薄桜鬼(改想録≠メモワール) 藤堂平助編6

江戸からさわぎ

ところで千鶴はといえば、江戸に着いてからというもの、実家をあれこれ調べ続けている。
朝早く滞在している道場を出て、一日中自宅に籠り、夕方頃帰ってくる、というのを繰り返していた。

「ただいま、平助くん。」

「おー!千鶴おっかえりー。
今日は遅かったじゃん。
どうだった?なんか、手がかりとか見つかったか?」

「…うん、まぁ。
父様の行方はやっぱり分からなかったんだけど…その、例の羅刹の衝動を抑える薬は精製できそう。」

「えっ、そうなのか?」

俺は驚いて目を瞬く。

「…すっげーじゃんそれ!!千鶴が精製できるのか?」

「ふふ、一応医者の娘だもの。」

「じゃあ、帰ったら山南さんとかに報告してやろーぜ!!かなり喜ぶんじゃねーかな。」

新選組総長を務める山南さんは、綱道さんがいなくなった後、彼の代わりに薬と羅刹の管理役をしていた。

「そうだね…。苦しんでいる人たち…これで少しでも助かるといいな。」

千鶴は目を伏せ、寂しげに笑う。
薬の精製は、かなり大きな収穫のように思うのだが、千鶴の顔は何故か沈んでいる。父親の行方が依然として分からないからだろうか。
それとも、その父がしたことを思って胸を痛ませているのか。

その場に座したまま、ぼんやりと庭の方を眺める千鶴の横顔が、気になった。

「…平気か?なんかここんとこ、ずっと頑張ってるみたいだけどよ。
俺、明日とか手伝うよ?」

「ううん。大丈夫、ひとりで平気だよ。」

「……」

彼女の心の内にある不安を、少しでも紛らわせられないかと考える。
そして短い思案の末、思い付いた。

「あ。」

「…え?」

「なぁなぁ!!千鶴、宵祭り行かねーか!?
ちょうど明日の夜、西の大通りで祭りがあるんだ。出店とか、いっぱい出るんだってよ!!」

「…お祭り…出店?」

薄ぼんやりとしていた千鶴の瞳に、わずかに色が差す。

「あぁ!!でっかい山車(だし)も見られるぜ!!」

「…ほんと!?」

「ほんとほんと。
出店はぁー、金魚すくいに輪投げ、的打ちだろー、食いもんならべっこう飴や金平糖、ますに山盛りのおこしに、旨そうな串団子もあるぜー!
…な!!行こうぜ!!」

「…うん!!行く、行く!!」

千鶴は身を乗り出すようにして、うなずく。
ようやくいつもの明るい笑顔が戻ってきた。俺はそれを見て安心する。

次の日の夜、俺たちは道場の人達に断って、大通りの宵祭りを見に行くことにした。

「…わ、あ……」

大通りは人でいっぱいだった。
ぼうっと闇に灯る赤提灯が、延々と通りの両脇に揺れて、その下にはたくさんの屋台が軒を連ねている。
行き交う人々のはしゃいだ会話と、店の呼び込みの声に祭り囃子が加わって、江戸らしい賑わいだ。
俺達は浮き足立ちながら、人混みのなかを意味もなく早足で行く。

「ねぇ平助くん!!あれってなに売ってるお店かな!?」

「えぇ!?なんだって!?」

「あはは、だからぁ…
あれってなんのお店かなぁって!!」

お囃子の音で聞こえなくて、会話は喧嘩するみたいになってるけど、千鶴は物凄く楽しそうだ。
俺も、江戸っ子の血が騒いでしょうがない。仕事でなかったら、山車曳きや御輿担ぎに大太鼓、片っ端から参加するとこだ。祭りは子供の頃から大好きだった。

「おい、千鶴!見ろよあれ…」

ちょうど、道の奥から山車がやってくるところだったので、知らせようと後ろを振り向いたとき。

「……千鶴?」

そこにいるはずの姿が見えない。
やべ、はぐれたか?
きょろきょろと辺りを見回すが、見つからない。
そうこうしているうちに、山車とそれを曳く男たちを避ける人波に呑まれる。

「うわっとと…
…千鶴、千鶴っ!?」

人々のかけ声と歓声に対抗するように、声を張り上げて彼女の名を叫ぶ。
しかし、人だらけでわけがわからない。
とにかく一旦人混みの外に出なくてはと、体をよじったとき、ふいに視界の端で見覚えのある着物の色が翻った。
見失わないよう追いかけると、不安そうに辺りを見回す彼女の姿を見つける。
よかった…
焦って緊張した全身が脱力する。

「…千づ…」

声をかけようとしたとき、彼女がなにかをじっと見つめてることに気づく。
立ち止まって視線の先を見やると、めかしこんだお嬢さん姿の町娘たちが数人、楽しげにお喋りしながら通りすぎていく。祭りの日だから、男も女もここぞとばかりにお洒落している。

千鶴の、羨ましそうな悲しげな顔を見て、なぜか自分の胸がじくりと疼く。

「おっかあ、あたしお面ほしい。
買ってもいいでしょう!?」

「仕方ないわねぇ。
すみません、おひとつくださいな。」

「へい、まいど!!」

ふいに、お面屋の前にいる母子の他愛ない会話が耳にはいる。
俺は、先日の伊東さんの言葉を思い出す。
本当にこの国は…変わるのだろうか。こんなにもいつもと同じなのに。徳川の世が終わるなんて、そんなことがあり得るのだろうか。

「………」

いつもの通りは、仄暗い祭り火と粋な祭り囃子で、日常の気配を完全に消し去っている。大人も子供も浮かれ騒ぎ、まるでこの宴は永遠に続くかようだ。
それなのに、俺の頭は妙に現実に冴えてしまう。
千鶴の、薄闇に揺れる頼りなげな瞳と、不安げな横顔が脳裏に焼き付いて離れない。

*****

「千鶴。」

「……っわ!!
え…あれ、…平助くん?」

声をかけられた千鶴は驚いて振り返り、
俺を見て小首をかしげた。
俺はかぶったお面を横にずらして、にやりと笑う。千鶴を脅かそうと思ってさっきの店で買ったのだ。

「お前、なにはぐれてんだよー。ったく。
…行こうぜ!!」

彼女の手を掴み、再び人混みに挑む。

きらびやかな装飾を施した山車が道を行く。
金色に塗られた神輿、美しく飾られた人形や、巨大な鯰の練り細工まである。
どの山車もたくさんの提灯に縁取られて、鮮やかに眩しく、辺りはまるで昼のように明るく照らされる。

「きれい…」

千鶴は瞳にその光を映して、楽しそうにその行列を見つめている。

あれこれ考えるのは苦手だ。
俺はただ、千鶴に笑っていてほしかっただけだ。
彼女の笑顔を見ているとほっとするし、不安な顔をされると、こちらまで不安になる。

考えなければいけないこと、やらなければならないことがある。
それから目を背けてはいけないことも、分かっている。
この先、この江戸で、京で、国じゅうで、きっと様々なことが起こるだろう。いや、起こさなければいけないと思う。この国は変わらなければいけない。
だから俺は、その為に明日を生きよう。
新選組下の藤堂平助でもなく、藩の、幕府下の藤堂平助でもなく、この国の、ひとりの人間として。
たとえいつか、今までのように彼女や皆のそばにいられなくなる日が来ても。

俺達はしばらくの間、じっと通りを練り歩く山車の行列を眺め続けた。

やがてそれが遠くへ行ってしまうと、徐々に辺りの人だかりはまばらになる。
俺がぼーっとつっ立っていると、千鶴が、

「あの…平助くん。」

遠慮がちに、軽く腕を持ち上げた。
視線の先にあったのは、彼女の小さな手を握ったままの自分の手だ。

「…っ…うわッ!ごめん!!」

慌ててその手を離す。
一気に恥ずかしさで顔が熱くなる。

「え、えっと…」

千鶴も戸惑って、視線を泳がせている。

「…あー、えーっと、
…あッ!!そうだ!!
まだ金魚すくいとかしてなかっただろ!?
い、行くか!!」

「う…うん…」

俺は、背を向けるとずんずんと先に歩き出す。
彼女の手をとっていた手のひらは、少し汗ばんでいる。

恥ずかしいなと考えつつ、また千鶴がいなくなってないか心配になった俺は、ちらりと後ろを返り見た。
すると、彼女は黙って自分の後にぴったりついてきている。
しかし微妙な違和感を感じて視線を落とすと、彼女が自分の浴衣の袖はじを小さく掴んでいることに気づく。

俺がふいに立ち止まると、千鶴がびっくりしてこちらにぶつかりそうになった。

「…わ!」

「…なんだい、それ。」

掴んだそれを指差しながら訊く。

「あっ、ごめんなさい。
その、はぐれないようにって思って。」

ぱっと手を離すと、決まり悪そうな顔で言う。

「いや…恥ずかしいだろ、それ!」

おかしくて思わず吹き出してしまう。
着物の端を、気取られないようそっと引っ張っているのが可愛くて、でも、そんなこと言えないから俺はただ笑い続ける。

「わ…笑いすぎだよ、」

「ははは、だぁってよー!!そんなちっちゃなガキみてーな…
…あ。金魚すくいめーっけ!!」

俺は、やっとまた楽しくなってきて、
出店に駆け寄ると、金魚すくいのポイをひっ掴み、彼女を手招きする。

「千鶴!何匹すくえるか、競争しようぜ!!競争!!」

「えー!!私、うまくできるかなぁ!?」

その日、俺たちは子供みたいに思いきりはしゃいだ。
もちろん誰も咎める人はいないし、俺が人斬り新選組の隊士だってことも、千鶴が訳ありで男の格好をしているなんてことも、みんな忘れて、ただ祭りを楽しんだ。

ずっとそうしていれたらって何度も思った。
千鶴といると、とても楽しかった。

そりゃあ、佐之さんや新八っつぁんと騒ぐのも楽しい。
新選組の皆と、酒を飲んで酔っぱらうのも嫌いじゃない…
でも、千鶴といるときの気持ちはそれとはまた違っていた。
角のない、円(まる)くて柔らかな空気…
彼女の笑顔は、不思議とふわりと心を包んであったかくした。

だけどそれは、自分には手にすることの許されないものだとわかっていた。
俺の身の廻りに常にあるのは、血に汚れた闘い。殺意と死…
たまたま、千鶴は俺たちに関わることになったけど、きっと本来ならば、彼女は平穏のなかに守られるべき存在で、普通の女の子なのだ。

…それなのに。
自分には深く関わってほしくない。どこかでそう思うのに、俺は心の底で小さく願ってしまっていた。
…彼女のそばにいたいって。

祭りが終わったら、一体なにが待っているのだろう。この国の誰も、将軍や天皇でさえ、その答えを持ってなかった。

薄桜鬼(改想録≠メモワール) 藤堂平助編6

薄桜鬼(改想録≠メモワール) 藤堂平助編6

乙女ゲームの薄桜鬼にインスピレーションを得て書いた、二次創作小説藤堂平助編その6。宵祭りで楽しいひとときを過ごす平助と千鶴。著者は基本的に冷めた人間のため、青春を描くのは難しい…(笑)

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  • 青年向け
更新日
登録日
2013-12-14

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