天秤の上の君と神

俺は、真夜中に見知らぬアパートにお邪魔していた。
               ベランダの窓から。


俺の左腕には普通の人にはあり得ないものが付いている。
その腕は霊魂と呼ばれるものが憑依している。
霊魂はもとは人の魂。
いわば幽霊だ。
幽霊を人の体の中に強引に押しいれたものが霊魂だ。
入ってしまうと体はみるみる内にむしばまれる。
そして元は人とは見えぬ姿となり果てる。
なのに俺は一部だけ。
俺はなぜか左腕だけ。
霊魂の特徴の白黒の装飾が入っている。
俺は今高校生。
これまで俺は左腕の霊魂をコントロールし使えるようになった。
体のすべてを乗っ取られ欲望のために人を殺しまくる殺戮兵器とかした霊魂。
そんな霊魂を駆逐するため。
夜の闇に体を踊らせ俺は霊魂と戦っていた。
霊魂を使えるようになった結果。
超人的な力を手に入れた。
跳躍力、腕力、視力、聴力。
すべてが人並み外れていた。
霊魂の力であることは分かっている。
そんな力とともに敵を見る。
相手は三体。
ゆっくりと立ち上がろうとしたとき右手に何か温かいものかあたっていることに気がつく。
それは手だったらしい。
その手を視線で追うとそこには目を丸くした女性の顔があった。
「えーっと。。。窓ごめんなさいね」
苦笑いしながら発した言葉も聞こえてないようで反応がない。
「弁償はするので・・・。」
その瞬間。
ベランダに黒い影が現れる。
考える間もなく左手でこぶしを作り放つ。
霊魂はひらりとまた空中に戻る。
「少し待っててね」と笑顔を作り立ち上がる。
霊魂に向かい合い一気に左手にオーラを集める。
左手が黒いオーラを放ち目が赤くなる。
そして飛びだした。
不意を突かれた霊魂はピクリともせず剣型になった左手の餌食となる。
次の霊魂は一撃目はよけたものの空中で腰を回転させ足でひっかけ体の自由を奪い剣で刺す。
二体の霊魂は刺されチリとなって消えていった。
最後の霊魂はケラケラと笑っているように口を歪ませた。
空気を蹴り赤い目の残像を残しながら突っ込んでいく。
霊魂の目の前でブレーキをかけ止まると霊魂は口のゆがみをなくした。
槌型になった左手で頭を叩き割る。
チリとなりつつある霊魂を見ながら呟く。
「眠れるものは起こしちゃいけねぇ。自然のままにあるべきだ」


ゆっくりとベランダに再び舞い降りた。
皮のブーツでガラスを踏みながら女性の前に進み出る。
「あのー。怪我とかないですか?」
女性は目の焦点があってない様子でピクリともせず座っていた。
電気のスイッチを押しに部屋の入り口に向かう。
スイッチを入れて部屋を明るくする。
いかにも女性の部屋という感じだった。
もう一度女性の前に戻り反応を確かめる。
「もしもーし。起きてます?」
するとやっと気がついたようではっとしてこちらを見た。
「あ・・・あの・・・その・・・これはどういう・・・。」
そう言って目を向けていたのは割れたガラスだった。
「もし強盗なら何もないですよ・・・。家賃もまともに払えない経済力のなさですから。」
俺がそう見られていたことに少し落胆をしながらゆっくりと立ち上がる。
「何も取るつもりはないよ。とりあえずガラスをかたずけるよ。動かないで。何もしないから。」
背中と膝の裏に手をまわしてゆっくりと持ち上げる。
女性ははっとしてもがこうとするがしようにも下にはガラスで動けないようだ。
「何もしないから。大丈夫」
抱きかかえたまま部屋を出る。
そこで女性をおろし女性に尋ねる。
「使っていい新聞紙はもらえない?」



左手でガラスを鷲掴みにしながら新聞紙に包んでいく。
「そう言えば自己紹介してなかったね。名前は聖帝梟守。17歳で家族は双子の姉ちゃんがいる。両親は11のときに交通事故で死んだよ。」
大きい破片を拾い終わり新聞紙に怪我をしないように入念に包んでいく。
「名前教えてもらっていい?」
女性は少し考えて言った。
「もう名前がいらなくなるのに言う必要はないと思うんですけど。」
俺は顔をしかめた。
「どういう意味?」
俺の両目は少し赤みを帯びていた。
「私生きてて楽しくないですから。」
「自殺ってことかい?」
左手に黒いオーラが集まるのを感じる。
しかし俺の視界に入った壁に下げてあるものを見てオーラは引いていった。
「ならなんで今年のカレンダーが飾ってあるんだい?」
「カレンダー?」
女性はカレンダーを見て固まった。
「しかも今月の予定まで。自分の誕生日まで書き込んである。」
女性はカレンダーを外そうとする。
「これはもう捨てようとしてたんです。」
「まだ決心がついていないんじゃないの?」
カレンダーを取る動作が止まる。
「君が自殺を考えるほどのことを経験したのは分かった。でもまだ命を断とうとする勇気が出ないでいる。そうだろ?」
「う・・・。それは・・・。」
「気のせいだと思うけど今まで泣いてた?」
女性ははっとして顔を手でおおった。
「まさか図星?全く確信なかったんだけどね。」
女性は少し顔をあげこちらを見る。
「俺の勝手な目的ではあるんだけど。世界の人々を笑顔にしたい。すべての人をってことは出来ないのは分かってる。でも一人が笑顔になることは出来る。それが増えれば世界がもっと笑顔になれる。そのために霊魂とたたかう。それが俺の生きる目的であって、行きる意味だから。」
女性は真剣な目つきでこちらを見ている。
「だから。俺の目的のためにも。というかわがままのために。君を救わせてくれないかい?」
「どうやって救うつもりですか?」
「そうだね。霊魂がここに集まってきているのは確かだから。ここに居候させてもらっていい?」
「へ?」
女性はまるで疑問符を浮かべたような顔をしている。
「あ。もちろん家事もするしお金も心配ない。ってそんな話じゃないか」
「いや。いいんです。でも私なんかと生活していいって言ってくれる人初めてで・・・。」
「なに言ってるんだい?もう友達じゃないか。当たり前だろ。」
「う・・・うん・・・。」
また顔を手でおおってしまった。
すすり泣いているようだ。
「ああ。もう泣くなよ。それより名前聞いていい?」
「私は柏木春美。同じ17歳。春美って呼んで・・・。」
「春美か。分かった。」
だんだんとすすり泣く声は聞こえなくなっていた。
「もうこんな時間だしもう寝た方がいいよ。」
そう言って玄関のドアノブに手を伸ばす。
「どこに行くの?」
「いや。さすがに一緒の部屋に寝るわけにもいかないでしょ?」
ブーツに足を入れ外に出ようとすると、
「いいよ。そんなことしなくても。あなたならひどいことしないだろうし・・・。」
「うーん・・・。なら廊下でいい?さすがに同じ部屋は俺のプライドが許さないから」
春美は反論しようとしたものの俺の意志の強さが分かったのだろう。何も言ってこなかった。



次の日の朝。
俺はいつものように朝6時ごろに起きる。
昨日の出来事を思い出しながら流し台で顔を洗う。
春美はまだ起きないようで朝食の準備を勝手にさせてもらうことにした。
冷蔵庫を開けて俺は一言呟いた。
「何もないじゃん」
女性に対して言うことじゃないのは分かっていたがさすがに限度を超えていた。
牛乳はほぼ空。漬物が入った皿、マーガリンは買い足したばかりだろうか。
調味料もほとんどなかった。
「経済力がないって言ってたしな」
ポケットに俺の唯一の持ち物である財布が入っていることを確かめながら玄関から外に出た。
「今の時間帯に開いてるのはコンビニくらいかな・・・。」
地面を蹴り空中に体を踊らせる。
あたりを見渡すと近くに商店街を見つけた。
今度は空を蹴り商店街へと向かう。
商店街といっても小さなもので広さもあまりなかった。
どうやら朝市のようでなかなかのにぎわいを見せていた。
肉もあれは魚もある。
野菜も袋詰めにされ格安で売られていた。
何も袋を持っていなかったので入口付近で朝市用の袋を買った。
それから朝食用にいる材料と調味料を買いそろえた。
家に戻り朝食の準備を始める。
春美はまだ起きていないようで布団の中にいた。



時間は8時過ぎ。
朝食の準備が終わりさすがに春美を起こそうとする。
「春美。朝だぞ。もう起きないと。」
なんとか春美をベットから離し朝食を食べさせる。
朝食の材料費などはここに置かせてもらっているお礼だと説明しなんとか分かってもらえた。
日曜日で休日なため今日は家にいるようだ。
時間が過ぎるのも忘れ、掃除やその他の家事を済ませ夜を迎えた。
夕食を済ませ時計の針が11時を回るころ。
「なら行ってくるね」
と言いおもむろに立ち上がる。
「どこに?」
きょとんとした顔をこちらに向ける。
「僕にしか出来ない仕事だよ」
と言って左手を見せる。
「ああ・・・。怪我しないようにね?」
「分かってる。必ず戻ってくるよ。」
そう言い残し夜の闇に体を一体化させた。
二つの赤い光を除いては。



夜中の何時頃だろうか。
俺は頭から流れる血を拭いながら帰路に就いていた。
今日はへまを踏んでしまった。
敵の伏兵に気がつかずに頭を殴っれてしまった。
霊魂の力で流血は無くなったようだ。
怪我の治りが早いのは得だなと思いながら電柱のてっぺんを蹴った。
俺が居候させてもらっているアパートのドアの前に軽々と舞い降りて受け取っていた鍵を刺しこむ。
鍵をひねり抜き取ってからドアノブを握る。
その瞬間。
真後ろに黒い、どす黒い殺気を感じる。
刹那。
左手を出来るだけ短距離でつきだす。
だが左手は空を切る。
あたりを見渡しても影はなく気配もない。
しばらく待っては見たものの相手も仕掛けてこないようで用心しながら部屋の中に体を滑り込ませた。
内側から鍵をかけここで初めて安堵する。
さっきのは何だったのだろうか。
思い返すも何も思い当たらない。
霊魂の何かだろうと思いながら寝支度をする。
その時はまだ気が付いていなかった。
俺の予想はてんで的外れだったことに。
その影には赤い目が無かったことに。



明朝。
昨日と同じように目が覚め春美のための弁当を作る。
春美を起こし支度をさせる。
春美を見送り掃除と洗濯、その他もろもろ専業主夫の仕事をしていた。
残り物のおかずで昼を済ませ買い物に出る。
晩の支度をしてから春美の帰りを待ち。
春美の専属家庭教師をして、晩御飯を用意する。
春美に勉強を教えるのはもちろん初めてで最初は教える気も無かったのだが質問され教えることになった。
「なんで高校に行ってないのにこんなに勉強ができるの?」
と聞かれたので
「そのことはまた今度ね」
と受け流す。
夜が更けてきたころに霊魂の気配を感じ家を出る。
そんな一日を五日間続けたある日。
その日は霊魂の気配がなかったので起きていると春美が。
「ねえ。もう少しで出会ってから一週間経つしそろそろお互いの過去のことについて知っておいた方がいいと思うの」
と控えめな様子で言った。
「そうだな。そろそろ話さないとなって思ってたんだ。」
といいつつ薄手の上着に袖を通す。
「どこにいくの?」
「夜。長くなりそうだから。お菓子でも買いに行かないか?」
そう言って笑顔を見せると春美も笑顔で立ち上がった。



テーブルにはお菓子からジュースにおつまみまで広げてあった。
昔話の前に他愛もない話に花が咲いたのだ。
「ところで・・・。そろそろ昔話だね。」
そう言ってゆっくりと語り始めた。
「俺の記憶は11歳から昔の記憶がない。正確には覚えてないんだろうけど・・・・」



記憶の始まりは12月のとき。
俺の双子の姉ちゃんの誕生日プレゼントを買いに両親と車に乗っていた。
何を買うかと話をしていたときに事故は起こった。
どこからともなく人が車道に現れ、それを避けてハンドルを切ったが駐車していたトラックに突っ込んだ。
両親は頭部の強打で即死だったらしい。
俺はなんとか生きていた。
だが今の時代に普通ないような古風のタキシードを着て杖をついた背の高い帽子をかぶった一人の男が現れた。
そいつが俺の動かない左手に触れた。
痛みが増幅され脳を刺激する。
その痛みで俺は気を失った。
それから俺の左手には霊魂がついた。
親を亡くした俺と姉ちゃん二人は父の弟さんに引き取られた。
世界規模の企業のCEOを務める人だ。
俺はおじさんのもとで恥ずかしくないようにとありとあらゆるものの教育を受けた。
勉学はもちろん。音楽、スポーツ、家事に料理、お食事会やパーティーなどでの身の振りから。
俺は何となく楽しんでた。
おじさんは俺や姉ちゃん達をよく分かってくれていた。
やりたいことはなんでもやらせてくれた。
だから俺もいろんなところで才能を伸ばしていった。
だけど俺はおじさんを傷つけてしまった。
ある夜のこと。
周りの誰にも見えない左手の霊魂の存在を忘れかけていたとき。
いきなり頭につんとした感覚を覚えた。
そして霊魂のオーラが左手に集まっていた。
次の瞬間。
姉ちゃんのどちらかの悲鳴が聞こえ走り出した。
一階の大広間に姉ちゃん二人とおじさんの一人娘がいた。
しかし、その娘は霊魂にむしばまれ、両手で上の姉ちゃんの首を握っていた。
俺はその時のことをよく覚えてない。
おじさんが来たのは覚えてる。
左手で霊魂化した娘の心臓を貫いていた。
そしたら姉ちゃん二人とおじさんは俺の左手を見て疑問を口にした。
「それはなに?」と
俺は三人にだけすべてを話した、俺の左手は普通の手ではないのだと。
そして娘はもう死んだことにということになった。
大きな事件にならなかったのはなぜか戸籍上からも三人以外の記憶からも消えていたからだ。
俺の手が見れるようになったのは強くオーラの影響を受けたのだろう。
だが。わざと他の人の前でオーラを出しても何も起こらなかった。
それ以来左手を見れる人には会わなかった。
春美に会った時も少しびっくりしたのだ。
オーラの影響を受けずに見られるとは。
ホントに初めてだったのだ。
それから月日がたち。
俺は中学卒業とともに家を出ることを決めた。
おじさんにも姉ちゃんにも霊魂を倒すため、両親の死の真相をしるためと説明すると行って来いと背中を押してくれた。
おじさんから最後にと今着てる服、おじさんの愛用の財布、最新型の携帯、どこでも使えるクレジットカードをプレゼントしてくれた。
服も定期的に変えを準備され宅配を受けている。
携帯で連絡は取るが充電器の故障や型が古くなったなどの諸事情で電源を切りあまり使っていない。
財布もカードも肌身離さずに持っている。
俺はそんな温かい人たちのおかげでいろいろなものを見てきた。
日本中を飛びまわりたくさんの人も見てきた。
盗人、殺人犯、老人から金を巻き上げる人、ヤクザに暴力団。
おじさんみたいに温かい人にも会ってきたよ。
でも霊魂はそんな平穏な生活をぶち壊しにする。
守れなかったものもたくさんあった。
でもゆっくりと着実に歩いてきた。
そしていまここにいる。



「俺の過去はこんなものだ」
時計の針は午前三時を回っていた。
「ありがとう」
そういって春美はぬるくなったジュースを一気に飲み干しておもむろに口を開いた。
「私の過去はね。実は無いの」
俺は一瞬その言葉の意味が分からなかった。
「私はいつの間にかここにいた。あなたと出会ってから私の中の時計の針が進みだしたの」
春美はゆっくりと目をつむった。
「でもなぜか分かるの。ここはどこでいつなのか。ただ自分の過去のことが分からないの。」
「そうか。分かった。春美のことが少しでも知れたから良かった。」



俺は春美にもう寝るようにと催促し部屋の電気を暗めにした。
お菓子などをかたずけ床についた。
目をつむると引っ張られるように眠りに就いた。



体がだるい。
というより重い。
しかし確認するよりも睡眠を先決し再び寝付こうとする。
その瞬間
「助けて・・・」
と声が頭の中に響いた。
聞き間違えるはずがない。
まぎれもなく春美の声だった。
はっとして瞼を上げる。
重いと思っていたのは確かな重圧だった。
体の上には一人の紳士服に身を包んだ男。
その瞬間体の中を、頭の中をバチバチと音を立てて電撃が走った気がした。
「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
左手に意識を集中させ霊魂を展開する。
しかし、突き出した手はその男の手によってはじき返され床と密着することとなる。
左手に激痛が走る。
黒くあやしく光る杭が三本、突き刺さる。
「まあまあ。落ち着いてよ。面白いものが見れるからさ」
男の声はまた電撃を走らせたような気がした。
「創造者ぁ・・・・。」
そう
その男は創造者だった。
過去の記憶と寸分の狂いのない容姿で創造者はそこに座っていた。
「おや?私の名前を知っているとは。まあいくつかある名前の一つにすぎないが」
左手は依然激痛を走らせながら床にへばりついている。
「梟守・・・。」
不意に飛び込んできた声にまたしてもはっとする。
「春美!?」
視界に飛び込んできた光景に俺は目を疑った。
霊魂に首をつかまれた春美は涙を浮かべた目でこちらに助けを求める。
「くそっ!!動けぇぇ!!」
左手からの痛みも忘れ床から左手を引きはがす。
「おやおや。まだ取れちゃだめだよ。」
そう言った創造者は再び左手を拘束しようとする。
俺はそれよりも早く体を回転させ右から左に上体をねじる。
遅れて付いてきた足で創造者の頭を蹴り飛ばす。
今度は蹴りで出来た隙を見逃さず両足を創造者の首にからめ捻り倒す。
そして自由になった体で春美の方へ向かう。
霊魂が春美の体を持ち上げる。
「やめろぉぉぉ!!」
苦しむ春美の左手に俺の右手が触れる。
その瞬間、光がまわりを包みこんだ。
「これじゃ分が悪いか・・・。」
創造者の声が聞こえたが最後。音は耳に届かなかった。
霊魂は光に紛れ粉塵となり消え去った。
何が起こったか分からなかった。
しかししっかりと春美の左手は握っていた。
後ろ髪を引かれるような眠気が襲う。
誰かに抱きかかえられた感触と空に昇る感触と。
そして、意識をゆっくりと離した。

目を覚ましたのはベットの上。
病院だろうか。
ベットが多く並び白がよく目立つ部屋だ。
不意にやった目が隣に寝ていた春美を捕える。
「春美!!」
ベットから飛び起き春美に駆け寄る。
「おっと。もうお目覚めかい?」
扉が開く音とともに男の声が聞こえた。
声の主は古代ギリシアの銅像がきていそうな一枚布の服を着た男だった。
その後ろには同じような服を着た女性だった。
俺は警戒心をあらわにしながら春美を遮るように立った。
「あんたたちは誰なんだ。そんな恰好をして。どこの宗教だ」
まっすぐに男を睨み尋ねる。
「よしてくれ、私たちは君の味方。そして君たちを助けた。」
そう言って男は肩をすくめて見せた。
「とりあえず。まずは話を聞いてくれ。よろしく頼むよ。」
そう言って後ろの女性に合図する。
「何をする!」
女性は俺の額に人差し指と中指を当てる。
その瞬間。
頭の中にすべてがなだれ込んできた。
そう。この世のすべてが。
この世に生まれる前。もはや人類が生まれる前のことも。
神の名前、顔、声、象徴。
悪魔や人のこと。
文字や記号。
頭の中で浮かんでは消え浮かんでは消え。
ごちゃごちゃになりながら整理されまたごちゃごちゃになる。
そしてそのもやもやが消え去った時。
目の前にいる二人の存在に背筋に冷たいものを感じた。
「ヘルメス様と・・・アテナ様・・・」
思い浮かんだ言葉を発する。
「あら?君は気を失わないんだね」
ヘルメスと呼ばれた男はおチャラけた様子で答える。
「久しぶりに見たな。こんな子は」
アテナもまじまじとこちらを見る。
「お二人は・・・なぜ・・・?」
俺はつい呆けてしまった。
それは当り前だ。
神なんて存在しない。
したとしても生きているわけがない。
でも頭にあふれ返るこの知識のことを考えるととても神以外の存在なんて思えない。
「どうして生きているのですか?」
率直な疑問をぶつける。
「君はその左腕を持っていてもこんな存在に疑問を持つのかい?」
ヘルメスに言い返され黙り込んでしまう。
「それは・・・。」
「まあ。答えは神は死なないということです。人々に存在を忘れ去られるまではね。」
アテナの答えに対しあまり納得いかない。
よく分からない感情が心の中を埋め尽くし理解不能となる。
「これからだんだんわかってきます。あせらずゆっくり。知識は時間とともに積み重なっていきますから」
「はい」
そう答えるしかない俺はどうしたらいいかわからないためそのまま立っていたが
「おや。起きたようだね。」
とヘルメスが言ったため振り返る。
そこには上半身をおこそうとする春美の姿があった。
「春美!!」
ベットに駆け寄り顔色をうかがう。
「梟守。ここは・・・。」
「俺にもよく分からないけど。とりあえず助かった。」
「ホントに?霊魂は?」
「いないよ!もう大丈夫だよ!」
春美はうっすら涙を浮かべ俺を抱きしめた。
「おいおい。いきなりどうした?」
するとその一連を見ていた二人の神は。
「まだ会って間もない男女とは思えないね。」
「それは同感ね。いくらなんでも早いわね。」
その言葉に俺と春美は顔を真っ赤にしてはなれる。
「別にそんなんじゃないです!」
春美が俺を突き放す。
「たまたま境遇が似ててちょっと距離感が近いだけです!」
続けざまに俺も否定する。
「とりあえず。大広間に来なさい。そこで私たちの家族を紹介します」
アテナの提案にヘルメスも同意し部屋を出てった。
二人だけの空間となった部屋で互いの手をしっかりと握り笑顔で顔を見合った。

二人揃って部屋の扉を抜けると召使だろうか、二人の女性が立っていた。
「大広間はどこにありますか?」
そういうとすぐにくるりと反対を向きすたすたと歩いて行ってしまった。
双子だろうか。歩幅も速さも全く同じで歩いて行く。
女性の後について歩く先には現代科学では不可能なものがたくさんあった。
宙に浮いた神殿、羽根のついていない飛行機の様な金属の塊。
雲の上に端の見えない世界が広がっていた。
歩いているのはピカピカに磨き上げられた大理石。
時に神社のような石畳に変わったりする。
ギリシアのような神殿、中国の古い城のような神殿、大きなしめ縄がある日本の神殿、
煉瓦で作られたインド地方の古代神殿。
ちぐはぐな要素が組み合わさり、どこか一体感を覚える。
春美も周りの風景に見入っているようで、目をキラキラと光らせている。
いつの間にか前を歩く女性と距離が開いてしまい足早に後を追う。
進んでいくさきには大きなパルテノン神殿を思わせる建物が見える。
不意に近づいて気た春美を感じる。
「大丈夫。なんかあったら俺がなんとかするから」
そう言って春美の手に触れる。
春美は答えるように右手を握る。
右手から伝わる熱は小さく温かく優しさがあった

大広間であろう建物の大きな扉の前に立つ。
開くのだろうか。
そっと触れた瞬間大きな音を立てゆっくりと開いた。
「さあ行こう。なんかよくわかんないけど。ここで何か分かるはず」
春美は小さくうなずき
「うん」
とつぶやき歩きだした。

扉の中に足を踏み入れまっすぐ歩く。
大広間というだけあってほんとにだだっ広かった。
360度椅子がきれいに並べられている。
革の上品な椅子や木製の椅子。
トラやその他の動物の革がかけられた椅子。
さまざまな椅子が置いてある。
「広いな。」
不意に心の中の言葉が漏れる。
「そうだろう?家族がみんなは入れる部屋だからな。」

全く何が起こったかわからなかった。
声がいきなり聞こえてきたのだ。
「おっと驚かせたかな?」
バチバチと音がした瞬間。
目の前に眼帯を付けた人の男が現れる。
70くらいだろうか。
白髪をきれいに束ね、一本の黒い槍を持っている。
「オーディン様ですね」
アテナからの知識が一気に押し寄せてくる。
北欧神話の最高神。
この世のすべてを知るために右目を失った。
アテナよりも古くから多くのことを知っている。
俺と春美は反射的にひざまずいた。
頭にそうしろと言う命令が発せられた。
アテナの知恵から来るものだろう。
一方、アテナの知恵により体が勝手に動いてしまうのは少し怖いと思った。
「このものが鍵を?」
聞いたことない女性の声が響く。
顔を上げると質素な木の椅子に座り巫女服を着た長髪の女性がいた。
「天照(アマテラス)よ。和神だから聞いたことはあるでしょう?」
天照。
和神、処女神。
太陽の神ともいわれる。
伊邪那岐(イザナギ)伊邪那美(イザナミ)の娘。
三種の神器「八咫鏡(やたのかがみ)・八尺瓊勾玉(やさかのまがたま)・天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)」を持つといわれる。
素戔嗚尊(すさのお)を弟に持つ。
「はい。お初にお目にかかります。」
春美の対応の速さに驚きつつすかさずこちらも返事をする。
「以後お見知りおきを。」
するとどんどん増えてくる神々のうち数名からかすかに笑いが漏れる。
「まだここにきて間もない子どもがこんな対応をできるとは。アテナ。あなたですね?」
天照は微笑みながらアテナに目をやる。
「はい。知恵と礼儀を授けました。」
「ほお。知恵を。」「大きな戦力であろうな。」
神々がざわめく。
そして二人の頭の中は大騒ぎである。
ここまで何の疑問も持たず、ここまですんなりと対応ができたのはアテナのおかげか。
体を操っていたわけじゃないことに安堵を感じるが、このまま勝手に自分から動いてしまうのは何かと気持ちが悪い。
対処法をアテナに聞かなければ。

だんだんと神々がそろい始めアテナの知恵が頭にあふれてくる。
ガネーシャ神、シヴァ神。
アポロン、アルテミス、ポセイドン。
アメノウズメ、クシナダ。
フレイ、フレア。
イシス、オシリス、ラー。
いろんな名前が頭に浮かぶ。
しかしなぜか落ち着いていた。
なんとなく春美の存在を感じていたからだ。
春美も落ち着いているのだろうか。
呼吸は荒くない様だ。
「そろったかな?それでは新しい家族の紹介を始めようではないか。」
一気にざわめきがなくなる。
ここの神々の最高神であるオーディンの力の表れだろう。
「さあ。新しき家族よ。前に出よ。」
俺と春美は一歩前に出る。
「聖帝 梟守。柏木 春美。我らの守護天使(ガーディアンエンジェル)聖域の帝門守(せいいきのみかどもり)だ。みんな歓迎しようじゃないか。」
ぱちぱちと拍手が起こる。
頭に不安がよぎる。
聖域の帝門守?何だそれ。聞いてない。何の話だ。
それはどうやら春美も同じのようだ。
「まあ戸惑うのも無理もない。お前たちの片腕についてある聖職者の腕(ホーリー・アーム)がその証拠だ。」
「選ばれし者・・・」神々がざわざわとつぶやく。
「待ってください。私たちの手に憑いたこれは霊魂。創始者が作り出した殺戮兵器だ。聖職者の腕なんて知りません。」
思わず反論する。
オーディンはゆっくりと語る。
「創始者は我らの真似をしたにすぎん。作り方などは知らぬが似せて作っているだげだ。」
しんとした空気が漂う。
「ではどうして創始者に気が付かれなかったんですか。そのくらい良く分かったはずです。」
新たな疑問をぶつける。
「何も知らぬと。アテナから何を受け取ったのだ。」
うるさい俺を煙たがるように答える。
「まず、お前たちは創始者とやらに作られたわけではない。我らの家族として選ばれたのだ。そしてお前たちの記憶の中の創始者は偽物だ。そこだけは書き換えておる。それが真実だ。お前たちの両親は実際に存在したがお前たちの失った記憶の中で死んだ。」
オーディンが椅子に座りなおす。
「親は創始者に殺されておる。しかしお前たちは選ばれた存在。神々の加護を受け安全に暮らしてきた。それからはお前たちの記憶どうりだ。」
なんか腑に落ちない。何だ。この違和感は。分からない。
「とにかくお前たちは家族なのだ。これからだんだんとわかっていけばよいではないか。さあ贈り物をしようじゃないか。これからは我々と戦いをともにする。そのために新たな力を与える。ヴァルキュリー達よ。」
パンと手をたたくと二人のヴァルキュリーが現れる。
「我が娘たちが創始者との戦闘で名誉の死を遂げた者たちの力を集めてきた。お前たちの力となり必ずや助けになるだろう。」
ヴァルキュリーが布に包まれた腕輪を持ち前に進み出る。
「四神。四大天使。それぞれの力を受け取るがよい。」
俺は金色。春美は銀の腕輪を受け取る。
俺の腕輪は、赤青白そして翠の宝玉が付いている。
「はじめは使うことは出来ぬと思うが少しずつ慣れるといい。」
左手につけようとすると腕輪が勝手にはまる。
持った時よりも重く感じ熱を帯びている。
「さあ!今夜はうたげにしよう!新しき家族の歓迎のうたげだ!!」
オーディンが声を上げると次々にテーブルが現れる。
そんな様子に驚く二人から黒い影が体から抜けていく。
二人。たった二人だけその様子に気が付いていた。
一人は中央のかまどから。
もう一人は玉座から。眼帯に隠れた目を少し微笑むように細めた。

宴は盛大に行われたようだ。
神々の感嘆の声がいくつも耳の入った。
時折、神が自己紹介をしに寄ってきたがそれ以外何もすることはなかった。
寝室が準備されているとのことで教えられた道を春美と歩いているとこだ。
「なんか疲れたね。」最初に口を開いたのは春美だった。
「そうだな。なんか展開が速かったような気がする。急かされてるというか・・・。」
そうして沈黙がおりた。
どんな答えを出していいのかわからない。
「まあ、ゆっくり寝てゆっくり考えよう」
「そうだね。おやすみなさい。」
「おう、おやすみ」
隣り合わせに作られたコテージのような建物にそれぞれ入っていった。
ベットにテーブルに椅子。
簡単な家具だけがおかれた簡素な部屋。
くつを脱いでベットに横たわる。
創始者の記憶が嘘・・・。
オーディンに言われた言葉を再度思い出す。
おかしいだろ。
筋が通らない。
俺は霊魂を倒すためにいるんだろ?
なんでこんなところにいないといけない。
守護天使?聖域の帝守?なんだよそれ。
選ばれた?教えてくれ。わけがわからない。
思考が円の軌道をたどるようになりいつの間にか眠りに落ちた。

・・・・・・け・・・・守・・・・・梟守

聞こえますか?
誰だ?それにここは?
良かった。聞こえるのですね。私はヘステェア。ギリシア神のひとりのかまどや家庭の神として存在しています。ここはあなたの夢の中。
どうしてここに?
あなたに伝えなければいけないことがあります。
どんな?
あなたが知りたいと思っていることをです。
知っているのか?
ええ。私は忘れられようとされている身。周りに認識られないがために知っていることがあります。
早く教えてくれ。
その前に約束があります。
何だ?
このことは誰にも話さないこと。話していい人には話していいときに教えます。絶対に言わないこと。
分かった。守ろう。
絶対にですよ。
約束する。それで教えてくれ。
あと最後に。
何だよ。
私も一応神です。口には気をつけて。
あ、、、申し訳ない。姿が見えないためについ・・・。
次は許しませんよ。さあ、本題に入ります。黒幕に気が付かれてしまう。
はい。準備は出来てます。
あなたは操られていました。ここへ来るまで。そしてこれから利用されます。
え?誰に?
今は黙って聞いてなさい。
わかりました。
そいつが創始者を名乗り霊魂を作り唯一神になろうともくろんでます。その黒幕は・・・・・・・・・・・・・。
なっ?!
あなたの与えられた腕輪には神の力が込められているのは確かです。しかし、そいつはそれを勝手に作り出し封じ込めた。そしてあなたを使って聖域を破壊し新たな玉座に着こうと考えてます。
どうしてそんな!?そんなこと必要じゃないはず?どうしてそんなことを?
これからはまた明日。黒幕に気が付かれる。いずれあなたにはすべてを話します。明日まで待ちなさい。そして約束は絶対に守るように。

ふと目を覚ました時には普通のコテージに戻っていた。
しかしあれはどんなゆめだったんだ?
声しか聞こえなかったような。
そしてまたふと目を向けると朝食がおかれていた。

大広間に集められた俺と春奈はただ一人オーディンが座る玉座の前に立たされた。
「昨夜はぐっすり眠れたか?」
昨日の夢を思い出す。
「ええ、案外快適に過ごせましたよ」
顔にも口にも出さないようにしよう。
ヘスティアにはまだあってはいないけど情報が少しでも手に入れられるようにしないと。
「そうか。唐突だが今日はこれからお前たちに戦闘訓練をしてもらうんだがその先生を紹介しようと思ってな」
後ろからブーツのようなものがコツコツと床に当たる音が近づいてくる。
振り返るとそこにはギリシアの青銅の鎧をつけた男、そして日本の古代の鎧をつけた青年が立っていた。
「アレスとスサノオだ。梟守にはアレス。春奈にはスサノオに付いてもらう二人にはもっと力をつけてこれからがんはってもらわないといけないからな」
「おお。よろしくな。アレスだ。」アレスが手を差し出してくる。
握手をして顔を合わせる。
「よろしくお願いします。」
春奈も同じような挨拶は済ませたようだ。
「早速訓練を開始してくれ。二人とも頑張るのだ。」

俺と春奈はそれぞれ向かい合った部屋に入る。
先生に連れられて部屋に入るとそこは床しかないだだっ広い部屋だった。
振り返ると扉しかない。
「ここなら安心して暴れられるだろ。ここでお前をみっちりしごいてやる。」
そう言ってアレスは兜をとった。
「今からお前の力量を見る。全力で首を取りに来い。自慢の左腕も使っていい。ただし全力で来ること。」
「ほんとにいいんですか?一応経験はあるつもりですけど。」
「何言ってんだよ?お前が勝てるわけないだろ?とにかく来い」
地面をけって左手を引く。
右手を前に出しタイミングを合わせて右手と左手を入れ替える。
アレスは後ろに飛びのき間合いを取る。
もう一度地面をける。
今度はアレスの前でステップを踏み後ろに回り込もうとする。
「悪くないけど。遅すぎだな。」
アレスは上に飛び上がった。
腰を折って俺の頭に手を置き支店にして俺の後ろに大きく足を旋回して着地する。
「油差した方がいいんじゃないか?」
アレスは次の行動に移っていた。
振り返った時にはもう遅かった。
一瞬何が起こったかわからなかった。
衝撃、痛み、骨がきしみ筋肉が硬化する。
アレスは肩でタックルを決めていた。
体が宙を舞う。
地面にたたきつけられる。
肺から空気が押し出される。
「くはっ!!!」
そして俺が見たものは空中で俺に拳を叩きつけようとするアレスの姿だった。
もはや神じゃない獣だ。
必死に体を動かしごろごろと地面を転がる。手で体を押し上げ体制を立て直す。
アレスがまたタックルの体制に入る。
今度は横に跳びよけようとする。
しかし。
アレスはもともと俺のその行動を待っていた。
経験があるからこその対応力。
その対応力を超える経験による思考。
経験と言ってもまるで桁が違う。
数え切れないほどの年月、時代、場数。
すべてにおいて上だったのは最初からわかっていた。
しかし、それ以上にアレスを掻き立てたのは自分のように思えたから。
アレスは知っていた。
ある程度の経験をした者に訪れる落とし穴。
それは傲慢さ。
自分は行けると過信し相手を知ることをせず、無鉄砲に飛び込んでいく。
自らが経験した過ち。
トロイヤ戦争の時自らの父親に言われた言葉。
「恥を知れ」
心に深く刻まれた言葉は今でも頭をよぎる。
アレスは飛び出した相手の足を正確につかみ引き寄せる。
勢いを殺さず相手に移し、そのままたたきつける。
まだいけるな。
そう確信した瞬間腕をしならせ獲物を軽く投げる。
軽くといってもゆうに3mは超えている。
少し下がって助走をつけて地面を穿つ。
宙に浮かせて足を突き出し獲物の腹に一発を入れる。
飛び蹴りはアレスが最初に編み出した格闘術だった。

体が宙を舞ってる。
飛んでる。
転がってる。
もはや確かな意識がない状態である。
単純なイメージしかわかない。
今どんな攻撃を受けたのか。
今どんな体勢なのか。
全く情報が脳に送り込まれてこない。
「甘く見るからこうなる。こんなのに操られるとはなんか癪じゃな。」
「いかにも。どうしたものか。」
「これじゃあ簡単に相手の手中に落ちてしまうなぁ。」
「せっかく何とか解決しようとしておるのに。」
4人。
頭の中に声が響く。
何のことだ。
誰だ。
言いたい放題言いやがって。
こんなんで負けてたまるか。
左手に力を込める。
否、込めようとした。
光が集まっては離れ。ぶつかってははじけて。
「負けない・・・・・。」
絞り出した声は声になったのだろうか。
しかし確かに体を奮い立たせる合図になった。
転がりながら飛んでいる体を左手で強引に止めようとする。
地面に左手を突き立て体勢を立て直す。
赤色の代わりに黄色に光る眼光はすぐさまアレスをとらえた。
そして飛び出す。
地面が大きくえぐれる。
左手を剣型に切り替え突っ込む。
アレスがタイミングを合わせて拳を引く。
瞬間。
足を大きな円を描くように旋回。
体勢を低くする。
相手の懐に滑り込む。
相手の胸当てをめがけ左手を突き上げる。
足で体を持ち上げさらに突き上げる。
アレスは予期せぬ相手の動きに感嘆の声を上げた。
「どうやって動いてるんだ・・・?こいつは。」
二人はほぼ同時に地面に着地し倒れたまましばらく動かなかっ



何時間たったのだろうか。
真っ白な世界にとらわれたまま一瞬だったのか一日だったのかよくわからないがすっと少女の顔が現れた。
「!?」
「まだ動いては駄目です。もう少しで治療が終わりますから。」
膝枕をされいろんなところに手をかざされる。
「あなたは?」
「私はヘステェア。一度話しかけたでしょう?」
そこではっと我に返った。
そうだこの声か。
「ずいぶんとお若いんですね」
「あら?それはお褒めの言葉?それとも皮肉?」
「お褒めの言葉ですよ。でもどうしてここに?アレスは?」
起き上がりあたりを見回す。
「ここはあなたの意識の中。たぶん気が付かないあいだに気を失ったのですね。」
立ち上がり周囲の確認と体の具合を確かめる。
「ここではあなたと四神との共鳴の修行をします。悪用される前にあなたがしっかりと扱うことができるようにしておかなければ。」
左手のブレスレットが熱くなるのを感じる。
「説明するより実践です。まずはブレスレットに集中して。意識を持って行きなさい。」
「え!!ちょっと!いきなりすぎです!」
「早くしなさい。時間がないのです。」
とにかくやるしかない。
肩の力を抜いてブレスレットの熱に集中する。
深呼吸をして目をつぶる。
赤、青、白、緑。
目の前が明るくなる。
四色の光が純に強く光る。
だんだん強くなっていく光が消える。
ヘステェアの顔が現れる。
「今色が見えたでしょう?」
「はい・・・。一体これは・・・。」
「四神よ。中国に良くある神話の神よ。東西南北を司るためあの大広間にはいないのよ。そのためその腕環に封印された。」
「それはわかりました。しかしどうして私が?敵にとって不利になるものを簡単に渡すのはどういう理由は?」
「その力を利用するつもりです。そのためにわざと見過ごしているのです」
「利用されるわけですね・・・。」
「さあ利用される前に四神と絆を作り自らの力としなさい。四神もそれを望んでいます。」
「はい・・・。」
再度コンタクトを試みる。
先ほどと同じような感覚にとらわれる。
やはり四色。
「「「「早くここまでこい!!」」」」
ハッと目を開いた。
4人の男女の声・・・。
もう一度。
「早く来いというのに。遅い奴め。」と男の人の声。
「全くですね。」今度は女の人の声。どちらとも若く聞こえる。
確かに聞こえる。体の内側から。しっかりと。
「あなたたちが?」
「四神と呼ばれている。お前の味方だ。」さっきとは違う男の人の声。
「皆さんの名前をお聞きしても?」
「私は朱雀」さっき聞こえた女の人の声。
「私は玄武」さっきはいなかった女の人。
「私は白虎」若く聞こえた男の人の声のようだ。
「私が青龍」最後に聞こえた声だ。
「四神のみなさん。聖帝梟守です。よろしくお願いします。」
「うん。まあ遅かったなここまでが。」と白虎。
「そんなこと言わなくても。何も知らなかったわけですから。」と玄武。
「すみません。」
「謝ることはありませんよ。」と玄武。
「そうですよ。気にしないのよ?」と朱雀。
「ここまできているんだ。問題ない。」と青龍。
頭の中がごちゃごちゃし始めた。
「ところで皆さん。こっちの事情は知っていますよね?」
「もちろんだ。後はアレスに力をつけてもらえ。」と白虎。
「しかるべきときにちゃんと手を貸します。」と朱雀。
「わかりました。」
「さあ。目を開けなさい。もうこの絆は切れません。内緒話は筒抜けですよ?」うっすら笑ったような声で玄武が言う。
言われたとおりに目を開けると目の前にはアレスが立ち上がろうとしていた。
「早く力をつけろよ。」頭の中で白虎が言った。

「しっかしどうやってあんな動いたんだ?正直びっくりしたぞ。」
アレスが頭の兜を脱ぎながら言った。
「体が勝手に動いたってのが本音ですかね。」
「経験か。それは一番の力になる。ここで生きたわけだ。」
アレスは打たれた胸をさすりながら言う。
「まあ。その力が急に出てくるんじゃ本当の戦闘には役に立たん。命がいくついることやら。とにかく、お前には土台をしっかり作らせる。」
「土台ですか?」
「お前が持つその腕を十二分に使えるようにな。まずはそこからだ。」
「わかりました。」
「まずはその力は何かから説明する。お前の腕はすなわち光を表す。自由自在に光を操りそれを武器とする。」
「光ですか・・・。」
「そうだ。実際扱うには意識することだけだ。どんな光の形状か強さか長さか太さか。すべて意識する。そうすればおのずと扱えるようになる。そのためには実践が一番だ。とにかくやってみることだ。」
「はい。わかりました。」

その日の夜。
寝床につきながらいろいろと考える。
黒幕の正体について。
自分の存在について。
春美のことも。
最近顔を合わせてない。
今はどんな訓練を受けているのだろうか。気になるが確認する手段はない。
それ以前に確認しようとする気力が起こらない。
全身が痛い。
筋肉がこわれ、殴られ蹴られた場所が痛む。
アレスの訓練はいわば実践だ。
ひたすら戦闘をし続ける。
倒れようが飛ばされようがお構いなし。
おまけに容赦なし。
ベットに寝るのも一苦労だった。
眠いな・・・。
その瞬間。
コンコン
ノックの音が響いた。
「梟守様?よろしいですか?」
きれいな透き通るような声だった。
「誰ですか?」
「フレイヤです。北欧の方に住んでいます。アレスさまからあなた様へ贈り物を賜ってきました。」
アレスから?何だろう。
「少し待っていてください。今ドアを開けます。」
起き上がろうとして衝いた手に力が入らない。
「大丈夫ですよ。起き上がらなくて。入っていいならすぐ入れますから。」

どういうとだ?あ、鍵かけてないかも。
「なら失礼します。」
ドアが開く音がする。
全く動けず天井を見ながら対応する。
「すいません。体が言うこと聞かないので」
苦笑いしながら顔をフレイヤに向ける。
「わかっています。そのことに対しての師匠からの贈り物ですよ。」
「贈り物とはいったい?」
「私があなたの体の治癒を行います。それが贈り物です。」
「へ?」何これ?何かのドッキリとか?
「アレス様もよくこうして傷を治してあげたものです」
「はあ・・・。」
「お気になさらず。目を閉じて寝ていてください。終わりましたら勝手に出ていきますから。」
「わ・・・わかりました。」
ゆっくりとベットに横になり目を閉じた。
「失礼します」
フレイヤは何をしているのだろうか。
ほどなくして体が不自然な温かさを覚えた。
包まれるようなあったかさ。
感じたことのないあったかさ。
そんなぬくもりに包まれながらゆっくりと眠りの中へおちていった。



朝起きるとすでに朝食は運ばれていた。
きのうのフレイヤを思い出す。
勝手に鍵を開けられると思うとぞっとする。
「昨日の女は良かったか?他の奴らに止められて見れなかったんだよ。どうだった?いい女だったか?」
突然の声にびっくりする。
「白虎!?別に何もしてないさ!!」
「そうですよ。はしたない。こんな誠実な男がそんなことするわけないでしょうが!」と玄武。
「ありがとう玄武。白虎。少しは言葉に気をつけてよね。」
「それはすべきですね。それで敵を作ることだってあるのですから。」と朱雀。
「おはよう。朝からうるさいな。おはようの一言もないのか?」と青龍が言う。
「それもそうだな。おはようみんな。」心の中でみんなと話すのにこれだけ早くなれるなんて。
「とりあえず朝ごはん食べていい?」



朝食をとってアレスのいる訓練室に行こうと部屋を出た。
そこでふと思い出し立ち止まる。
隣のコテージへ向かいドアをノックする。
返事は無い。
「もう行ってしまったのでしょうかね。少しさみしいものですね。」
「いいんだ玄武。彼女も頑張ってる。わざと神たちのも合わせないようにしてるんだろうと思う。」
「男は女を待ってやるもんだ。どんと構えて待ってればいい。」と白虎。
「たまにはいいこと言うんですね。少し見直しましたよ。」
「おい!朱雀!それなら今日の夜どうだ!?」
「前言を撤回します。」ぼそっと呟いた朱雀に吹き出してしまった。
「おい。あんまり騒ぐな。朝はもっと集中すべきだ。」と青龍。
「少しは軟らかくないとね。」と玄武。
「さあ。訓練の時間だ。」

天秤の上の君と神

天秤の上の君と神

  • 小説
  • 短編
  • 青年向け
更新日
登録日
2013-12-13

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