鑑賞記録-映画「カノン」より
1998年、ギャスパー・ノエ監督。
「なんだこれは!」と率直に叫びたい。叫んで楽になってしまいたい、と同時に喜びに身悶えする。たった一人TV画面と対峙する観客でこそあれ、もう湧きたった脳裏では拍手喝采、スタンディングオベーションが止むところを知らず。ただただ、感動している。
まず冒頭から主人公の男の回顧録。そのスタイリッシュで躍動する演出と音楽に度肝を抜かれる。とても理屈ではとらえきれない。どす黒く、陰惨な雰囲気が画面をまたいでこちら側全体にまで漂ってくるよう。映画の進行とともに、50そこそこの彼が語るモノローグは、まるでドストエフスキーの小説みたく言葉の端々を次々と琴線に触れさせてくる。徹底して性悪の吐露。
「俺が死んだところで誰も気づかない。何も起こらない。」
生きるという都市ジャングルの弱肉強食無慈悲な社会に蹴落とされ、埋もれてゆく男のあるがままとその道程。物語も佳境にさしあたれば、空想上でしか娘を殺してやることができず、おのれも死にきれぬ男の愚行と惑いを目にした後の、世界にたった二人、男と一人娘の熱い抱擁。そうして、遠方より聞こえてくるパッフェルベル「カノン」の音。温かな調べが流れはじめたときには、もうこの愚身の心の震えは最高潮に達していた。
深淵を覗きみればみるほどに、人生は醜く美しい。傑作である。
鑑賞記録-映画「カノン」より