地球大戦B 少年ヤザック編 第1章再会

地球大戦B 少年ヤザック編 第1章再会

蒼き閃光、少年ヤザック編 第1章 再会 

一 再会



時は西暦三〇一二年。人類は地球から遥か遠く離れた惑星国家、ロマ・エンティヌス共和国の脅威に晒されていた。
 地球へ降下する彼らの兵器。甲虫の体の構成メカニズムを元に作られたとされる固い外角に繊維状の鋼の筋肉。そして玉虫色の八枚の羽根を背に備える二足歩行型の飛行兵器。人類はそれらを甲虫機と呼んだ。
 甲虫機の大群は無人の廃墟と化していた文明都市を次々と制圧していく。人口一億に満たない人類に広い地球を守るだけの物量は無かった。また、彼らに対抗出来るだけの技術力も無かった。
 そんな中、地球上に唯一残る文明国家があった。その名はユートピア連合。
 北米大陸一帯を領土に持つその国は、世界の西側より迫る甲虫機の大群に備えるべく、太平洋上に広大な軍事要塞島建造した。セントラル・エデンである。
 その地にて彼らが量産した対甲虫機戦用歩行兵器、AMG(Armed-Muscle-Gear)。
 人類はそれを切り札に甲虫機たちと太平洋上の青空の下、熾烈な空中戦を繰り広げる。
 当初、ユートピア連合とロマ・エンティヌス共和国間の争いに留まっていた戦争はやがて南太平洋上の小さな島々をもその炎に飲み込んでいった。
 多くの島民たちが両軍の戦闘に巻き込まれ死傷した。生き残った島の住民たちは疎開という形で一時的にセントラル・エデンへと非難を始めた。
 その人々の中に一人の少年がいた。
彼の名はヤザック・フェン。
青々と生い茂る太平洋の海の上で気ままに木船を漕ぎ、漁でその日の食料を得る。そして、自身が思いを寄せる彼女と平穏な暮らしを続ける。彼はそんな小さいながらのささやかな幸せを望む十八歳の少年だった。


セントラル・エデン軍関係者用宿舎

戦火に燃えた故郷の島から疎開して一ケ月が過ぎていた。
ヤザックは貸与された隊舎の一室に置かれているベッドの上で大の字になっていた。島での生活の日々を懐かしんでいた。
薄くエメラルドに輝く海の色。漁から戻った後は、草木が茂る林の中を駆け回る。日が暮れて夜になると、二人の幼馴染みたちと他愛もない将来の夢や仲間内の噂話をする。傍からからすれば、どうでもよい話をしていた。
 彼には二人の幼馴染みがいる。一人は彼が思いを寄せる少女、ミシア・イェン。十九歳。もう一人はパタヤ・フィン。二十歳。
 ヤザックは島が未知の機械に襲撃された時のことを振り返る。なぜ、あいつはあんなことを。島中が燃え盛る中、あんなことをしたんだ。ヤザックはパタヤのその時に取った行動を今でも鮮明に覚えていた。
 ヤザックは日々の生活で鍛え上げられた腹筋を使い、すんなり上体を起こす。
 そんな時だった。部屋に備え付けられている内線が鳴る。ヤザックは立ち上がりドアの傍に備え付けられている内線の受話器を取る。

「ヤザックです…… どうしました?」
「ヤザック、僕だ。デイビッドだ。今すぐ出られるか?」
 
デイビット・レイカー。ユートピア連合情報統制省に所属する背広組の職員。つまりシビリアンだ。いつも髪を真ん中の分け目から端正に分けている。白色の背広を着ている。彼はヤザックたちを島から脱出させる際、軍の隊員と一緒に行動していた。戦時体制下において省の戦闘支援要員チームの一人に指定されていた。
 ヤザックはデイビッドに言った。

「あいつらが現れたんですか?」
 
デイビッドは答えた。

「ああ。つい二日前も出撃したばかりなのに悪いな…… 後で軍の連中に今日の穴埋めするように言っておく。どうしても戦力が足りないって言うんだ。頼む、ヤザック」
 
ヤザックは特に休みが潰されることを気には掛けていなかった。なぜなら、アレを倒せば死んだ人たちの供養になると考えていたからだ。

「わかりました。僕ならいつでも出られます。アレと戦えるなら、いつでも戦います!」
 
ヤザックは戦闘服を着たまま部屋を出た。

 

ヤザックは現在の自分のあり方に疑問を感じてはいなかった。
 行方不明になった幼馴染みである彼を連れて行ったアレから情報を得れば、彼の居場所が分かるかもしれない。それに彼を探し出せば、なぜ彼が島の村長、タオロムにあんなことをしたのか聞き出せるかもしれない。ヤザックはそう思っていた。 

「ヤザック、いつもの様に変異したらユートピア本土の西岸に向かうぞ。 西岸に現れた敵部隊を叩くぞ!」

 二足歩行兵器、AMGからの通信が聞こえる。威勢の良いデイビッドの声だった。
 ユートピア連合軍の一員となっていたヤザックのこの時の任務は、次の通りであった。
セントラル・エデンからデイビッドを長とする通信部隊第二十五小隊と歩行兵器軍第十六小隊と共に出撃。北米大陸西岸の敵部隊を殲滅する。
 軍の兵器整備区画内に幾つも設置されている兵器庫。その内の一つがヤザック専用に貸
与されていた。
以前、村長から渡された首飾りを戦闘服のズボンのポケットから取り出す。首飾りの紐に
繋がれた先の尖った青く透き通った石。これこそが、今のヤザックにとっては大切な宝物で
ある。これが無くてはこれから襲来する彼らと戦うことは出来なかった。
 オベリスクと呼ばれるその飾りの石を手に握る。そして、意識を集中させる。オベリスク
に自分の意思を感応させるために。

「あいつらを滅ぼす力を…… あいつを、あいつを罰する力を!」

 ヤザックの思いに反応する形でオベリスクが青白い光を発する。これが、ヤザックが変異
体へと姿を変える時の合図だった。
 ヤザックの体が砂粒のように崩れ始める。粒子のようにそれらは空間中に舞い上がると、
一点で集中する。間を置かず、それらは鋭利な人に似て似つかない姿へと変わる。それ青
き結晶体で出来た造形物の様にも見えた。長く鋭く尖る腕と脚の先。頭部も前方へと尖って
いる。変異体と化した彼の体は鋭利な物体そのものであった。
 青く煌めく結晶体と化したヤザックは兵器庫を低空で移動しながら出る。その足で、既に
デイビッドたちが乗り込んでいる大型輸送機が待機する管制塔下の滑走路へと向かう。
 出撃準備万全の輸送機と合流する。輸送機が先に高加速で離陸を開始する。ヤザックはデ
イビッドからの指示で先行する輸送機に後続する形で離陸する。上空へ上がると、高加速で
輸送機を追うように飛び去った。



ターゲットは十機。輸送機内のデイビッドから送られてきた信号でヤザックは戦闘区域内の敵の戦力について知った。
  味方は現時点で三〇機余りの戦力で応戦している。デイビッドからの信号が途絶える。 戦闘空域に近づいたのだ。この時点で、セントラル・エデンを発ってから一時間余りが経していた。
 戦闘空域に入る。ヤザックは市街地を見下ろす。サンフランシスコ市街地はかつての湾
口都市としての姿を留めていなかった。無数に建っていた高層建造物が倒壊し地中に突き
刺さっていた。逃げ惑う人の影も見当たらなかった。市民がよそへ非難出来たかどうかも
分からない状況だった。動き回っているのは軍の二足歩行兵器に車両の類だった。
 ヤザックは視線を前に戻した。彼の視線の先では空中爆発の炎が見えた。味方の銃器から
噴く弾薬の火。聞こえてくる砲撃の轟音。ヤザックは橙に光る前方へと進む。

「なんだ、あいつらは! 本当にこの空域にいる部隊を壊滅させる気か?」

 デイビッドの声が信号としてヤザックの下に送られてくる。
 ヤザックは言った。

「これから戦闘に入ります。デイビッドさんは輸送機の中から指示をお願いします」
「何を言っている? 俺も出させてもらうよ。君一人じゃ、あんだけの数を相手にするのは
きついでしょ?」
 
通信を終えて五分余り。デイビッドが空の色に擬態したターコイズ・ブルーのAMGで輸
送機から発進した。援護のため、ヤザックの背後につく。
 強固な外殻を纏う甲虫機。それらの色はエメラルドグリーンで統一されていた。光沢の
ある外殻が日の光を反射して一層眩しく見える。
 そんな敵との距離も縮まり、ヤザックとデイビッドはついに交戦に入る。先にデイビッ
ドが機体の左肩部に取り付けられているガトリング砲で斉射する。早く墜ちてくれ。そんな
心境で弾を浴びせ続ける。
 敵もそうそう弾に当たりはしなかった。何発か掠りはしたものの、撃ち込まれた弾の大半
を避けたのである。
 甲虫機が急加速でデイビッドの機体との間合いを詰める。両腕の先で撓る幾本もの金属
系繊維を一斉に発射する。デイビッドの青い機体を捉えている。彼の機体の運動性能では避
け切れるものでは無い。加速する金属系繊維をガトリング砲で迎撃して時間を稼ぐ。
 甲虫機の側面から尖った物体が飛んでくる。
 その早い物体は甲虫機の頭部を吹き飛ばした。機能停止した甲虫機が市街地へと落下す
る。

「一体の敵にしつこく付きまとうからそうなるんだろ!」

 それはヤザックが自らの片腕の先を分離させて飛ばした鋭利な三角錐型の突起物、オベ
リスクだった。

「ヤザック、助かったよ。危うくあの触手みたいので絡めとられるところだったよ」
「他の部隊の人からの通信によると、まだ敵が七体残っているみたいです。早く片付けない
と」
「言われなくても、分かっているさ」
 
二人は輸送機を後に残し、更に前方へ進んだ。



 敵戦力の残り三機。ヤザックとデイビッドの連携で更に四機撃墜した。
このままの調子でいけば、残る三機もどうにか倒せるだろう。二人は楽観していた。
 高機動力を生かし、ヤザックは敵のうち一体の背に迫る。相方のデイビッドの方はヤザックの圧倒的機動力に追いつけず逸れてしまった。
 ヤザックが敵の背後から攻撃を仕掛ける。鋭利な腕先で相手の背を貫こうとしたのだ。だが、気付かれていたせいか、半身で躱される。

「こいつ、今までと違う!」

 攻撃を外したのが災いして逆に背後を取られる。ヤザックは咄嗟に体を旋回させて相手の鋭い脚の爪を躱す。
 これまでの甲虫機とは違い、独自のフォルムをした敵だった。変異体のヤザック同様、シャープな体つきをしていた。腕を始め、どのパーツにしても細かった。その作りが故にヤザックの鋭利なパーツを使った攻撃を以てしても、紙一重で避けられてしまう。
 オベリスクを四つ連続で飛ばす。つまり、彼は両腕と両足のパーツを飛ばした。相手の四肢を封じ込めればどうにでもなる。ヤザックはそう考えていた。
 オベリスクが金属系繊維で全て弾かれる。

「いや、失望したよ…… そんなになってもお前は俺に勝てないんだな。ヤザック・フェン」

高笑いしながら唐突にしゃべりだす敵。その声にヤザックは聞き覚えがあった。
それは、自身に満ち誰に何を指摘されようと怯むことの無かった声。常に通りが良く聞いている側にしてみたら頼りになる人間の声。忘れもするはずの無い、あいつの声。
 ヤザックの脳裏に彼の顔が一気に浮かび上がる。

「パタヤ…… パタヤ・フィン。お前がどうしてこんなところに……」

 よりによってあいつは何て姿に変わり果ててしまったんだ。どうしてお前はそんな姿になることを選んだんだよ。
 ヤザックは気が抜けたように姿を変えた幼馴染みの姿を見つめ続ける。
 パタヤはこの時を逃さなかった。
「お前がいけないんだろ! タオロムだっていけない奴だった! あんなわけの分からない力の石を隠していたんだ。よりにもよってそれを俺じゃなくて、いつも俺の背ばかり追いかけているような、俺よりも頼りないお前に石を渡した。なぜだ! お前なんかに!」
 悪意に満ちた言葉を合図にパタヤは金属系繊維を一斉に発射した。ヤザックは意識を取り戻したかのようにパタヤの攻撃を防ぐべく、結晶体全面から青白い粒子を放出する。
 パタヤは叫んだ。

「凄いだろ! なあ、ヤザック。俺だって兵器に姿を変えれば、またこうしてお前と前のように競える。争える。潰しあえるんだ!」
 
ヤザックの超高熱粒子を物ともしない金属線の塊。それはついにヤザックとの距離が詰まる。 
こいつにだけは負けられない。ヤザックは自らの腕を盾にパタヤの金属線を防ぐ。腕の表面が徐々に削れていく。繊維の圧力に負け、腕に亀裂が入り始める。
 ヤザックはパタヤに言った。

「そんなにあいつらの力を借りてまでそんな力を手に入れて…… 僕を圧倒出来てそんなに楽しいのか、お前は!」
「お前は分かっていない…… あの世界の力に触れたら分かるよ。この世界がどれだけちっぽけで無力か。外の世界の力はもっと大きいのさ。こうして俺だってお前と同じようになれる。現にお前に勝とうとしている」
 
パタヤが急接近する。腕部の鋭い爪。それは防御で精一杯のヤザックの腕を砕く。追い詰められたヤザックは相討ちを狙い、残る片腕の先をパタヤの頭部に突き出す。パタヤが体勢を崩す。狙いが逸れ、パタヤの右肩部を掠める。
 パタヤは言った。

「惜しかったな! でも当たってはやれない」
 
パタヤの反撃。ヤザックの胸部中心を腕先の爪の先に捉える。反応が追いつかないヤザック。相手の攻撃が当たるのを許してしまう。ヤザックの体が地上へ落下し始める。
 決着をつける。パタヤはその思いでヤザックの体を追う。
急降下でヤザックに追いつこうとするその最中、ヤザックの体から透き通る青い液体が放出されるのを垣間見る。それは水のようにさらっとしているとは言えない物だった。パタヤがそれらを両腕の先から放出されている金属系繊維で払おうとするが、泥状になっていて払いきれない。時間経過により繊維に付着した泥状の液体から煙が噴き出す。繊維が白く変色を始める。

「何だ、これは?」

 繊維が蒸発して綻ぶ。その様を見てパタヤは初めて自分の身に起きている異変に気付いたのだった。
 しかし、ここまで来てあいつを逃すわけにはいかない。パタヤは気にも掛けず追尾を続ける。そんな彼の体の自由が利かなくなるのは、間もなくのことだった。

   

 金属繊維に纏わりつく青く透き通るの樹液。それらはじわりとパタヤの体を硬化させていた。
 ヤザックと入れ替わるような形で、ユートピア連合のAMGが現れる。彼らは動きが鈍るパタヤに遠慮なく銃撃や砲撃を仕掛ける。
 強固な金属製の外殻を纏うとはいえ、その耐久力にも限界がある。全弾食らってあげられるような余裕は無かった。
 こんな連中たちにせっかくのあいつとの決闘を邪魔されるなんて。パタヤは苛立ちながら戦闘空域を離脱する。パタヤを追う三機のAMG。執拗にガトリング砲を撃つ。ミサイルを飛ばす。パタヤは旋回してAMGの攻撃を躱した。
 味方の甲虫機から指示が出る。

「何をしているガルーダ、後は私に任せて後退しろ」

 彼らの戦闘に割り込む形で一体の青色の重厚な装甲を纏う甲虫機が金属系繊維を三機のAMGを目掛けて放つ。三機のAMGは咄嗟に放たれた大量の繊維を破壊しようと残るミサイルを撃つ。爆発の炎の中を銀色に輝く繊維が突き抜ける。AMGの四肢に絡みつく。三機とも完全に手足の動きを封じられる形になった。
 繊維による拘束を解かれるとともに三機は空中で爆砕した。
 青い甲虫機はパタヤに先に引き上げるように指示を出す。パタヤは何も言わず黙ってその場を離れる。

「所詮、人間どもの兵器の力はこんな物か。性能評価をする価値もないな。だが、あの青い奴とガルーダの戦闘データを回収出来ただけでも今回は良しとするか」
 
青い甲虫機は背面から大量の金属線を後方へ放出しながら、最大加速で戦闘空域を離脱した。
 ユートピアのAMGは一機として青い甲虫機に追いつくことは無かった。
 地上へ落ちたヤザックは味方機に抱えられ輸送機内に運ばれた。

地球大戦B 少年ヤザック編 第1章再会

地球大戦B 少年ヤザック編 第1章再会

西暦3012年。 蒼き惑星、地球は地球外惑星連合国家、ロマ・エンティヌス共和国の 無人戦闘兵器による侵略を受けていた。 圧倒的技術力の差で地球唯一の先進文明国家、ユートピア連合が生産する戦闘用ロボット兵器は次々と撃破されていく。 戦争と無縁な南太平洋上の平穏な小さな島に住む少年、ヤザックを待ち受ける運命とは……

  • 小説
  • 短編
  • 冒険
  • アクション
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-12-17

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