ないようである場所。

季節は変わり、大阪に来て3度目の冬が来た。


季節は変わり、大阪に来て3度目の冬が来た。寒いのが嫌いな私だけれども、地元に比べればこんな寒さは対したことではない。それなのに。体もその場の環境に順応していくのだろうか。大阪の冬が寒くて仕方が無い。しんしんと降る雪をいつから見ていないだろう。
鍵をかけアパートを出る。地元では全く使わなかった自転車が、大阪では便利な交通手段だ。自転車に乗りマフラーで口元まで覆い、漕ぎ始める。朝の風は冷たくてキンとしている感じがする。それは地元でも変わらないかな。大阪では雪で地面が凍って滑ってこけるなんてことがない。なんて素敵なことなのだろう。
元々、私は地元が好きではない。帰ったところで会いたいと思う人もいない。だから、帰ったとしても実家でゴロゴロするだけでトンボ帰りのようになってしまう。地元に友達がいないわけではない。幼稚園から高校までを地元で過ごしてきたし、大阪に来てからも連絡を取り続けている友達はたくさんいる。だけど、地元に帰って会おうという気にはなれない。そうやって、私はいつも関係性を遮断してしまう。
自転車を止めてエレベーターに乗り教室へ向かう。教室は真っ暗だった。私が一番乗り。私は今専門学校へ通っている。クラスは年齢もバラバラ、出身地もバラバラで私と同じように地元から離れて一人で暮らしている友達もたくさんだ。喫煙所でタバコを吸っていると、クラスメイトのミキが来た。「おはよう。サナ一番乗り?」とミキが聞くので、「そうだよ。家にいても朝からすることもないしね。」そっかと言いミキもタバコをつける。そして、そういえば、という感じで「サナ最近実家に帰ったの?」と聞く。「週末帰ってたよ。金曜の夜から日曜の夕方まで。」「サナにしては長い帰京だね。」そう言って笑った。私はなかなか実家に帰らないから珍しいことなのだろう。「実家に冬服全部送ってたからね。それ取りに帰ったの。」実家には何かの用がないと帰らない。一人で過ごす方が楽だから。いつからか、親にも気を使うようになり母親の顔色を伺ってしまうようになった。ご機嫌取りをするのは疲れる。それが分かっているから足が自然と遠ざかってしまう。それに、地元には何もない。大きな湖があるだけ。会いたいと思う友達もいないし帰る必要性を感じない。
習慣となっているSNSの書き込みを開く。地元の友達が自分で作ったお菓子を載せていたから、何となくコメントをした。地元の友達の書き込みは見てはいるもののコメントはほぼしない。「美味しそう、食べたい」そうコメントをした。しばらくしたら、コメントに返事が来ていた。「あげるには遠いわ(笑)というか、サナ会おうよ!」そう書いてあった。このコメントが私に少し変化を与えることになった。
コメントをした友達は中学で同じ部活だったユキ。共にバスケ部でがんばってきた。とはいっても、弱小だったからゆるく楽しくという方が近いかもしれない。SNSからケータイのメールへと変わり、連絡を取ることとなった。ユキが会いたいから地元に帰ってくる日を教えてくれと言ったから、年末年始あたりに帰る予定と告げる。すると、具体的な日を指定してこの日ならいけるとユキが言う。その場の流れというかノリというのか。私とユキは年末に地元でご飯に行くことになった。会うのは多分、10年ぶりだ。どうしてこんなことになったんだろうと少し不思議に思う。10年も会っていない友達と、久しぶりに連絡を取ったことで会うことになるなんて。楽しみではあるけれど、正直なところめんどくさいというのが本音だった。
私の過去は明るいものではない。高校を機に暗い過去へと変わったし、それが地元で起きたからこそ好きではなくなったのかもしれないなと今では思う。でも、その暗い過去は中学の時とは全く無関係だ。だから、会ってもいいかなという気になったんだろうか。高校の友達には会いたくない、会えないと言った方が正しい表現かもしれない。後ろめたさや申し訳なさ、疎外感などそれはそれは悲壮たっぷりな感情しか残っていない。連絡すらとっていない。私が関係を断ち切ったのか、みんなが私を断ち切ったのか。
母親に年末年始帰るよと連絡をしたら「気を遣わなくてもいい」と返ってきた。そんなことを言われるとなんだか寂しく感じる。私が距離を置いているから母親もそう感じるんだろうか。とにかく新年の集まりには参加するからと言っておいた。
冬休みに入り、バイトを詰めまくり働きまくった。クリスマスも過ぎ、あっという間にユキと会う日がやってきた。夕方から会うから、午前中から大阪を出発して実家へ帰った。実家には愛する犬がいる。実家に帰る楽しみはそれだけだ。「会いたかったよー!」と大げさに表現をして愛犬と熱く抱擁する。私が帰ってきて一番嬉しいのはきっと愛犬だろう。ひとしきり愛犬とじゃれたあと、ただいまと母親に声を掛ける。「早かったね」と出迎えてくれる。しかし、私の態度はついよそよそしくなってしまう。「今日の夕方からユキと会うから、今日は晩御飯いらないよ。」「ユキちゃんって中学の時の?」と母親が少し意外そうに尋ねる。「そうそう。バスケ部の。なんか会おうっていう流れになった。」「珍しいね。」率直に思ったことを母親は言う。私も珍しいと思う。こんなこと、大阪に来てから一度もなかったことだ。だからだろうか、今回の帰省は心なしか浮かれている気がしないでもない。
ダラダラとテレビを見ていたら、夕方近い時間になっていた。ユキから着信があった。「車で家まで迎えに行くよ。着いたらもっかい電話する」とのこと。10年も会っていないし、私の家へ遊びに来たのも中学以来だろう。それなのに、ユキは私に道の確認もすることなく到着した。登下校の時に毎日通る道に私の家があったから覚えていたのかな。着いたと電話がかかってきたから、母に行ってくると告げて家を出た。一瞬の緊張。少しドキドキして助手席のドアを開ける。そこには当然ユキが乗っている。そして、つい最近会ったかのように「お疲れ、久しぶり」と声を掛け合う。本当に緊張なんて一瞬だけ。お互いにヤバイやばいと笑い合う。「10年ぶりだよ、あり得ない。」「サナってそんな声だっけ?」「ユキこそ、そんな声してたっけ?」「サナ身長伸びたね」など他愛もない話で盛り上がる。会ってまだ5分。店に入ってからも食べながらひたすら喋り続けていた。お互いの近況、中学の時の思い出話など。3時間店に居座っていた。お酒も飲まずソフトドリンクなのに、気分は浮かれている。心から、楽しかった。どうして今までこうして会おうという気にならなったのだろうと後悔すらした。さらに、その場のノリで中学バスケ部のメンバーを集めて久しぶりに会おうと計画を立てた。みんなと連絡を取り合う中でも常に爆笑。そういえば、大阪でこんなに笑うことはないなとふと、思った。私が声を出して大笑いできるのは、地元の友達といる時だけだ。
その場の思いつきで計画した集まりが、具体的に日まで決まり、本当に集合することになった。バスケ部で集まるのが来月。みんな会いたくて仕方がないようだった。私も同じで、早くみんなに会いたかった。時間も遅くなり、店を出て車で家まで送ってもらった。帰りの車の中で、本当に楽しかったね、10年経っても何にも変わってないねと笑い合う。会ってから笑ってばかりだ。その時にユキが言った。「サナ、これから実家に帰って来る時はあらかじめ連絡してよ。サナが帰って来るたびにご飯に行こう。」嬉しかった。私が疎遠にしていただけで、ユキは会いたかったんだからとも言ってくれた。そんな友達を持つことは幸せだと思う。
ユキと別れて実家に帰ってからもハイテンションのまま母にこんな話をしてね、とユキとの出来事を事細かに聴かせた。母が嬉しそうな顔をしながら聞いていたのは、私の思い込みだろうか。母との距離が縮まったような気がした。
2泊ほどして、大阪へ帰る日、母が駅まで送ると言った。父が、次はいつ帰ってくる?と聞いてくる。まだ分からないと答えると、そうか、と寂しそうにシュンとしていた。帰ってきて欲しいんだなと素直に思ったし、近いうちにまた実家に帰ろうと思った。
何もない地元、何もない実家だと思っていた。けど、地元にいた時は感じなかったことをたくさん感じる。空気も綺麗、田舎だけどのんびりしていて落ち着く。友達だってたくさんいた。私の帰りを待ってくれている親もいるし、会いたがってくれる友達もいる。
なんだ、地元も実家もいいところじゃないか。嫌いになれるわけがないな、そう思う私は単純すぎるだろうか。

ないようである場所。

ないようである場所。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-12-17

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