ジゴクノモンバンⅡ(4)
第四章 タダジゴク
「赤太。あれ、なんやろ」
青鬼が指を差す。その向こうに人の行列が出来ていた。
「なんでっしゃろ。ジゴクへの入り口かもしれませんで」
「まさか。でも、ほんまなら、とうちゃんがおるかもしれへんなあ」
「パパもおるんかいな」
「行こ。行こ」
「行きまひょ」
青太たちは行列に向かう。
「こんな、朝っぱらから、何、並んどんのやろ」
「ここは、商店街でっせ」
「何か、ええもん貰えるんやろか」
「僕らも並びまひょか」
「そうやなあ。先頭が見えんぐらい並んどんやから、よっぽどええもんがタダなんやろ」
「何の保証もないけど、間違いないでっせ」
青太と赤夫は行列の最後尾に並んだ。そして、前に並んでいるおばさんに尋ねた。
「すいません。この行列、何かも貰えるんですか?」
「なんや、あんたら、面白いかっこして、仮装行列かいな。今日、商店街でイベントがあるって言よったなあ」
おばさんの言葉に、
「仮装・・・行列?」
青太と赤夫は互いに顔を見合す。
「ほなって、頭に小さいけど、角はやして、上半身は裸やし、おまけにトラ柄のパンツ履いとんやんか。全身も、一方が青うて、一方が赤で、鬼のそっくりや。今日は、節分の日やったかいな」
青太と赤夫はお互いの体を見つめる。おばさんの言うとおりの出で立ちだが、それは鬼としては当り前の姿だ。人間の方が、Tシャツやトレーナー、チノパンにジーンズなど、用もないのに服を重ねて着すぎだ。上半身裸に、パンツ一丁。これがシンプルでいい。そのシンプルのよさがわからないから、欲にかまけて、結果として、ジゴクに落ちるんだ、とおばさんに聞えないように小声で話す。
「あんたら、何、ひそひそ話しよんかいな。男やったら、はっきり言うてみい」
「こわあ。かあちゃんよりがいやなあ」
「ほんま。ママがやさしゅう思えますわ」
「それより、おばさん。この行列は何ですか」
青太が猫撫で声で尋ねる。
「何や。あんたら、何も知らんで並んどんかいな。暇な奴やなあ。そう言う、わたしも何や知らんのや。商店街歩きょったら、人が並んどったから、並んだだけや」
「それだけですか?」
「それだけや」
胸を張るおばさん。
「この世知辛い世の中や。タダで人が並ぶことはないで。きっと、ええことがあるに違いない。生き馬の眼を抜く、ジゴクのような世の中や。鬼のかっこをしたぼうやたちも覚えておき」
おばさんはそう言うと、手に持っていたスーパーの特売チラシに目をやり、「この油、普段より20円も安いで。しょうゆも200円を切っとるわ。買わなあかん。ほんでも、一人一本限定やて。せこいなあ。二回に分けて買わなあかん」と、一人ごちながら、赤鉛筆でチラシに載っている商品に丸を付け始めた。
「なんや。おばさんも、何があるのかわからんのに、並んどんかいな。暇人やな」
「しっ。青太。あんまり大きな声出したら、おばさんに聞こえるで」
「ほんでも、俺たちも、何があるかわからんのに、並ぶわけにはいかんやろ、赤夫。俺たちの目的は、いなくなったとうちゃんたちを探すことや」
「そりゃそうでっせ。でも、ひょっとしたら、パパたちも並んどんかもしれまへんで」
「ほんまやなあ。可能性あるわ。俺のとうちゃんも、せこいところあるけんなあ」。
「僕のパパもビールやジュースを買う時、景品が付いた物を必ず買いますわ」
青太は意を決した。
「よっしゃ。赤夫。並んどってえなあ。俺、この行列の中で、とうちゃんたちを探してみるわ。ついでに、並んどる人に何があるんか聞いてみるわ」
「青太。やっぱり、僕たちも並ぶでっか?」
「そりゃそうや。欲深い人間がこんだけならんどんのや。何かええことがあるんのに決まっとる」
「ほんまかいな。青太も欲深くなっとるで。ジゴクに登るで」
「ジゴクに登れたら本望や。とうちゃんたちを見つけたら、早うジゴクに帰りたいわ。欲深いんは、人間も鬼も一緒や言うことや。業に入れば、業に従え、や。折角、人間界に落ちてきたんやから、人間の業を知るんも、勉強や」
「青太は、勉強熱心やなあ。ほな、僕はここで待っとるわ。うわあ。すごい」
赤夫がふと後ろを振り返ると、さっきまで誰一人もいなかったのに、今では長い行列ができていた。
「ほんま、青太の言うとおりや。行列を見れば、行列に並べ、でっせ」
「ちょっと意味が違うけれど、まあ、ええやろ。ほな、赤夫。頼むで」
「この場所は確保しときますわ」
青太は赤夫に別れを告げると、父親たちを探しに、行列の前の方へと向かった。
「すいません。これ、何並んでいるんですか?」
青太は、行列の中に、父親を捜しながら、俯いた背広姿の男の人に尋ねる。男は青太を見ずに手に持った携帯電話を見ている。
「いやあ、私は知らないんです。だけど、こんなに人が並んでいるんで、何かええことあるんじゃないですか」
男は相変わらず、青太には目もくれず、携帯電話に目を向けたままで、指で、画面をスライドさせている。心ここにあらずで、機械の中の情報に世界で生きている。多分、行列が知らない間に消えていても、この男は一人で立ち尽くしたままであろう。
青太はもう少し、前に進む。
若い女性二人が話をしている。
「すいません。この行列は何ですか?」
女性たちが青太を見て、ぷっと笑い、口に手を当てる。
「鬼の子?」
「ほんと?」
「まさか?
「仮装行列じゃない」
「じゃあ、かわいい」
「うん、かわいい」
「友だちに写メしよ」
「じゃあ、撮るよ」
と、携帯で青太の写真を撮るとメールで送信し、再び、青太のことなどいないかのように、話しだした。
「なんだ。写真だけ撮って、無視かよ」
青太は、更に、前に進む。ようやく先頭が見えだした。これまでのところ、青太や赤夫の父親はいない。自分と同じ年頃の少年がぴこぴこと指を動かしながら、ゲーム機に夢中になっている。
「ねえ、君。なんで行列に並んでいるの?」
青太は少年に尋ねる。
少年はちらっと青太を見て、すぐにゲーム機に目を写す。
「知らないよ。母親に並んどいてと言われたんだよ」
その時、くぐもった音が聞こえた。
少年はポケットから携帯電話を取り出し、
「まだだよ。まだ、全然動いていないよ」
と小声で呟くと、携帯電話をポケットの中に突っ込み、再び、ゲームに集中しだした。
「会話不能。こりゃ、だめだ」
青太は更に前に進み、行列の先頭に着た。行列の先頭はおじいさんだった。結局、青太たちの父親は行列の中にいなかった。
「すいません。何に並んでいるんですか?」
おじいさんに尋ねる。
おじいさんは青太を見て
「みんな、並んでいるんだからな。横から割り込んじゃ、ダメだぞ。ちゃんと、後ろに並べ」
と突然、怒りだす。
「いやあ。並びますよ。並ぶんですけど、並ぶと何かいいことがあるんですか」
青太が相手の剣幕にたじたじとなる。
「わしは知らん。立て看板を見ろ。何人か知らないけれど、無料で進呈と書いているだろう。何かタダでくれることは間違いない。タダほどいいものはない。それに、わしは一番じゃ。絶対にもらえるはずだ。いや、タダで貰えないとおかしい」
おじいさんは目をぎょろりと剥いて、仁王様のように立ち尽くしている。
「えええ」とあきれる青太。
おじいさんの言う通り、立て看板を見る。
「午前十一時から、先着百名様に、うどんをふるまいます、だって」
青太は先頭から行列を振り返る。待たせている赤夫まではゆうに百名は超えている。
「う・ど・ん?みんな、うどん一杯のために並んどんのか」
青太が顔を上げた。商店街の時計は9時半を示している。
「今から、まだ1時間半もある・・・」
看板の前で立ち尽くす青太。
「うどんか。そりゃ、よかった。朝から何も食べてなかったんじゃ。ぼうず、ありがとうな」
先頭のじいさんは、スポーツ新聞を読みながら、
「やっぱり、本命は1‐3かいいな。でも、2倍ではなあ。穴狙いなら、2‐5だ。三十倍は固いぞ」
と、つぶやいている。
「うどんだって」
「うどんか」
「うどんだそうよ」
「へえ、うどんか」
「うどん、うどん」
「やったあ。うどんだ」
「ええ、うどんだったんか」
先頭から後ろに、うどんコールが伝わっていく。
喜びの声なのか、がっくりの声なのか。青太にはわからない。
青太は赤夫が並んでいる場所に戻ると赤夫は待ちくたびれたのか、道路に座り込んでいた。
「俺の父ちゃんも赤夫のパパもいなかったよ。それに、この行列、うどんが食べられるんだって。でも、先着百名だ」
青太と赤夫は前の方を眺める。どう見ても百人以上は並んでいる。
「へえ。みんな、うどんのために並んでいるんでっか。それで、僕たちもこの行列に並び続けまっか?」
赤夫は眠たいのか、あくびをしている。
「俺たちの目的は父ちゃんを探すことだ。食べられるか食べられないかわからないうどんのために、時間をつぶすわけにはいかない」
「そうりゃそうでっせ」
「さあ、行こう」
「そうしまひょ」
青太が行列を離れる。赤夫も立ち上がり、後に続いた
ジゴクノモンバンⅡ(4)