ドラえもん最終回『Trace of memores~思い出の軌跡~』(7)

Trace of memores(7)


あれからどれくらいの時間が経っただろうか……


気が付けば、のび太はベッドの上に横たわっていた。


……たしかあの後、みんなと乾杯をして、料理を食べて、ハイミの自慢話を聴いて……そしてそれから…………


のび太は酒酔いのせいか、ぐるぐる回る頭で必死に記憶を辿ってみるが、思考がまったく働かない。


それどころか、頭がガンガンと痛み気分が悪い……


すでに考えるのも面倒くさくなっていた……


身体をベッドに委ね、ゆっくりとまぶたを閉じる。


今はただ、このままゆっくりと休みたかった……






「のび太さんスゴイわ!」



「何のこと?」



「だってスゴイじゃない! 恐竜を卵から孵(かえ)して育ててしまうんですもの」



「ああ、そのこと。 あの時はスネ夫達に自慢されたのが悔しくて……」



「それにペガやグリ、ドラコまで育てたわ」



「でもそれはドラえもんの道具のお陰だけどね」



「僕は何もしていないよ。 僕はドラえもんが居なきゃ何も出来ないから……」



「そんな事はないわ。 今だってドラちゃんを直す為に一生懸命勉強して頑張ってるじゃない!」



「うん。 でも何でその事をしずかちゃんが……?」



「もちろん知っているわ。 ドラちゃんはわたし達にとっても、大切な友達ですもの」



「でも、どうして正直に話してくれなかったの。 ドラちゃんはあなただけのものではないはずよ!」



「しずかちゃん?」



「そうだぞ、のび太! お前は何様のつもりだ!」



「ジャイアン!?」



「のび太の癖に出来もしない事を一人で出来ると思ってる所がのび太だってんだ!」



「スネ夫!」



「ひどいわ、のび太さん! 私達に嘘をついていたなんて……」



「別にそういうつもりじゃ……」



「みんな、もう行こうよ! ボクらにウソを吐くのび太なんか友達でも何でもないし!」



「見損なったぜ、のび太!」



「のび太さんなんかキライよ! もう私達に付きまとうのやめて欲しいわ!」



「ちょっ、ちょっと待ってよ! ねぇ、ジャイアン! スネ夫、しずかちゃん!!」



「ねえ、みんな! ゴメンよォ! だから……!」



「ねぇ! お願いだから僕をおいてかないでよォォォッ!!」



「みんなァァァーーーーーーーッ!!」







「……ちゃん…………ノビちゃん……」



(……ん?……だれ? この呼び方は……ママ?)



「ノビちゃん、起きて! もうお昼よ!」



(う……ん……ママ、あと5分………………)



「……ッ!?」



「お、お昼ッ!?」



のび太はガバッと勢い良く跳ね起きた。



「た、大変だ! 学校、遅刻だッ!!」



のび太はベッドから飛び起きるなり、枕を片手に室内を右へ左へとバタバタ駆けまる。



「何を言ってるの? 今日はアカデミー休みよ?」



その言葉にのび太の動きはピタリと止まる。



「休……み……?」



「そうか……今日は休みだった……」



大きく息を吐き出し、フゥと左手で額の汗を拭った。


ベッドにゆっくり戻りながら枕元の場所に手を延ばし、そこに置いてあったメガネを拾いあげると、部屋をゆっくり見渡した。


そこはアメリカ生活を始めてから今日まで、ずっとのび太が住んでいる見馴れた部屋であった。


二日酔いに痛む頭を押さえながらも、いつの間に自分のマンションに帰って来たんだろう?と、少し頭をかしげる。


のび太には昨夜の記憶が、ある部分からスッポリと抜け落ちていた。



「うふふ、ノビちゃんのそそっかしさは相変わらずね。」



「!!!!」



自分のすぐ脇下から突然聞こえて来た声に、のび太は驚き飛び上がった。


実際、突然と言っても、その声とはさっきからヤリ取りしていた声なのだが、寝ぼけていた為か、のび太の耳には聞こえつつも頭に入っていなかったのである。


のび太はゆっくりと声がする方向へ視線を向ける。


そこにはベッドの傍らにしゃがみ込み、両手で頬杖を突きながら楽しそうにのび太を眺めている女性の姿があった。



「あ、あああ……青葉さん!?」



たしかに、そこに居るのは青葉ノン子であった。


のび太は部屋を間違えたのかと周りをキョロキョロと見回すが、間違いなくこの場所はのび太のマンションの、のび太の部屋である。



「な……なな???」



なんでここに?と言おうとするが、余りの驚きに言葉が続かない。


そんなのび太をよそに、彼女はサラリと言う。



「ノビちゃん、ランチの用意が出来てるから一緒に食べよ。 まあ、わたしもさっき起きたばかりだからランチと言うよりモーニングだけどね」



彼女はうふふと微笑みながらそう言うと、スッと立ち上がり、冷めない内に早く来てね、と言葉を残し寝室から出ていった。


部屋に一人残されたのび太は状況が把握出来ず、ただ呆然と固まっていた。


余りに突然の事に思考が回らない。


だが、回らないなりに必死に考える。


今、彼女が自分を起こしてくれた様で、その彼女が朝食も作ってくれたようだ……。


一緒に食べようとも誘われた……。


彼女の態度が昨夜と比べて180度変わり、不思議と優しかった……。


そして何より不思議なのは、彼女が『この部屋』に居たことだ。


このマンションは全てオートロック式で、勝手に入って来ることなど出来ないハズである。


さっき起きたばかりだと言っていた彼女の言葉からも、ここに一晩泊まったということは間違いなさそうだ。


のび太は頭をガシガシと掻きながらも思考を廻らせ、昨夜の事を思い出そうとするが、結局何も思い出せず、ただ空きっ腹がグーと鳴るだけであった。


のび太はこのままらちのあかない思考に更けっても余り意味がないと判断し、取り合えず今は朝食を摂る為にリビングに向かうことにした。





恐る恐るゆっくりとリビングの扉を開くと、コーヒーの香りがフワリとのび太の鼻に広がる。


テーブルの上には、彼女が言うように二人分の料理が並んでいた。


ただ料理といっても、昨晩のパーティの様な手の凝んだものではなく、パンにスープ、目玉焼きにサラダといった一般的なモーニングセットだ。


スープもまだ、ゆらゆらと湯気が立ち上がっており、とても美味しそうである。


そしてその席の傍らに、両手でカップを包み込む様に持ち、コーヒーを楽しんでいる彼女の姿があった。


そんな彼女の姿は、部屋の雰囲気に妙に合っていた。



「や、やあ。 おはよう……」



「あ、おはよう! ノビちゃん」



まだ、少しぎこちないのび太の挨拶に対し、彼女からは明るく元気な笑顔が返って来る。


彼女の笑顔は、不思議と見ているこっちまでも元気になってくる様な好感の持てる笑顔だ。


彼女は決して、ムリに自分を着飾ったりしない。 自分に正直なタイプなのか、とても自然である。


そんな彼女を見ていると、さっきまで驚き、悩み、ドタバタしていた自分が馬鹿らしく思えてくる。


実際、彼女がここに居るからといって、何か有ったというわけではないのだ。


確かに、昨夜の記憶が無いのは多少気にはなるが、いずれ直ぐに思い出すだろうと頭を切り替え、何時までもぐだぐだと考えるのを止めることにした。


余り細かい事は気にせず前に進める所などは、良くも悪くものび太の良い部分のひとつである。



「やあ、とても美味しそうだね」



のび太はそう言いながら笑顔で席に着く。



「うふふ、ありがと。 でも、ノビちゃん来るの遅いからコーヒー冷めちゃったよ? 淹れ直すね」



そう言って席を立とうとする彼女をのび太は軽く制した。



「ううん、大丈夫。 どうせなら、コレに氷を入れてアイスコーヒーにするよ。 今日もだいぶ暑そうだしね」



そう言ってのび太はゆっくり窓を見た。


既に外は日中ということもあり、強い日差しがサンサンと降り注いでいる。


そのお陰で室内もかなり明るくなっていた。


きっと外は目も眩む程の晴天なのであろう。


一応、直射が入って来ない様にレースカーテンを敷いてあるが、半分程開いた窓からは、かなり温かい風がカーテンをフワリと揺らしていた。


のび太は目玉焼きをパンに乗せ、それをひとかじりする。



「ねえ……一つだけ聞いてもいいかな?」



「ん?」



彼女はフォークでサラダを口に運びながら返事を返した。



「実はね、昨晩の記憶が余り無いんだ。 どうやって帰って来たのかも分からないんだけど……」



「そんなに飲み過ぎたつもりは無いんだけどなあ……なんだか二日酔いみたいで頭痛いや……」



そう言って頭を軽く擦る。



「あははっ! まったく馬鹿だよね! 全然お酒強くないのに記憶が無くなるまで飲むなんてさ!」



少し大袈裟に左手を頭に上げ、笑って話してみせた。


しかし彼女は、そんなのび太の態度とは裏腹に、少し驚いたような表情を浮かべ真剣な眼差しでのび太の顔を覗き見る。



「……あ、青葉さん?」



のび太はそんな彼女に少しタジろぐ。


彼女はジィーっと観察するようにのび太を見つめ、ポツリと呟いた。



「……やっぱり」



「やっぱり……?」



のび太は首をかしげる。



「さっきあなたを起こしに行った時、ノビちゃんの態度が少し変だなって思ってたんだ」



「そ、そうかな?」



「だって起こしに行った時、わたしの事を『青葉さん』って言ったんだもの。 そして今も……」



「?」



「だって……青葉さんは青葉さんでしょ?」



のび太には彼女の言っている事がさっぱり解らない。



「ねぇ、昨晩の事、本当に覚えてないの?」



「う、うん……」



「……本当に?」



「うん……ごめん」



「……」



彼女は言葉無く、なんともいえない複雑な視線をテーブルに落とした。



のび太は落ち込む彼女(少なくてものび太にはそう見えた)を見て大きく焦る。



「ごごご、ごめん!!」



「で、でもきっと直ぐに思い出すとんだ思うんだ! こう見えても思い出すのは得意…………でもないけど、多分覚えてるから大丈夫だと思うし、きっと──」



のび太は必死に言葉を繕う。


だが、そんなのび太の必死な努力もむなしく、彼女の肩は小さく震えだした。


それを見て更に焦るのび太は、手振り身振りで必死に言葉を続ける。



「ほ、本当に絶対だから知ってるよ!! 本当に──」



のび太は既に焦るを通り越して、半分パニック状態になっていた。


はっきり言って自分でも何を言っているのか分からない状態である。



「…………プッ」



そんな時、彼女は吹き出す様に笑いを溢した。


そんな彼女の反応にピタリと固まるのび太。



「あはははッ! ごめんなさい」



「あ、青葉さん?」



「本当にごめんね。 ただ、ノビちゃんがあまりにも必死だったから、つい……」



そう言いながらコロコロと笑う彼女。


のび太はそんな彼女を見て、正直ホッと胸を撫で下ろした。


自分のせいで泣かせてしまったと思い込んでいたのび太にとって、彼女の笑顔が見れた事に少し安心したのだ。



「なんだ、驚かさないでよ! 僕はてっきり──」



「──泣いちゃったと思った?」



彼女はそう言うと少し悪戯っぽい視線を向けた。



「ふふふっ。 私はそれくらいの事で泣いたりなんかしないわ。 なんせ私は元気だけが取り柄なんだから!」



そう言うと両腕を上げ、力こぶを作るような仕草を見せる。


そんな彼女の心底明るく振る舞う姿が、のび太にはとても好ましく感じた。



「でもね、全然大丈夫って分けでもないよ。 正直覚えてない事にショックを受けたのは本当だよ」



それを言われ、のび太はまた言葉を詰まらせる。



「だからね、忘れた罰として今日一日ノビちゃんは私に付き合うこと! それで今回は許してあげる」



そう言いながらコーヒーを一口つけ、軽くウィンクをする。



「それとも今日は何か用事でもあった?」



のび太は彼女の言葉に頭をブンブンと横に振って、手元にあるコーヒーを一気に喉奥へ流し込んだ。



(つづく)

ドラえもん最終回『Trace of memores~思い出の軌跡~』(7)

ドラえもん最終回『Trace of memores~思い出の軌跡~』(7)

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-12-13

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