薔薇とジャスミン~Rose and Jasmine~

薔薇とジャスミン~Rose and Jasmine~

[薔薇とジャスミン]A rose and jasmine20110521


 ペガサスの背に乗り夢の中まどろんでいた。純白の温かな羽根は、僕の頬を温めてくれる。だから、目を開いて美しい星を見渡す。
薔薇星雲じは薔薇のまま大輪に花開き、桃色の粒子が周りで十字の輪になり煌いている。紫色で巨大なブリリアンカットのダイヤモンドの惑星や、大粒の真珠の月、蒼い海王星……。
僕は夢の旅をしながら、現実が近付く事に咄嗟に目を閉じた。それでも旋律が聴こえる。粒子の流れの中で流されながらも、ペガサスが嘶いては僕はしがみつき、宇宙を滑空する。
大きくなって行くピアノとバイオリンの旋律は近付いて、そして幾万もの風を切り辿り付いた。
目を開き、部屋を見回した。
「………」
軽い肌掛けを置いてから、ペガサスのヌイグルミを持って部屋から出た。いつでも目を醒ます時は曲が聴こえて音の渦巻きに入るんだ。ピアノで習っている[ペガサスの舞]や[ダイヤモンドライト]とか[薔薇のままに]。
まだ、廊下は暗かった。まだ夜なのに、目を醒ましたんだ。
ゴーン ゴーン……
飛び驚いて、廊下の先の柱時計を見た。
「ライト様」
逆がわに飛び驚いて執事を見た。
「おやすみなさい!」
不気味な執事から走り逃げて、部屋も越えて走っていた。
階段を駆け降りると、薔薇の香りにホールが充たされていた。振り返ると、ママが育てる大きな薔薇が花開いていて、その周りをジャスミンの白い花が囲って、大人の女の人の顔がすぐに浮かんだ。神秘的な甘い女神様だ。薔薇とジャスミンが生けられたホール中央を見上げて、眠っている蝶を見つけようと歩いて行った。一つ一つ花を見上げながら、薫り高さにくらくらする。
蝶を見つけた。静かに羽根を綴じている。繊細で薄い羽根はじっと見るとやっぱり綺麗で、細い首元のファーとか、細やかな脚や巻かれた管、柔らかく動いているお腹、ジュエリーみたいな目とか、蝶は気品があって、可愛い。
ジャスミンは純白の花びらを今は夜の淡い群青に染め上げて、その先には精霊がいそうだった。
二時で、執事以外は眠って、さっきの僕とペガサスみたいに夢を見ているんだ。みんな。でも眠くないから歩く事にした。
ホールを抜けて、円形で硝子張りの空間に来ると、青い夜が綺麗に色づいていた。
「………」
白い古代ローマの女の人のような装いの、綺麗なひとがいる。誰だろう。金髪もみつあみを頭に巻いて、彫刻や真っ白い大理石でできた銅像みたいだった。僕は月光と、それに金の星がたくさん瞬く様を見てから、女の人のところへ行った。
「まあ、愛らしい坊や……」
僕は緊張して上目で見てから、頬を染めた。
「アルメニア嬢」
ごきげん麗しく、の挨拶が続かないほど美しくて、声が引っ込んで行った。僕は走って戻り、薔薇とジャスミンが香るホールに来て、ローズピンクの大輪のダマスクを一本背を伸ばして取ると、また走って戻った。
「アルメニア嬢、薔薇を……」
僕は驚き、誰もいなくなってるから見回した。ジャスミンの花の化身だったのだろうか。アルメニア嬢がいるはずも無いのに、幻を見たんだ。僕の夢の中だけのお姫様。
壁窓から庭を見渡した。黄緑の草は柔らかくて、さらさらと泉は光って鏡みたい。
「来たのね」
驚いて、肩に手を置いたアルメニア嬢を見上げた。僕は小さな声になった。
「夢から紡がれたの? あのペガサスかつれて来たの?」
アルメニア嬢は答えずに、静かに微笑んだ。肩に添えられる手が温かくて、また庭を見渡した。
「ペガサスはいないね」
あのペガサスは落ち着き払った優しい男の人で、アルメニア嬢のペガサスだった。彼女の銀の麗美な馬車も引くし、僕を背に乗せてくれる。ユニコーンが護衛隊の薔薇星雲の中心には、ローズクオーツで出来たアルメニア嬢のお城があって、僕はそこでいつも歌を歌う。桃色のホールに寝そべって、黒クリスタルで積み木をして遊んで、男の人になったペガサスが竪琴を弾いてくれるんだ。遍く星空はキラキラと音を発して金色の女神達がクリスタルの棒で鳴らしている。いつでも金の高く連なったベルが鳴る頃にはアルメニア嬢が豊かに微笑んで、そして穏やかな目覚めを迎えるんだ。ペガサスが宇宙の流離いに連れて行ってくれるときは、いつでもキャンディーで出来た惑星まで行けるのに。
「僕を目覚めさせたのは、アルメニア嬢?」
彼女は僕を見てから、ゆっくり頷いた。
「これから、薔薇祭よ。ジャスミン達は準備に追われて忙しそう。新しい薔薇の女王が決まる時なの」
僕はアルメニア嬢の背中に赤紫色の蝶の羽根が優雅に開いたから驚いて、風で解かれて長くウェーブ掛かるしなやかな金髪を見て、彼女の顔を見た。
「新しい女王は、巨大で美しい純白の狼の背に乗りやってくるわ。とても凛としたね。だから、あなたはそれまでをジャスミンの精霊たちと共にお手伝いをしていただきたいの。純白のジャスミンの場に彼等は降り立つわ」
「はい」
僕は、月光に開かれたアルメニア嬢の羽根を見上げて、その赤紫の羽根は夜を透かして紫掛かり、思わず触れたくなって指を伸ばした。触れた瞬間、透明な泉のように空間が波紋を広げた。シンとした音を響かせて。
「いらっしゃるわ。早く準備を」
アルメニア嬢がそう言い、ジャスミンに囲まれて風が吹き薫りが魅惑的な上品さで包み込んで、僕は白い庭の中夜空を見上げた。ジャスミンと薔薇の花びらが旋回して弧を描き舞い、星々を金や銀にして繋ぐ。濃密な薫りが綺麗な風になって艶の水の様に頬を撫でた。
「………」
豊かな黒髪の美しいひとが、微笑んで目の前に立っていた。見惚れてしまっていて、ローズ色の唇が動いた。
「ご機嫌よう。あなたはアルメニア嬢のご子息様かしら」
白の巨大な狼が吹いている風に純白の毛並みをシルクのようにそよがせていて、凛々しい涼やかな瞳で僕を見た。
可愛らしい女の人の桃色の衣裳が風に揺れ銀や白粒子に柔らかく光り、そして狼の毛並みを透かしてなびいている。チョコレートのような瞳は、ラテン系の妖艶さがあって、本当に華やかな薔薇のような人だ。
「僕はムーンライト・サルバといいます。薔薇の女王さま」
「ムーンライト。このサルバの優しいお庭の王子様だったのね」
ジャスミンの精霊達が白の花を舞わせながら踊りだし、僕はずっと片腕に抱えられているペガサスのヌイグルミが動いたから驚いた。ペガサスが月の光に連動して光って、そしてあの男の人になった。長身の彼は上品に微笑んで、竪琴を弾きはじめた。ジャスミンの精霊達が踊りながら美声で歌いだし、華麗に庭園が薔薇の季節を祝う。
「薔薇の甘いジュースをどうぞ」
可愛いクリスタルのグラスには透明なピンク色の薔薇のジュース。
「薔薇の宴は花開き」
「甘美な晩餐妖艶に」
薔薇の愛らしい子供達が、たどたどしいけど笑顔で踊り始めた。僕も一緒に踊った。

鬣を翻させる三頭の白馬にひかれてやってきた銀色の屋根が無い荷馬車が、華麗に空から庭園に流れ降りて来た。僕らは乗り、純白のビロードに座り、駈け始めた。
「これから薔薇の花の世界へご招待します」
女王がそう言い、薔薇園の方向へと向かって行った。僕らも徐々に小さくなっていって、薔薇の苑へと入って行く。
様々な薔薇の咲き誇る苑は、花の間ごとに薔薇の可憐な精達がいて、あちらこちらの枝から小さなランタンを吊るしてあってその中のキャンドルが揺れていた。桃色だったり、黄金色だったりする灯火が。

薔薇の蜜を透明なストローで吸い上げる子や、花びらを掻き分けて蜜蜂と戯れる子。眠る蝶のお腹に頬を寄せ眠る子、花から花へ追いかけっこする子達、並んで踊る子達。みんな楽しそうに笑っている。
薔薇は品種ごとに薫りの圏が変っては、絡み合う所や甘い薫り、高い薫り、くらつくほど大人の人の薫り、気品ある薫り、愛らしい薫り、様々だ。
蜘蛛がいびきかきながら眠っていて、その蜘蛛のお姉さんは卵を巣に結わえ付けてあるのを、葉で橋渡しをして薔薇の精がくすくす笑い、いたずらで二個せっせと水の滴を増やしていた。結局足が絡まって滴も飛んでいき、蜘蛛のお姉さんママが起き、薔薇の精は食べれないのか、呆れた様に長い脚ではにかむ薔薇の精を巣からひっぱり取ってあげていた。他の所では、カップ咲きの薔薇の中心に入って手鏡を覗いている子や、薔薇の中から出て来て金の花粉にまみれて笑ってる子達もいる。

「今から、薔薇の密なる清造場所へ参りましょう」
女王がそう言い、どんどん大輪の薔薇へ近付いていく。
薔薇達は会話をしてひそひそと綺麗な声で話してはお互いの美を称え合っている事がわかった。薄い花びら一枚一枚が、幾重にも折り重なって完璧なシャンデリアのようで、そこはかとなく繊細な花びらはビロードの様な光沢の煌きだ。それは宇宙の流離いで見た薔薇星雲を取り巻くあの細やかで滑らかな粒子のようだった。繊細な影を鮮明に透かしては、甘やかな薫りの中心へと入って行った。崇高な花びらの先に。
黄金色の花粉がふんだんについていたり、蜜が光りついているおしべや雌蘂がしっかりと王冠のように囲っている。
振り向くと、風が苑に吹いていて黄金色の花粉の粒子がキラキラと舞い、流れている。
花の中心へと僕等は入って行った。
「管を通って受粉した栄養が茎を通って行くのよ」
美しい声の女王がそう言い、僕はその流れていく様を見ていた。長い中を通っていき、そして中核へと光に囲まれ入って行くと、暗い空間に来た。
群青の大きな星が球体の空間の上に光っている。銀の光の珠が空間には幾つも踊っていて、とても透明で静かな場所だった。女王が静かに歩いてきて、僕に微笑んだ。
「ここがわたくしのお勤めの場所。これから次の時季に備えて、あの群青色の輝きを実らせていくの。今はもう少しであの子も目覚める頃よ……」
美しい唇に指を当て、僕も静かにして微笑み見上げた。
「目覚めるにはまだ少し銀の光が足りない。でもね、流れて来ている音が聴こえるでしょう?」
僕は耳を澄ました。水の流れるような清流の音。旋律みたいに美しい。クリスタルで出来た河をその透明な棒でそっと鳴らすみたいにも時々聴こえる。
「命が繋がっている音よ」
徐々に光が満ちてきて、溢れ始めた。
「ほら、手を取って。愛する薔薇が花開くわ」
僕達は流れていった。
光り明るくなり黄金に包まれ、そして美しいソプラノの生命の音と共に鮮やかに花開く薔薇を見た。
輝きに満ちて、笑顔が溢れるように花びらを幾重にも開いた麗しい薔薇を。
その瞬間はまさに、クリスタルの様に透明で、いだかれる愛情のように熱く心と体が沸き上がった。
僕は喜びの涙を流していた。

 ジャスミンが薫り始めると、僕はその繊細なピアノ線のように透明に紡がれてくる薫りを頼りに、目をうっすら開いた。先ほどの銀の光が透明度の高い闇に浮かんでいた場所からうつっていて、柔らかなものに頬を寄せていた。
「お目覚めかしら」
驚いて、しゃべった白鳥を見た。とても上品な声をしていた。さっき。
「薔薇の開花の時には初めてでは気絶してしまうお方も多くいらすから」
白鳥は優美な目許でそう言い、お庭にある泉から僕は背後を見て、頷いた。白鳥の背後に女の人がいた。彼女が話していたんだ。女の人は優しげな瞳をしている。
「ご機嫌よう。ミス。白鳥が喋ったのかと」
その言葉に白鳥が微笑んだように見えて、僕は嬉しくなった。美しい首をもたげて、泉二キロのくちばしの先をそっと水面につけ、鏡のような波紋を広げた。薔薇吹雪が遠くの苑で舞っている。星はまだ冷たい色で、その下を薔薇達からきらきらと黄金の輝きを舞わせていた。
ジャスミンが白く咲くこちらは咲き乱れている。涼しげで清らかな女性の青み掛かる黒髪は、鏡のような艶で泉を、その腕の肌には水面を映し光っていた。その美しく清らかな人がエジプトの人なのだと分かった。彼女は静かで、そして首からエキゾチックなネクレスを下げている。
目を上げると、泉には透明なクリスタルの屋根つきゴンドラが滑っていた。走る艶で分かって、それで水面にも艶が映っていた。その下に鮮やかな長い藻がそよそよと揺れていて、銀色の可愛い小魚が泳いでいる。砂地をぼこぼこと湧き水が押し上げて泉を形成していた。
また白鳥を貴婦人にしたような女の人を見た。
「あなたは、ジャスミンの女王さま?」
女の人は微笑み、黒い目で言った。
「いいえ愛らしい坊や。あたくしはジャスミンの殿の妃でございます」

「我が妃は」
僕は大驚きして白鳥を見た。白鳥はとても低く落ち着いた声でこちらを振り向きそういった。
「ジャスミンの薫りの精霊でね」
「白鳥が王様なんだね」
「ははは!」
僕は影が出来た頭上を見た。
「面白い坊やだ」
男の人が妃の横には立っていて、耐え切れ無いように白鳥が本当に笑い始めた。
「面白い子供だこと!」
また白鳥の下に小人かジャスミンの精がいるのかもしれないと僕は探した。蝶を探したときみたいに。
「おやおや。ついには分からなくなってしまったのかな。ジャスミンの薫りには惑わされて幻惑されないようにね」
遠くまで静かに響く、あのカモメにも似た白鳥の鳴き声で、本当に白鳥がくちばしを動かした。お姉さんくらいの若い声で、優雅な口調じゃないことの方が驚きだった。
「白鳥が……」
二人は顔を見合わせてから僕を心配そうに見た。
「あらあら……この子は、薫りにでものぼせてしまったのかしら」
幸せなくらい高貴な薫りは爽やかさもあって冷たい風に体に流れているから、大丈夫だった。
「きゃはははは!」
いきなりの事に驚いて、僕は瞬きした。
「あらまあ」
ジャスミンの妃が僕の耳に顔を近づけたから僕は頬を染めた。
「これは悪戯好きの薔薇の精霊達の仕業ね」
くすくす妃が笑い、僕の耳からは薔薇の花びらをまとったあの薔薇の苑の精が愛らしく出て来て、黄金の粒子も舞った。二人の薔薇の精はくすくす笑いながら飛んでいった。
「……あれ?」
僕は今さら驚いて男の人を見上げた。彼は微笑んで泉の先へ戻って行く精達を見ている。ペガサス。アルメニア嬢といつもいるペガサスだ。唖然とする僕に、彼が気付いて言った。
「あのユニコーン達のこともまとめているペガサス王は、私の母の違う兄弟だ。とても似ているが、私は竪琴を奏でられなくてね」
納得して僕は目を丸くうんうん頷いた。
「アルメニア嬢は北の方だから、ペガサス殿がいてこちらまでいらす事が出来るの。彼は初冬に限らず季節を飛ぶことが大好き。アルメニア嬢を后にと思って、いつも春の星の中に彼女を大切に隠しているの。同じ色の薔薇星雲の中でユニコーン兵達に護らせているわ」
僕がアルメニア嬢の夢を見るのは、いつも冬の時季から春の時季で、いつもペガサスがいた。
「ジャスミンの世界はとても静かな場所だから、安らいでいかれるといいわ」
僕はジャスミン妃に手を繋がれ歩き進んで行った。
黄緑の若い草は柔らかく、ジャスミンの神秘的で妖艶なして、今にも全てが舞いそうななか、潤う月光の薫りで鼻腔を充たして目を綴じ微笑んだ。
蒼く染まる静かな林を歩いて、純白のジャスミンが群生していた。夜にミステリアスに染まり、静かに広がっている。銀の光が清らかに時々舞っていてそれが光った。儚げにだけど、鋭く強く。染み入るように。
ジャスミン妃がそっとしゃがんで、僕も微笑みしゃがむと共にジャスミンの花を見つめた。夜の気配は林を包んで、僕は薫りをかぎながら囁いた。
「屋敷のホールで薔薇とジャスミンの花から現れたのはジャスミンの薫りの精霊のあなただったんだね」
「そう。坊やの見つけた眠る蝶の横にいたの」
僕の髪を優しく撫でてくれて、綺麗に微笑んだ。
僕達はジャスミンの花一つ一つを見つめて行った。時々、群生の向こうに歩く王が、妃と視線を交わしてはアラビアンな琵琶がどこからか微かに聴こえて、風と共に消えて行く。緩やかな風に乗せて旋律は。
鮮やかな印度孔雀が歩いていたから林のそちらを見た。白い花をつけるジャスミンの向こうから横を進み、そして王の方を見ると王が微笑み、そしてゆったり孔雀が歩いて来た。妃が孔雀の小さな頭を撫でると、孔雀は尾を広げて絢爛な美しい先にジャスミンが彩った。薫り、そして美しく揺れた。
印度孔雀は深い青がよく純白に映えた。綴じられた尾が一本抜け落緑の草を彩って、妃が指に持ち僕に持たせてくれた。
ジャスミンの花には葉との夜闇に紛れるそうにそっと、葉にジャスミンの精達が静かに乗っては微笑んでいた。静かに美しく微笑んで、お姉さんほどの彼女達が白の花びらに手を添えている。
玉虫が何処からか飛んできて輝石のように彩って、鮮明なそれらの色にうっとりしていた。
僕等は歩いていき、林の先に来た。林の奥には台の上に冬の時期にはチェンバロの演奏会が行なわれる白石の東屋があって、その周りは柱が立ち並び華麗なフェンスがある。ケヤキで囲まれているから、今の時季は黄緑の鮮やかな葉が心を幸せにする。
妃が東屋の長椅子に横たわり、ジャスミンの薫りのする黒色のジェリーみたいなものを煙管の先に乗せた。小さな金属の蓋を締めて、その上にジャスミンの精が王の力を蒼く受け、夜空の中へ進み星屑を一つつれてくると、それを妃の煙管の先に乗せ妃は彼女に微笑んだ。その青白い火影はシンとくすぶり、そしてそれは光りが小さな灯火の炎となる。しばらくすると、ママのお姉さんがよく吸っている薔薇の煙管のように煙が細く立ち昇り始めた。ジャスミンが薫って、薫りに釣られるように僕は進んだ。
「吸ってみる?」
「たばこなの?」
「いいえ。これはジャスミンの蜜や精油、花びらで出来たジェリー菓子よ。甘くて、溶けたジェリーを吸うの」
「蝶みたいだね」
妃は微笑み、僕も細い管から吸ってみた。すぐにジャスミンが口の中に広がって、甘い甘いジュースを飲んでいるみたいだった。
妃の膝に頬を乗せて林を見た。孔雀が歩いて、玉虫が飛んでいる。王は長椅子の背後に来てジャスミンの薫る中を、背凭れに手をついた。王がベルを鳴らすと、何処からか女の人たちが来てジャスミンの花を撒きはじめた。
東屋の背景は、白石に囲まれて薔薇窓があって、彩っている。夜風に連れられて、林と泉の向こうにある屋敷前の薔薇苑から賑やかな音楽が聴こえる様で、目を綴じた。ジャスミンの降る綺麗な中を。妃が僕の髪を優しく撫でてくれる。徐々に、薔薇の音楽に絡まる様に妃が綺麗に歌い始める。
 キラキラと光る星
 夜はまだ雫だけ
 月光の中を飛ぶペガサス
 嗚呼 嗚……
 宇宙が見えてる空 一体化しても
 嗚 嗚呼……
 雫に隠して煌きにするの
 ハープの音色のように
 見上げればまだどこかに
 運命の歯車が黄金色して
 嗚呼 嗚…… 嗚呼……
眠りへ落ちる。緩やかに、低い声音の中を……。

 ペガサスのヌイグルミに頬を寄せて眠っていた。
目を覚ますと、向こうで執事とメイドが壁に向かってグラスにレモン水を作ってくれていた。
昨日不気味だった執事はやっぱりいつもの血色いい笑顔の執事で、長身をくるっと革靴の踵でかえしてにこにことお盆を運んで来た。昨日は執事の幽体離脱してる側でも見てしまったのだろうか。表情が無くて、白い顔をしていた。
「ライト様。おはようございます」
「おはよう。ミスター。ミス」
メイドも笑って挨拶した。
「本日はピアノレッスンですが」
そう僕の服を運びながら執事が言った。
「先生が風邪をひきまして、替わりの方がいらっしゃる」
「うん。しっかり挨拶するよ」
着替えると、メイドが寝台を整えながらペガサスのヌイグルミをいつもみたいにソファーに置いた。今の時季は薔薇が飾られてるから、その大輪のローズピンクとペガサスがよく合う。
昨日、アルメニア嬢の紹介で薔薇の女王とジャスミンの王とジャスミンの薫りの妃と美しい夜の季節を過ごしたから、ピアノレッスンはそんなに緊張しないと思う。昨日はとても楽しかった。
廊下を歩いて、食堂に来た。
「ハア!」
僕は勇ましい女性の掛け声に、眩しく白い朝日が差し込む窓に走った。透明な陽が伸びている中を。白い窓枠に囲まれた白石の庭園は、薔薇の苑が美しく映えていて、そして黒馬の女性がいた。背中中心までのフワリとした黒髪で、薔薇色の頬とシルクの乗馬ジャケットは薔薇色の。驚いて薔薇の女王さまを見た。
彼女も彼女の生き別れの妹か、次元違いの姉妹か、よく似た女性だろうか。ジャスミンの王とペガサスの男の人が人種別の兄弟だったみたいに。
「隣街のお屋敷の令嬢です。あの方が本日のレッスンを」

僕に気付いた彼女が見上げて来て、僕は緊張して頬を染めた。太陽の様に微笑んで、グローブの手を振ってきたから僕も手を振ってから呼ばれてセトルから膝を外してダイニングテーブルまで来た。椅子を引かれて座ってから朝食に入る。
グラスに朝日がキラキラ跳ねていて、その水の中で乱舞しているみたいだった。銀の光がスプーンに集まって、サラダの野菜は水滴を朝の薔薇苑のように乗せている。さっきはキラキラと雫が朝露の薔薇の苑を輝かせて、潤いのダイヤモンドみたいだった。繊細な薔薇の花びらに透明に乗せて、その中で黒の毛並みを艶めかせる優雅な馬に跨る上の令嬢は、本当に麗しかった。
朝食を終えて、僕はお庭に出た。
「こんにちは。愛らしいムーンライト坊や。本日はよろしく」
「よろしくお願いいたします。ミス。遠方からばるばるありがとうございます」
「礼儀正しい子。気軽に思ってくれていいの。ピアノはサマーハウスの中へ運ばさせてもらったわ薔薇園の明るい中でレッスンしましょう。
「はい!」
僕は嬉しくなって先生の素肌の手をもって共に美しい薔薇苑を進んだ。中央には小広いサマーハウスの白い建物がある。優雅な風景で、伯母さんのお気に入りの場所だ。眩しい純白に薔薇が映える。
「扉窓は開け放ちましょう。とてもいい薫りね」
設置されたグランドピアノの椅子に座る。硝子の窓に囲まれた壁からは、全体から薔薇の苑が見渡せる。今に風も温かくなって吹き込んでくるんだ。微かにジャスミンの高貴な薫りも混ざり合って、初夏のこの季節を賛美するべく、昨夜の命の輝きと尊いあの花びらの清造場所が、花達や僕らの心を充たさせる苑を造っているんだ。
ピアノはとても感情ゆたかにのびのびと弾けていた。
一次レッスンは休憩に入って、ミルクティーを僕はお庭で頂いて、先生は薔薇の花びらを浮かべたお水を頂いていた。暖かくなりはじめたから、薔薇の輝くお庭を蝶達が舞い始めた。その美景に、屋敷の画家が早くも笑顔で筆を走らせている。風に乗せて、薔薇の甘やかな薫りに乗せるように、林からジャスミンが薫り始めた。まるでシルクやビロードの帯やベールみたいに。
「素敵なお庭。月光の中でも美麗でしょうね」
「この時季は宵の明るい内にママと伯母がお庭で薔薇のお菓子を食べて過ごすんだ」
「とても心が豊かになるでしょうね。歌も唄えば最高!」
先生がふと顔をあげ、薔薇吹雪をキラキラ光るチョコレートブラウンの瞳で見つめた。その横顔が美しくて笑顔を見つめた。
「薔薇には、妖精がいるの。様々な季節の花や木々にも。草もそう。一度惑わされて踊らされて病み付きになりたいわ」
「僕も!」
先生が微笑み僕を見て、黒髪が風になびいた。
「先生は、薔薇が好き?」
「ええ。大好きよ」
先生には薔薇がよく似合う。

 僕は首を傾げてしばらくは黒の車が走ってくる林に囲まれた道を見ていた。
やっぱりだ。ピアノの先生だ。先生が車から降りて来て灰色の唇を引き締めてやって来る。いつも濡れ烏色のドレスを着ている。淡い金髪をまとめていて、冷たい目許は綺麗なんだけど恐い。ソプラノの声なのに口調が冷たくて、黒の爪で促す黒の扇子が伸びてくるだけで緊張した。
「ライト様。ピアノのレッスンのお時間ですよ」
「あれ」
僕は首を逆側に傾げて執事を見上げて、笑顔の執事は僕と逆側に首を傾げた。
「さっき先生、黒の馬で隣街に帰ったよね」
「え?」
「ううん!」
僕は走って階段を降りて行った。
ホールに出て、悪戯な薔薇とジャスミンの生けられた華麗さを見た。お昼は黄金のシャンデリアの下で尚の事輝いて見える。
「まあ。薔薇を飾りましたのね。美しい薫りがすること」
ピアノの先生がヒールを響かせやってきて、モデルの様に立ち止まった。
「ライト様。さあピアノ室へ」
「はい」
一度先生は珍しく美しく微笑み薔薇を愛で見てから、ジャスミンの蔓に触れて薫りを嗅いだ。
「いい時季だわね」
そう言い、進んで行った。やはり女性は笑顔がたまらなく魅力的だ。
僕は薔薇とジャスミンに感謝しながら微笑み見て、先生のあとを歩いた。どこかで声がした。そんな気がした。彼女達の存在が身近に感じられて、ピアノを弾く喜びを謳歌する心が僕を取り巻く。豊かに奏でるということ。透明な月の光が差し込むように。ペガサスの舞も、薔薇の誉れも、泉の雫も、先生の指導の元正確に。だけど繊細に豊かにのびのびと弾けていた。
「まあ。この季節がそうさせますのかしら。ライト様。お美しいことで」
僕もニカッと微笑んで、先生を見上げた。

 夜をママ達はサマーハウスで過ごしていた。僕は夢現でうとうとしていた。
いつもの夢への旋律が聴こえる。それは優しげで、軽やかで柔らかい。
さわさわと風が樹木を撫でる音も重なる。執事がまた伯母さんにおちゃめな色目を使われてはにかんでる顔や、ママが可笑しそうに笑ってる振動。細い指に持つ薔薇のビスケット。煙管の緩やかな紫煙。淡い夜の空。薔薇とジャスミンの薫りの中で僕は眠りへと落ちて行った。薔薇の苑とジャスミンの林の間の泉をクリスタルの舟で行くかのように流れ、ママたちの声を聴きながら薫りに包まれて。
静かに紡ぎ始めた宇宙に響き始める。
「ライト様。ライト様。今宵はどちらにいらっしゃる。迎えに参ります。今しがた……」
流れるようなペガサスの声が響き始める。今日もまた、夢を見る。もう、目覚めのピアノの曲に臆する事無く目覚めに乗り流れていけるだろう。
闇に薔薇がいくつも浮かび、そしてジャスミンが舞い流れ、金や銀の星が煌き始める。その先にユニコーンたちが浅彫りの入る銀の鎧をつけている。薔薇星雲の入り口だ。桃色で透明な観音扉が柱に支えられて、その先に薔薇星雲が渦巻いている。その先へ進む。ペガサスの鬣を掴んで、一気に駈けて行く。星雲の中に入り、宇宙を駈け、ピンク色の星の煌きがキラキラ輝く中を行く。

ローズクオーツで出来たお城に来た。ペガサスはホールまで流れるように飛んでいき、そして蹄を響かせると羽根を閉ざし、僕は降り立った。ペガサスは男の人になって、僕は微笑んで見上げた。
「ねえ。アルメニア嬢のこと、好きなんだね」
男の人は整った顔のまま僕を驚き見て、頬を紅くした。
僕は笑って、床に寝ころがってトランプで遊び始めた。ローズクオーツを透かしたはるかその先に宇宙が柔らかに廻り滑らかに煌いている。竪琴が今日も響く。旋律は薔薇とジャスミンの薫りを乗せながら。彼等が幸せになれるといいな……。

[end]

薔薇とジャスミン~Rose and Jasmine~

薔薇とジャスミン~Rose and Jasmine~

薔薇苑の広がる白い屋敷の幼い少年はいつもの様に幻想的な夢から目覚めた。そして誘われる、薔薇の香りに……。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-12-13

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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