いちご大福は片想いをする
実体験をもとに書いたので構成が少したどたどしいです(汗
恋は『いちご大福』のようだと思う。
粘り気のある餅を苦戦しながらも口に詰め込み、やっとのことでいちごを見つける。
だけど私の恋は……
――いちごの入っていない、いちご大福だった。
窓に寄り掛かりながら屈託なく笑うあの人。
意地悪だけど優しくて、真面目なのにめんどくさがり屋。彼に恋をした時から私の世界はキラキラ光ってるんだ。
「ほら佐渡、早く席つかないとチャイムなるぜ」
いつの間にかさっきまで窓辺にいた彼、加藤が目の前に立っていた。時計を見るとチャイムが鳴る一分前だ。
「うん、ありがと」
早口でそういうとロッカーから足りない教科書を引き出して急いで席に戻った。座ったと同時にチャイムが鳴り細く安堵の息をつく。
教室の前ドアからもう頭にほとんど髪の毛が残っていない国語担当のもとちゃん先生(もとひさ先生)が入ってきた。
今日もいい感じの薄毛具合だ。
「きりーつ、礼、お願いしまーす」
日直のかけ声と共に決まった挨拶をし、再び席に着いた。そしていつも通りもとちゃん先生のゆっくりとした口調でゆるやかに授業が始まる。
始めは熱心にノートを取ったり話を聞いていたがそれも30分を過ぎるとだんだん飽きてきた。一限50分だから残り20分。退屈だ。
(加藤君はなにしてるのかな……?)
ペンを指先で遊ばせながら斜め前に座っている彼を見た。どうやらしっかりノートを取っているらしい。
感心しながら、やはりやる気は湧かず窓の外の空を仰いだ。なにを考えるわけでもなくただ茫然と眼を泳がせているとふいに名前が呼ばれた。
「佐渡、これもとちゃん先生に似てね?」
前から小声で加藤が話しかけてきた。手に持ったノートを指さしているようで視線を移すとそこには薄毛の頭がチャームポイントだとでもいうように拡大させて描かれたなんとも笑える絵が描かれている。
「ふっ、似てる」
ちとせも小声でつい噴出してうなづいた。その反応に「だろだろ」と満足そうにうなづいて加藤は前に向き直った。
どうやらノートを取っていたのではなく熱心に落書きしていたようだ。
そんな無邪気な一面と笑顔にまた「好き」が一段と強まった。
だけどこの想いは届かないものなんだ。
「かーとう」
甘ったるい声で髪の短い少女が加藤の前に立った。休み時間になるとよく彼女は加藤のもとへ寄っていく。
それを遠目で見ながらそっと視線をずらした。
胸が痛い、痛くてしょうがない。
彼女が加藤を意識しているのはバレバレで不自然なほど傍へ寄りたがる。やっぱり他の子と話しているのは辛いがそれだけだったらましだったかもしれない。
彼女が加藤にとってただのクラスメートなら。
だが彼女は加藤にとって「好きな人」の分野にあてはまるのだった。
彼に「好きな人がいるんだ」と打ち明けられた時は正直、返事をすることも忘れて黙り込んだ。
私はただの友達なのか。
「へえ……そうなんだ」
ぎこちなくならないよに心がけながら帰り道の歩道橋の上で答えた。もうこの先は聞かずに家へ走って帰り気分だが現実はそう優しくない。ただそっと自分の顔が見えない、彼の顔も見えない斜め後ろに下がった。
「俺、恋とか初めてだからよくわかんないんだけど、頑張ってみるわ」
私もだよ。私も初恋の相手はあなただよ。
必死に胸の中で叫んでも相手には聞こえない。
今までの甘い感覚や淡い「もしかしたら」の期待が全て砕け散る。
苦しいよ……。
冷たくなった指先を温めるように抑えるとふいに手袋が渡された。
「寒いんだろ? 貸し料金は100円でいいから貸してやるよ」
からかうような口調で渡された手袋を受け取りながら私も笑い返した。
「貸し料金とるのかい、ここは男らしく無料で貸してくれてもいんじゃない?」
「ははっじゃあ佐渡だけ特別な」
自分だけ特別……。
愛おしい気持ちと共に切なくて苦いチョコレートみたいな想いが広がっていく。
叶わない恋だって決まってもやっぱりこの笑顔には見入ってしまった。
どうしようもなく切ない思いを抱きながらぎゅっと手袋をにぎりしめた。
そんなことがあって数日、今にさかのぼる。
彼女と加藤の仲は傍から見ても入り込む隙間がないほど仲良しで、そのうちに付き合ってしまうであろうことも感じさせた。
――私、あなただけ見てるんだよ……気づいてよ、こっち向いて。
そんな思いがあふれてきて止まらなくなって、教室から酸素を求めるように飛び出る。
「片思いだなあ……」
小さく呟いたとき後ろから肩を叩かれた。そこには先ほどまで加藤と話していた彼女が立っていて頬を高揚させていた。
「ねえ聞いてちとせ。あたし今度映画見に行こうって誘われちゃった! どうしよう!!」
嬉しそうに頬を紅葉させてはしゃぐ彼女を見てなんだか黒い気持ちが沸いてくる。それをしまいこむようにお腹に力を込めると
「うん、よかったね」
と笑い返した。けれどそれ以上は顔が歪んでしまいそうだったので用事を偽ってその場を後にした。
片思いっていうのはつらくて悲しくて、時としては大切な友達へ醜い感情を抱いてしまう事もあるようだ。
いちご大福の中に入っているいちごは今まで大切に食べずに残しておいたせいか、いつの間にかほかの人に食べられてなくなっていた。
「ちとせ、加藤なんだか元気がないみたい」
冬がさらに強まってきた12月下旬、彼女は悩み顔で寄ってきた。そんなのとっくのとうに気づいてる。
でもこちらが心配して声をかけてもあやふやな返事しか返ってこず、気にはなるがそっとしておいたのだ。
「あたし、もう一度元気づけてくる!」
そう意気込むと彼女は加藤の席へ走って行った。
その光景におおいなる切なさと少しの安心感が広がる。
きっと彼女が話しかければ加藤は元気になるだろう。私じゃきっとだめだ。
本当はもっと近くによって、机でうずくまる加藤の頭をなでてやりたい。抱きしめてやりたい。
でも、その役目はきっと私じゃない。
もしも彼と寄り添いあってキスしたらなんて、思っても叶わないのに、叶わないのに。
目が合うたび、声を聴くたび、愛おしくて切なくなる。
「ポエム作れそうだな、こりゃ」
わざと自分のテンションを上げるためにふざけた口調で呟いたが、その声は窓から外へと冷えた空へ消えて行った。
「ねえねえねえ、ちとせ聞いて!」
なんだか今日一番のハイテンションだ、彼女は。加藤のことが絡み合ってからなんとなく避けがちになっていた逃げ腰を叱咤して彼女の方を向き直った。
「ん? どうしたの」
「加藤がね『下した髪、かわいい』って行ってくれたの! どうしよう、明日から毎日下してこようかなー」
普段は二つに高く結んでいる髪は珍しく下されていた。
聞かないで逃げればよかった。
今さら後悔しても遅いがどうにも今の発言はするどく突き刺さって応急処置も間に合わなさそうだ。
「ごめん、また今度でいい? 今日はもう無理……っ」
最後は消え入りそうな声で口に出すと、背中を向けて鞄をつかみ廊下へと出た。そのまま走って走って家を目指す。
早く家につかないと涙がこぼれてしまいそうだ。
人前で泣くなのはあまり好きではないから、涙が止まらなそうなら家で思いっきり泣きたかった。
「加藤、普段そんなこといわないのに……私じゃだめなの……っ?」
私は一言も言われたことない。
喉から嗚咽と泣き声が漏れた。涙は家に着く前に自制が利かなくなって止めどなく流れる。それでも必死にアスファルトを蹴って道を駆け抜けた。
そんなに彼女が大切なのか。
ねたみと嫉妬と羨ましさで嫌な子になってしまいそうだ。
こんな思いをするならいっそ……――加藤を好きにならなければよかった!
「わっ!!」
いきなり何かにぶつかった。前を見ずに走っていたので完全にこちらの不注意だ。よろけそうになる足を押さえて頭を下げた。
「ごめんなさ……」
「――あれ佐渡じゃん」
その声は今一番聞きたくて、聞きたくない声だった。
嫌な思いで顔を上げると案の定、加藤がびっくりした顔でスポーツバックを抱えてたたずんでいる。そしてちとせの赤い目をみるとぎょっと驚いた顔をした。
「どうしたんだ佐渡、どこか痛いのか?」
心配そうに寄ってくる加藤を流れる涙をぬぐいながら見つめる。霞む視界の先で今は自分の事だけを心配して考えてくれてる加藤が見えた。
「加藤」
「ん、なんだ」
加藤が顔を覗き込んできた。瞳と瞳が合う。
加藤の人の目をしっかり見る瞳も、少し低い声も、頭一個分違う背も大好きだ。
指先の長い手に腕まくりをした時に見える筋肉のついた細い腕も大好きだ。
一つ一つが愛おしくてたまらない。
彼は自分と同じような思いを私には抱いていないだろう。それでも必死になって心配して、寄ってきてくれるだけで今は十分だった。
「――好きです。私は加藤のことが好きです」
一番の笑顔で私は伝えた。
きっとこれが彼への最初で最後の告白。
それから少しの困惑と沈黙のあと、やっぱり思った通りの答えが返ってきた。
「ありがとう。でもごめん。俺には別に好きな人がいる」
はぐらかすこともない真剣なその態度に私は再びなぜか笑みがこぼれた。
きっと「ああ、この人をこんなにも好きになれてよかった」って思えたからだろう。
きっとこの気持ちと記憶は大切なものに変わっていく。
「あの頃はこんなことがあったな」と思える日が来る。
だけどそれまでは白くなった息と共に、想いが空へ吸い込まれるのをじっくり待とう。
そして次の恋に進むんだ。
いちごの入っていないちご大福があるとするなら、いちごを探せばいいだけの事。
いまさらながらそのことに気づいた私はなんだか清々しい空気を体いっぱいに感じた。
(おわり)
いちご大福は片想いをする