SABA

登場人物
・鮫島 実百合
・鮫島 母
・鮫島 父
・結子
・茉里乃

「ただいまー。」
「あ、お父さんお帰り!」
「たくさん釣ってきたぞ!ほれっ。」
これが悲劇の始まりだった…

今日わたしのお父さんは港に釣りに行った。今朝4時に出かけて、現在午後7時までずっと釣っていたようだ。お父さんが今日の成果を披露する。
「じゃじゃーん!!」
クーラーボックスの中には、おびただしい魚たちがピチピチとヒレを動かしながら、窮屈そうに入っていた。
「わぁー、すごーい!」
「すごいだろ?大量大量だ♪」
「ねえお父さん、これなに?」
「これはサバだ。」
「ふーん。じゃ、この青いのは?」
「これもサバだ。」
「え、じゃあ、コッチのは?」
「サバだ。」
「ええー!?もしかして全部サバ?」
お父さんは得意げに大きくうんうんと頷いた。こんなにたくさん釣れたのにも驚きだったが、まさか全部サバだとはまたまた驚きだ。どうして、と聞くまでもなくお父さんは鼻をこすりながら言った。
「実は、この季節はサバがたくさん集まって、今日はここ島根の漁港が狙い目だったんだよ。俺もこんなに釣れるとは思わなかったけどね。」
すると、横で困ったようにお母さんが言った。
「でも、こんなにたくさん食べられるのかしら?」
「まあ、なんとか食べられるんじゃないか?しばらく食卓にサバが続くけど、俺も飽きないようにいろいろ工夫してみるから。とりあえず冷凍保存しておくか。」
その後、サバたちは手早く三枚おろしにされ、冷凍室をいっぱいに満たした。わたしの頭の中は、美味しそうなサバ料理でいっぱいで、楽しみだった。

翌朝、早速朝食に登場。ご飯にサバの塩焼きとサバの味噌汁が並ぶ。朝は苦手で、あまり朝食を食べないわたしだったが、この日は美味しそうなニオイに食欲をそそられ、朝から贅沢にサバ料理を堪能した。うまか〜。

「気をつけ、礼。」
午前の授業が終わり、お昼休み。お待ちかねのお弁当の時間だ。
「お腹減ったねー。」
「うん。あ!結子のサンドイッチ?」
「そう。今日朝から作ったんだ♪茉里乃は?」
「私は冷凍食品かなー。朝起きるのも苦手だし、レンジでチンすれば簡単だしねー。」
「ま、茉里乃には料理は無理かー(笑)」
「ちょ、ちょっと〜。」
弁当の話で盛り上がっているのは、友達の結子と茉里乃。いつも一緒にランチを楽しんでいる。
「ねぇ、実百合のお弁当は?」
ドキっとした。ついにわたしにも回ってきた…。
「え、あ、あたし!?えーっとねー…」
サバだとは死んでも言えない。確かに美味しかったよ。でも、弁当にまでサバを入れるなんておかしいでしょ!しかも丸々一匹。とてもじゃないが見せられない。
「どうしたのー?実百合。」
「もしかして忘れたの?」
「ふぇ〜!!わ、忘れたわけじゃないけどさー。何というか、そのー。」
どうしよう。こんなの見せられない。女の子の弁当にサバが一匹入ってるなんてあり得ないっしょ。こんなの見られたら、結子と茉里乃はどう思う?クラスのみんなは?わたしはお魚ちゃんというレッテルでも貼られちゃうのかなー。ああー、どうしよどうしよ…
「なーんだ。ちゃんとあるじゃん、ほら。」
えっ。だって弁当はバレないようにわたしのカバンの奥に…ってええー!?結子なに勝手に見てんのー!?
「あ、結子ちょっと待…。」
「良かったねー、実百合ちゃん。」
そんなにっこりほほ笑まれても、コッチはちっとも良くないのよ、茉里乃。…もうしょうがない。この二人だけならしょうがない。せめて、他の同士にバレなければ…。
しかし、神様はそんなわたしの願いもあざ笑うかのように一蹴した。
「ああー!!」
わたしの弁当箱はスローモーションに弧を描いて、そのまま床に。この間、1秒。
「ガッシャーン!!!!」
「ご、ごめん!実百合。」
クラスのみんなが集まってくる。
「おい、なんだこれ?」
「これサバだよな?」
「丸々一匹入ってるよ!アハハ!!」
「すげー!鮫島がサバ持ってくるなんてー!」
クラスの男子に見つかって、思ったとおり、わたしは馬鹿にされた。
「ちょとー!やめなよー。」
あ、ありがとう、茉里乃。こんなわたしをかくまってくれるなんて…。
「実百合ちゃんはねー、お魚さんが好きなのよー!サバさんをいじめるなー!!」
え、ちょ、違うだろ茉里乃!。全然フォローになってないよ!わたしは決してサバが好きで持ってきたんじゃないのよー!茉里乃のわたしの印象どーなってるわけー!?
「どうなの?鮫島?」
男子の一人が聞いてきた。もう無理だろ。これ以上抵抗できない。わたしはあっさり自供した。
「…はい。その通りで。」
クラスにどっと笑いが起こった。もう恥ずかしいどころじゃない。…サバノバカヤロー…サバノバカヤロー!!!
この後、わたしのあだ名が「サバ島」 になったのは言うまでもないだろう。まだお魚ちゃんのほうがよかったなー…

「ただいまー」
あ、この臭い。あいつだ。
「おかえり。晩御飯もうちょっと待ってね。」
「う、うん。」
わたしのサバの印象は、たったの1日で180°変わってしまった。今はサバなんて見たくない。わたしは臭いを避けるように自分の部屋に行った。

「実百合ー、御飯よー。」
お母さんが呼ぶ。今晩もサバが待っていると思うと体が重い。あまりお腹も空かないけど、仕方なくリビングに向かった。
「お母さん、今日の晩御飯なに?」
わずかな希望を信じて、聞いてみる。
「今日はサバの炊き込み御飯よ。」
サ、サバの炊き込み!?せめて白飯が食べたかった。まさかお米にまで侵食されてしまうなんて。他にはサバの丸焼きにみそ汁。もうサバ一色じゃないか。
「いただきます…。」
不味くはない。味に飽きてもいない。でも、食べたくない。サバ嫌い。
(嫌いだ、とかいうなよ)
突然声が聞こえた。わたしは言ってない、思っただけだ。…心が読まれてる!?でも、誰?
(俺だよ、サバだ。)
え、まさかサバがしゃべるわけないでしょ!?そんなわけ、ないじゃない…。
(なんだよ、サバがしゃべっちゃいけないのか?)
恐る恐るサバの丸焼きに目を向ける。頭はコッチを見て、ニヤッと不気味な笑を浮かべていた!
「キャー!!」
「どうしたの?実百合。」
「い、いまサバが!サ、サ、サバが!!!」
「おかしな子ねぇ」
お母さんには見えないの!?なんで?
(今俺はお前にしか見えない。)
(なんでわたしに話しかけてくんのよ!)
(お前、なんでサバが嫌いなんだよ?)
(それは…あんたのせいでクラスの連中にバカにされたからよ!)
(はぁ?それは、お前の母ちゃんのせいだろ?)
(そ、そうだけど…)
(俺もお前が嫌いだ)
(えっ?)
(俺だって、昨日までは優雅に海を泳いでいたのに、今日は見ての通り、丸焼きだ。)
(そんなの、わたしのせいじゃないでしょ!!)
(そこまではいいんだよ。だがな、せっかくお前に命をやってるのに、嫌いだから、食いたくないから、そんな理由で俺の体は捨てられちまうのか?)
(しょ、しょうがないじゃない!あんたへの憎しみは消えないわ!わたしだって大変だったんだから!)
(そうか、じゃあ、お前にはこうでもしないとわからないか…)
そう言うと、サバがスーッと消えてしまった。
「ガチャーン!!!!」
お父さんがテーブルに皿を落とした。
「どうしたの?」
その時だった。
「う、うう。」
お父さんが苦しみ出した。
「お父さん?ねえ、どうしたのよ!?」
「うううう、うああああ!!!!」
お父さんの顔が細長く、そして、目が飛び出して、…まるでサバみたいだ!
「キャー!!!!お母さん、どうしよう」
「ん?どうしたの?」
振り返ると、お母さんもサバになっていた。
「キャーーー!!!!」
二人の顔にびっくりしたが、ふいに嫌な予感がした。急いで洗面所の鏡に向かった。そこに映ったのは…
「イヤーーー!!!」

「は!」
目が覚めた。どうやら、わたしは眠っていたらしい。よかった。夢だった。
「実百合ー。御飯よー。」
ホッとしたのも束の間、サバの呪縛から解放されたわけではない。再び嫌な予感がする。恐る恐るリビングに向かう。
「お母さん、今日の…御飯は?…」
ゴクリ、と生唾を飲む。
「今日は、マカロニグラタンよ。」
予想外の答えに拍子抜けした。
「え?サバは?」
「ああ、サバはねー、うちじゃ全部食べきれないから、近所のみなさんにあげる約束をしてたの。そしたらねー、うちのお父さんったら全部あげちゃって。ごめんなさいね。」
涙が流れた。もちろん、嬉し涙だ。
「あら、そんなに食べたかったの?」
お母さんが申し訳なさそうに言った。
「ううん、いいのよ。」

「あれ、実百合珍しいねー?お魚、皮まで食べちゃうなんて。」
「実百合ちゃんすごーい!」
あれから1ヶ月の昼休み。わたしはあの日から、魚に限らず、残さず全部食べるようになった。正直、あの時は怖かったが、きっとサバはわたしに命を戴く大切さを教えてくれたのだろう。
「おい、サバ島がまた魚食ってるぞ!」
「ギャハハ、マジだー!」
「あんたたち…」
わたしは、からかいにきた男子たちに向かって言った。
「ちゃんと食べないと、サバに呪われるわよ?」

今日も感謝して、戴きます。

SABA

今回は食の大切さ。最後の方は無理やり感がありますが、大目にみてください(笑)

SABA

サバとわたしの奇妙なお話。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-12-17

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