365Ⅰ

365Ⅰ

…話をしよう。とある旧約聖書の偽典を下敷きにした某・国産神ゲーの、発売前後の公式発表情報のみから触発されたインスパイア二次創作シナリオ風小説だ。発売の半年も前からキャラ捏造妄想が炸裂したせいで、後になって見たらゲーム本編にはほとんど準拠していないとか…あいつは話を聞かないからな。え?私が誰かって?それは昨日言っただろう。ろっとぉ…これは君たちにとっては明日の出来事か。
まあ、思い当たる節がある人は公式サイトの方にも参拝しに行くといいんじゃないかな。私も嬉しいしね。> http://ow.ly/5ekDM  

ゲーム「El Shaddai: Ascension of the Metatron」の発売前後から構想された妄想捏造二次創作シナリオ風小説です。
この原作に関しては製作サイドの中の人みずからインタビューとかで「二次創作歓迎です」と何度か仰っていたので、調子づいてピクシブで連載みたいにした後、自著の電子書籍公開後特典アップデート付録として全話収録したものです。→ http://p.booklog.jp/book/70410
ゲーム本編冒頭と資料集で軽く触れられただけの、主人公イーノックが堕天使達のタワーを探す「365年の旅」を妄想して描いているうちの前半です。(※書かれた時期は原作小説発売より前)
物語内には主人公イーノックと大天使ルシフェル、あとはイーノックが道中出会う筆者オリジナル設定の人間達が出てきます。


あらすじ

重大な「使命」を帯びた旅人の「彼(イーノック→文中略称イノ)」を見守る「私(大天使ルシフェル→文中略称ルシ)」の解説というかたちで場面進行する。天界から帳の下に降りて、タワー直前の道のりまでを描く。主人公の心理の変遷。

■公式設定集情報(※数字は旅を始めてからの年数)
旅 の始まり0→旧師との邂逅1→初めての仲間3→小さな声援3~5→長旅の暗示6→特異なる占い師(東洋)7→忍びよる追手10→離れゆく心17~21→ アークエンジェルの加護23→それぞれの人生25~34→不審の眼差し42~53→目障りな旅人56~60→友の墓前で72~89→助言者からの贈り物 92~99→百年目の手掛かり100→終着地からの来訪者200~227→立ち塞がる刺客284~365

イーノックは旅を続け、物語は後半(「365 Ⅱ」)へと続きます。(※後のストーリー展開については、あとがきもご参照下さい)

第一章 最初の町にて

荒野を一人の男が歩いている。何の変哲もない風景を、あちこち懐かしそうに見まわしながら、やがて高台から視界が開けて、遠くに街道に沿った小さな町が見えてきた。初めて、興奮したように口を開く。
イノ 「…あすこに行けば ”ひと” がいる…!」
町へ入ると賑やかな喧噪。日干しレンガの家並みの間の広場には布を張った屋台が並び、商談や買い物をする人々。その中を歩いて行く男の「変わった服装」=不思議な形の白い鎧に青い筒状の服、を見つけて、とても珍しいものを見る目で追っている。
客引き 「よう兄さん!あんた見慣れない顔だな…それに、随分と変わった服だ。何だいそりゃ?」
イノ 「え?あ…私のことか?」
客引き 「(コンコンと打って)固いな…でも青銅の色とは違うし…あ、あんた腹は減って無いかい?旨い飯を出す店を知ってるんだけどね。すぐ近くだから、よかったら案内するよ!」
イノ 「いや…私は…」
客引き 「へぇぇ。これ、腕のあたりは柔らかいじゃないか!面白いもので出来てるな…俺、こう見えてもちょっと剣術とか習ったことあるんだ。鎧にしちゃ動き易そうだな…なあ、売ってくれないか?これ!」
イノ 「えっ…え?!ちょっと待っ…(汗)」
懐から銅貨を数枚つき出した男の勢いに、戸惑うイノ。まるで人と話すのが久しぶりのように、言葉が思考に追い付いていない感じ。ふと、顔の前に見える銅貨に不思議そうな表情をする。
イノ 「これは…何だ?」
客引き 「ハァ?…何かお前さん、ひょっとして”おあし”を見たことねえのかい?世の中カネだろ、カネ!」
白い鎧の男、大柄な体に似合わぬあどけない子供みたいな表情で、銅貨をつまんで矯めつ眇めつ。
イノ 「かね…。いや…私が居た頃には…どこかの都に、ならばあったのかも知れないが…私の故郷は本当に質素な農村だったので、ほとんど物々交換で事足りていたから…そうか、これが金か…」
その答えにますます呆れたように笑う客引き。(内心こいつぁカモだ、と思い始めている)
客引き 「ったく、どこのド田舎から出て来たんだか…いや、そうだな。あんた、その様子だと今晩泊まる宿も無いんじゃないか?だったら俺に任せとけよ!安くていい宿屋を知ってるんだ!飯もうまいぞ!」
そのままぐいぐいと戸惑っている男の腕をつかんで引っ張って行ってしまう。
人ごみに紛れて行く白い鎧を、日干しレンガの屋根にちょんと腰掛けて見下ろしている黒い影がいる。
ルシ 『やれやれ…のっけからこれではあいつ、先が思いやられるな…お陰でこっちは退屈しないが…』
真夜中。庶民的な宿屋の粗末な寝台のかたわらで、白い鎧の男がひざまづいて祈りを捧げている。月の光に照らし出される顔は真摯で、神々しくさえある。と、急に何か気付いた様子になって顔を上げる。
直後、木製のドアがゆっくりと開いて、中に踏み込んで来た相手が床に膝をついている男に気付いてぎょっとして止まる。他に後ろにも数人の気配。それぞれ手に武器を持っている。
客引き 「な、何でぇ…こんな時間まで起きてたのかよ?まあいいや。そんならそれで話は早いしな。おいお前、見世物小屋で猛獣と戦えそうな奴を探してたから、お前を推薦しといたよ。おっと、そのイカした鎧は置いていってもらおうな…って、何だよこれどうやって脱がすんだ?」
イノ 「…どうしてこんな真似をする?」
客引き 「へ?だってお前、文無しだろう?巻きあげる金が無いんなら、その立派な体を売り飛ばすしか他に手が無いじゃねえか。馬鹿なこと訊くな!」
男を後ろ手に縛っていた仲間たちがゲラゲラと下品に笑う。相変わらず表情を変えないで聞いていたが、男は声を荒げるでもなく淡々と答える。
イノ 「そうか…しかし、生憎だが私には、何としても果たさなければならない”使命”があるんだ。このまま売り飛ばされる為につかまっている訳には行かないな。」
そう言うと、大して力をこめる様子でもなく、いきなり縄をブチブチィ!と引き千切った。うげっ?!となって後ずさる連中に半歩で肉薄し、わけもわからずアーチを掴んでいた相手に静かに告げる。
イノ 「…これは、私の”大切なお方”から貸し与えられたものなので、返してもらおう…。」
モブ 「や、野郎っ…!」
四方から持っていた棒切れで殴りかかろうとするのを髪一筋のタイミングでするするとかわし、返す拳だけ当てた相手が反対側の壁まで吹っ飛んでいった。「な、なんだこの化け物…?!(汗)」
最初の客引きが腰を抜かしている。その前に立って無言で見下ろすと、相手は半泣きで命乞いする。
客引き 「た、助けてくれ!あんたがあんまりチョロそうだから、魔が差したんだよ…い、命ばかりは!」
イノ 「…みんな、打撃の急所は外してある。もう旅人をだますような真似はやめろ。お前にはちゃんと家も仕事もあるだろう?慈悲深い神に恥じないような、真面目な暮らしをするんだ。わかったな?」
客引き 「あ、ああ…いや、はい…はい!(ガチガチ)」
白い男が宿を出ようとすると、背後から呼び止められる。おどおどしつつ宿屋の女房が差し出したのは、旅仕様のローブ(外衣)と簡単な日用品、それに水と、少々の保存食。
女房 「…あ、あたしはずっと、あの人にこんなこと止めようって言ってたんだ。だから、これは御礼です。どうぞ旅の安全を…。」
イノ 「ああ。有り難う。晩飯は、本当にうまかった。あいつにもそう伝えて、礼を言っておいてくれ。」
涙ぐんだ女が戸口からいつまでも頭を下げて見送っている。
月の光の下、さっそくローブを羽織った男が一本道を歩いて行く。それを少し離れた丘の上から見下ろしていた黒い影が、ひょいと首をすくめる。
ルシ 『…まぁ…ざっと、こんな調子でね。変に律義なところがある奴だから、ああいうことを言わずにいられないんだろうな。この頃はまだ…ね。彼がほとんど喋らなくなるのは、もっとずっと先の話だ。…え?私が誰かって?それは昨日言っただろう…いや、君たちにとっては明日の出来事だったか…』
ルシ・語り 『―その後、「賢者の足跡」亭と名前を変えた宿屋は、たいそう繁盛したそうだ。一体どうしてそんな名前を思いついたものだか…まあ、私は大して興味はないんだがね。”彼”の旅以外には。』

第二章 盗賊団の幕屋

ルシ・語り 『…あいつは芯から真面目だし、いい奴なんだが…どうも自分自身にまつわる” 損得勘定”みたいな部分がまったく”お留守”でね…ほんと、つくづく人間には珍しいタイプだと思うよ…。そのお陰で、もっとずっとスンナリ終わるはずだっ た旅が、まさかこんなにも長くなるとは…本人も夢にも思わなかったんじゃないか?…まあ、私にとっては3年だろうと365年だろうと瞬きほどの違いもない んだがね。』
旅を始めて1年程度のイノ。立ち寄った村で人々が怯えた様子なのが気に掛かる。
イノ 「どうしたんだ?何かこのあたりで悪いことでも起きるのか?」
村人 「はぁ…それが、しばらく前から山の向こうに盗賊団がねぐらを構えていて…村を襲われたくなければ水や食料、貢物を差し出せと。でも、いつ連中の気が変わって皆殺しにされるかと思うと…。(怯)」
イノ 「それは難儀だな。では、私がそのねぐらとやらへ行って、悪さを止めるように諭して来よう。」
平然とそう言って村を出てくる。驚いて半信半疑で見送る人々。
森を歩くイノを、高い木の上に寄り掛かって眺めている、長身の黒い影。やや呆れたように。
ルシ・語り 『…うん。私は、止めた方がいいと思ったんだけどね…でも、話を聞かない奴だろう?…これから向かう場所に、探している者共の気配は全く感じられないのだから、無駄足でしかないんだが…。』
盗賊団のねぐらにしている大きな洞窟。近くに天幕も幾つか。かなりの大所帯らしい。
見張りをしていた男が、歩いて近づいてくるイノに気が付いて、仲間に大声で知らせる。たちまち数十人に包囲される。一様にガラが悪く、顔に傷があったり、抜き身の大刀をこれ見よがしに突き付けたり。
イノ 「私は戦いに来たわけでは無いんだ。近隣の村の者達が怯えているので、もう悪行は止めて…」
盗賊 「…おい、見ろよ。こいつ頭がおかしいぜ!わざわざ自分から嬲り殺されに来やがったァ!(笑)」
面白がってゲラゲラ笑う盗賊達。それでも話を続けようとするイノをいきなりブン殴ろうとする。とっさにかわしたが、逆に相手を刺激して武器を取らせてしまう。思わず背中のアーチに手が伸びるが。
イノ ”…まずいな…まさか”神の武器”で、盗賊とはいえ、ただの人間を相手にするわけにも…”
あっというまに無数の剣や槍を喉元に突き付けられて身動きとれなくなっている。
盗賊 「こんな馬鹿は滅多に見れねえし、殺す前におかしらのところに連れて行こうぜ!」
天幕の一つに連行される。中に入ると見るからに凶悪そうな風貌の大男がいる。この盗賊団の首領らしい。どこかからさらって来たらしい女をはべらせて、酒を飲んでいる。
首領 「…何事だぁ?騒がしいぞ!」
盗賊 「それがおかしら、変なやつが自分から紛れ込んで来たんでさぁ。どうしやす?殺しますか?」
首領 「フン…なかなか強そうな腕っ節をしてるじゃねえか。ちょうどいい、最近体がなまってたんで、久々に運動するか…おい、こいつに武器をやれ!俺がいまから直々にブッ殺す!」
配下の者達は大盛り上がり。対照的にイノは困ったような顔。しかし、さすがに剣を手渡されると厳しい表情になる。
イノ 「やめるんだ!私はなにも戦いに来たわけでは…!」
首領 「…ほんと馬鹿だな、こいつ。さあ御託はもういいから来やがれ!来ねえならこっちから行くぞ!」
いきなり切りかかって来る。とっさに刃で受けるが、衝撃で根元からバキッと折れる。
イノ ”…っ!最初から、こうなるような剣を渡したのか…?!”
首領 「おっと。残念だなぁ…次に生まれてくる時ゃ、もう少し狡賢い奴になって来るんだな!あばよ!」
振り下ろされた大剣が眼の前に迫る。イノが覚悟した時、パキーンッ!と乾いた音が周囲に響き渡る。
イノ 「…?」
周りの人間の動きが止まっている。黒い影がどこからか歩み寄ってきて、
ルシ 『やれやれ…実際、見世物としてだったらたいそう面白いんだが、そんな奴をサポートしなきゃならん”私たち”の身にもなってくれよ…?もっとも、”彼”のほうはさっきから舞台に上がりたくてウズウズしていたようだがね。フッへへ…』
イノ 「えっ…」
脳内で声『…私だ。今日は人の姿を借りてきた。』
止まっていた首領が、いきなりさっきまでとは違う声で話し出す。顔つきも違うように見える。
イノ 「その声は…大天使、ウリエル師匠?!」
ウリ 『危ないところだったな。ただの人間相手に”神の武器”を使うまいとするお前の心根は見上げたものだが、さりとて命は大事にせねばいかんぞ?今回は私たちが助力するが…いつもこうとは限らん。』
イノ 「はい…申し訳ありません…」
ウリ 『なあに、気にするな。実を言うと私も退屈していたところだ!…では、ちょっと遊ばせてもらうか!』
ルシに向かって頷くと、指を鳴らして時間が動き出す。瞬時にくるりと向きを変えた首領(中身はウリ)がいきなり配下の盗賊どもに踊りかかって一撃でバカスカ吹っ飛ばして行く。何が起きたのかわからないで呆然自失のまま、草を刈るように倒されて行く盗賊一味ら。「な…?!」
あっという間に負傷者の山を築いたところで、首領(ウリ)が剣を振り上げながら大声で吼える。
首領(ウリ) 「…いいかぁ者共!今日から盗賊は廃業だぁ!てめえら、とっとと何処へでも消えやがれ!今から10数えても残ってる奴ぁ、俺にブチ殺されたい奴だと見なすからそう思え!…イチ!二ィ!…」
うわあぁっ!?と蜘蛛の子を散らすように逃げ出す盗賊たち。たちまちその場には誰も居なくなる。
ヒュー…と風が吹き抜けて、ぽかんとしたイノの髪の毛を揺らしている。
ウリ 『よし、こんなものか。…ではな、また会おう!』
イノ 「…あ?あの、有り難うございました…!!」
首領がフッと白目を向いて、大音響とともに地面にぶっ倒れる。再び辺りに静寂。
一人で山を降りるイノ。あの村に向かう。盗賊がいなくなったと聞いた人々は喜んで宴に誘うが、イノは浮かない顔でそれを固辞する。
先を目指して歩きながら、独り言のようにつぶやいている。
イノ 「…なぁ聞こえているんだろう?私が愚かなせいで、あなたにも、師匠にも迷惑を掛けてしまったようだ…すまなかった。」
ルシ 『気にするな。迷惑なんかじゃないよ…彼もけっこう楽しんでいたし。第一、お前をサポートするのは私に与えられた”仕事”だからな。お前は自分の望む通りに選択し行動すればいい。それが正しいかどうかは、すべて”彼”が知っているさ…。』
イノ 「うん…そうだな。」
目を上げて、頭上の空を見る。星が瞬き始めている。ふっ、と一つ息を吐く。
イノ 「ああ…今日も野宿か…。」
少し離れた丘の、岩の上に腰かけてその姿を眺めている黒い影。口元には笑み。
ルシ・語り 『…本当に、いい奴なんだけどね…ただちょっと、人でいるには「純粋過ぎる」というだけで…』

第三章 陽気な同行者

男 「あんたを見てると放っとけなくてよ!」
ルシ・語り 『…そう言って彼の旅についてきたのは、元はと言えば、あっさりと彼に捕まえられた、いわゆるコソ泥の男でね。ノリの軽さとずうずうしさ、いつも 陽気なことだけが取り柄の…まあ、そんな妙な具合にではあったが、これで彼に初めての「旅の仲間」が出来たことになる。彼もずっと一人旅だったから、あれ はあれで、なかなか嬉しかったんじゃないかな…?』
森の中、馬に乗りながら進んで行く二人の男。片方はひっきりなしに喋っていて、相手は微笑しながらそれをただ黙って聞いている。
男 「…それで、あんた結局どこへ行こうって言うんだい?ま、俺はどこまでもついて行くけどよ…何でかって?そりゃ、あんたのことを気に入っちまったからさ! 言わせんな恥ずかしい!(笑)おっ、次の町は前に寄ったことがある。いいところだよ。着飾った綺麗な女がたくさんいてさぁ…」
イノ 「…お前は本当によく喋るな。そんなに喋って疲れないのか?」(苦笑交じりに)
男 「つーか、あんたが喋らな過ぎるの!でもよ、そこは俺が色々と交渉事とかしてバランス取るから何も問題ないけどね。で、どこ目指してるんだっけか?7人の?誰を探すんだって?」
イノ 「そのことは…いつかまた後でゆっくり話すよ。とても重要な使命なんだと言うことしか、今は言えないんだ…すまない。」
男 「いーって!何であんたが謝るんだよ!?悪さがバレてこりゃあ殺されるかって覚悟してたのに、捕まえた俺をあっさり放しちまってよ、「これからは真面目に 暮らすんだ(キリッ)」て!もう痺れたね!あんたに俺、一生ついて行こうって思ったわけさ。こんな変人、俺みたいな世間慣れした奴がつきっきりで世話して やらなきゃ、どうせまたほうぼうで騙されるんだろうってよ!ほら、図星だ!(笑)」
イノ 「ふふっ…お前と一緒だと、本当ににぎやかでいいな。有り難う。」
その男、思いがけないイノのひとことに思わず照れてボッと赤面する。ばしばし相手の背を叩きながら、
男 「よ、よせやい!いいってことよ相棒!ハハハッ!」
町へ着くと、二人は別れて情報収集しようということに。数日間滞在し真面目に聞き込みを続けるイノ。ある時、ふと視線を感じて振り返ると、知らない老女が自分に手を合わせて拝んでいる。
イノ 「…?何をされているのだろうか?」
老女 「はぁ、あなたが聖人さまですか。なんという神々しいお姿…(そっと涙をぬぐう)」
イノ 「…えっ?(汗)」
気づくと、他にも遠巻きにこちらに祈りを捧げている人がちらほら。戸惑うイノ。「これは一体?…」
ふと通りかかった酒場で、あの連れの男が何か機嫌よく喋っている声が聞こえる。後ろ姿に近付くと、彼は自分(イノ)のことを言っているらしい、と気づく。その内容というのは…
男 「…だからよ、そこが聖人さまの聖人たる由縁なんだ!俺が今お仕えしている方が、そうなんだけどよ…太陽みたいな金髪に健康的な褐色の肌、見上げるような 立派な体躯には不思議な白い鎧を着けてるんだ。あれこそ神のお使いだぜ!あの人に黙って見つめられて見ろ?どんな悪党でもたちまち魂が浄化されるってもん よ。…そこでだ!その有り難い聖人さまの御言葉を集めて石板に彫って、下々の者に売ってやらないでもないという話でな…正にこれは慈悲だろ!有り難いだ ろ!?もし今、金を出すならそいつを特別に…わああぁっ?!」
いきなり背後に現れたイノに心底びっくりしている男。その様子を黙って真顔で見つめるイノ。沈黙…。
町外れの、人気のない墓地の近くで話し合っている二人。男がふてくされたように。
男 「…あぁ悪かったよ!でも、ちょっとくらい別にいいじゃねえか!?長い道中、金なんかいくらあっても困らないんだしよ!あんただって飯は食うだろ!?…どんな手で集めたって、金は金だろうが?あ?」
じっと哀しげな目でまっすぐに見つめてくるイノに、段々と男はいたたまれなくなる様子。頭をかきむしったり、足を踏み鳴らしたり。しまいにやけくそで叫び出す。
男 「くそっ、何で黙ってるんだよ?!俺のこと軽蔑してるんだろ!だったらそう言えよ!謝ってるじゃないか…もう許してくれよ!ちきしょうっ…ああ、あんたのことを詐欺のダシに使って、すまなかったって!」
イノ 「情報を集めてくれとは言ったが。ああいうのは駄目だ。人々に金を返してもう二度としないでくれ。」
男 「わ、わかったよ…。何でぃ、自分だけはいっぺんも汚れたことないような顔しやがってよ!フンッ!」
ふてくされて憎まれ口を叩く男を無視して、不意にイノが表情を強張らせる。バッと身を翻して振り向きざまにアーチを引き抜く。とっさに大声で叫ぶ。「伏せろ!!」「…え?」
何かが猛スピードで飛んできて、アーチにはじかれて壁に突き刺さる。見ると、鋭くとがった人骨。
墓場の土がボコボコと盛り上がり、中から腐りかけた死体がいくつも現れる。明らかにイノを狙って徐々に近づいてくる。イノの背に隠れて震えあがる男。「ひゃああああ!?」
イノ ”これは…やはり憑依か?「奴ら」はどこで見ている?それとも無関係なのか…?”
アーチから青い浄化の光が放たれて、一閃するとゾンビ化した死体がたちまち塵になる。
検分を終えたイノが振り返ると、さっきと同じ場所で、まだ腰が抜けて歯をガチガチ言わせている男。
イノ 「どうした…?大丈夫か?」
男 「ひ、ひいいぃぃっ?!」
心配して延ばした手をバッと振り払う。見ると、男は恐怖のあまり涙ぐんでいる。イノ、その表情に思わず言葉を失う。黙って立ちあがり、背中を向ける。
イノ 「…すまなかった…。」
答えは無い。イノはそのまま歩き出し、振り返らずに町を出ると、一緒に通ってきた街道を一人で先へ先へと進んだ。いつしか夜になっていて、やっと立ち止まって空に問いかける。
イノ 「…彼を伴ったことは、やはり間違いだったのだろうか?あんなに怯えさせてしまった…。」
と、何も無い空から声が降って来た。
ルシ 『さぁね。私にはわからないよ…しかし、ついて行きたいと言ったのは彼のほうだし、あまりお前が気に病むことは無いんじゃないか?何がきっかけで情報が手に入るか、わからないしな…おいおい?まさかお前、忘れているんじゃないだろう?この旅の目的を…。』
イノ 「忘れるわけがない。地上界に逃れている”彼ら”を捕縛することだ。」
ルシ 『ならいいさ…。』
うつむいて、また歩き出したイノを離れたところから眺めながら黒い影が、少し皮肉な顔で呟いている。
ルシ・語り 『…しかし、人というのは難儀なものだな。どんなに強く鍛えられた者でも、完全に孤独なままでは、生きては行かれないのだろう?あいつほどの男で もその例外じゃないってことは、少々の驚きではあったよ。…もっとも、”我々”がそれに気づくのも大分、先のことになるんだが…。』
ルシが何気なく振り返ると、誰も居なくなった街路をめそめそと泣きながら足を引きずって歩いている男が見えた。「すまねぇ…俺は、俺は、何てことを…」と、しきりに誰かに謝り続けている。ルシ目を細め。
ルシ・語り 『ああ、そうそう。この男だけどね…この後しばらくしてから、あの詐欺で集めた金銭で小さな人形劇団を座長として立ち上げ、そこでは「白き衣の聖 人」の旅の物語ばかりをやっていたそうだよ…なかなか人気の演目だったらしい。彼の死後にも、ところどころ登場人物や演出やなんかが変わりつつ、ずっと各 地で演じられ続けたくらいだから…。私も一度見てみたが、それなりに面白かったよ。』

第四章 微笑みの乙女

ルシ・語り 『人間世界の、田舎の村なんかは大抵、外から来た人間に対してひどく警戒心が強いものだが…そんな中でも子供というのは、どこの地域、いつの時代 も好奇心旺盛で、面白そうと見れば勝手に向こうから寄って来るんだよ。そのあたり、知ってか知らずか…あいつはなかなか上手だったね…。』
旅の途中の村で、小さい子供らにじゃれつかれているイノ。いかつい図体をして、黙ってニコニコと髪やローブをひっぱったりして遊ばれている。旅の話をせがまれ、切り株に腰掛けて訥々と喋ったり。
ルシ・語り 『ああ、あいつ…少し前に父をなくしたばかりの一人の女の子にとりわけ懐かれていたな。…あれは、大きな体のあいつに頼りがいや安心感を見たせいだろうか?微笑ましい眺めだったね…』
村の友好的な雰囲気で久々にくつろいだ気分のイノ。女の子に胴体にぎゅっとしがみつかれている。
少女 「ねえ!あたしのこと、お嫁さんにしてくれる?」
イノ 「えっ…(汗)」
少女 「だって、一緒に旅したいんだもの!ねえ、連れてってくれるでしょう?ねえっ!お願い…」
困ったような笑い顔のイノ、やさしく少女の頭をなでてやる。
イノ 「…有り難う。でも、嬉しいけど、とても危険な旅なんだ…君は、まだ小さすぎるから…」
少女 「もう!そうやってすぐコドモあつかいする!いいわよ、見てなさい!うんと美人になってやるから」
イノ 「ははは。参ったな…もう負けそうだよ。」
やがてイノが村を離れる日、半分泣きべそをかいていた女の子は、イノにつられて笑顔になると、大きく手を振っていつまでも見送ってくれた。
少女 「探してる人たち、見つかるといいね!そしたら、また帰ってきてね!わたし、待ってるから…!」
ルシ・語り 『…それから月日が流れた。人間の時間にすると、20数年というのは長いほうになるかな?…まあ、あどけない少女が、艶やかな大人の女に変わる位には、十分すぎる年数だっただろうね…。』
遠い旅の空で、イノは昔なつかしい地名を耳にする。風の噂で、そこが原因不明の呪いに苦しめられているという。”…あの子が住んでいた村の名前だ!”イノ、とっさにかつて通った村へと歩き出している。
懐かしい村につくと人々も彼を見て驚き、喜んだ。しかし村には「呪い」のせいでかつての活気はない。
イノ 「病人の様子を見せて欲しい。もしかしたら、救えるかもしれない。」
村はずれの家の屋根に腰掛けた黒い影、ほおづえをついて案内されるイノを眺めている。
ルシ 『…あいつの勘も間違ってはいなかったよ。”奴ら”の手下の仕業で、村を流れる川がはるか上流で鉱毒によって汚染されていたんだ。そして、それを回復させることが、あいつには出来た…。』
苦しそうな病人にイノが手をかざすと、「浄化」の光によって体内の毒が除去され、元気になった。喜びに沸く村人から請われて近隣の村中の患者を浄化してから、宴の席のイノの前に一人の女が現れる。
女 「…お疲れでしょう?今夜はどうか、私の家にお泊まり下さい。」
ハッとなるイノ。彼女だ…あの、小さかった女の子が…。少女はとても美しく成長していた。
夜、女の家でさすがに落ちつかないイノの前に、彼女がやってくる。すっかりおしとやかになって、正視できないくらいに魅力的だった。
女 「…あなたは、ちっとも変わらないのね。なんだか昔に戻ったみたい…嬉しいわ…。」
イノ「君は…とても綺麗になった。驚いたよ。すごく…」
女 「有り難う(ニコッ)…ねえ、覚えてる?あの時、お嫁さんにして!って言ったこと…あれ、本気だったのよ?…ずっと、あなたが好きだった…今でも…」
イノ 「…!」
女 「やっと、あなたに相応しい体になれたと思うの…抱いてくれる?…ねえ私、本気よ…愛してるわ…」
寝台の上で熱っぽい瞳で迫られて、唇がふれあう直前に、イノが彼女の肩を掴んで押しとどめる。
イノ 「…いけない…」
女 「…」
イノ 「…こんなことは、いけないよ…」
精悍な顔が、苦しそうな、哀しそうな目でそう訴える。ふ、と女がさびしげに微笑する。
女 「やっぱりね…ほんとはわかっていたのよ。あなたは何処までも清い人で…まるで神様みたい…」
イノ 「そんな…違う、私はただの…」
女 「でも、私に触れたくないんでしょう?」
一瞬、イノは間を置いて、どこか遠くを懐かしむような口調で答える。
イノ 「…子どもの君を見ていた時、ずっと昔に離れてしまった子のことを思い出していたんだ…事情があって、もう戻れなくなってしまったけど。愛してたよ、みんな…」
女 「…そう…。」
目を伏せて、また上げると、女が吹っ切れたように明るく笑う。
女 「ほんと言うとね、あたし、もうすぐ結婚するの!…ずっと待っていたかったけど…でも、あなたみたいに、いつまでも若くないしね…。だから…」
くしゃっと、泣き笑いのような顔になる。
女 「…だからね…あたしに心を残さなくていいよ?あたしも、きっと幸せになるから。あなたの故郷の娘さんみたいに…きっと、だから…大丈夫だ、問題ない…よ。」
黙って見つめるイノに彼女が笑いかける。頬に軽くキスしながら、
女 「…あなたの大切な使命が果たせるように、無事を祈ってるわ…いつまでも。…さよなら…」
イノ 「有り難う…君も、どうか幸せに。君と君の家族に神の御加護がありますよう…。」
翌朝、まだ暗いうちに村を発ったイノ。もっと歓待したかった村人たちは惜しがるが、昔、女の子と一緒にイノと遊んだことを覚えている者がいて、「間違いな い、同じ男だ!まったく年を取っていなかったぞ!ありえない。あれは人間じゃない!」としばらくの間、興奮して騒ぎ立てた。
ルシ・語り 『うん。…思えば、この頃から「不老不死の金色の御使い」がいる、なんて噂が立ち始めて…あいつの旅は次第に困難を増して行くことになるんだが…もちろん、本人は知る由もないよ。』
フードで顔を隠して、道を歩き続けるイノ。頭上から声が降って来る。
ルシ 「川上へ向かうのか?」
イノ 「…ああ。鉱毒の源を見つけて浄化しなければ。もしかしたら、奴らの手掛かりが何か残っているかもしれないし…。」
ルシ 「…なかなか良い村だったな。未練は無いか?」
イノ 「…別に。私は先を急がなければならない身だから…」
フッと風が起こって、イノが横を見ると、木の陰に黒い影が腕を組んで笑っている。
ルシ 「なあに。そんなに焦ることは無いさ。時間はいくらでもあるのだから。」
その言い方が何となく心にひっかかり、不安げな顔になるイノ。
ルシ 「…そう。いくらでも、な…ふふっ」
ふいと目を逸らして、また足早に歩き出すイノ。後ろ姿を黒い影が笑いを含んだ目で追っている。
ルシ・語り 『…あいつも、まさかこれほど長い旅になろうとは夢にも思わなかったんだろうな。まだ、この時点では。その間、ずっとあいつは戦って行くことにな る…決まってるだろう、「孤独」とさ…。ん?ああ、さっきの村の彼女?約束通り幸せに暮らしたんじゃあないか?…すまない、私は興味が無いんでね…』

第五章 異形の占い師は笑う

男占い師 「…ふうん。お前さん、随分と遠くからやってきたものだな。熱き砂と風と、岩の大地を越えてひたすらに進んでこの東の地まで来た…そんなに”真実”を知りたいのか?死に急ぐことになっても?」
カーテンを閉め切った薄暗い部屋の中、噎せるような香の煙の中で占い師がにたりと笑う。絹を張った幾つもの大きなクッションに埋もれるように座りながら、鷹揚な態度で目を細めてイノを見る。
男占い師 「…いや、これは…ほう。あんた既に別の”呪い”に囚われているのかな?死なない呪いだ。こいつは面白い。何かとてつもなく大きな力があんたを守っているのを感じるよ…うん、実に面白い…」
イノ 「…はるばる東方まで旅してきたのは、あなたの占いが大変よく当たると耳にしたからだ。どうか、教えて欲しい。私の探し求める者達を、何処に行けば見出せるのだろうか?手掛かりだけでも…」
男占い師 「そいつは、正しい心がけだな。道しるべもなく荒野をさまようのは獣と同じ、いずれは飢えて狂い死に、別の獣の餌食になるだけ…俺の助言を請いに来たあんたは賢いよ。そして運がいい…」
占い師が香の壺に別の何かを垂らした。それまでとは違った煙が上がり、きつい香りにイノがわずかに顔をしかめる。”…甘いが、強すぎるな…。呪いの道具なのだろうが…”
男占い師 「運がよかったよ…コイツはつい先日手に入れたばかりの上物でな。人の肉体の強さに何ら影響されずに、直接その魂に働きかける…その真に求めるものを引き出し、捕え、縛りあげるのさ…」
妖しい顔つきで男がほくそ笑んでいるのを、イノは気づかない。呪香の影響で精神がぼんやりし、これから何をされようとしているのか、全く予測することも反応することも出来ない陶酔したような状態に。
ルシ・語り 『…人の中にあいつほど心身強健な者も二人といないのは確かなんだが、その一方で、あんなにヒネリも何も無い「罠」に毎度赤ん坊みたいに引っかかるお人よしも、珍しいと思うんだが…。』
部屋の隅の布影に腕を組んでいるルシ。呆れたような表情で、指を鳴らそうとしかけて、止める。
ルシ 『いや…この程度ならまだ、大丈夫そうだな。どのみち、ここで情報を得ないと先へ進まない…ま、せいぜい踏ん張ってくれよ。”分岐”をどこまで戻れば最適か、考えるのもなかなか面倒なんでね。』
完全に眼がうつろになっているイノに、満足げに占い師が側へ寄れと命令する。逆らう様子もないイノ。
男占い師 「いいねぇ。これほど美しい、強い魂を見るのは久しぶりだ…おまけに何か途方もない加護がついてるときた…こいつを喰らえばさぞや俺の魂も永らえるだろうさ。存分に味わわせて頂くとしよう…」
男がクッションの海からゆっくりと身を起こすと、その下半身に当たる場所がぐぐぐ…と盛り上がる。クッションがぼろぼろと零れ落ちた後から、巨大な虫の腹のような胴体が現れた。不気味な足が揺れる。
イノの心の中。これまでの旅、人生で出会った様々な人の顔がよぎっては消える。遠い昔の家族、村を出る時に手を振って見送ってくれた少女。大人になった彼女の切なげな声が響く。”…あなたの大切な「使命」が果たせるように、無事を祈ってるわ…いつまでも…”
イノ ”…私の…「使命」…?”
次の瞬間、こちらをじっと見つめる黒い影と…その神秘的な紅い瞳が、見えた気がした。
急 激に意識がはっきりし、はっ?と顔を上げたイノの目の前に、怪物の本体を現した占い師のごつごつした長い蟲の脚が迫っている。夢中でのけぞって身をかわ し、床の上を一回転しつつ背中のアーチを抜き払い、そのまま床を蹴って大きな相手の懐に飛び込んで斬り付ける。ズグッ、と不気味な手応え。
イノ 「…!」
男占い師 「へぇ…自分で立ち直ったのか。人間にしちゃ見上げた意志の強さだな。俺の負けだよ。」
そう嘯くと、他人事のような薄笑いを浮かべて占い師が自分の顎をなでる。見たものを手繰るように。
男占い師 「”タワー”を探しな。あんたが探してる奴らはそこにいるよ。…もっとも、求めている答えが全て揃っていて与えられるとは限らないけどね。…その先のことは、あんたとあんたを守る”影”次第だ。」
イノ 「タワー…?」
男占い師 「…ああ、そうそう。気持ちよく負かされたついでに教えてやるけどな。あんた、確かに強いよ。でも、その戦いはいつまでも終わらない。俺を今ここで 滅するのは、あんたにとって簡単だろう。…しかし俺の次はすぐに現れる。そいつを倒しても、またすぐに現れる。…あんたのその輝きの強い、美しい魂に魅か れて、次から次へと際限もなく現れるんだよ。あんたの本当の辛さは、そっからだ…」
まあ、せいぜい頑張るこった。そう薄笑いを浮かべたまま、異形の男は青い光に浄化されて消えた。
それを見届けたように、部屋の中央に黒い影が現れる。
ルシ 『…やっぱり無事だったな。これで情報も得られたことだし、まあ、良かったよ。』
イノ 「いたのか…タワーとは、一体何だろうか?」
ルシ 『何だろうと、そこに「奴ら」がいるのは確かなようだ…なに。あんなインチキくさい占い師の言うことでも、我々の「使命」を果たすために使えそうなら、試してみない手は無いよ。奴らも”異形の者”どうし、どこかしら感じるところもあるのじゃないか?ふん…。』
思いがけない冷淡な言い方にちょっと驚いて相手の顔を見るイノ。表情は細かくは読みとれなかった。
どこか重たいものを抱えたような面持ちで、イノは香の垂れこめる占い師の部屋を出て行った。

第六章 不死の男の涙

老いた仲間 「…どうして、お前は年をとらないのじゃ…?」
イノ 「…え…?」
旅の途中、粗末な寝台に横たわった仲間が、衰えた腕を伸ばしてイノに縋り付き、かすれた声で問う。予想外の問いかけに思わず呆然としてしまうイノ。二人の間で張り詰める空気。
ルシ・語り 『…人の仲間の中では、彼と最も長い時間をともに旅した男が、もうすぐ命を終えようとしていたが、それは彼に重い現実を突き付けることになった。…彼たった一人の”時間の流れ”というものを。』
ルシ・語り 『彼の長い道連れになったその男は、かつて奴隷の身の上で、主人の不興を買って実につまらない理由で殺されそうになっていたところを、通りすがり の彼に救われたんだ。そして、そのまま彼に心酔して、ずっと付いてきた…。その様子はまるで、たまたまエサをくれてやった道端の犬が、どこまでも懐いて付 き従ってくるようになった…そんな感じだった。まあ、そういう特殊な境遇でもなければ、彼の過酷な旅に、あんな体になるまでついては来られないだろうけど ね…。実際、忠実な男ではあったよ。』
どうして年を取らないのか?と聞かれ、訝しげな表情のイノ。そんなに時間が経った実感がなくて。
急激に弱ってしまった仲間を心配し、一人の時に宙に向かって必死に尋ねる。
イノ 「…見ているんだろう?仲間が…様子がおかしいんだ。どんどん体力が衰えて、呼びかけても聞こえないことがあるし…最近は、眼も良く見えていないような…。薬草を与えても効き目が無いし、何かの呪いかと思ってたまに浄化もしてみるのだが…」
ハッ、と振り返ると、壁にもたれた黒い影がこちらを見ている。どこか哀れむような目で。
ルシ 『何だ、お前本当にわかってないのか?…あれは病でも、呪いでもない。人間の”老化”だよ…。』
イノ 「…?!…そんな、だって私と彼は、そう年も違わない…はず…?」
ルシ 『天上界に上げられた時に、お前は不死の肉体を得たんだ。神がそうお前の運命を創り変えた…与えられた「使命」を果たし、奴らを捕縛するまで、旅はいつまでも続くぞ。…わかるな?』
イノ 「…不死?…私が…?では、彼は…私の仲間は…?」
黙って無表情に見つめ返すだけのルシ。イノの体が急に震えてくる。”不死?私ひとりが…?”
それから、老いた仲間の体はますます急速に弱って行った。日ごとに眼に見えて老化が進んでいる。
ルシ・語り 『…足手まといになるから、いい加減どこかで捨てて行けばよかろうと思ったんだけどね…。でも、あいつは頑としてそうはしなかった。お陰で最後の 半年くらいはろくに”仕事”になっていなかったな。老人介護というやつで。…衰え始めた体に、旅の空の暮らしがどれほど負担になるかは、彼のように若く健 康な身には、わからなかっただろうね。…そして、着実に終わりは近づいていた。』
イノは痩せこけた仲間の体をローブに包んで背負って歩き、やわらかくした食事を与え、たき火の側で夜通し見守った。時折、男は錯乱して「…タワーなんぞ何処にもありはせん!幻じゃ!」と泣き叫んだ。
その夜。火が消えかかっているがイノは疲れて眠りこんでいた。ローブにくるまれた男が見えない目で宙を探りつつ、呻くように言葉を吐く。
男 「…そこに誰かいるのか?」
ひっそりとたたずむ黒い影。イノを見守っていたが、ふと声の方に視線を向けた。
男 「ああ…死神か?そろそろ頃合じゃ…でもなあ、ワシの命はとっくに、あいつにくれてしまっておるのでなぁ…。悪いが、無駄足じゃ…ヒッ、ヒッ。」
ルシ 「…」
苦しげに息をついて、また言葉を続ける。
男 「…後悔なんぞはしとらんよ。どうせ奴隷として名もなくこき使われて死ぬ定めだったんじゃ…あいつと旅をした数十年は、本当に楽しかった。何より、あいつはワシを初めて人間として扱ってくれた…。」
男 「ああ…でも、死にたくねえなぁ…。ワシが死んだら、誰がこれからあいつの面倒を見てやるんだ?」
弱々しく男がルシのほうへ皺だらけの顔を向ける。
男 「のう…聞いてるんじゃろう?死神…ワシが死んだ後、きっとこいつは嘆き悲しむと思う。やさしい奴だからよ。…だから、その時は…どうか慰めてやってくれ よ。冗談の一つも言って笑わせてやってくれ。でも、”死神の手”は出しちゃ駄目だぜ?大事な「使命」があるみたいだから…ああ、もしかして」
老いた男が見えない眼を見開いて、宙を見つめる。
男 「…こいつは、神様のお使いだったのかなぁ…?今、とてもいい気分だ…」
苦しい息の下で満足げに微笑む男を、黒い影が静かに見守っている。慈愛に満ちた眼差しで。
翌朝、眠るように死んでいた仲間を前に、声を殺して泣くイノ。壁の後ろに寄りかかり、黙って聞くルシ。
ルシ・語り 『…私も、多くの人間を見て来たが…ずっと長く飼っていた愛犬を亡くした時の人の嘆きというのは、実に深いものだね…。まるで自分の半身を失った様な哀しみ方をするのを、何度か見たよ。』
そっと、肩を落としているイノの後ろ姿に目配せする。ひとつ溜息をついて。
ルシ 『…そういえばあいつは、彼の後にはもう、あんな長い間の道連れは、二度と作らなかったな…。』

第七章 隠された名前

石造りの祭壇の前で、長い髪を揺らしながら巫女が激しく踊っている。じっと正座してそれを見つめているイノ。やがて女がフッと意識を失って倒れ、薄く眼を明けながらもトランス状態のままで語り出す。
巫女 「…大天使ガブリエルからの託宣を伝えましょう。気をつけなさい。あなたに追手が迫っています。これからは名を変えるように…。」
イノ 「追手…」
思案する顔で託宣を聞き終え、神殿の外に出たイノをこれまで旅を共にしてきた仲間たちが迎える。
仲間 「どうだった?何かよいお告げはあったのか?タワーへの手掛かりは?」
イノ「いや…それはないが、敵の追手が迫っているらしい。私はこれから名を変えようと思う。」
仲間 「名を…そいつはまた物騒な雲行きだな。今後は野営の時の見張りを増やそう。」
若い仲間 「そんな回りくどいことをしなくとも、わざと追手とやらをおびき寄せて倒し、こちらから手掛かりを取りに行くべきじゃないのか?!攻めて出ないと旅なんかいつまで経っても終わらないだろう!」
血気に逸って議論を始めた若い仲間を、イノは黙って何か思うふうに見つめている。
神殿の石像の台座に腰掛けてその様子を眺めている、いつもの黒い影。やれやれとばかりに。
ルシ 『…あのやや年若い仲間の男は、比較的最近に旅の仲間に加わってね。この頃にはもう、白い衣の聖人の噂は広まってきていて、英雄の共をして手っ取り早く 自分の名を上げたい、と功名目的で彼に近づくような者も現れるようになった。この若者も、そんな一人だ…もっとも、本人は気づいていないだろうがね。自分 は純粋に聖人の役に立ち、我が身を捧げたいのだと思っている…だから彼は、自分に近寄って来る誰のことも、けして拒絶はしないんだよ。…全く、やっかいな 性格の…お人よしだね。』
神殿を離れて宿に入ってから、イノ以外の何人かが誘い合って気晴らしに外へ出て行く。(イノは夕食の後は祈りを捧げるので外出することはない。)あの若者の姿もある。
仲間「…あの人は素晴らしく清いお人で、尊敬もしているが…俗人の俺達には、たまには羽根を伸ばすことも必要だよな。しかし、やはり大きな街には美人が多いぜ…くらくらするよ。」
仲間 「ああ。こんなことは、お堅いあの人の前では、絶対に口に出せないけどな!はっは!(笑)」
客引きに誘われて、一行はいわゆる娼館に入って行く。若い仲間がうっかり口を滑らせる。
若い仲間 「馬鹿にするな!俺達がどんなお人の共をしているか知ったら、そんな無礼な物言いは出来なくなるぜ!知らないか、白い衣の聖人・イーノッ…」
仲間 「おいこら!よせ!」
あわてて口をつぐむ。きゃあきゃあ言ってる女達は何も気付かなかったらしい。
深夜。仲間たちが宿に戻って来る。イノの部屋からわずかな明かりが。”まだ祈ってるのかな…?”
起きてるのなら挨拶だけしておこう…と若い仲間が扉の前に立つと、その背後に出来た影がゆらり、と不気味に動く。浸み出すように何かが実体化すると、せむしのような体と尖った手足を持つ黒い異形。
若い仲間 「…なあ、起きてるのか?酒を買って来たんだが、たまにはあんたも少し一緒に…」
ふと、木製のドアに何かの陰影がよぎった気がして「?」となった、その瞬間…
ドカン!と衝撃でドアごと部屋の中に吹き飛ばされる。”なっ…?”頭から血を流しながら這いつくばると、頭上には既に戦闘態勢を取っているイノの姿が。素早 い動きで襲いかかる異形をアーチで弾き返す。開いたドアから、さらに多くの同じような敵がなだれ込んで来て、倒れている若い仲間にも殺到する。
若い仲間 「う、うわぁぁぁっ!?」
イノ「そのまま伏せていろ!」
大 きく踏みこんでアーチを横になぎ払うように一閃すると、まとめて複数の敵が浄化される。ようやく他の部屋に引っ込んでいた仲間たちが騒ぎを聞きつけて駆け つけ、乱闘の末に敵を全滅させる。宿屋の主人が何事かと憤慨しているが、仲間が酔っぱらっただけだと宥めすかしてどうにかその場を収めた。
イノ 「…この街は危険だ。もう出たほうがいい。」
仲間 「そうだな…。まだ夜明けには少し早いが、もう一度こんな狭い屋内で襲われたら対処できない。」
一行は荷物をまとめて街外れに向かう。さっきの戦闘で全くいいところが見せられなかった若い仲間は、襲撃に怯えつつも一人で強がりを言っている。
若い仲間 「…ちっ。こんど攻めてきやがったら、俺が全部返り討ちにしてやる…!」
イノ「駄目だ。お前は私の後ろにつくんだ。」
若い仲間 「なっ…!?」
イノ 「…頼む。言うとおりにしてくれ。」
真剣そのもののイノの目を見てしまうと、若い仲間は何も言えなくなってしまう。
その日以降、一旦補足されたせいか、同種の異形の襲撃をたびたび受けるようになる。周囲に危害が及ぶのを恐れて街や村にも長くは滞在出来ず、野営は余計に安心出来ず、皆の疲労は溜まって行く。
そして、襲撃がある度にイノは明らかにあの若い仲間をかばう動きを見せるようになっていた。未熟で戦いに慣れていないから、という理由はあったが、本人にとっては苛立つだけだった。
また移動中に襲撃を受け、傷を負ったまま平然と敵を片づけたイノに向かって、とうとうあの若い仲間がキレた。
若い仲間 「もう…もうたくさんだ!こんな滅茶苦茶な生活はまっぴらだよ!俺は降りる!」
仲間 「落ちつけって…!急に何を言い出すんだよ?!ほら、あんたからも…(汗)」
イノ 「…。」
黙って、哀しそうな眼でじっと若い仲間を見つめるイノ。行くな、とも言わない。
若い仲間 「もう限界だ。…あんたと一緒じゃ、命がいくつあっても足りないよ…。」
そう吐き捨てて、くるりと背を向ける。他の仲間が引き止めようと声を掛けるが、無視してずんずん歩いて行く。…どこかでイノの声が聞こえないか?と待っているが、ついに聞こえることは無い。
ふいに、乱暴な足取りで歩き続ける若者の目から、ぼろっと大粒の涙がこぼれおちる。
”…そうだよ。いくつあっても足りないよ!俺をかばい続ける、あんたの命がな…”
ぐいっと袖で涙をぬぐい、そのまま歩き続ける。
”行くな、とも言ってくれないなんてヒドイじゃないか…?やっぱり俺は、あんたのお荷物だったんだ…。”
完全に遠ざかってしまった若者の背中を見ながら、旅の一行に気まずい空気が流れている。それでも、イノは何も言わずにただ黙っていつまでも若者の去った方角を見つめていた。寂しいような、どこか安堵したような、そんな微妙な表情で。
ルシ・語り 『…思うに、あいつは彼が自分から去ってくれたことを、心の奥底では喜んでいたんじゃなかったのかな?使命のためとはいえ、自分につき従っている せいで皆が危険にさらされることに、密かに胸を痛めるようになっていたんだ。それでも、自分から去れ、と言うことは出来ないんだね…あいつにだって、寂し いという感情はあったのだろうから。けれども…という、まあ二律背反だね。気の毒に…。』
ルシ・語り 『ん?この若者のことか?…よほど足手まとい だったことが悔しかったんだろうね。一人で剣術の武者修行を続けて…後年、どこかの国の辺境領の守備隊長に任ぜられたんじゃなかったかな?そういえばその 国が隣り合っていたのは、正にあの彼が長年探し求めている者共の治める土地と境を接していた、というのは思えばよく出来た偶然だったよ。いや、或いはそう いう運命だったのかな…?』
(後編に続く)

第八章 拭えぬ疑念

高い場所から見下ろしている構図。ローブをまとった人物の側に居た同じような格好の人が、何か一言二言喋った後で、向きを変えて離れて行く。残された人物はじっと去って行く背中を見つめ続けている。
ル シ・語り 『…また一人、あいつの元から旅の仲間が去って行った。この年に入ってから何人目だったかな…?まるで櫛の歯が抜けるようにぽろぽろと…脆くなっ た繋ぎ目は、一旦崩れ始めるとその崩壊は早いものだね…。それも、人の生に限りあることの宿命なのかも知れない。…と言っても、一人きり残されるあいつに は何の慰めにもならないだろうが。…ろっと、これは失礼。まだ一人残っていたね?』
仲間 「…あいつ、やはり行ったのか…。」
イノ 「…ああ…でも、仕方ない。」
仲間 「仕方ない、か…。」
そのまま黙って二人で馬を進める。まわりは草木もまばらな荒野。しばらくそんな感じで黙々と旅を続けて、ある時、大きな岩の陰で野営している。二人とも疲れた顔をしている。
仲間 「そろそろ食料が少なくなったな。次の街で補充しないと。」
イノ 「ああ、そうだな…。」
ル シ・語り 『…この男は、彼の旅の仲間になった者たちの中でも恐らく一番熱心で、信仰心に篤く、また有能でもあった。元は地方の役人だったかな…?自分の知 識や技能を使って彼の助けになれることに誇りと生きがいを感じていたようだ。人を纏めるのも巧く、彼の旅の初期における功績は大だったね。』
たき火を見つめながら、何か迷っているふうだった仲間が重い口を開いた。
仲間 「…なあ。一つ聞いていいか?」
イノ 「?ああ…」
仲間 「この旅は、最後には一体、何処に辿り着くのだろうか?」
イノ 「…。」
仲間 「いや…旅をすることで、この俺は、と言うべきかな?何処へ行けるんだろうね?」
イノ 「それは…すまない。私には、わからない…。」
仲間 「…ふっ。正直だな…あんたの答えはいつも決まってる。わかってて、聞いてるんだよ…この旅に、どんな意味があるんだ?なんて、それこそ愚問だよな。使命だけ見ている、あんたにとっては…。」
イノ 「…全てを語ることは、出来ないんだ。すまない…でも、これだけはわかってくれ。世界を救うために、ある者たちを探し出して捕縛しなければならない。そのために私は…」
仲間 「それは、聞いたよ。耳にタコが出来る位にね。…でも、あんたは一番肝心なことに答えてはくれない。…この旅を共にしてきた俺たちと、あんたとは、本当に”同じ場所”に行けるものなのだろうか?」
イノ 「…?!」
仲間 「あんた、気づいてたかな?去って行った仲間たち…俺もだが、みんなが疑問に思っていたことが何だったか?…もしや、あんただけは「死なない」んじゃないか?っていうことさ…不死身なんじゃ、と。」
岩の上に腰かけた黒い影が、頬杖をついていた顔をちょっと傾けて、イノのほうを無感情に見やる。
イノ 「…それ…は…」
仲間 「否定、しないんだな…どうも不思議でならないんだよ。あんたはちっとも年を取らない。ずっと共にいた俺たちは、もうすっかりオッサンになっちまった。でも、あんたはまるで青年のままだ。…何故だ?」
イノ 「…。」
仲間 「…あんたは”神”のために働いていると言った。けれど、何があっても死なないあんたを見て、仲間の中には、あんたに取り付いてるのは実は”悪魔”なんじゃないか?って言い出すやつもいたんだ…。」
ショックを受けたイノ、呆然と仲間を見つめる。何か言いたげに手が動くが、触れる所までは行かない。
仲間 「なあ…俺たちは、何を信じればいい?あんたの本心が聞きたいんだ…あんたが探し求めてるのは何なんだ?それを見つけた後、あんたはどうなるんだ?俺は、そこに関わることは出来るのか?」
黙り込んだイノの顔を正面から見つめ、最後に、仲間が静かに問いかける。
仲間 「…俺たち旅の仲間は、本当にあんたと、あんたの使命にとって”必要”だったのだろうか…?」
イノ「…私、は…」
思いを吐き出すように口を開きかけ、また閉じて項垂れる。哀しみと苦悩が額に深く刻まれている。
イノ 「………すまん。」
くっ、と仲間が寂しそうに笑う。困ったような顔にも見える。
仲 間 「…ったく、馬鹿正直な男だよ…あんたは。そう言う時はさ、なんか適当に聞いてる方の気持ちが盛り上がるような巧いことでも言って、それで煙に舞いと きゃいいんだよ。嘘だって別に…それで救われる奴だって、大勢いるんだから…ああ、あんたは本当に、不器用で…だから放って置けなかった…。」
笑い顔が痛むような表情に変わる。眼差しは、それでも愛おしそうにイノに注がれたまま。
仲間 「…でも、どうやらここで終わりだな。もっと、馬鹿で素直で見てて飽きないこんな男を近くで助けてやりたかったけど…残念ながら、そうするには俺は年を取り過ぎて、疲れちまったよ…。お別れだ。」
そのまま二人して沈黙する。たき火のはぜる音だけが夜の闇に響く。ルシは空を見上げている。
翌朝早く。仲間は荷物をまとめ馬にまたがったままで、見上げているイノに声を掛ける。
仲間 「俺は一番近い街まで戻って、そこでこれからのことを考えるよ。残った食料や何かは全部お前にやるから、遠慮なく使ってくれ。…達者でな。」
イノ 「ああ…君も気をつけて行ってくれ。今まで有り難う…。」
仲 間 「うん…あのな、旅の仲間として最後の忠告だ。もし、次にまた誰かと一緒に旅をすることになったら…その時はそいつに、もっと気楽に色々と話してやった 方がいいぜ?そうされても相手は別に負担に思ったりしないし、むしろ、自分は信用されてるんだって思うだろうからよ…たまには弱みを見せろ。」
イノ 「…肝に銘じておく。」
仲間 「はは。…その堅物ぶりじゃあ、やっぱ無理だな…。あばよ。」
前の日に来た道を去って行く男を、ぼんやりと立ちつくしたまま見つめ続けるイノ。
ルシ・語り 『…そうして、あいつは最後の仲間の後ろ姿が、街道の丘の向こう側に完全に見えなくなってしまうまで、黙ってずうっと見ていたよ。…ああ。ずうっと、ね…。』
人でにぎわう街に戻って来た男。なんだか夢から覚めたような顔つきで、平和そのものの周囲を見回している。酒場の看板を見つけ、そこに入って行くと牛の角の盃で最初の一杯を忙しく飲み干す。ほっ、と息をついて思わず独り言。
男 「…彼と一緒のあいだは、昼間からこんなことをするのはどうにも気が引けたんだよなぁ…。おい、もっとだ、早くおかわりをくれ!今日は思いっきり飲むぞ!」
良い気分で酔っぱらった男、通りで声を掛けてきた女と手近な宿屋に入りこむ。ベッドで男の服を脱がしていた女が驚いたように声をあげる。
女 「んまあー!立派な傷…。あんたって兵隊さんとかなの?どっちかて言うと小役人タイプっていうか、結構ひょろっとしてるのに…人はみかけによらないっていう感じ?ちょっと意外ね~。」
男 「…ははっ、凄いだろう。こう見えても、つい昨日までお前が想像もつかないような厳しい旅をしてたんだぞ?とある人の共をして、世界のあちこちを見て歩き、人ならぬ恐ろしい敵と戦って…」
女 「えーなにそれ!かっこいいじゃない!?もっと話してよ、何か…まるで噂の聖人様一行みたい!」
男 「…。」
不意に男が胸の傷に手をあてたまま、前かがみになる。傷は肩や腕、腹、色んな場所に大小さまざま。
男 「…そうじゃない…嘘だ。俺が…俺たちが、戦ったてんじゃない。みんな本当は、戦いの度に、”あの人”に守られてただけだった…そうでなかったら、あんな 人でも獣でもない、この世のモノではない敵にまみえて、これっぱかしの傷で済んでいた訳が無いんだ…命さえ、あったのが不思議なくらいだ…。」
細かく震えている男に不審顔をする女。うつむいている顔をのぞきこむ。
女 「えっ?や、やだ…ねえ、ちょっと急に一体どうしたってのよ…?」
男 「本当は…怖かったんだ。”あの人”がたった一人で抱え込んでいる秘密を、明かされたところで、俺たちの誰もそれを共に分け持ってやることなんか出来な かっただろう。重すぎる荷を、”あの人”はこれからも、一人きりで抱えて歩いて行くんだ…。すまない、許してくれ。俺は、怖かったんだよ…。」
下を向いたままの顔、すすり泣きの声が漏れる。所在なさげな女が、その背中をさすってやった。
男 「…例え、本当に”不死身”の人間だったとして、それでも痛まない訳は無いのになぁ…傷も、心も…。なのに俺たちの誰ひとり、それを共有してやれなかった。俺たちじゃ、始めから無理だったんだ…。」
哀れむような表情の女に頭を抱きかかええられたまま、男が窓の外の夜空に眼を向ける。疲れと哀しみがないまぜになった顔に、隠そうともしない涙が流れ落ちる。
男 「ああ、神様…どうか、あの気の毒な人に御慈悲を…。彼の惨い孤独な旅路が、安らかに、一日でも早く終わりますように…。どうか、我らのかわりに、お守り下さい…神よ…。」
小さな明かり取りの窓の外の、屋根の上に腰かけていた黒い影が、よっ、と軽い動作で立ち上がった。ちらと部屋の中を振り返ったまなざしは、思いがけず、親切そうなものだった。
月に照らされる荒野。馬のかたわらに膝を抱えて座って、イノがぼんやりと空を眺めている。
ルシ 『…悔いているのか?仲間たちを引き止めなかったことを。』
イノ 「居たのか…いや、悔いてはいないよ。遅かれ早かれ、いつかはこうなる日が来ると…。」
額に苦悩を刻んで、誰にともなく言う。
イノ 「私のせいなんだ。…いつも言葉が足りないせいで、こんなに長い間、皆を危険にさらしてしまった。彼らのもう取り返せない時間を、どうやって詫びたらいいか、考えても胸が痛む…私は愚か者だ。」
ルシ 『…。』
イノ 「でもなぁ…時々わからなくなるんだよ。私の使命は、誰とも分け持つことの出来ないこの道のりは、本当に存在しているものなのだろうか?と…。私は実はとっくに気が狂っていて、こうして今話しているあなただって、私の頭が作りだした幻、なんじゃないか…?と…。」
ルシ 『ふうん、それは御伽話だとしたらなかなか面白いな。でも、残念ながら、私はお前の作りだした幻じゃないし、お前の使命も御伽噺じゃなく、現実だ。…それでも気になるというなら、また誰かに託宣でも受けてみたらどうだ?第三者の言うことなら、信じられるんだろう?』
イノ 「…あなたも、皮肉を言うんだな…」
ルシ 『それでお前の気が済んで、使命を果たす気になるなら何でも言ってやるさ。慰めが欲しいか?』
イノ 「いや…いらない。…つい馬鹿なことを口走った、済まなかった。」
ルシ 『…構わんよ。私なら。』
ローブを引っ張り上げて横になるイノ。顔は見えない。その背中を見つつ、ルシがふっと一つ息をつく。
別の日。沈痛な面持ちで占い師の元を訪ねたイノに託宣が告げられる。
占い師 「…案ずるな、ハドラニエル。お主には四大天使の加護がついておる。」
イノ 「四大天使…」
明るい外に出た後で、イノがひっそりと独り言をつぶやく。
イノ 「…”あなた”は、その中に入っていないのか。では、加護でないとしたら、それは一体…?」
晴れた空のどこにも黒い影の姿は見えない。どうかしている、というように頭を振って、イノが歩き出す。
ル シ・語り 『…あの頃から、あいつが悩み苦しんでいたことくらい、知っていたよ。私はずっと側で見守って来たからね…。しかし、時として人間の行動は、実に 予測がつかない。自分が求めているのとは逆の行動を平気で取ったりするんだよ。それも、本人にとっては矛盾を感じないらしい。不思議だね…。』
ル シ・語り 『そういえば、あの時別れた彼の最後の旅の仲間。彼も、あんなに流浪の旅を止めたがっていたのに、結局はあれから神に仕える誓願を立て、また教えを広める 伝道師の旅に出たって言うんだから…全く、人間の行動というのは、たまに理解に苦しむよ…まあ、そこが面白くもあるんだけど、ね。』


(後編に続く)

365Ⅰ

この物語はシナリオ形式で、「365 Ⅱ」に続きます。
また、同じテーマ、キャラクターで書かれた妄想捏造二次創作シナリオ風小説に「ながいながい旅の終わるとき」もありますので、「365」の後で、良ければ合わせてお読み頂けるとさらに物語を楽しめるかと思います。同じく妄想捏造二次創作漫画も無料公開していますので合わせてどうぞ。(※別サイト)→ http://t.co/v0QhIxk6mo

(※この物語はファンによる二次創作活動であり、ゲーム・周辺小説等の公式とは一切関係ありません。)

365Ⅰ

”神よ。あの人の孤独な旅路に、どうか祝福を―。” ゲーム「エルシャダイ」の発売前後からの妄想捏造二次創作シナリオ風小説です。ゲーム本編冒頭と資料集で軽く触れられただけの、主人公イーノックが堕天使達のタワーを探す「365年の旅」を妄想して描いているうちの前半です。(※書かれた時期は原作小説発売より前) 物語内には主人公イーノックと大天使ルシフェル、あとはイーノックが道中出会う筆者オリジナル設定の人間達が出てきます。 天空から降り立った一人の男。俗世の人間達の中で傷つきながら旅を続ける彼が秘めていた、ある重大な使命とは―。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-12-19

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work
  1. 第一章 最初の町にて
  2. 第二章 盗賊団の幕屋
  3. 第三章 陽気な同行者
  4. 第四章 微笑みの乙女
  5. 第五章 異形の占い師は笑う
  6. 第六章 不死の男の涙
  7. 第七章 隠された名前
  8. 第八章 拭えぬ疑念