ドラえもん最終回『Trace of memores~思い出の軌跡~』(9)
Trace of memores(9)
この時空犯罪刑務所がある場所は、地球からは何百光年も離れ、21世紀より数十億年も過去にあり、生物そのものが存在しない時代の辺境の星にある。
もちろん周りの星々に科学文明を持った惑星などは一つも無く、近くの星々から物資等を輸入する事などは一切出来ない。
その為この刑務所では、食料品から日常品まで大抵の物は基本、関内の工場区生産施設で自給自足することが出来るように設備されている。
その他にも水を始め、生物には絶対に欠かせない酸素などもこの施設で作られる。
その為か、ここの施設は24時間休むことなく常に稼働し続ける事が義務付けられていた。
ここでの生産力は受刑者も含め、この星で生活する彼等にとって生命線とも言えるものであろう。
だが、この星の生産施設内だけで全ての物が賄えるかと云えば、実はそうでもなかったりする。
食料、生活用品などの日常消耗品等は特に問題はないが、それらを作り出す機械、システム機器などに使われている一部の素材、部品等はここでは造る事が出来ない。
特にメーカーから仕入れている精密機器などは、超化学の塊と言っていい程のものであり、そんじょそこらの機械とはレベルが違う。 そういったモノは地球本部から直接仕入れるしかないのだ。
その為、それらを補う物資は半年に一度、23世紀の地球本部から時空を超えて届けられる事になっていた。
届いた物資は大量のコンテナによってこの星の港に一度集められ、そこから各部門に振り分けられるのである。
そして今日は、その半年に一度の入荷日であり、大量のコンテナが港のフロアに所狭しと広がっていたのである。
「ふぅ、何とかここまではフリーク様の作戦通りですね」
小太りの男は片膝を着きながらそう言うと、呼吸を整えながらも周囲の状況に気を配っていた。
物体移転装置から離脱した犯人達は、近くのコンテナ群の陰に身を隠していたのである。
「……それで、ダンナ。 次の作戦まであと何分程なんで?」
アニキと呼ばれる長身の男は床に座り込み、コンテナに背中を預けながらフリークに確認をする。
「そうだな……あと三分ってとこだ」
フリークは腕時計をチラリと確認して答えた。
「三分……ですか。 そりゃまた微妙な時間ですな。 それまで奴等も大人しくしていてくれれば良いんですがね……」
「なぁに心配はない。 通信系のシステムは全て切ってあるんだ。 これ以上、奴等が増える事はない。 例え増援が来たとしても、その頃には次のトラップが発動していて何も出来やせんさ」
「……たしかに」
長身の男は一言そう呟くと、フゥと大きく息を吐き出し天井を仰ぎ見た。
ここまで休みなく来たせいか、緊張による疲労が一気に襲って来る。 正直、もう動きたくないといった感は否(いな)めなかった。
「おい、それよりいつまでも休んでる暇はないぞ」
「…………でしたね」
フリークの言葉にもう一息吐き出すと、億劫(おっくう)そうに答えた。
次の作戦の為、直ぐに場所を移動しなければならないのである。
男は精神的に疲れた身体に鞭打って上体をゆっくりと立て直した。
──と、その時であった。
見張りをしていた小太りの男が声を抑えつつ、悲鳴にも似た声を挙げたのだ。
「ア、アニキッ! 奴らこっちに向かって来ますぜッ!」
その言葉に一同、緊張が走る。
二人は隊員が向かって来るという方へ意識を集中する。 確かに人がこちらに向かって来る気配が感じられた。
流石はタイムパトロール隊員と言ったところか……そう易々とこちらの思惑通りには行かしてくれない様である。
しかし、足音などから推測するに、まだ見つかったと言う訳ではないようだ。 偶然にも、捜索の足がたまたまこちらの方へ延びてきたと言う事なのであろう。
「……ダンナ!」
「わかっている!」
フリークは言葉短くそう返すと、多数あるコンテナ群の更に奥へ向かうように指で示した。
三人は音を立てないよう注意しながらコンテナ群の更に奥へと進む。 先頭をフリーク、次に長身の男、そして小太りの男が後方を確認しながら最後尾に着くといった順である。
そして20メートル程、移動しただろうか……その時、思いもよらないアクシデントが起こった。
カンッ! コンコンコン……
突如、乾いた様な甲高い音が最後尾から鳴り響いたのだ。
その音にフリークと長身の男は反射的に振り返る。 すると、そこには身体は後ろ向きだが、首だけをこちらに向ける様な格好で小太りの男が固まり立ちすくんでいた。
「ア、アニキ……」
その声は今にも泣き出しそうな、情けないものであった。
先に前行く二人に対して、一人だけ後方確認しながら後ろ歩きをしていた為、足元に置かれていた空き缶に気が付かず、それをカカトで蹴り倒してしまったのである。
そして勿論、そんな音を聞き逃すタイムパトロール隊ではなく、直ぐさま隊員間で連携を取りながら周りを囲む様に続々と集まって来る。
「バ、バカヤローッ! 何やってんだッ!!」
「ス……スイヤセン…………」
「スミマセンじゃねぇッ!! よりによってこんな時にテメェは……ッ!!」
長身の男は、ミスした男の胸倉を引き込む様に締め挙げると、今にも殴り掛かりそうな勢いで睨みつける。
その怒りの表情は誰もが恐怖に身体を震わせるであろうという程のモノであった。
しかし、フリークはそんな長身の男を直ぐさま制す。
今、こんな所でグタグタと揉めてる場合ではない。 とにかく、この状態を何とかする方が最優先である、と。
長身の男はフリークにそう言われるとチッと舌打ちをし、掴んだ胸倉を投げるように押し放した。
たしかに今は、仲間内で揉めてる場合ではない事は確かである。
フリークは周りを見渡しつつ、腕時計に視線を落とす。
「あと一分ぐらい……か? よし、残り五秒になったら行動開始するぞ。 とりあえず目標はあの船だ!」
そう言うと、一つの船を指差した。
フリークが指し示した先には、直径約10メートル程の大きさで、とても小さな船があった。
その型は『海上船』というよりかは『飛行機』の型をしていて、全体的に角がなく丸っこい形をしている。
翼は極端に短く、船体の大きさに対して妙に高さがある不思議な型をしており、まるで子供のオモチャを実物大にした様な感じのモノであった。
だが、こんなオモチャの様な見てくれをしてはいるが、決して馬鹿に出来るものではない。
この船は、未来世界(23世紀)の超科学の力によって産まれた人類史最高の最新鋭船であり、未来の世界ではその姿を知らぬ者はいない程である。
丸っこく可愛いらしいそのフォルムから一般の人々、特に子供達からは絶大の人気を誇り、またその超科学による強力な能力は、犯罪者にとって恐怖の対象であった。
実はオモチャの様な形のこの船こそ、多数の凶悪犯罪者を取り締まって来た超エリート集団タイムパトロール隊が搭乗するタイムパトロール艇なのである。
長身の男はフリークが示す方向をチラリと目測すると、軽く息を吐き出した。
「了解……と言いたい所ですが、これまた微妙に距離がありますな。 約五十メートルといったところか……」
「致し方なかろう。 本来であればこのコンテナの死角を使い、もっと近づいた場所からいただく予定だったんだからな」
そう言って最後尾に位置する男をチラリと一瞥(いちべつ)する。
男は申し訳なさそうにうなだれ、視線を右へ左へ泳がせていた。 自分が起してしまった失態に対し、どうしたら良いのか判からないといった様子であった。
「ふん、まあいい。 もうやっちまった事だ。 ただし、もし次やったら……解ってんだろうな?」
「ヘ、ヘイ…………アニキ……」
男は小さくそう応えると、その鋭い視線にゴクリと生唾を飲み込んだ。 そして同時に、今回の失態の挽回も含め、この計画を何としてでも成功させるんだと強く心に誓い込む。
「おい、貴様等! おしゃべりはそこまでだ。 残り十秒……ワシの合図と共に一気に行くぞ!」
そう言うと、フリークはカウントダウンに入る。
「5…4…3…2…1…今だッ!」
その合図と共に三人は銃を片手に、一斉に飛び出した。
三人は銃を乱射させながら目的の船に真っ直ぐ一直線に走りこむ。
「いたぞッ! こっちだっ……ぐわッ!」
「クソッ……うわッ!!」
船の出入口を守っていた二人の隊員は、フリークを始めとする三人の集中砲火により、あって言う間に倒される。
だが、その攻防によって、他の隊員達に自分らの位置があらわになってしまった事は言うまでもない。
もちろん周りに配置する隊員達は、そんな彼等を見逃すハズもなく、各照準が一斉に上がる。
だが三人は、そんな事はどうでもいいという様に、ただひたすら船を目指して走り続けた。
隊員達の銃口はフリーク達に集中する。
そしてその狙いが定まり、銃のトリガーが今引かれようとした……その時であった。
突如、大地を揺るがす衝撃と爆音が隊員達を含め、辺り一帯に襲いかかったのだ。
「な、なんだッ!!!?」
突然の出来事に各隊員から悲鳴が騰がる。
「く、くそォッ!! 貴様ら、一体何を……ッ!?」
この爆発は隊員が言うように、フリークが施した時限式細工の一つであった。
関内にあるエネルギー炉の一つをプログラムによって超過圧を起こさせ、それにより自爆させたのである。 もちろん爆発はそれ一つだけに収まらず、近くに在る装置類も、それを起爆に次々と連鎖的に爆発を起こしていた。
隊員は揺れる大地に足元を取られながらも片手を床に付け、両足を踏ん張り、逃亡する三人を強く睨みつける。
「くそォ! 絶対に逃がすなッ!! 撃てェェェッ!!」
その激が飛ぶと同時に、隊員達の嵐の様な一斉射撃が始まった。
彼等が撃ったビームは、三人の脇や肩口をかする様に通り抜ける。
「チィッ! さすがにキツイぜッ!!」
長身の男は全力で走りながらそう呟いた。
隊員達の一斉射撃もそうなのだが、彼が言ったその意味は、船までの残りの距離の事を指していた。
本来であれば爆発の混乱に紛れ、もっと船に近づいた所から一気に奪い取る手筈になっていたからだ。 事が作戦通りに行っていれば、もっと楽に行けた筈なのである。
しかし、今はアクシデントによって、逆にリスクを負った強行手段となってしまっている。
今この状況を運が無いと言えばその通りなのだが、全て無いのかと言えば……実はそうでもなかった。
爆発による建物全体の揺れが予想以上に大きく、その揺れによって隊員達の射撃の命中精度が極端に下がっていたのだ。
今も雨の様なビームが三人を次々に襲って来てはいるが、実際その一発も当たってはいない。
息も切れ切れに、ただひたすら真っ直ぐに走り続ける三人……。
「よし、あと少しだッ! このまま一気に──」
長身の男がそう言葉を発したその瞬間であった。
残り10メートルちょっとという所で突如体勢を崩し、走る勢いそのままに前方向へ吹き飛ぶ様に大きく転倒したのだ。
「ア、アニキッ!?」
小太りの男が急いで駆け寄り長身の男を見ると、脚の一部がレーザー熱によって黒く焦げ、その部分の衣服が血によって赤く染み出していた。
小太りの男は直ぐさま、周りの隊員達を銃で牽制すると、脚を投げ出す様に倒れている男へ手を差し延べた。
「アニキッ! 早く肩を……」
「──うるせェッ! どけェッ!!」
しかし男は、その手を勢いよく横に払いのけると、脚の痛みに顔をしかめながらも自力で上体を起こし立ち上がる。
そして痛む足を引きずりながら、船へ転がる様に飛び込んだ。
そんなアニキの行動に小太りの男は唖然と立ち尽くしてしまった。
だが、直ぐに長身の男から激が飛ぶ。
「何やってんだッ! ボケっとしてんじゃねぇ! 急いで出航すんぞッ!」
「……ッ! !」
「 ヘ、ヘイ……ッ!!」
男はハッと我に返ると急いで船に駆け込んだ。 そして同時に、直ぐさま閉開スイッチに手を触れ、外から死角になる船の内壁に背中を合わせた。
扉は直ぐ様ス−ッと静かに閉まり、外部との雑音を遮断する。
それにより船内は先程までの喧騒から打って変わって静まり返り、三人の荒い息遣いだけがその場を支配した……
その後、一同は大急ぎで出航準備に取り掛かり、船の起動に成功する。
船体は音無くゆっくりと垂直上昇すると、そのままフッとその姿を消した。
超空間航行へと移行したのである。
〈つづく〉
ドラえもん最終回『Trace of memores~思い出の軌跡~』(9)