島を守る者

名もないその島には、大きな秘密があった。

それはそれは大きな。

でもその内容は、ごく一部の人間しか知らない…。

第一章 島の伝説

その島には、港のすぐ近くに大きな森がある。

その森を通り抜けなければ島の中心にはたどり着けない。

その道はいたって簡単で、迷うことなどはないという。

しかし中心部にたどり着けなかった者は、今までに何人もいた。行方不明になったとか、神隠しにあった、というわけではない。‘たどり着けない’のだ。森をまっすぐに進んでいるつもりでも、いつの間にか港に戻ってしまう。
 

たどり着けなかった者の共通点はまだ見つかっていない。なぜたどり着けないのか、その理由も同じだ。気づいたら友達が隣にいなかった、という話もよくあったそうだ。


これは私の祖母から聞いた伝説と、私の想像から生み出された話――。

第二章 島の双子

私の名前は美月。今日、十五歳の誕生日を迎える。そして、この島のために大きな使命を果たすのだ。周りの大人は名誉なことだと私を褒め、家出した双子の姉、陽をこの島の恥だと嫌った。


この島の森には大きな神木がある。その神木は島の番人として森を動かし、異物を島に近づけない。神木のおかげでこの島の平穏は保たれ、争いは起きなかった。それを支えてきたのが私たち‘島守’の家系だった。

何百年も前からずっと、一番最初の子供が十五歳になる夜、神木にその身を捧げ、下の弟、妹たちはその血をつなぐと決められていた。ずっとそう教えられてきた。だから姉がその役目を果たすのだと思っていた。


だが去年、姉は突然姿を消した。

――この島は狂っている。

そう手紙に残して。そして私の人生が短くなったわけだけど、別に悲しいとは思わなかった。それが当たり前だから。そう教育されてきたから。悲しいと思ってはいけないから。それは名誉なことだから。

第三章 島守

私たち家族と親戚たちは、三十人くらいで森の神木へ向かう。

私は白無垢を着て、草履をはいて、静かに歩いた。

やっぱり周りの大人たちは口々に「すごいわね、島守なんて」とか、「これで島は安泰だな」「いろいろあったけど、美月ちゃんが適任ね」と、無責任に話していた。私は「はい」とか、「ありがとうございます」と半ば機械的に答えた。


神木の前に着いた。私は神木に背をくっつけるようにして立つと、目をつぶった。

いよいよか。お祈りが始まったら、私の意識はなくなっていくのだろうか。体はどうなるのだろう。痛いのだろうか。それとも苦しい?何も感じない?息は?目は?耳は?


なぜだろう?急に体が震えてきた。逃げ出したい。

だが目を開けると、もう私の周りは大人たちが取り囲んでいて、空気が張り詰めていた。風さえも、吹いていない。森全体が静まり返っている。


祖父が口を開く。

続いて父が。


二つの声は重なり合い、三つになり、四つになり、やがて森全体に広がっていく。


急に風が吹き始め、木々がざわめく。

足元の草が風に揺れている。

凍っていくように体は冷え、次第に動かなくなっていく。


怖い。もし聴覚や感覚や視覚がこのままだったら、私はどうなってしまうのだろう。

島の人たちにはたたえられ、外の人には怪しまれ、ずっと一人で生きていくのか。そもそも生きていると言えるのだろうか。生きているとも、死んでいるとも言えない状態で存在し続けるのか。島の皆から忘れられても、私は逃げられないのか。


……嫌だ!生きたい!笑いたい、怒りたい、泣きたい。島のために神木になるなんて嫌だ!島を守るのではない。島の犠牲になるんだ。生贄になるんだ。


――この島は狂っている。


陽はいちばん最初に気付いたんだ。平穏なこの島の秘密に。おかしさに。なぜ一人で行ってしまったんだろう。私も連れて行ってくれれば良かったのに。


ああ。体が硬くなっていく。もう動かない。目も、うっすらとしか開けられない。怖い。寂しい。悲しい。悔しい。涙が頬を伝ったのが分かった。


もう、手遅れだ。


「美月!」

そう声がして、左手がほんのり暖かくなった。

「おい!陽ちゃんだ!止めろ!」「えっ、陽ちゃんが」「陽ちゃんだよ!二人とも島守になったら」「いったん中止だ!止めろ」「引きはがすんだ!」

大人たちが叫んでいる。もうお祈りは聞こえていなかった。

「美月ごめん。一人にして」

「な……んで」

「逃げてごめん。美月一人に背負わせてごめん。私も島守になる。もう終わらせよう、こんなばかげたこと。島を守るために人を犠牲にするなんて、一人を見殺しにするなんて間違ってる。私たちが島守になれば跡継ぎはいなくなる。私たちの代で、終わらせよう」

陽。戻ってきてくれたんだね。なんて温かいんだろう。

「陽ちゃん何言ってるんだ、離れなさい!」
「なんて馬鹿なことを」

「ばかげているのはこの島だ!こんなことをしたって島が平和になるはずがない。それにもう手遅れだ。私の足は、もう動かない」


左手が震えている。私は必死に指を動かし、握り返した。

「皆、続けよう。これではあまりに残酷だ」


祖父が祈りを始める。


また森が騒ぎ出す。もう私の体は、完全に動かない。目も開けられない。どう力を入れればいいのか、どう声を出せばいいのか分からない。


でも怖くはなかった。



左手が、温かかったから。


                                                                 END

島を守る者

ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
初めての作品なので、至らない点は多々あると思います。

本当にありがとうございました。

島を守る者

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-12-15

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Copyrighted
  1. 第一章 島の伝説
  2. 第二章 島の双子
  3. 第三章 島守