちゃくちゃカッコいいし、優しーーー」
廊下に、冬哉の姿を見つけた。その瞬間、今日今までずっと悩んでいる真梨華のことを見てきて耐えられなかった私は、彼のほうへと駆け出していた。
「ちょっと、梨紗!?」
そんな声も、もう聞こえない。
「とう…櫻井、ちょっと来て。」
腕を引っ張ろうとしたが、一瞬つんのめった。
「なんだよ、桐谷。俺に何の用事?」
「いいから、話があるの!」
有無を言わせない口調でそう言うと、私は冬哉を引きずって、廊下の突き当たりの学習室まで連れてきた。
「話って、なに?」冬哉が訊く。
「単刀直入に言うよ。真梨華のこと、傷つけたりしないで。」
「は?傷つけてって…、え?」
「噂、知ってるでしょ?櫻井が真梨華以外の女の子と一緒に歩いてて、なんか仲良さそうだったって。あれは、本当なの?」
「…そんな噂、本当な訳ねぇだろ。あれは、アイツが勝手に腕に巻きついてきたっていうか、正直俺自身も迷惑だったんだよ。」
「だったら、そうやって言ってあげてよ!その話を否定もしなければ、肯定もしない。ノーコメントってことは真実なんだって、もっぱら噂になってるよ。本気で真梨華のこと好きなら、傷つけるようなことしないで。あの子は、少し鈍感で不器用なところもあるから…。なんとなく雰囲気とかで気持ちくらい分かるだろうとか、そういうの全然ダメなの!オーバーなくらい、周りから見たらアツすぎるくらい、好きなら好きっていう気持ちを伝えてあげて!真梨華のことだけは、大事に、幸せにして…、お願い。」
私は、思っていることを好きなだけぶちまけると、サッと廊下に出た。でも、その後「そんなの、好きに決まってんだろ…。」と彼が呟いたのだけは、聞き逃さなかった。

「梨紗ー!なんで全力疾走してたの?」
そう訊きながら、真梨華が駆けてくる。
「ごめん、真梨華。余計なお世話だとも思ったんだけど、やっぱり耐えれなくてね。」
そう言いながら一歩後ろに下がり、真梨華が私の後ろに目を向けると、そこには冬哉がいた。
「と、うや…?」真梨華が驚いたように呟く声が聞こえる。
私は冬哉と目が合ったから、大丈夫、伝えてあげて、という気持ちをこめて見つめた。冬哉も頷く。
「…真梨華。その…、噂のこと、ごめん。めんどくさいからって、何も言わなかった俺が悪かった。…一緒にいたっていうのは事実だけど、アイツが勝手に腕に巻きついてきただけで、俺は正直、迷惑だったっていうか…。俺にとって、本当に大事で、心の底から好きなのは、真梨華だけだから。」
冬哉がそう言うと、彼の顔を 口を少し開いたままにして聞いていた真梨華の大きな目から、大粒の涙が零れ落ちた。学校にいることを忘れたかのように、後から後から涙が溢れ出す。きっとこれが、誰もが知り得ない、彼女が抱えていた悩みの本当の大きさなんだろうと、私は思った。
「ほんと…?あの噂は真実じゃないって…あたし、信じてもいいの?」
少し落ち着いた真梨華が、しゃくり上げながらもなんとかそう言った。
「おう。…っていうか、信じてくれ。…ごめんな。」
少し自信が無さそうにそう言った冬哉は、泣き崩れる真梨華を、人目も憚らず抱きしめた。そんな二人を、私を含めそこにいた全員が、微笑ましいという気持ちで見つめた。しばらくすると翔真が近づいてきて、
「俺、お前に惚れ直したわ。」
なんて耳元で囁くもんだから、私は真っ赤になって照れ笑いをした。


ーそんな梨紗の様子を、絢歌が教室の影から 焦るように歯ぎしりして悔しそうに睨みつけていた。

影からの攻撃

次の月曜日。
「えー?そんなことないよー?」
私は、翔真としゃべりながら一緒に登校してきた。上靴を取りに、それぞれの靴箱のほうへ向かう。私が靴箱の扉を開けると、上靴の上にたくさんの紙が置いてあった。
「え……?」
自分の目を疑った。
「梨紗、…どうした?」
翔真が近づいてくる。でも、心配をかけるわけにはいかないと思い、咄嗟にその紙を隠して、靴箱の扉を閉めた。
「な、なんでもない…。」
「なんでもなくないだろ。」
異変にすぐ気づいた翔真は、抵抗する隙を与えず紙を奪った。
「な…んだよ、これ…。」
翔真が言葉を失うのも無理はない。その紙には、『死ね』『消えろ』『生意気』『調子乗んなクソ』『お前ただのカス』そんな言葉が書き殴られていた。鍵の付いていない靴箱を翔真が開けると、まだたくさんそんな紙が出てくる。
「梨紗…。何か…、こんなことされる心当たりはあるか…?」
「わかんない…。誰がこんなことしたのかも、何が気に食わなくてこんなことしたのかも…。」
だんだん語尾が小さくしぼんでいく。
「あたしが出しゃばって、真梨華たちの仲介なんかしたから、ウザかったのかも…。それとも、相談乗るとか言って浮かれてたのがいけなかったのかな…。」
そう呟くと、プツリと涙が出た。必死で眉間に皺を寄せて我慢したけれど、それでも涙はポロポロと溢れてくる。
「梨紗…、大丈夫…なわけないよな。でも、俺はお前のそばにいてやるから。嫌なことあったらぶちまけろよ。俺が全部聞くから。」
「うん…、ありがと…。」
小さく洟を啜りながらそう言った。
「じゃあ、行くぞ。」
私の頭をポンポンと撫でると、翔真はそう言った。
「うん…、ごめんね。」
私は、極力柔らかく微笑んで言った。


ー梨紗たちの様子を絢歌は見ていて、怖い顔で舌打ちをした後、今度は眉を少し上げると口元に笑みを浮かべて去って行った。

倦怠

<翔真 Side>
「あ、梨紗おはよー!」
廊下ですれ違った梨紗の友達がそう言って通り過ぎて行く。
「おっはよー!」
そう無理に明るく答える梨紗を見て、俺は遣る瀬無い気持ちでいっぱいになった。
「あ、梨紗!おはよ…どうしたの?」
今度は、廊下で会うなり、すぐ梨紗の異変に気付いた桃野がそう声を上げた。
「ん?な、なんにもない…よ?な、なんで?」
梨紗がしどろもどろになってそう言うと、桃野はその目の奥に潜む感情を読み取るように、梨紗の目を覗き込む。
「…そ?お昼休みにでもちゃんと話聴くからね?」
ー桃野のこういう察してくれる優しさって、好きだな。
俺は、口元は微笑んでいても、少し眉を下げて困ったような顔をしている彼女を見て、そう思った。
「ありがと。じゃあその時話すね。」
梨紗がそう言うと、桃野は自分のクラスに入っていった。
「じゃあ、あたし先行ってるねっ!」
「お、おう…。」
梨紗は、厭に明るくそう言うと、教室の中に駆けて行った。

「おっす、翔真ぁー!」
俺が梨紗の後を追うように教室に入ろうとすると、小学校の頃からの付き合いである冬哉が近づいてきて言った。
「…お前朝っぱらから何か元気いいなぁ。」
思わずそう零すと、
「あ?どうしたよ、お前。…なんか珍しく沈んでんじゃねぇか。」
「まぁ、いろいろあってな…。」
「なんだよ、調子狂うなぁ。なんかあったら言えよ? そんな顔してんの、お前らしくないからな。とにかく朝部活行くぞ。」
「おう、ありがとな。…あ、やべ、急がねぇと遅れるな。」
ー俺らしいって、なんだ?
そう思いながらも、バタバタと支度をしてグラウンドに出る。
俺が所属しているのは、サッカー部だ。スパイクに履き替えて、リフティングやパスの練習を始める。すると、校舎の方から梨紗と桃野がなんだか楽しそうに歩いて来た。そして、自主的に走り始める。梨紗は、トラックの中でも一番サッカー部が練習しているところに近いところまで来ると、俺に向かって小さく手を振る。俺も、練習中だったけど、ニコニコして手を振りかえした。
そんなこんなしてたら、いつの間にか朝部活の時間が終わった。顧問がもっと時間通りにグラウンドに来いだの、でも今日の練習はみんな真面目にやっててよかっただの、話をする。その話が終わると、みんなかったるそうに歩き出し、着替えて教室に戻る。
「お前、本当羨ましいよな。」
俺が着替えていると、隣にいた廉斗(れんと)がそう言ってきた。
「何がだよ?」
「桐谷だよ。彼女。」即答される。
ーまたこれか。
「だってめちゃくちゃいい女じゃんか。優しいし、気配りできるし。」
「可愛いしな。」
俺は、梨紗のことをそういう目で見られることにうんざりしていたけれど、その気持ちを押し殺して、廉斗の話に乗った。
「はは、それな。普通言うか?…本当、惚れ込んでんな。」
「まぁな。気配りできるってのなぁ、しっかりしてるように見えて意外と抜けてるとこあんだぞ、あいつ。」
「なんか桐谷のことなら何でも分かってるって感じだなー。桐谷もお前に手ぇ振ってたし。いいよな、相思相愛で。俺も彼女欲しいー!」
「…まぁ、頑張れよ。」
「うわ、何今の一拍置いた感じー!うぜぇよ。」
ははは、と笑いながら、それぞれの教室に戻る。廉斗の姿が隣のクラスへと消えて行くと、俺は溜め息をついて教室に入った。俺に対して羨ましいと言ってくる奴らは、大抵梨紗のことが目当てなのだ。特に今日は、梨紗にあんなことがあった直後だったから心配していたこともあって、いつもより苛立ちを感じた。
ーなんでこんなに…。なんで梨紗なんだよ。
梨紗が、学年、いや、上級生も含めて全校の男子生徒に、入学した当時から人気があったのは知っていた。でも、彼女が誰かのことを好きとか、付き合っている人がいる、という噂は、聞いたことがなかった。男に興味がないのかもしれない、それともみんなには隠しているけど本当は好きな人がいるのかも、と悶々と悩んだ挙句、正直言うとダメもとで、自分の気持ちを梨紗に伝えた。すると、彼女の返事は思いがけないものだった。
ー「あたしも椎名くんのこと、好きだったの…。」ー
俺は本当にただ驚いて、間抜けなことに立ち尽くしていた。『付き合って欲しい』と言ったら、『はい』という言葉が返ってきた時点でもう既に頭が爆発しそうなくらい嬉しかったのに、まさか俺のことを好きだったとは、気づきもしなかった。しゃべる回数だって少ない中、そんなことを思わせる素振りは何も見せなかった。かなりのポーカーフェイスなのだ、と思った。でも、後からそのことを桃野に語った時は、『めちゃくちゃ分かり易かったのに、気づいてなかったの?』と言われてしまった。昔から仲が良い東雲 慶太(しののめ けいた)にだって、そのことを相談したら、『お前、それ演技で言ってる?あれで気づいてなかったなんて、どんだけ鈍感なんだよ。あの桐谷がお前のこと好きなんて、俺相当ショック受けたんだかんな。』とまで言われた。梨紗がポーカーフェイスなのではなくて、俺がただ鈍感すぎただけか。とにかく、最初から両思いだった鈍感すぎる俺と分かり易いらしい純粋な梨紗とは、そんなこんなでずっと仲良くやって来られた。つい一週間前に、三ヶ月の記念日を迎えたばかりだ。
「お、翔真じゃん。お前、そういえば先週の火曜日、三ヶ月記念だったのな。おめでとさん。忘れててさ、言うの遅くなった、ごめんなー!」
中学に入ってから意気投合して仲良くなった石橋 岳登(いしばし たけと)が俺の肩をバシバシ叩きながらそう言うから、俺の思考が途切れた。
「それ、もう先週の話な。今日月曜日だぞ。」
「ごーめんって。仲良くやってるみたいだし、よかったな。」
「まぁな。こう見えても一応頑張ってるからなぁ。」
自分のこと過大評価しすぎ!と言われ、ククッと笑いながら席に着いた。

覚悟

給食の時間が終わって、昼休み。
「はは、そーいうのマジでないわー。」
「関わりたくねぇよな。」
俺たちは、教室の後ろの方にあるロッカーの上に座ってしゃべっていた。
「あ、ちょっと俺、トイレ行ってくるわ。」
そう一言断りを入れて、俺は向かった。

「え、梨紗たち?」
俺が用を足して手を洗っている時、突如梨紗の名前が聞こえた。
「そうだよー。なんかもう三ヶ月だって。椎名本人が言ってた。」
「えー、絢歌、それマジで!?なんかショックー。」
ーあの佐伯とその取り巻きか。
「あはは。ショックっていうか、イラつかない?生意気だよね、あの椎名と付き合ってて、しかも告られてだなんて。」
「本当だよー。あたし好きだったんだけどなぁ…。」
「マジでー?まぁ、その分いびってて小気味いいでしょ。」
「まぁねー。傷ついた顔とか見ると、もう本当楽しいってか、してやった!って気になるよ。」
「そもそもさぁ、常に一緒にいるから嫌なんだよね。いくら付き合ってるからって、四六時中ぴったりくっついてなくても良いと思わない?他の子がしゃべれないじゃんね。」
「確かにそう!クラス一緒だからしゃべれるのにわざわざ登下校まで一緒にして、ちょっと束縛してんじゃない?」
「本当それな。今度一緒にいたら、ちょっといびる方法レベルアップしない?」
いいねぇー、と言ってきゃははと笑いながら、あいつらはそれぞれ教室に戻って行った。

「くそッ…!別に梨紗は束縛なんてしてねぇよ。寧ろ俺の方が束縛直前なんだよ!俺から告ることの何が悪いんだよ!」
壁を蹴ってそう叫ぶが、聞く人もいないから全く意味が無い。
ーー「今度一緒にいたら」ーー
ーそうか、一緒にいなければ、梨紗が傷つけられることはないんだな。辛いけど…、そうするしかないか。
俺は、しばらく考えた後、一週間くらい続ければあいつらも収まるだろうと思い、覚悟を決めた。

疑問

<梨紗 Side>
「あ、もう時間ヤバい!…って、あれ?いな…い…?」
帰りの会も終わり、いつものように翔真と帰ろうと思っていた私は、辺りを見回しても彼がいないことに気付いた。
「あれ?おかしいなぁ…。ちょっと見てくる!」
そう言い残して、私は教室を飛び出した。廊下を見回しても見つからない。すると、真梨華と冬哉が廊下の向こうから歩いてきた。
「あ!二人とも、翔真どこにいるか知らない?」
そう訊いても、揃ってさぁ…、と言われるだけだった。二人が知らないのなら、後はもう他に出来ることは一つしかないと思い、私は一年二組の靴箱に向かって走った。
「梨紗、何かあったのー!?」
「何でもないから、心配しないで!」
真梨華にそう訊かれるが誤魔化す。一年二組のところまで着くと、翔真の靴箱を探す。見つけた。開けてみる。しかし、そこには翔真の上靴が揃えて置いてあるだけだった。つまり、もう外に出ているということだ。
ーなんで?おかしい。
私は咄嗟に自分の靴箱から学校指定の白い運動靴を出して、足を突っ込んで駆けた。辺りをキョロキョロと見ながら、翔真を探す。ーーーいた。
「あ、翔真、なんで先行っちゃ…ーーーー。」
言葉を失った。今、確かに翔真と目が合ったのに、翔真は表情一つ変えずに私のことをチラッと見ただけで、真横を通り過ぎて行った。
「え……?」
ーなんで?何が起きてるの?今、目ぇ合ったのに…。
私は状況が把握出来ず、その場に立ち尽くした。少し視界がぼやけて来たから、眉間に皺を寄せて堪えた。
「あれー?梨紗、椎名はー?」
「なんかねぇ、帰っちゃったみたい。」
「みたいって…、何にも言わずに帰っちゃったってこと?」
「うん…、今までこんなこと無かったのに…。ま、でも大丈夫だよ!」
「そっか。じゃあ梨紗、一緒に帰ろー!」
「ちょっと待って、鞄取りにいかなきゃ!」
そうして、久しぶりにみんなと一緒に帰った。私は、さっき空いた心の穴を埋めるように、みんなとはしゃぎ回った。
家に帰ると、急いでiPhoneを鞄から取り出す。LINEか何かで、さっきのことを説明したメッセージが来ているかもしれないと思ったのだ。でも、何も無かった。
『さっきはどうしたの?何か用事あった?』
そう送ってみる。さすがにずっとiPhoneに張り付いている訳では無いだろうと、そのままにして宿題を終わらせ、お風呂にも入った。
寝る前にもう一度LINEを見てみる。すると、私が送ったメッセージに既読が付いている。でも、何の返事も無かった。
ー何でだろう…。私、何か気に障ることしちゃったのかな。
『私、何か嫌なことしちゃった?』
とりあえずそう送って、ベッドに向かう。何かが届いたらすぐ分かるように通知をONにして、サイドテーブルの上に置いたまま横になった。少し待っても何も無いから、どうしたのだろうと考えているうちに、私は眠りに落ちた。

溜め息

次の日の朝。起きてからiPhoneを見ても、何も来ていなかった。ただ私が最後に送ったメッセージに既読が付いているだけだ。
ーなんで読んだのに返事くれないの…?
そんな疑問が残る中、心細い思いになった私は、もしかしたらいつもみたいに家の前で待っててくれてるかもしれないと思い、朝ご飯を食べて支度をして家を出た。
「行ってきます。」
「いってらっしゃーい!気をつけてね。」
いつもは元気付けられる明るいママの声も、申し訳ないけど今日は少し疲れる。
「あれ、今日は翔真くんいないんだねぇ?」
ママがそう言う通り、翔真はそこにはいなかった。もしかしたら、という私の希望も崩れてしまった。
「ま、まぁ、何かあるんでしょ。大丈夫だよ、一人で。」
「そう?気をつけなね。」
「はーい、いってきまーす!」
わざと明るく言って、家を離れた。でもやっぱり翔真はいなくて。仕方なく、とぼとぼ歩き出した。
学校に着いて、教室へと向かう。ドアのところまで行くと、中から真梨華や愛菜、結依佳たちがおはようと声をかけてくれる。
「お…はようっ!」
教室の中を見回すと、翔真の席の周りには彼の友達がたくさんいて、恐らくその中心に翔真がいるだろうことはすぐに分かった。
ーやっぱり…もう来てるんだ…。
そちらの方を見るけれど、囲まれている翔真のことが見えるはずも無く。私は俯いたまま自分の席に座った。
「梨紗、椎名となんかあった?」
席に着くと、前の席に座っている結依佳がひそひそ声で訊いてきた。
「別に、たいしたことじゃないよ。」
これ以上詮索されるのが嫌で、私はそう言うとさっさと鞄の中身を机の中に移し始めた。
「はぁ…。」
つい溜め息が出てしまう。途中で翔真の方を見るけれど、向こうから見えるわけも無く、元より暗い気持ちになるだけだった。
「梨紗ー、なんか顔色冴えないね。どうしたの?」
一時限目が終わると、真梨華がそんなことを言いながら私の席に来た。
ーあぁ、ここは正直あんまりつっこんでこないで欲しかったな。
私はそう思いつつも、平静を装って答えた。
「んー?何にもないけど…、なんで?」
「だってなんか、さっきから溜め息ばっかついてるんだもん。なんか話しかけづらかったよ。」
「あれ、本当?ごめんね。そんなつもりは無かったんだけど…。」
ー全然そんなつもり無くないけどね。出来れば今は一人にして欲しい…。
「ねぇ、やっぱり椎名となんかあったの?」
「やっぱりって?」
「だって、梨紗が落ち込むなんて椎名のことくらいしかないじゃん。」
ー落ち込んでるように見えてたのか、私。…でも、落ち込んでるのかな?
「翔真のことくらいしかって…、酷いなぁ。まぁ、落ち込んでるって言うのかなぁ、これは。」
「何よー!?どうしたのよ。」
「…まぁ、この話は今じゃなくてもいいでしょ。ほら、次体育でプールじゃん。着替えないといけないからそろそろ行くよっ!」
強引に話を終わらせて、
「ちょっと、いきなり話終わらせないでよー。」
と言う真梨華を押しながらプールの方へと向かった。

心配

<翔真 Side>
木曜日。
昼休みにしゃべっていると、少し俯いて席に座る梨紗が周りを囲んでいる岳登や慶太たちの間から見えた。そうすると俺の胸はキリキリと痛む。俺は、歯ぎしりをした。単純すぎる俺の行動が梨紗のことを傷つけていることはよく分かっているつもりだ。でも、それと同時に、佐伯たちの梨紗に対する嫌がらせが今日は無かったことも事実。
ーそういや、あとどれくらい続ければあいつら嫌がらせやめんだろうな。
一応梨紗と距離を置いてみたものの、どうしたらいいのかイマイチよく分からない。本当は、傷ついている梨紗を放っておくのは嫌だけれど、彼女と一緒にいるところをあいつらに見られたら、また嫌がらせをされるかもしれない。そんなことになったら梨紗が可哀想だから、なるべく避けたいけど…。
ーそれにしても、あいつらも暇だなぁ。わざわざ毎日梨紗の靴箱に紙を入れておくなんて面倒臭いこと、よくやるよな。
でも、いくら梨紗を嫌がらせから守るためだとはいえ、こう何日もしゃべらないと辛い。そろそろ解放して欲しいというのが俺の本心だ。朝、梨紗の家まで迎えに行くのだって、できなくなった。それに、梨紗に何も言わずに距離を置いたのだから、当然疑問に思っているだろう。心細いに違いない。でも、どうやって説明するべきか。
そう悩み続けて、いつの間にか昼休みになっていた。梨紗の方を見ると、疲れたような表情を浮かべて友達としゃべっていた。
「ーーでさ、本当なんなの!?って感じ。梨紗もそう思わない?」
「思う思う。確かにそうだよね…。」
溜め息と共に発せられる言葉。俺はただただ辛かった。
ー頼むから今は梨紗のことそっとしといてやってくれ。
俺が言えたことじゃないけど、多分今の梨紗には一人になることが必要だと思う。根本的な原因である張本人が言えたもんじゃないが。だけど、どれだけ心の中で願ったって、しゃべっている福永 菜乃花(ふくなが なのか)は止まりそうにない。
ー俺に出来ることは無いのか…?
そんな葛藤をしながらも、また一つひとつ授業が終わってしまい、とうとう帰る時間が来た。
「はあ…。」
そう思わず溜め息をついた時、またあいつらの声が聞こえた。
「ねぇ、本当どうする?なんか最近、一緒にいるとこ見ないよね。」
「もしかして、こないだの作戦会議誰かに聞かれてたかも?」
「うそー!それ相当ヤバイじゃん。バレてたらどうしようね。」
「まぁ、バレてても良くない?最初は乗り気じゃなかったけど、梨紗っていじめると楽しいし。」
「確かにそれは言えてるー!なんかさ、ざまぁって感じだよね。」
「てゆーか、元から男に媚びすぎだよね。みんな騙されてんだよ、きっと。ある意味哀れってゆーか。」
そこまで聞いたところで、胸くそが悪くなってきたから、耳からあいつらの会話を閉め出した。
ーよくここまで他人のことを酷く言えたもんだな。
俺は、もう殴りに走る寸前だったけれど、これは自分と梨紗の問題だと気づき、やっとの思いで自制した。

心の傷

そんな毎日を過ごすうちに一週間が経ち、気づいたら明日は土曜日。いつもなら、毎週梨紗とのデートで埋まっているのに、何の予定も無い。
「おい、翔真!お前って、今週末空いてる?土曜日なんだけど。」
「あぁ、土曜日も日曜日もどっちも空いてる。」
「お?どうしたよ、お前にしては珍しいな。デートは無いのか?え?」
「…はぁ…。その話題、タイムリー過ぎだって。とにかく空いてるから、どっか行くならLINEで教えて。それに、お前人のことおちょくる癖直せ。」
「え?あぁ、分かった。…でも、俺何か怒らせるようなこと言ったか?」
そんな岳登の声を無視して、俺は教室に戻った。
「お前も授業遅れるから早く戻れよ。」
そう声をかけて、教科書を取り出す。
ー授業とかやってる場合じゃねーんだよ。
もちろん、ここ最近の授業のほとんどの内容は頭に入っていない。それどころか、ダチとの会話だって、記憶が曖昧だ。
ー離れてみて気づくとか、俺って意外とヘタレか?
一緒にいる時だって、隣にいてくれることに感謝してたけど、こうして一回距離を置いてみると、その幸せが心に染みてくる。
ーそろそろ俺の方にも限界が来てるな。
このままだと、梨紗の心が離れて行くのは時間の問題だ。何とかしないといけない。
「おい、最近翔真おかしくね?」
「だな。なんかいつしゃべってても上の空ってゆーか、心ここに在らずってゆーか、そんな感じだよな。」
「桐谷となんかあったのか?」
「お、じゃあ狙い目か?」
「お前不謹慎すぎ。」
教室の後ろの隅の方で、慶太と岳登と冬哉がしゃべってるけど、内容が頭に入って来ない。でも、構っている暇は無いから、放っておく。
そうこうしている内に、授業も帰りの会も終わり、帰る時間になった。
「おい翔真、行こうぜ。」
冬哉が声をかけてきた。おう、と返事をして、席を立つ。振り向いて梨紗の方を見たら目が合ってしまうだろうことは容易に想像できたから、後ろ髪を引かれる思いで背を向けたまま教室を出た。
「冬哉待ってー!」
そう言いながら、冬哉の彼女、木村が飛んで来る。
「よし、じゃあ行くか。」
そう冬哉が言うと、三人で歩き出す。その時、俺はふと気付いた。
「俺、邪魔じゃない?」
「は?どういう意味?」
「いや、だから、二人だけのほうが良い…よな?」
「え、いいよ?別に。椎名くんがいてくれたほうが会話も弾むし。」
木村がそう言う。
「そ、そうか…?」
「梨紗のこともちゃんと話聞きたいし。」
俺が言い掛けると、木村はすかさず少し低めの声で一言そう言った。
ーで、ですよね…。説明してないし、腑に落ちないですよね…。
何も言わない俺を責めるような口調の木村を少し恐ろしく感じて、俺は嫌がらせをされるきっかけとなった原因や、佐伯たちが言った言葉などは伏せたまま二人に話した。俺が話している間、二人は、特に木村は、考え込むような顔をして、終始一貫してしゃべらなかった。
「何それ、酷すぎじゃない!?」
終始無言で聞いていた木村は、聞き終えるとそう一言叫んだ。
「本当にイライラする。なんで梨紗がそんな目に遭わなきゃいけないのよ!」
「俺も、絶対おかしいと思う。」冬哉も同調した。
「梨紗には…、あの子には何の罪も無いのに…!」
木村が怒りをあらわにしてそう呟くと、三人とも押し黙って考え込んだ。
「あ、じゃあそろそろ行かなきゃ。また月曜日にね!」
しばらく黙ったまま歩くと、そう言って木村は帰って行った。
「お前さぁ、やっぱりもっと深い理由あんだろ?」
交差点を曲がり二人きりになった時、そう唐突に冬哉が切り出した。
「…はぁ、やっぱりお前には何でもお見通しか。…まぁ、な。」
「やっぱりな…。それで、なんでまた、桐谷がその対象になるんだよ?」
「それが…、どうも俺が原因らしくて。」
「は?どういうことだよ、まさかお前が仕掛けたとかじゃねぇよな?」
「まさか。俺がそんなことするわけねぇだろ。原因ってのはな、梨紗と俺が付き合ってることにあるらしい。基本あいつらの怒りの矛先は梨紗に向いてるんだけど、理由が『俺から告って付き合ってるから生意気』なんだとよ。梨紗が俺に告ってOKもらって付き合ってるって言うんならまだマシなんだけど、俺からっていうのが気に食わないらしい。」
「うわぁ、マジかよ。その理由絶対おかしいだろ。てか、マジで嫌味に聞こえるわー。お前モテるなー。」
「嫌味とかじゃねぇって。本気で言ってるから。てか、全然モテてねぇし。お前こそだろ。」
「ははは、そうか?でも、自分の大事な可愛い彼女にだけ好かれてりゃそれで十分だよな。」
「あぁ、それマジで分かる。他の奴とかにモテなくていいから、梨紗にだけは愛想尽かされたくねぇわ。」
「あぁー、俺も真梨華に愛想尽かされるのだけはマジで勘弁。」
「だな。…で、話戻るけど、梨紗への嫌がらせの原因は俺だから、どうしようか悩んだんだけど、あいつらが『毎日一緒にいなくてもいいのに』って言うから、だったらちょっと離れればいいのかって思って、今に至るってわけだ。」
「…お前、本当単純だよな。一緒にいなきゃいいって、離れたらダメだろ。もし逆に一人になったからって嫌がらせが酷くなったらどうするつもりだよ。」
「あぁ、その心配は無い。距離置いたら嫌がらせ減ったから。」
「それはたまたまだろ。これから酷くなったらどうすんだ?」
「あ…。」
言い返す言葉が無かった。冬哉の言う通りだから。
「はぁ…。お前のそういうとこが単純なんだよな。脳みそスカスカなのか?ちゃんと考えてから行動しろよ。せっかくお前頭良いんだし、その脳を使え。」
「…貶してんのか褒めてんのか全然わかんないですけど。」
「褒めてんだよ、珍しく。とにかく、何か行動を起こした方が良いと思うよ、俺は。」
「じゃあLINEでメッセージ送っ…」
「お前、アホか。」
「…は?」
「お前、LINEなんかで本当の気持ちが伝わると本気で思ってんのか?」
ーどういうことだ?
「いや、だってとりあえず今出来ることはLINEじゃね?」
「そこは普通、月曜日に学校行った時に面と向かって言うんだろーが。」
「いや、それじゃ遅いんだよ。」
「面と向かって言うことに意味があるんだろ。とにかく土日は何もしないで、来週中に何とかすればいいんじゃねぇか?」
「…そうか、そうするよ。ありがとな。…で、お前土曜日岳登たちと遊びに行く?」
「あぁ、俺はちょっとパス。真梨佳とモール行くって約束してっから。」
「デートかよ!マジか…、冬哉いねぇなら、俺もパスしよっかなぁ…。」
「なんで俺がパスする理由になるんだよ。」
「いやぁ、だってなんか梨紗のこととか聞いてきそうだし、あいつら。」
「まぁな…。でも、行って馬鹿騒ぎしたほうが家で一人で静かにしてるよりかは、大分マシだと思うけどな。」
「あぁ、確かに。じゃあ行こっかな。」
「おう。…あ、じゃあな。」
そう言って冬哉は曲がり角を右に折れて、家に帰って行った。

兄・妹

俺も、同じ道を左に曲がって家へと向かった。家に近づくにつれて、足取りが重くなる。溜め息も知らず識らずの内に出てくる。ドアの前まで来たところで、俺はもう一度深く溜め息をついて、気持ちを切り替えた。
ーこんな辛気臭い顔してたら、桜瑚(さくらこ)にからかわれそうだな。
桜瑚というのは、小6の妹だ。人の心の動きにすごく敏感な奴で、今日みたいに悩んだ顔で帰ったら絶対に何か言われる。心の変化に気づいた時は、心配するかからかうかのどっちかだ。
「ただいま。」
でも、多分今回はからかわれるだろう。小6だから思春期真っ盛りのはずだが、昔と変わらず俺のことを「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と言って、何かにしては話しかけてくる。
「お兄ちゃん、遅い!もう6時だよ!何やってたの!?」
まぁ一応可愛い妹のはずなんだけど…、たまにこうやって上から物を言う。
「何でも良いだろ。お前に関係ねぇし。」
「はぁ!?なんでそんなに突っかかった言い方してくんのよ!」
「あぁ、うるさいうるさい。分かったよ、すいませんでしたねぇ。」
「…もしかして、お兄ちゃん今日何かあった?」
ーどうしてこういうタイミングで気づくかなぁ。
「何がだよ。」
「なんか、今日のお兄ちゃん変だよ。言い合っても折れるの早かったし。それになんか、無駄に子供っぽく振る舞ってる気がする。」
「気づくきっかけがそれって…。まぁ、中学生にはいろいろあるんだよ。」
「…梨紗ちゃんのことか何か?」
ー言い当てるなよな。
梨紗は、家にも遊びに来たことがあるから、桜瑚も知っているのだ。
「あ、もしかして、図星?」
俺が黙っていると、小馬鹿にしたような声ですかさずそう言う。
ーあー、イラつく。
「図星ってか…、まぁ、梨紗絡みだな。」
「え、本当に?どうしたの?」
「ちょっと今話したくない。また、後でな。」
桜瑚の返事を待たずに、俺は階段を上がって自分の部屋へと向かった。

兄・姉・妹

<梨紗 Side>
結局、何も出来ないまま金曜日になってしまった。翔真のことを結依佳と話しているうちに辺りが暗くなってきたから、仕方なく家に帰って来たけれど、出来ることならもうちょっと話をしていたかった。
「ただいま…。」
「あ、梨紗おかえりー。こんな遅くまで、何してたの?」
リビングに入ると、キッチンで何かを作っていたお姉ちゃんがそう訊いた。
「ちょっと結依佳としゃべってて…。」
私の大好きな詩桜璃(しおり)お姉ちゃんは、歳が二個上の高校一年生。他の人に対して気配りが出来るし、世話好きだから、いつも一緒にいるグループの中でもよく頼られるお姉さん…というより姉御肌タイプらしい。彼女は、私にとって良き理解者というべき存在だ。
「結依佳ちゃんとはよくしゃべりながら帰って来るみたいだけど、もう結構遅い時間よ?何かあったの?」
「ちょっとよくわかんないだけどね。どうしよう、再来週にはもう夏休みになっちゃうのに…。」
「翔真くんのこと?」
「…うん。最近、避けられてる気がするの。あたし、何か嫌なことしちゃったのかな、って考えたんだけど、特に何かした覚えないから…。」
「いつから避けられてる気がする?」
「先週の月曜日から…、だと思う。」
「その日…、何かいつもは無いこととかあった?」
「あたしの靴箱に、紙が入ってた。『死ね』とか『カス』とか書いてあるやつ…。」
思い出すと涙が出てくる。嗚咽を漏らしながらも話す私を、お姉ちゃんは「うん、うん」と言って背中をさすりながら側で聞いていてくれた。それだけで、私の心は大分落ち着いた。
「その後は、その嫌がらせはどうなった?」
「あ…。無くなった…!」
「私は、翔真くんが何かしてくれたから嫌がらせが無くなったんだと思うけどな。そうとは考えられない?」
「そっか。でも…、何をしたって言うの?」
「それはさすがの私でもわかんないけど、やっぱり翔真くんに訊くことじゃない?」
「あ、うん…!」
「面と向かって、ね。」
「そうだね。月曜日に学校行ったら、訊いてみる!」
解決の兆しが見えてきて、私は鞄を置きに、足取りも軽く自分の部屋へと続く階段を駆け上がった。

「おい、梨紗どうした?」
「あ、お兄ちゃん。ただいまっ!」
「おう、おかえり。」
「翔真とすれ違いみたいになってたんだけど、お姉ちゃんのおかげで解決できそう!」
「おぉ、よかったな。でも何も言わないままだと伝わるもんも伝わんねぇから、言いたいことはちゃんと言えよ。たとえ翔真相手でも。」
「うん、分かってる。」
アドバイスをくれた私の頼りになる勇嗣(ゆうし)お兄ちゃんは、詩桜璃お姉ちゃんの一個上の、高校二年生。実は学年の中でも有名なくらい喧嘩に強くて、年上の人と殴り合いをしているのを見たことがある。まぁ、いわゆる不良…みたい。お兄ちゃんが誰かのことを殴ったりするのは嫌だけど、それもむやみやたらに喧嘩しているわけじゃない。そして、翔真が家に遊びに来た時に意気投合したらしく、『翔真』と呼び捨てにして弟みたいに可愛がってる。
「そうだ、また翔真 家に連れて来いよ。なんか久しく顔見てねぇし。」
「…そういえばそうだね。また今度連れて来るよ。」

夕食

階段を駆け下りて、お姉ちゃんが作っていた夜ご飯を食べに行く。
「お姉ちゃん、今日の夜ご飯なにー?」
「クリームシチューだよー。ちょっと今日は張り切ってルーから作ってみた。」
「マジで?うまそー。」
お兄ちゃんも来て言う。
「あれ、ママは?」
「今日はまだ残って仕事してるみたい。さっきメール来てた。」
ママは、小学校の先生をしている。専門は英語だけど、四年生のクラスの担任だから、テストの採点とか日記のチェックとか、いろいろあるらしい。家に持って帰ってきて片付ける時もあるけど、今日は学校で終わらせてくるみたいだ。
「じゃあ、食べよっか。冷めちゃうよ。」
「そうだな。せっかく詩桜璃がレパートリーのクリームシチュー作ってくれたんだし。」
「「「いただきまーす!」」」
いただきますの挨拶をして、三人で食べ始める。
「やっぱり美味しいー!お姉ちゃんってば、天才!」
「そんなことないよー。このくらいなら、梨紗も作れるよ。」
「本当!?今度教えて!」
「いいよ。日曜日なら空いてるよ。」
「土曜日は?」
「あぁ、その日は絢斗(あやと)とデートだから空いてない。」
「絢斗くん!そういえば最近会ってないから会いたいー!今度連れてきて!」
「いいよ。…なんか梨紗、すごい絢斗に懐いてるね。」
「だって優しいし面白いし、将来お兄ちゃんになってくれたらめちゃくちゃ嬉しい!」
「そこまで!?…んー、考えとく。今度訊いてみるよ。」
「わーい、ありがとう!あ、これって訊いていいのかわかんないけど、絢斗くんって何人目の彼氏?」
「…訊いちゃいけませんでしたけど。」
「あ、ごめん!でも、教えて!」
「もう…五人目だよ。」
「おぉー!さすがお姉ちゃん。あたしより多い!」
「まぁ、私の方が二年長く生きてるからね。」
「そうだねー!ていうか、一人ひとりと長く付き合ってるもんね。でも、そこの二年の差は大きいかぁ…。」
「梨紗こそ、翔真くん何人目よ?」
「三人目だよ。でも、あたしから告って付き合ってるんじゃない、っていうのは初めて。今までの彼氏は、あたしが告ったから。…確かに元カレのこと訊かれるのって、いい気しないね。」
「でしょー!?だから、私だったらまだいいけど、他の友達に訊いたりしたらダメだよ。」
そう言われてしまったら、もうとっくに訊いちゃったことがあるっていうことは言えない。

「あのぉ、ガールズだけで盛り上がってるとこ悪いんだけど、俺も会話に入れてくださーい。」
お姉ちゃんと二人できゃあきゃあやっていると、お兄ちゃんが横からつまらなさそうに言った。
「あ、ごめん。…あれ、お兄ちゃんって今彼女いる?」
「いるよ。俺やっと大事な子見つけたんだよな。」
「…お兄ちゃん、それ彼女できる度に毎回言ってるけど、大丈夫?」
「うるせぇな。今回は本気だよ。」
「それも聞いたことある!お兄ちゃん、真面目に恋しなよ?」
詩桜璃お姉ちゃんも、お兄ちゃんのことを咎める。
「…まぁなー。詩桜璃にそうやって言われてもしょうがないけど、一応俺は毎回本気で付き合ってっからな?」
「じゃあなんで今三十…人目だっけ?の彼女が出来るのよ?」
「そんなもん知るか。向こうから『もう無理だから別れよ』って言ってくんだろ。」
「え、じゃあ、お兄ちゃんって実はフラれまくってる…?」
「ちげーよ!今までの中で数回は俺からフったこともあるし!」
「あー、そうなんだー?女の子可哀想ー。」
お姉ちゃんが意地悪そうな顔をしてからかった。
「そんなのしゃーねぇだろ。俺だって人間だし?傷つくことだってあるし?」
「まぁ、それは否定できない。でも、女の子の気持ちだって考えてあげてよ?お兄ちゃんは男なんだから、女の子より強いでしょ。」
「まぁ、今は大事な子いるから、心配には及ばないけどな。分かったよ、真面目に考えるよ。」
年齢が逆転しちゃったかのように会話をするお兄ちゃんとお姉ちゃんを、私は黙って見ていた。

父のメール

〜♪
私のiPhoneから、メッセージを受信した時の着信音が鳴った。
「誰からだろう…。あ、パパだ!」
『梨紗、元気にしてるか?お兄ちゃんとお姉ちゃんと、喧嘩とかしたりしてないか?パパは、明日の夕方くらいに帰るよ。』
そう書いてあった。
『大丈夫、元気にしてるよ!喧嘩もしてないよー。気をつけて帰ってきてね!』
そう返事を打って、私は小さく溜め息をついた。
ーパパが出張中でよかった。翔真に対する悩み、パパが聞いたらめちゃくちゃ怒るし、心配する。
パパは、私が末っ子だからか、めちゃくちゃ可愛がってくれる。現に今メッセージを送ってくれたし。そうやって構ってくるパパのこと、私は嫌いじゃない。寧ろ好きってくらいだ。中2で思春期真っ盛りの女の子が言うことじゃないかもしれないけど、みんなが言っている『お父さんとここ一ヶ月はしゃべってない』なんて、あり得ない話だ。

「ん、誰から?」お兄ちゃんが訊いてくる。
「あぁ、パパから。喧嘩してないかー?って。あと、明日には帰ってくるみたいだよ。」
「ははは、喧嘩とかマジでねぇわ。大丈夫なのに、父さんは心配性だな。」
「そうだよね。でも、本当全然喧嘩とかしないよね。なんでだろう?」
「歳が離れてるからじゃねぇの?てか、俺はお前と喧嘩して勝ったって全然嬉しくねぇしな。お前は女子だから、力的にも無意味だろ。」
「そうだね。梨紗、弱っちいもんねぇ。それに私は、喧嘩とか面倒臭いからしたくないし。」
「弱っちいは余分!それよりも、お姉ちゃんは優しいように見えて、痛いところはズバッと突いてくるから気が抜けないし。」
「確かに、詩桜璃は歳とか関係なく言いたいことはグサッと言ってくるからな。」
「あ、私ってそう思われてるんだぁ。意外だね。」
「意外なのー!?自覚あって言ってるんだと思ってた。」
「まぁ、なんでもいいじゃん。…ご飯終わったけど、梨紗はやらなきゃいけないことがあるんじゃないの?」
「…あ、宿題!」
「…なんてね。今日は金曜日だから、まだやらなくてもいいでしょ。」
「そうだな。あーでも、お前塾の宿題終わってんのか?明日の午前中あるだろ。」
「うう…やってない…。もう土曜日に塾とか本当にイヤー!休みたいー!」
週末の予定を思い出して絶望した私の叫びは、お姉ちゃんとお兄ちゃんの笑い声に掻き消された。

相利共生

<真梨華 Side>
『明日の午後って、ヒマ?』
お風呂から上がると、私のスマホに梨紗からLINEでメッセージが来ていた。
『ごめん、冬哉とデート行くから空いてないの。』
そう私が送ると、すぐ既読が付いた。
『そっか。突然ごめんねー!あたし暇人だからさ笑 デートどこ行くの?』
『まぁ、モールかなぁ。その後カフェとかも行くかも笑 それより、梨紗は椎名とデートじゃないの?暇人ってw』
『あ、うん…。ちょっと、今週末は寂しく過ごすことになりそう。』
ーなんだこの全く誤魔化せてない感じは。絶対に何かあるはず。
『寂しい週末、ってどういうことよ?椎名と何かあったの?』
『最近、すれ違ってるっていうか…。ここ二週間の話なんだけどね。』
二週間って、ずっと梨紗が沈んでた期間だ。最近様子がおかしいと思っていたら、やっぱり何かあったんだ。
『ちょっと待って、電話していい?』
『分かった、いいよ。』
『じゃあ掛けるね。』
そう言って、電話を掛ける。
『もしもし、真梨華?』
「もしもし?で、すれ違ってるって、何よ?どういうことなの?」
『なんか先週の月曜日に、あたしの靴箱に変な紙が入ってたの。それには、『死ね』とか、『カス』とか書いてあった。』
「何それ!?なんでそんなことがあったのに言ってくれなかったの?」
『ごめん、心配かけるかなぁって思ってた。』
「心配なんかいつもかけられてます!そんなこと気にしなくていいから、ちゃんと言ってよ、もう。」
少し大きめの声でまくし立てると、私は溜め息をついた。
『ごめんね。それで、それから三日間くらいそれが続いたの。』
「犯人は分かってるの?」
『うん。絢歌たちみたい。それで、その週の水曜日に翔真が聞いたらしいのよ。』
「何を聞いたって言うのよ?」
『絢歌たちが、『これ以上一緒にいるの見たら、嫌がらせレベルアップしよう』って言ってるのを。だから…、これはあたしの…お姉ちゃんの、推測になるんだけど、それを聞いたから翔真はあたしと距離を置いたんじゃないかって。』
「なるほど、そういうことね。それは酷いわ。…こんなこと言うのもなんだけど、なんか梨紗たちって、ドラマみたいなカップルだよね。トラブルが降りかかる、みたいな。」
『あはは、確かに。ドラマチックとはかけ離れてるけどね。』
「で、あぁ、そうだ。それで、梨紗の中では解決したの?」
『うん、一応ね。お姉ちゃんの推測のおかげで、だいぶ納得がいった。でも、ちゃんと翔真と話して仲直りしようと思う。』
「うん、そうしな。まぁ、それでも明日ヒマなのは変わらないわけだけど。日曜日なら空いてるけど、どう?」
『あぁ、日曜日はママの妹の結婚式あるから行けないわ。ごめん、ことごとく予定が合わないね。』
「まぁ、しょうがないでしょ。じゃあ、またね。そろそろ寝ないと明日デートなのにお肌にも悪いし。」
『うわぁ、リア充め。まぁ、スキンケアはちゃんとしなきゃね。』
「あんたもリア充でしょうが。まぁ、梨紗も夜更かししないようにしなよー?」
『はいはい。じゃあね。』
「じゃあねー!」
そう言って切った。
ー寂しい週末、か。前に冬哉といろいろあった時仲介してくれたこともあるし、月曜日に椎名に言えなさそうにしてたら助け舟でも出そうかな。
そんなことを考えながら、明日の約束の時間、午前十時に備えて、ベッドに入った。

疑念

<翔真 Side>
今日はやっと月曜日。土曜日は岳登たちと遊びに行ったからいいものの、日曜日には家にいたから、桜瑚に問い詰められ続けた。今日になってようやく解放されたから、精神的に疲れた。
ー今日はちゃんと梨紗に謝って、説明しよう。
そんな決意を持って、家を出た。ここ二週間、ついつい梨紗の家に迎えに行くために出ていた時間に自分の家を出るようになっていた。今日も、梨紗の家の方に足が向かいそうだったけど、それは明日からだ、と自分に言い聞かせて学校に向かった。

今日は、時間が飛ぶように過ぎていった。いつ言うべきか、と悩んでいるうちにどんどん授業が終わり、今はもう給食の後の昼休みだ。俺はいつものように、教室の後ろのロッカーの上に乗ってしゃべって…いるフリをしていた。本当は、すぐ近くで木村と話す梨紗のことが気になって仕方がなかったのだ。
「ーーえ、無理だよ。」
「いいから、今しかないでしょ!しっかりしないと!」
「でも…、やっぱり無理だって!あたしにはできないよ。」
「ダメ、そんな甘ったれたこと言ってたらこのまま前に進めないよ?それでもいいんだったらいいけど、それじゃ嫌なんでしょ?梨紗そうやって昨日電話で言ってたじゃん。ほら、いってきなさい。」
木村が梨紗の肩を押すと共に、梨紗が俺の方に近づく。
でも、すぐ梨紗は木村の方に戻ってしまった。
「無理無理!やっぱり出来っこないって!」
「ダメ。絶対今日言っとかないと、梨紗後悔する。だから、ね?」
それでもまだうじうじしているのを見て、木村は痺れを切らしたかのように梨紗を引き寄せて言った。
「梨紗には、いろいろ助けてもらったし、大事な親友だから…、幸せになって欲しいの!幸せになってくれないと困るの!」
小さい声だけど、強い口調で言っているのが、こっちにも分かる。ほら、と言って木村が梨紗のことを押した。ついに梨紗が俺のすぐそばまで来た。
「え…。」
そう小さく呟いたかと思うと、パッと俯いた。そして唇を引き締めると、突然顔を上げて、
「ちょっと翔真、来て!着いて来て!」
そう言うと、梨紗は廊下の方へと向かって走り出した。
「ちょ、おい…!」
俺はただひたすらびっくりして、とにかく俺が着いてこいと言われたのだから、梨紗を追いかけて走った。

仲直り

ーちょっと、待て。何が起きてるんだ?
何も言わずに走り続ける梨紗と、それを何が何だか全く分からずに追いかける俺。走り続ける間にも、人にぶつかったり壁に突進しそうになったりして、すぐには梨紗のことを捕まえられそうにない。
「クッ…!」
ーこいつ、意外と逃げ足速いな。
サッカー部の中でも走るのはまぁまぁ速い方だと思っていた俺がすぐに追いつけない程とは。
「キャッ…!」
猫を踏んでしまったような声を上げて、梨紗が階段で転んだ。でも、手を伸ばして足を摑む暇もないくらいの速さで立ち上がり、また走り去る。
「ちょっと待てよ。」
ー俺、嫌われたのか?
内心萎えそうになりながらも、俺は必死に梨紗を追いかけた。
すると、
「何にも言わずに離れるなんて酷い!」
ーえ?
「なんであたしのこと無視するの!?すごく、すごく寂しかったんだから…!」
ーお前、何って?
「土日だって、会えなくてすごく辛かったんだから…!」
そんなことを叫び出した。
ー梨紗…。そんな風に思ってくれてたのか。
俺は、梨紗の気持ちのことを全然考えてなかった。離れればそれでいいと思っていた。
ークソ…、可愛いなコイツ。
そんなことを思いながら、階段の一番上、三階の行き止まりまで行って、やっと梨紗を捕まえた。
「ちょ、待って、やめて翔真…!」
俺の腕の中で、梨紗がもがく。結構本気で逃れようとしたから、離してやった。
「ごめんな…。」
掠れたような声しか出ない。俺って腰抜けだなって、つくづく思った。
梨紗の大きな丸い目から、涙の粒が零れた。彼女は、そのまま泣き続けた。
〜♪
チャイムが鳴った。
ーあぁ、もうこうなったら授業なんてくそくらえだ。サボっちまえ。
そのまま俺は、梨紗の流す涙を親指で拭い続けた。
「謝るなら、まず説明して。お姉ちゃんの推測じゃなくて、翔真の口からちゃんと聞きたい。」
梨紗が、ポツリと言った。軽く睨みつけられてる。でも、眉根を寄せているから、弱々しい感じがした。
ー泣きながら睨んだって、全然怖くねぇっての。
心の中で、可愛いなと思いフフッと笑いながら、俺はこれまでの経緯を全て話した。
「なんで、そこで離れることを選ぶの…?あたし、あんなの全然平気だったのに…。」
俺が話し終えると、俯いて肩を震わせながら梨紗が小さく呟いた。
「あいつらに…、佐伯たちに、梨紗に関わって欲しくなかったからかな。それに、お前がそれなりに傷ついてたことも知ってたし。」
「だったら尚更…!」
「そうだよな。ごめん、全部俺のせい。単純な思考回路から行動に移した俺のせいだ。」
そう言いながら、俺は梨紗の腕を引き寄せた。俺の腕の中に閉じ込める。
「そうだよ。全部翔真のせいなんだから…!…翔真のばか、あほ、まぬけ、単純、タヌキ!」
梨紗は自分が持っているだけの俺を貶す言葉を全て言いきった。言っている語彙が少なすぎて、可愛すぎて、俺はクスリと笑った。
「ちょっと、笑わないでよ!」
「悪い悪い。でも、梨紗の語彙が少なすぎるし、可愛すぎて笑っちまった。…それにしても、タヌキって酷くないか?」
「そ、それは…!咄嗟に口をついて出ただけだしっ!」
梨紗が、不貞腐れた様に眉間に皺を寄せながら唇を突き出す。
「それ、全然怖くねぇって。」
「な…!うるさい!」
ーしまった、心の中で思ったことなのに、つい言っちまった。
俺にそう言われたのに、尚俺のことを睨みつけている梨紗を見て、つい笑みがこぼれた。
「またあたしのこと笑った…!翔真酷いっ!」
「はあ…。本当、お前ってめんどくせぇ女。」
「ばか、もう嫌いっ!」
俺が梨紗をからかうために言った言葉に、ムキになって言い返してくる彼女のことを、今まで以上に愛しいと思った。
「ごめんって。これからはちゃんと考えるから、許せよ、な?」
「ヤダ、無理!」
はあ…、と溜め息を一つついて、梨紗の腰に手を回して後ろから抱きしめると、俺は彼女にボソッと囁いた。
「ちょ、もうやめてっ。ばかっ。」

ーーじゃあ、ここで俺がどんだけお前のこと好きか教えてやろうか?ーー
俺がそう言ったことで何を想像したかは知らないが、真っ赤になって梨紗がそう言った。俺は彼女を腰から抱き上げて、
「お前、真っ赤になって、何想像したんだよ?」
「な、何にも…!」
「何だよ、何にもってことはないだろ?…変態梨紗ちゃん。」
「へ、変態じゃないもん!何にもってさっきから言ってるでしょ…!」
俺が、依然として片眉を上げたままニヤリと妖しげに笑っていると、
「もう、翔真のドS!」
そう言って、俺の胸に真っ赤な顔を埋めて、軽く叩いた。
ーちょっとやりすぎたかな。
付き合い始めた当時から、梨紗のことをいじるのはよくあることだった。どうも、さっき彼女が言ったように、俺は俗に言うとどSらしい。まぁ、梨紗が泣きそうになりながらも必死に抵抗するのを見てるとめちゃくちゃ楽しい、っていうのは事実だけど。
「梨紗。…ごめんな?ちょっと俺、苛めすぎたな。」
俺は、自分が出せる中で一番優しい声でそう言った。
「本当だよ…!翔真、いっつもあたしのこと苛めてくるんだもん。」
「いっつもでは…、いや、そうだな。いっつもごめんな。」
「もういいよ。許してあげる。」
強がっているように、唇を尖らせて彼女は言った。それが可愛くて、俺は彼女の頬にキスを落とした。
「じゃあ、教室戻るか。なんかもう五時間目始まってるし、遅刻だな。」
「え、あ!そうじゃん、最悪…。あ、泣いたから目が腫れてる…、どうしよう。」
ー今頃気づいたのかよ。まぁ、しょうがないか。
何の意味も無いけど、俺はまた梨紗の瞼にキスを浴びせた。

咎立

「…ちょっとー、お二人さん、盛り上がってるとこ悪いんだけど、イチャイチャするのは学校外にしてね?」
突然、俺たちのどっちでもない声が背後から聞こえた。
「ゆ、結依佳…!」
ーはあ、桃野か。
「なんだよ桃野。邪魔すんなよ、せっかくいいとこだったのに。」
「何がいいとこよ!ちゃんと場をわきまえて。それに、これは不純異性交遊よ!」
「ちょ、何その小難しい表現の仕方は…!…きゃあ!」
俺は、めんどくせぇのが来た、と思いながら、桃野に話しかける梨紗を肩に担いだ。
「…あの、梨紗のパンツ見えてるんですけど。」
すると、呆れたように桃野が呟いた。
「え、嘘でしょ!?ちょっと、翔真降ろして!」
実際には、本当にチラッとなのだが、桃野は少し大袈裟に言ったみたいだ。
「嘘じゃないよ。本気で見えてる。」
桃野が拍車をかける。それを聞いて、梨紗が慌てふためく。
「ヤダ、ちょっと本気で待って!降ろしてー!」
梨紗に背中をバシバシ叩かれながら桃野のほうを見やると、フフフッと笑っていた。
ー相当なSだな、こいつも。
俺たちは、階段を降りて教室に戻ることにした。
「それにしても、お前もすげぇSじゃん。“超”と“ド”がつくくらいの。」
「椎名には負けるけどね。あんたの場合は、“超”と“ド”がついてもお釣りが返ってくるくらいなんじゃない?」
「はは、それ言えてるかもな。てか、そうらしいな。」
「あー、自覚ない系ですか。そういうのはめちゃくちゃたちが悪いんだよね。」
「なんだそれ。」
「はあ、どうしてあたしの周りにはドSばっかしかいないの…?」
俺と桃野の話を聞いて、梨紗がポツリと呟いた。
「お前がドMだからじゃねぇの?」
「あたしはドMじゃないっ!どっちでもないNなの!」
「Nって何の略よ?」
「NormalのNだよ!SがSadist(サディスト)の略でMがMasochist(マゾヒスト)の略なら、NormalのNになるもん!」
「それを言うなら、全部“ist”付いてるし、いっそのことNormalist(ノーマリスト)にしちゃえば?新しい単語作って。」
「そうだね!…って、絶対結依佳楽しんでるでしょ!」
「あはは、バレた?」
「梨紗が変なこと言うからだろ。」
「変なことなんて言ってないよ!」
「…てか、なんか話の流れがおかしい方向に向かってません?」
桃野の指摘で、梨紗が気づいた。
「そうだよ、何しゃべってんの!」
「いや、この会話始めたのお前だから。」
むぅ…と言って、梨紗が黙る。
渡り廊下を通って教室が近くなってきたから、俺は梨紗を降ろした。すると、梨紗が顔を上げて、瞬きをたくさんした。
「ん?どうした梨紗?」
「そういえば今気づいたけど、翔真あたしのこと降ろしてくれて無かった!」
「梨紗、今頃気づくとかバカだねー。」
「バカじゃないし!結依佳にそうやって言われる筋合いないっ!」
「うるさい、教室の方まで聞こえるだろーが。それに、お前ムキになりすぎ。」
梨紗が口をへの字に曲げて三角の目で見上げてくるから、俺はつい笑ってしまった。桃野も、梨紗の顔に気づいて、ブッと吹き出していた。それにつられて、梨紗も笑った。

捕獲

「ほら、梨紗行くよ!もう授業始まってんだからね!」
そう言って、桃野が梨紗を引っ張って教室に入り、一言。
「先生、梨紗たち捕獲してきましたー!」
そう言って席に座った。
ーえ、ちょ待って。捕獲?
「はい、ありがとう。桐谷さん、椎名くん、放課後職員室ね。」
英語の仁科(にしな)先生がニッコリと笑って、そう言った。口元は笑っているけど、目は笑ってない。
ーやべー、こりゃ相当怒ってんぞ。
「麗子センセ怖ぇわー。」「そこまでしなくてもよくない?」
そんな声が聞こえる中、
「にーしーなーせーんーせーい!下の名前で呼ぶのは禁止!それと、口出ししない!」
彼女は怒鳴ってはいなかったけど、結構声を張り上げてクラスの生徒全員にそう言った。全員が一瞬で静かになり、隣にいる梨紗を見ると目を見開いていた。
ーあの麗子先生が怒ることってほぼねぇから、怖ぇな。
麗子先生は、いつもニコニコしていて優しい、ということで有名な先生だ。なにしろ帰国子女だから英語も流暢だし、笑顔を絶やさないことを心得ている。そんな麗子先生が珍しく怒ったのだから、みんなが驚くのも無理は無い。
「はーい、すいませんでしたぁ。」
とりあえず俺は、下手(したて)に出て言うことを聞くことにした。梨紗も、背中を小さく丸めて、おとなしく席に戻った。
ー正直言うと、梨紗と仲直り(?)できたし、放課後のお叱りなんてどうってことないんだけどな。
そう思ったけど、それは顔には出さずにおいた。すると、依然仁科先生が俺のほうを見ているから、急いで教科書とノート、ワークブックを出して、姿勢を正した。

叱咤

<梨紗 Side>
英語の授業が終わり、放課後。私と翔真は、麗子先生のお叱りを受けに職員室に来ていた。
「桐谷さん、椎名くん。五時間目の最初の方、どこにいたの?」
「えっと…。」
「南校舎の三階です。」
私が口ごもっていると、翔真が言った。
「どうしてそんなところにいたの?」
言っていいものか悩んでいると、
「ねぇ、梨紗さん?」
私の名前が呼ばれた。麗子先生が生徒のことを名前で呼ぶ時は、歩み寄ろうとしてくれている時だ。つまり、理由がどうであれ怒鳴ったりはしないってこと。
「あの…、ちょっと喧嘩…っていうか、すれ違いになっちゃって…。」
「椎名くんと?」
「そ、そうです。…でも、理由があっても授業に遅れたのは事実なので…、すいませんでした!」
私はとにかく頭を下げて謝った。翔真が少し驚いたように、私の背中に手を置いた。
「…はぁ。もういいわよ、顔を上げて。理由は…なんとなく分かってるから。まぁ、貴方たちの年頃ならよくあることよね。仲直りはいいけど、授業にはちゃんと間に合うようにね?」
「は、はい…。」
悪戯っぽい笑みを浮かべる麗子先生を前に、私は彼女には敵わないことを悟った。

「なんか、ごめんな。」
あの後少し麗子先生と話して、翔真と二人で歩いていると突然謝られた。
「なにが?」
「その、ちょっと怒られたこと。なんか巻き添えになっちまっただろ。」
「あぁ、それだったら全然平気。授業に遅れる原因を作ったのは走って逃げたあたしのせいなんだから。」
「それを言うなら、根本的原因は俺が離れたからだろ。」
「はいはい。もうその話はいいの。二人で原因を探り合って、なんか変だよ。」
「…だな。」
翔真が面白おかしくそう言うから、私は吹き出してしまった。
その後も、他愛もない話をずっと続けながら歩いていると、私の家に着いた。
ーもう着いちゃったの!?
正直言って、残念。もうちょっとだけ、一緒にいられたら良かったのに。
「じゃあ、また明日な。」
翔真が名残惜しそうに私の頭をポンポンッと撫でるから、ここでもうちょっと一緒にいてなんて言えない気がして、開きかけた口を無理矢理閉じて、
「ん。じゃあね。明日も家まで来てくれる?」
と確認した。
「当たり前だって。朝から梨紗に会えるのがどんだけ俺のエネルギーの源になってるか、お前知らないだろ。」
「えへへ。…知らない。」
ニマッと肩をすくめて笑うと、
「…やっぱ知らない方がいい。俺だけの秘密な。」
と、笑いながら翔真は帰っていった。私は、彼の姿が角を曲がって消えてしまうまで見つめ続けていた。


ーーーそれから2週間ほどたった頃だった。私の靴箱に、また紙が入れられているのを見つけたのは。ーーー

軽快

今日は、新しい気持ちになれる、月曜日だ。翔真は、日直の順番が回ってきたとかで、いつもより少し早めに学校へ行ったみたい。
一人で登校して、落ち着いた気持ちで靴箱の扉を開けたとき。そこに、その紙はちょこんと座っていた。
ーまた絢歌たちかな?
この時の私は、せいぜいまたあの子たちの仕業か、と考えるくらいしか思いつかなかった。でも、そこに書かれている内容を読む限り、ただの嫌がらせという訳ではなさそう。
『どうしてあなたなの?』『可愛くないくせに』『あたしのどこがあなたに負けてるっていうの?』
そんな言葉がつらつらと並べたてられている。
ーこれは誰がやったことなんだろう。翔真のことを好きな誰か?
そう思いながらも、とりあえずその紙を制服のスカートのポケットに入れた。

「お!おはよ。」
私が教室に入ると、友達に囲まれてしゃべっていた翔真が、いち早く気づいて声をかけてくれた。
「おはよう。どう、日直の仕事は?朝から大変だねー。」
「んー、まぁ順調?なのか?つーか早めに来てみたら、窓は空いてるし机も揃ってるし、やることなくて拍子抜けって感じだな。」
「あ、そうなの?なんだ、じゃあ翔真ラッキーだったねー。」
「はは、まあな。」
そこまでしゃべった後で、私も翔真たちに混ざりたくて急いで鞄を片付ける。教科書とかペンケースとかも、引き出しの中に突っ込む。
「なーに?なんのこと話してんのー?」
そう言いながら、会話に混ざる。
「んー?どーでもいい話だよ。ほぼエロトーク。」
元からそこにいた優雨と真梨華が呆れたように言う。
「えー、そうなのー?朝からそんな話、着いてけないわー。」
そこに居合わせた女子が全員笑う。
「本当だよー、もう。月曜日なんだから、勘弁してってかーんじ。」
凛々も同調する。
「月曜日だーかーら、だろ。元気なんだよ。」
凛々の彼氏、久我 隼人(くが はやと)が言う。
「ははは、おい隼人、お前が元気とか言うと変な意味にしか聞こえねぇって。」
「変な意味じゃねぇよ。やーめろって。」
久我くんは、口では否定しているけど、本気じゃないみたいで、ただじゃれ合っているようにしか見えない。
「はあーあ、もうヤバイわ。どんどん“そういう”方向に話が進んでってる。」
溜め息をついて、結依佳が言った。
「あー、ごめんな。こいつら、めちゃくちゃ低レベルな会話しかできねぇ奴らだから。」
翔真がすかさずフォローを入れる。
「ううん、いいよ。大丈夫だから。せっかく会話に花が咲いてるんだから、どうぞ。」
笑いながら、手を伸ばして会話に戻ることを提案する。
「はは、ありがと。ごめんな。」
翔真がそう言って会話に戻ったところで…、
「はーい、席に着きなさいよー!朝の会始めるよ。」
と言って、担任の池澤 柚那(いけざわ ゆな)先生が教室に入ってきた。
「あ、ヤバっ。ゆなぴー来ちゃった。」
隣にいた愛菜が呟いた。
柚那先生は、23歳という若さからか、生徒たちからすごく好かれている。めちゃくちゃ優しいし、綺麗さの中に残るあどけなさがたまらなく可愛いんだと、男子の誰かが言ってた。
ーそこまで分析済みですか。
まぁ柚那先生は、女の私から見てもかなり可愛い。時々厳しいけど。でも、その厳しさも理不尽なものではなくて筋が通っているから、尊敬している生徒もたくさんいる。その尊敬の上に成り立つ彼女のあだ名が、『ゆなぴー』。なぜか最後に“ぴー”が付いて、可愛らしいあだ名になった。
そうして朝の会も終わり、授業を受けないといけない。
「はー。1時間目から数学とか、本当ありえないー!」
麻衣が叫んだ。
「本当、マジでだりぃわ。」
それに凌も加わる。
またいつものメンバーで翔真の席の周りに集まってしゃべり出す。翔真は、誰が決めたわけでもないが、このグループのリーダー的存在となっている。
「あ、やべぇ。俺宿題やってねぇわ。」
予定の黒板を眺めていた東雲が、静かに呟いた。
「マジかよ。お前何やってんだよー。」
石橋が茶化した。
「いやぁ、昨日帰ったら即寝たからさ。」
「飯は食ったのか?」
「いやいや、さすがに飯は食ったよ。腹減ったら死ぬかんな。」
「そうか。…って、そんなこと言ってる場合じゃねぇぞ。」
「そうだよ、お前宿題どうすんだよ?」
櫻井も少し心配しているような声で訊く。
「だよなー。どうすっかな。…誰か写させてくんない?」
東雲がそう訊いても、誰も答えない。
「…はあ。もう、いいよ。あたしのノート貸してあげるから。…その代わり!次忘れてきたら絶対貸さないし、みんなも貸したらダメね。」
「おぉー、怖ぇ。…はいはい、分かったよちゃんとやって来ますよ。」
姉御肌だけど正義感の強い結依佳が、そう言ってノートを貸してあげた。
「てか、マジでありがと!」
「はいはい。感謝してる間に、問題の一つや二つ、出来ちゃうんじゃないの?あたしが貸した意味がなくなるでしょ、ちゃんとやりなさい。」
「おー、桃野の毒舌でた。慶太ー、真面目にやっとけー。」
石橋がそう野次を飛ばすと、
「てか絶対間に合わねぇだろ。」
櫻井が冷静に一蹴した。
そうこうしてるうちに先生は来て、少し離れた席から東雲の落ち込んだ声が聞こえてきた。私も席に着いて、数学の教科書を取り出す。すると、ふいに朝靴箱に入っていた紙のことを思い出した。
ーそうだ、こっち解決しなきゃ。誰がやったのか分からないし、解決の糸口も見つからないままだし、どうしよう。
とりあえず私は、今週いっぱい誰が入れたのか探してみることにした。

好意

給食が終わって、昼休み。
私たちは、またまた集まってしゃべっていた。
「そいえば慶太、数学の宿題終わったのー?」
菜乃花がのんびりとした声で訊いた。
「ああ、ギリギリなんとか。」
「じゃあ、あたしのノート返してー。」
結依佳が手を伸ばして催促する。
「はあーあ、お前ってどんだけケチくさいんだよ。」
「ケチくさくないよーだ!あんたが忘れてくるから悪いんでしょ。」
返してもらったノートで東雲の頭を叩いて反論した。
その時、私は見た。菜乃花の表情が険しくなっているのを。眉根を寄せて、顔を強張らせている。彼女の目が、東雲と結依佳の間を行き来するのを、私は見逃さなかった。
ーあぁ、菜乃花は東雲のことが好きなんだ。
私が菜乃花の気持ちを知って、ほっこりした気分に浸っていると、
「岳登先輩。」
可愛い女の子が石橋を呼ぶ声が聞こえてきた。私がそっちのほうに顔を向けると。
「璃乃ちゃん!」
私の大好きな後輩、高梨 璃乃(たかなし りの)ちゃんが教室の入り口のところに立っていた。私が呼ぶと、満面の笑顔で頭を少し下げた。
「誰ー?」
櫻井が無遠慮にそう訊くと、
「俺のファンの子。」
と、笑って言う。
「なわけねぇだろ!」
「じゃあ告白か?」
そんなからかう声が上がった。
「もう、茶化したりしないの!」
私がそう言っても、効き目はないみたい。
「ごめんねー、璃乃ちゃん。」
「いえいえ。」
そう言うと、石橋に向き直って、何かを言った。それに石橋も返す。その瞬間、璃乃ちゃんの顔が赤くなった。
ー教室まで来た時からなんとなく感づいてはいたけど、やっぱり璃乃ちゃんは石橋のことが好きなんだ。
そう思っていると、石橋が璃乃ちゃんを連れてどこかに行ってしまった。その間も依然として野次を飛ばす男子は放っておく。
「やーん、やっぱり璃乃ちゃんめちゃくちゃ可愛い!もう大好き!」
語尾にハートが付きそうな、自分で聞いても気持ち悪いくらいの声で、私は感想を言った。
「梨紗、ちょっとそれキモいから。」
結依佳がそう言うと、
「じゃあ俺とどっちが好き?」
すかさず翔真が訊いてきた。
「うーん…。」
「そこ考えるのかよ!」
漫才のツッコミみたいに、翔真が大きめの声で言った。
「うーそだって。それは翔真に決まってるでしょ。」
二人揃って照れ笑いをする。
「うわー、今ラブラブリア充はキツイわー!」
私たちのことを見ていた東雲が言う。
「お?ってことはお前、好きな奴いんのか?」
「んーー?」
櫻井が訊いても、そう言って彼は向かって右上を見た。
「あー!それは…、黒でしょ?」
私が当ててみせると、
「え?ってことは、いるってことだよな!?」
「マジかよ!誰だよ?」
「同じクラスの奴?」
矢野や倉谷、朋坂(ともさか)も、驚いたように捲し立てた。
「うーるせぇな。お前らには関係ねぇだろ?」
東雲は、照れ隠しのように強めの口調で言った。そんな彼を見て、みんなが爆笑したのは、言うまでも無い。

悲壮

<乙華 Side>

私の親友、璃乃が一個上の石橋先輩に告ってから、一週間が過ぎた。璃乃は、今までの必死のアピールのおかげでOKをもらえて、今付き合ってるそうだ。
「乙華(いつか)ー!」
ニコニコしながら、璃乃が走って教室の私の席に近づいてくる。
ーもう全身から幸せが滲み出てるって感じだなぁ。…羨ましいな。
「今日ね、昨日一緒に作ったカップケーキ、美味しいって言って食べてくれたのー!てか、昨日普通に水曜日だったのにごめんね。」
女の子の中でも一際目立つ可愛い声で、嬉しそうに言う。
「いいよいいよそんなこと。よかったじゃん、璃乃!頑張って作ってたもんね!」
「うん!でも乙華が手伝ってくれなかったら、あたし焦がしてたかも。」
「んなことないよー!璃乃は器用だから大丈夫だと思うけどなぁ。」
「ありがと。…あたしのことより、乙華はどうなの?あの…、入学した時に一目惚れした先輩。…椎名先輩だっけ?」
「うん、翔真先輩。」
「どうなのー?好きになってから、もうすぐ4ヶ月 経っちゃうよね?」
「うん…、それに夏休みに入っちゃうしね。」
「きゃー!どうすんの、乙華!?」
「どうしようもないから困ってんじゃん。」
「…だよねー。でもとにかく、頑張んないと始まんないけどね。」
ー分かってる。そのくらい、璃乃に言われなくても十分分かってる。でも、翔真先輩には彼女がいて…。
私は藤城(ふじき) 乙華、中1。好きな人は、椎名 翔真先輩。でも、これは叶わない恋って言ってもいいんじゃないかと思うくらい、成功率が低い。…だって、翔真先輩には彼女がいるんだもん。すっごくショックだけど。でもそんな中、せめて存在くらいは知ってもらおうと、頑張って話しかけたり、無理矢理ぶつかっていって物を落として拾わせたり、典型的な方法で気を引いてきた。だからといって、会った時に声をかけてくれるとか笑いかけてくれるとか、そういう訳じゃないんだけど。私がどれだけ足掻いても、先輩の心にいるのは桐谷 梨紗先輩で、彼の気持ちは1ミリも動かない。
「…か、乙華?だいじょぶ?」
「あ、ごめん。考え事してて聞いてなかった。」
「話なんていいんだよ、どうせ大した事しゃべってないからあたし。それより、乙華本当に大丈夫なの?」
「本当は…、全然大丈夫じゃない。もう好きでいるの辞めたいけど、それが無理だから苦しんでるのに。」
「乙華…。」
そう璃乃が呟く声が聞こえたと思うと、ふわりとした感触が背中に伝わった。
「乙華、我慢しなくていいんだよ。なんでも嫌なことは吐き出していいんだよ。あたしがあんたの黒い気持ちだって受け止めるから、なんでも言ってよ?」
そんな優しい言葉と共に、力が込められる背中の感触。そっと抱きしめられているのだと分かった。
「ありがと、璃乃。…うん、なんかあたし、元気出てきた。璃乃がいてくれるなら、あたしだって頑張んなきゃダメだよね。」
心の中で自分に喝を入れて、私は決意した。

痛切

そして、放課後部活の練習が終わって、着替えている時。
「ねぇ翔真、スパイクめちゃくちゃ汚れてるけど、洗っとこうか?」
「あ、マジで、そんなに?洗っといてくれると助かる。ありがとな。」
「いーえいえ。それがあたしの仕事だから。」
サッカー部の方から聞こえてくる、会話。サッカー部に所属している翔真先輩と、サッカー部のマネージャーの梨紗先輩の声。少し聞いたぐらいだと、ただの部員とマネージャーの会話に聞こえるかもしれない。でも、二人の場合、違う。
「さーすが。仕事とまで言われてスパイク洗ってもらえるなんて、羨ましい限りだな。」
「俺のも洗ってー!」
あはは、と笑い合う中で、翔真先輩が
「お前ら、調子乗んなよー?これは俺だけの特権だかんな。」
と、咎めるように言った。
「ちょっと、恥ずかしいからやめてよ。」
照れたような梨紗先輩の声が聞こえた。彼女にとっては嬉しい一言でも、私にとっては胸を刺されるような痛みを感じる一言だなんて、知る由もない。
「おーい、乙華、大丈夫ー?」
着替える手を止めた私のことを不思議に思ったのか、同じバド部に所属する杏奈(あんな)が声をかけてきた。
「あ…、うん。」
上の空だった私は、梨紗先輩が時々チラッとこっちを見ていることに気がつかなかった。

嫉妬

少しして、男子の声しかしなくなったな、と思っていると、
「乙華ちゃん?」
背後から、私の名前が呼ばれた。よりによって、今1番呼ばれたくない人に。
「藤城…乙華ちゃん?」
私が何も言わずに背中を向けたままだったからか、先輩はもう一度、今度はフルネームであたしの名前を呼んだ。
「はい。何ですか、梨紗先輩?」
私は、振り向いてそう訊いた。
「ちょっと訊きたいことがあるんだけど、いいかな?」
そう言うから、少しみんなから離れて、
「何の用ですか?」
小さな声で言った。少しツンとした態度になってしまう。
「あのね、これ…。」
そう言って梨紗先輩が取り出したのは、つい先週の金曜日に私が彼女の靴箱に入れた紙だった。
「見覚え…あるよね?」
驚いて、答えられない。
「あたし、見ちゃったの。この紙を…、乙華ちゃんがあたしの靴箱に入れてるところ。」
私が何も言わないから、先輩は続けた。
「どうして、これを入れたの?」
「そんなの、椎名先輩のことが好きだからです。」
押し出すように言った言葉が聞こえなかったのか、
「え?」
「だから、あたしだって椎名先輩のことが好きだからです!」
…言えた。ちゃんと言えた。本人には言えなかった言葉、その彼女に言えた。
「はあ…。やっぱりね。」
ーえ…?
「誰がやったのかは全然分からなかったけど、理由はなんとなく分かってたの。あたしにこんなことしてくる子なんて、翔真のこと好きな子しかいないから。…でも…、これはちょっと傷ついたかな。」
そう言われて、指差すところを見やれば、『あたしのどこがあなたに負けてるっていうの?』。
「あたしは、好きっていう気持ちとか恋っていうのは、あくまでも勝つとか負けるとかじゃないと思ってるの。それに、あたしだって、それなりに翔真のために頑張ってるつもり。なんか、それ全部を否定されたみたいで…。」
ーーっ!
「別に否定なんかしてないです!ただ、…っただ、あたしだって誰よりも頑張ってるつもりなんです!」
「うん、それは分かる。乙華ちゃんが頑張ってるのは分かる。でもね、あたしが言うのもなんだけど、どこが負けてるの?っていうのはちょっと違う気がする。」
ー正直、イライラする。分かったような口聞いて。
「分かる分かるって言うけど、想いが届いてて幸せな先輩に、何が分かるっていうんですか!?あたしの気持ちなんて、先輩には分かりっこない!」
傷ついた顔してる。
ーあたしがつらい分、先輩も傷つけばいいんだ。
私が叫んだからか、近くにいたサッカー部のみんなや、バド部の先輩たちがこっちを緊張した面持ちで見ている。私は構わず続けた。
「そんな、好きでいる期間は先輩のほうが長いかもしれないけど、強い想いは先輩と変わらない!…どうしてあたしは報われないの…?」
私の中で、何かが崩れる瞬間だった。溜め込んでいた想いがとめどなく溢れていく。気づけば、私は泣いていた。
「乙華ちゃん…。」
そう言って、梨紗先輩が背中をさすろうと近づいてくる。
「触んないで…!」
私は無意識のうちに、彼女の手をはたいていた。その時に、爪が頬に当たったみたいで、目を見開いたまま手のひらで押さえている。
「おい、なんで叩いてんだよ。」
翔真先輩が、梨紗先輩を守るみたいに前に立って言った。
ーそれさえも、あたしの心を傷つけるには十分な行動になるのに。
私は、大好きな人が自分じゃない人を守ろうとしてるのを見ていられなくて、目を逸らした。
「翔真、いいから。」
そう静かに言って一歩踏み出すと、梨紗先輩は私に向かって微笑んだ。
「乙華ちゃんの気持ちは、痛いくらい分かるつもりだよ。あたしにも片想いしてた時期あったから。頑張ってるのも伝わってきた。だから…、いいライバルになってくれない?」
ーは?
何を言われているのか、全く分からない。周りの人たちも、驚いた顔をしている。
「その…ね?同じ人を好きになったんだし、仲良くなりたいとは思うんだけど、やっぱりそれじゃあ嫌でしょ?だから、それだったらいいライバルになったほうがいいかなと思って。」
そう言われても、私は一回怒ったら後戻りできないタチだから、何とも言えない。
「考えときます…。」
そのくらいしか言葉が見つからなくて、唇を少し噛んでそう言った。
「ありがとう。」
そう言われて、自分の心の狭さを思い知らされたようで、私はその場から逃げ去ることを選んだ。
「乙華っ…?」
「ごめん杏奈、あたし先帰るね。」
心配してくれる友達でさえも振り切って、校舎の角を曲がるまで走った。
「はあ…。」
立ち止まって肩で息をしていると、涙が出てきた。
「バッカみたい…。」
ーあんなに包容力のある人に、勝てるわけないんだ。どれだけ彼に愛されてるって知ってるからって、ライバルが現れたのにあんな風に言える人が、あたしなんかに負けてるはずがないんだ。
やっと、翔真先輩が彼女を選んだ理由が分かったような気がした。

「あ、そっとしといてあげて。ちょっとあたし、言い過ぎちゃったから。」
梨紗先輩の声が聞こえる。ライバルなんだから、目の敵なんだから、もっと傷つけるようにされたっていいはずなのに。そこまで優しく接してくれる。
「あたしは、あんなに綺麗な心、持ってない…。」
涙が溢れてきたけど、私は拭うこともなくそのままにした。
七月の暑い太陽の下、私の恋は真冬の吹雪よりも冷たく、凍えたまま終わった。

同感

<菜乃花 Side>

びっくりした。
昨日の放課後部活の後、一個下でバド部の乙華ちゃんが、梨紗の手と頬を叩いた。私は梨紗と同じくサッカー部のマネージャーをしているから、二人の雰囲気がピンと張り詰めたみたいになっていることに、誰よりも早く気づいた。
「別に否定なんかしてないです!」
その言葉に続いて、捲し立てる声。壁から覗いて見てみると、怒ったようにしゃべる乙華ちゃんと、突っ立ったまま動かない梨紗。
「分かる分かるって言うけど、想いが届いてて幸せな先輩に、何が分かるっていうんですか!?あたしの気持ちなんて、先輩には分かりっこない!」
そう乙華ちゃんが言った。
ーその気持ちはすごくよく分かる。あたしも同じだから。
私は、梨紗と乙華ちゃんの話に聞き耳を立てるのをやめて、物思いに耽った。
私が、乙華ちゃんの気持ちがよく分かると言ったのは、私にも好きな人がいて、同じ思いをしてるから。
私の好きな人は、東雲 慶太。同じ学年、同じクラス、いつもつるむグループにいるっていうのに、何故か何の進展もない。しかも、結依佳と息がぴったりで、仲が良さそうに見える。それになにより私が気になって仕方がないのが、二週間前に東雲が言った言葉だった。いや、実際には本人が言ったわけじゃないけど、櫻井や矢野、倉谷や朋坂に訊かれたときのあの反応は、訊いたことが真実であることを暗示していた。
ーー『好きな奴いんのー?』『んーー?』ーー
そう言って目線を逸らす彼の顔が、いつもより少し赤くなっているような気がしたのは、私の気のせいじゃないと思う。
ー好きな人…、いるんだ…。
みんなにとっては、ただ盛り上げるための会話の一環なのかもしれないけど、私にとっては、今日の授業の宿題は何か、よりも大事な話だ。極力感情を表に出さないようにして聞いていたけど、やっぱり暗い気持ちになったのは変わらなかった。

「なあ、今日って短縮授業だよな?」
二時間目の後の休み時間、倉谷が誰にともなく尋ねる。
「そうだけど、なんで?」
「じゃあさ、ゲーセンとカラオケ行かね?」
「だな、もうすぐ夏休みだから宿題もねぇし。」
椎名も同調する。
「行ける奴いるー?」
「翔真が行くならあたしも行くー!」
全員に意見を求めた椎名に、梨紗が飛びついて言った。
「梨紗、痛い。ってか、重い。」
「あ、ひどっ。」
相変わらずラブラブしてる二人を見て、すごく羨ましくなる。
「あ、みんなも行くよね?」
ー拒否権を与えずに訊くあたり、梨紗らしいな。…どうしよう、行こうかな…。
「あ、俺も家帰っても暇だし行く!」
「なんだその理由。ひでぇもんだな。」
ーーっ!
「…あ、じゃああたしも行く!」
「本当ー!?やったぁ、菜乃花も来るー!」
梨紗に微笑みかけて、他に来る子はいないかと、周りを見る。
「はいはーい!あたしたちも行きまーす!」
優雨と真梨華が手を挙げて言った。その後、グループのほとんどのメンバーが行くことになって、帰りの準備をし始めた。
ーちょこっと不純な動機だけど、いいよね。
梨紗が最初に訊いた時に東雲が行くって言うから、あたしも行くことにした。
ー彼に好きな人がいても、これが近づけるチャンスだと思えばいいんだ。
自分に言い聞かせるようにそう繰り返す間、顔が少しにやけてしまうのは抑えられなかった。

恋する乙女

話し合った結果、一旦家に帰って着替えてから現地集合ということになった。私は、梨紗と家が近いから、待ち合わせて一緒に行くことにした。
「なーのかっ!」
「りーさー!」
名前を伸ばして呼ぶのには、お互いの服がめちゃくちゃ可愛いことに対する感嘆が込められていて、私は図らずも羨望の眼差しで彼女のことを目を細めて見た。
「ちょっと菜乃花、その服どこで買った?」
「え、Honeysだけど?」
「本当ー?あたし最近行ったのにー!」
「可愛いからすぐ売れちゃったのかも。」
「…だね。残念っ。」
口をへの字にしている梨紗を見て笑いながら、私は自転車をこいだ。
「…ねぇ、菜乃花ってさぁ、東雲のこと好きでしょ?」
集合場所に指定したモールまであとちょっと、というところで、梨紗が唐突に訊いてきた。
「ちょっ、え…!?なんでっ…?」
「あー、やっぱりそうなんだぁー。」
知らず識らずのうちに、梨紗の言葉を肯定する意味のことを言ってしまったのに気づいた。
「ちょっと待って、なんで分かったの?」
「そんなのちゃんと見てれば分かるって。菜乃花、いっつも東雲のこと見てるし。」
ーバレてたかー。
「今日だって、東雲が行くから来たんじゃなーいのー?」
ちょっと茶化すように梨紗が言う。
「…はあ、梨紗には何でもお見通しか。…そうだよ、好きだよ。」
「やっぱりー?きゃーっ!」
「梨紗、うるさい。…でも、バレてたとはね。」
「あはは、筒抜けなーのよっ。…まぁ、あたしたちのグループのみんなはめちゃくちゃ鈍感だから気づいてないかもだけど。」
「そっかぁ…。まぁ、ちょっと不純な動機なんだけどね、今回は。」
「まぁいいんじゃない?お近づきになるチャンスだと思えば。」
「…だね。頑張るよ。」

そんな風に恋バナをしてるうちに、目的のモールに着いた。
「やほー!遅れ…た?」
「いや、大丈夫。まだ朋坂たち来てねぇし。」
もう既に来ていた椎名、櫻井、成海に梨紗が訊くと、椎名が答えた。彼はそう言ったけど、まだ来てない子達の方が多いみたい。
その後、10分ほど待っていると、全員揃った。東雲が来た時、私のほうを見た後口元に手を当てて目を逸らした。
ー…?なんだろう、今日の格好変だったかな。梨紗は可愛いって言ってくれたけど。
よく意味が分からないまま、みんなにくっついてゲーセンに向かう。

暖かい気持ち

「あー!もう絶対プリ行こー!」
プリ機が立ち並ぶゲーセンの一角まで来ると、愛菜が言った。
「絶対行くって。」
凛々が、子供みたいにはしゃぐ愛菜を抑えるように言った。
みんなは他のゲームをいっぱいしていたけど、私はなんとなくその空気に混ざれなくて後ろから見ていた。
「福永もやんなよ。」
そんな私に声をかけてくれた人。ーーー私の好きな人、東雲。
「えっ、あ、ああああああたしはいいよっ。」
緊張しすぎて嚙みまくるし、おまけに声が裏返ってる。
ーあぁ、もう最悪…!緊張して何にもしゃべれない…。
「東雲はいいのっ?ゲームやんなくて。」
「ああ、俺はもう十分楽しめたし、あとは他の奴らに代わった。」
ーやっぱり東雲はいい人っ…!
「…どうした?アイスでも買いに行くか?」
緊張と感嘆で私が変な顔でもしていたのか、心配そうにこちらを伺う目と共にそんな非現実的な言葉が投げかけられた。
「…へ?」
「っ…、だから、アイス?」
「あ、うん、食べるです!」
テンパりすぎて、変な日本語になっちゃった。
「ははっ、食べるです、って…。」
そう言いながら、東雲が肩を揺らして笑う。
ーもうっ、ヤダー!恥ずかしすぎる。
「ちょっと、わ、笑わないでよ…。」
そう言いながらも、東雲としゃべれたことを嬉しく思っている私もいる。
「あああああアイスっ!…買いに、行くん…でしょ?」
もうこの空気を終わらせたくて、半ば強引に東雲の手を引いてゲーセンを出た。

「福永ってさぁ、ゲーセンみたいなうるさいとこ、好きじゃない?」
アイスの自動販売機まで歩く途中、東雲が訊いてきた。
「好きじゃないってわけじゃないけど…、長いこといるのはちょっと大変かも…。」
ー歩いているうちに気持ちが落ち着いてきたから、普通に言えたっ…!
「そっか…。」
東雲は、そう言ったきり口をつぐんでしまって、自動販売機のところに行くまで何もしゃべらなかった。
「福永、どれが好き?」
「えと…、キャラメルかな。」
「マジで?俺、キャラメルとチョコブラウニーで迷ってたんだよ。俺チョコブラウニー買うから、分けてくんない?」
「え…。あ、い、いいよ。」
普通に『分けて』とか言ってくるから、驚いた。
ー付き合ってもないのに、分け合いっことか普通するものなのかな…。
正直、普通はしないと思う。私の頭が古いだけなのかもしれないけど。
そんなことを考えていたら、
「…い、おーい。福永?どした?」
二本のアイスを持った東雲がこっちを見ていた。
「あっ、ごめん。…って、え!?買ってくれたの?」
彼の両手は、しっかりキャラメルとチョコブラウニーのアイスを持っていた。
「あ、うん…。ダメ…だったか?」
「え、いやダメとかじゃないけど、お金…。」
「ああ、いいって。俺の奢りな。次は福永が奢れよー?」
「えっ…。」
ー次、って…。この次が、あるんだ。また会ってくれるつもりなんだ。
「嬉しい…。」
「ん?」
しまった、うっかりしてて心の声が東雲に聞こえちゃった!
「ううん、何でもない。アイスありがと。」
「おう。」
そうして、二人で近くのベンチに座ってアイスを食べた。
「今日、ほんっと暑いなぁ。」
「そうだねー。もうすぐ夏休みだもんね。」
「だよなー。プールとか海とか行きてー!」
「いいねー!あたしもプール好きー。」
「俺は海のほうが好きかもな。福永は海好きか?」
「んー、嫌いではないんだけど、あの潮の匂いっていうのかな、それがどうしても好きになれなくて。」
「そっかぁ。そういう意見があるのは分かる気がするな。でも、俺は海の匂い好きかなぁ。」
「まぁ、夏、って感じがしていいんだけどね。」
「あー、しゃべってたら海行きたくなったー!」
東雲がそんなことを言うから、私はクスッと笑ってしまった。それにつられて、彼も笑う。

信頼

「あれー、こんなとこいたのー?」
「てか、なんで二人でアイス食べてんのー?」
私たちの笑い声は、そんな声でかき消された。振り返ると、一緒に来ていたみんながこっちを不思議そうに見ている。…ただ一人を除いて。梨紗はもう私の気持ちを知っているから、ずっとニヤニヤして悪戯っ子のような顔をしている。声をかけてきたのは、結依佳と凛々だったみたいだ。
「ちょっと二人、付き合ってん…」
「あたしもアイス食ーべよー。」
付き合ってんの?と言おうとした麻衣の言葉を遮って、梨紗がるんるん気分でアイスの自動販売機へと向かう。
ーあたしが返事に困ると思って、話を逸らしてくれたんだ…。
本当に、梨紗の気遣いには感謝させられっぱなしだ。
「あ、俺もー。」
梨紗に便乗して、椎名もアイスを買いに行く。…恐らく、ただ食べたくて。そうして、二人の影響で全員がアイスを買う流れになった。
「そろそろプリ行こうよ。」
「最高何人で撮れるか試してみようよ!」
「いいねー!それ面白そう。」
ということで、総勢17人でプリ機のほうへ向かった。

不安

<翔真 Side>

全員で17人という集団で、プリ機が並べてあるコーナーに行く。
「どれにするー?」
「あれなんかいいんじゃない?『美肌Lady』だって。」
「本当だ。その次に『Girls Favorite』とかどう?」
「いいねー!そうしよ。」
俺には全く分からないけど違いがあるらしく、その二つで撮ることに決まった。
「はーい、みんな入った?」
胡桃沢がそう言って、全員で返事をする。全員入ったと言っても、足が床についていない奴もいる。俺は梨紗を抱き上げて奥へとつめる、という風に、彼氏軍団はそれぞれ自分の彼女を極力狭いスペースになるように抱える。
「あっつー!なんでこんなに暑いの?プリ機の中ってこんなに暑かったっけ?」
梨紗が叫ぶ。
「いや、こんだけ大人数で入れば暑くもなるだろ。」
俺が返事をした。
その後、明るさ設定とフレームを決めると、撮影が始まる。ポーズを取れとか言われるけど、こんなにぎゅうぎゅう詰めだったらポーズも何も無い。
やっと撮影が終わって、編集のブースに移動すると、画面の至る所に顔ばっかり写っている。
「なにこれー、めちゃくちゃウケるんだけど!」
桃野がお腹を抱えて笑い出した。
「本当だ、落書きするとこないじゃん!」
「てか男子のデカ目、超面白い!」
「肌白すぎー!」
女子は全員笑い転げている。
「はいはい、バカ笑いはそこまでにして落書きとかしないと、時間無くなっちゃうよ。」
ひとしきり笑った後、梨紗がそう言って落書きを開始した。ブースの中に17人も入れないから、男子陣は外で待ちぼうけをくらう。
「まだー?」
そう言って隼人が中を覗くと、
「まだー!今ボーナスタイムで時間止まってるから全然終わんないと思うよー。」
「なんだそれ、めんどくせぇシステム。」
「ひーどっ!これめちゃくちゃ嬉しいシステムなんだよー?」
「あー、はいはい。」
文句を言うように唇を尖らせる真川を放ったままにして、隼人はこっちに戻ってきた。
「なんか、まだ全然終わんないらしいよ。てか、あん中めちゃくちゃ狭苦しくね?」
「だよなー。あれはたまーに理解できないことがある。」
「…あ、出てきた。終わったんじゃねぇの?」
「っぽいな。おい、梨紗ー!終わったー?」
ゲーセンの中はうるさいから、少し声を張り上げて問う。
「終わったよー!待たせてごめんね!」
ーさりげなくこっちのことを配慮してくれてるところ、すごいな。
「桐谷って、めちゃくちゃいい奴だなー。さりげなく謝るとことか。」
「だよなー。おい翔真、羨ましいぞ。」
「やめろって。てか、お前ら好きになんなよ?マジで困るからな?」
「あはは、なにお前ムキになってんだよー。」
プリントされて出てきたプリを持って、梨紗がこっちに向かって歩いてきた。
「お前ら、マジでやめろよ?」
矢野たちに一言言っておく。
「なにがやめろなのー?」
梨紗がきょとんとした顔で訊いてくる。
「な、なんでもねぇよ。」
「なんか翔真、あやしいよー?」
真偽を探るような目つきで、射るように見つめる。
「なんでもねぇって。それより、プリもう出てきたのか?」
「え、あ、うん、もうとっくに。」
何言ってるの、とでも言わんばかりの顔をする。
「それで、あの…。みんな待ってるんだけど?」
梨紗が指差すほうを見やれば、俺たち五人以外の全員がこっちを見ている。
「やっべ!ごめんごめーん。」
そんな軽い感じで言いながら、矢野たちはそっちに行く。
ーあいつら、逃げやがったなー。
呆れながらも、みんなが待ってるところに行く。
「今何時だよー?」
「五時ちょい過ぎ。」
「本当ー!?じゃあさ、なんかおやつでも食べてかない?」
牧瀬の提案で、モールに入っているクレープの店に行くことになった。

戯れ

「ここ、ここ!“Crêpe De Luxe"!」
「なんて読むんだよ?」
「“クレープ・デ・ルクセ”っていうお店なの。めちゃくちゃ美味しいんだよー!」
「このお店知ってるー!来たことある!」
「本当ー!?めちゃくちゃ美味しいよねー!」
「うん、スイーツ系だけじゃなくて、おかず系もあるし、なによりコーヒーが美味しいから合ってるんだよね。」
共感できることに感激している梨紗と牧瀬にはとりあえず触れずに置いといて、店の中へと入る。
「いらっしゃいませー。…あ、梨紗ちゃん!」
「こんにちはー。おやつ食べたくて、来ちゃった。」
「どうぞどうぞー。席ならどこでも空いてるから、好きなとこ座って?」
「ありがとー!」
バイトだと思しき女子高生と、親しげに会話を交わす梨紗。
「梨紗、だ…っ、どなた?」
「あぁ、お姉ちゃんの友達の、優樹菜ちゃん。」
「優樹菜ですー。よろしくね。…あ、梨紗ちゃん、それってもしかして…?」
「あぁ、そうだよー。」
「きゃー、本当にカッコいいじゃーん!想像してたのよりも遥かに。」
「でしょー?ってかそんなに!?」
「うんうん。梨紗ちゃん、すごいねー。」
「あはは、そうかな?まぁとにかく、メニューお願いしまーす!」
俺にはよく分からない内容だったけれど、何故か俺が褒められてる(?)のは分かった。そうして、とりあえずメニューを持ってきてもらい、何を頼むかを決める。
「梨紗、お前なに食べる?」
「あたし、一人で一つは食べれないかも…。分けっこしよ?」
「おう、それは全然構わないけど、どれがいい?」
「んー…。」
そう言って、梨紗の目が苺とバナナの間を行き来する。
ーあれ、こいつ気づいてねぇの?
苺バナナ、っていうメニューがあるっていうのに、迷っている。気づけば、もう優樹菜さんはテーブルに来てオーダーの準備万端だ。
「あ、じゃあ苺バナナください。シェアするんでそれだけでいいです。」
そう俺が言うと、
「え、あれ?苺バナナなんてあった!?」
「あったよ。気づけバーカ。」
「バカは翔真でしょ!」
「あれー、テストの点数でいっつも負けてるのは誰だっけなー?」
「そういうことじゃなくて!」
「…あのー、もう注文はよかったかな?」
「あ、はい。」
俺たちの言い合いを、戸惑ったような顔をして見ていた優樹菜さんに言われて、俺は我に返った。
「おい、言い合いなんかしてる場合じゃねぇぞ。」
「え?…あ。みなさんすいません。」
その後、店内にはみんなの笑い声が響いた。

閃き

「じゃあ、帰るかー。」
もうじき六時近くなるし、お腹もいっぱいになったことだし、ということで、みんな家路に着くことにした。俺は、少し暗くなってきたし、梨紗を送って行くことにした。彼女と同じ方向の、福永も一緒だ。
「じゃあ、また明日ねー!」
梨紗がみんなに向かって言うと、何故か慶太が
「あー、ちょっと待って。俺もそっちついてく。」
と言って、慌ててやってきた。俺は思いっきり、???って感じだったけど、梨紗が福永に向かってニヤッとしたのを見て、ひらめくものがあった。
ーあれ、福永って慶太のこと好きなのか?
そうは思ったものの、慶太がこっちに着いてくる理由が分からない。でも、こないだ好きな奴がいるとか言うようなことを仄めかしてたから…。
ーあっ!慶太の好きな奴って、福永?
そう考えれば、辻褄が合う。こういうことにはめっぽう疎い俺でも、慶太が福永を好きだっていうのは、分かった今では合点がいく。
「そうか、そうだったのかー!」
「…なにが?どうしたの、翔真。」
ーおー、しまった。心の声が。
「いやー、なんでもない。」
依然疑っているような表情を崩さない梨紗に、誤魔化すようにそう言う。
「まぁ、いっか。行こっ、菜乃花!」
少し俯き加減の福永に、梨紗が声をかける。
「そうだね。帰ろー!」
福永は、顔を上げると元気にそう言った。四人でそれぞれ自転車に乗ってこぎ始める。道中は、他愛もない話をして笑い合う。
「あ、そろそろあたしの家…。」
そう小さく、福永がつぶやいた。
「ねー!菜乃花、残念だよー。」
「…あのぉ、梨紗?」
微笑みを絶やしはしないが、明らかに怒っているだろう福永の様子から、梨紗が福永のことをからかっているのが分かった。当の本人は、んー?とか言いながら、目を逸らしている。
「もう、いいよ!…じゃあ、またね。今日は楽しかった!送ってくれてありがとう。」
最後の台詞は慶太に言って、福永は手を振りながら家の中へ入っていった。ただ…、異様だったのが、慶太が終始ニコニコしながら手を振っていたことだ。
ー人を好きになるだけで、あんなに変わるもんなのか?人格崩壊してんぞ。…いや、変わるな。
事実、俺の性格だって梨紗のおかげで変わった。女子とはあまりしゃべらなかった俺が、梨紗と付き合うことで女友達ってのができて、いつも一緒につるむ仲間もできた。梨紗が俺を変えたんだ。

両想い

「あーあ、もう家着いちゃう。」
梨紗が残念そうに言った。
「じゃあ、俺ん家来る?」
単なる提案として言ったつもりだった。でも、
「え、…いいの?てゆーか、今日金曜日…。」
梨紗が目をくりくりさせてそんなこと訊くから、本気で連れて帰りたい衝動に駆られた。
「今日金曜日なのが、どうした?別に俺ん家はいいけど?」
わざと意地悪そうに言ってやると、
「じゃあ…、行く!桜瑚ちゃんにも最近会ってないしね。」
「よし、じゃあ決定!…慶太、ちょっと予定変更。悪いな。」
「いや、全然大丈夫だって。てゆーか、お前ら相変わらずラブラブしてんな。」
「はは、だろー?お前も彼女作れよ。」
「おお、核心を突いてくるなー。まぁ、頑張ってはいるんだけどな…。」
慶太が、どこか寂しそうにそうつぶやいた。
「あれ、東雲って好きな人いないの?」
ーおー、これこそ核心を突いたな。
「あー、俺?…いるよ。」
「え!?本当にー?誰なの?」
「あのー、これどうしても言わないとダメか?」
「うん。」
「即答かよ。」
俺は、すかさずツッコむ。
「だって…。まぁ、いいじゃん、教えてよ。」
「はあ、…福永だよ。」
「えっ……!!」
そう言ったきり、梨紗は言葉を失ったように目を見開いたまま黙った。
ーなんでこいつ、こんなに 衝撃的!みたいな顔してんだ?
「…やっぱなー。」
思わずつぶやいていた。
「え、やっぱって、気づいてたのか?」
「見てりゃ分かるって。お前分かり易すぎだかんな。」
マジかよー!と落胆したような声を上げて、慶太はペダルを踏む力を弱めた。
「バレてないかなー?」
「…あ、それは大丈夫。絶対バレてない。」
黙っていた梨紗が、突然口を開いた。
「なんで断言できるんだよ?」
「それは…、内緒。」
えへへ、と笑う梨紗の頭を撫でて、三人で慶太の家に向かった。
道中は、ほとんど俺と梨紗がしゃべって、慶太がたまにツッコんできたり話を振ってきたりと、わいわい帰った。
「…お、じゃあな。また月曜日なー!」
そう言って、慶太は家の中へと消えて行った。

何回も恋に落ちる二人

<梨紗 Side>
「今日楽しかったねー。」
にこにこしながら言う。
「そうだな。…ってかお前、なんでさっき慶太が福永のこと好きって言った時変な顔してた?」
「変な顔してたっけ?…なんでかというと、菜乃花も東雲のこと好きだから。」
「は!?マジで言ってる?」
「うん。…っていっても、あたしも今日知ったんだけどね。」
「そうか…。ってことは、あいつらは両想いってわけか。」
「そうだね。なんかロマンチックって感じ。お互い想い合ってるなんて。」
「慶太、告ればいいのにな。」
そうだよ、男の子から告るべき!と熱弁していると、翔真がクスッと笑った。
「なに笑ってんのー?」
「なんにも。梨紗面白いなーって思って。」
「え、なにそれ。」
「あ、あと可愛いなーっとも思った。」
純粋な気持ちをサラッと伝えてくるから、きっと私の顔は赤く染まってるだろう。
「ちょ、やめてよ恥ずかしい…。」
「またもう一回好きになった。」
「だから、本当にやめて…。照れる。」
「何回も恋に落ちる二人が長く続くっていうけど、本当なんだな。俺は何回も、梨紗に惚れ直してる。」
さっきまでは照れていたはずなのに、すうっと翔真の気持ちが胸に入ってくる。
「ありがと。あたしもだよ。」
微笑んで、そうつぶやいた。すると、翔真の唇が私の唇に触れる。
キャラメルのような、琥珀色の幸せに満たされて行く。私はこの奇跡を確かめるように、翔真の服を掴んだ。


*Fin*

琥珀色の奇跡

え、終わり!?⁽⁽◝(⊙ꎁ⊙ㆀ=͟͟͞͞⊙ꎁ⊙)◜⁾⁾

ー終わりです。笑
突然終わってしまったみたいになってしまいましたが、一応ここでエンディングを迎えました。

私の処女作、いかがでしたか?
自分にとって一番身近な、学園恋愛小説を書かせていただいたのですが、文章にするとこんなに難しいんだ、と改めて実感しました。
キャラ達の気持ちや考え方が、上手く皆様に伝わっているといいなと思います。ʕ•̫͡•ʔ♡ʕ•̫͡•ʔ

この小説にお付き合いくださり、どうもありがとうございました。
この作品は、三部作になる予定なので、今後ともどうぞよろしくお願いします!

妃奈♪

琥珀色の奇跡

「好きです…、俺と付き合ってください。」 目の前で照れながらそう言う翔真の顔を、梨紗は顔を真っ赤にして、口をポカンと開けて見つめていた。 「はい…」 中学二年の四月、梨紗の人生に、今までにない転機が訪れた。 梨紗と翔真の、純愛物語です。ぜひ読んでみてくださいね♪感想なども言ってくださると嬉しいです。

  • 小説
  • 中編
  • 青春
  • 恋愛
  • 青年向け
更新日
登録日
2013-12-21

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 驚嘆
  2. 初々しい気持ち
  3. 3ヶ月後
  4. ダブルデートの相談
  5. 浮気疑惑
  6. 新たな標的
  7. 仲介役
  8. 影からの攻撃
  9. 倦怠
  10. 覚悟
  11. 疑問
  12. 溜め息
  13. 心配
  14. 心の傷
  15. 兄・妹
  16. 兄・姉・妹
  17. 夕食
  18. 父のメール
  19. 相利共生
  20. 疑念
  21. 仲直り
  22. 咎立
  23. 捕獲
  24. 叱咤
  25. 軽快
  26. 好意
  27. 悲壮
  28. 痛切
  29. 嫉妬
  30. 同感
  31. 恋する乙女
  32. 暖かい気持ち
  33. 信頼
  34. 不安
  35. 戯れ
  36. 閃き
  37. 両想い
  38. 何回も恋に落ちる二人