ドラえもん最終回『Trace of memores~思い出の軌跡~』(6)

Trace of memores(6)


部屋に入ると、壁や天井に飾り立てられた色とりどりの色彩と、大音量で流れるポップな音楽がのび太を迎えてくれた。


部屋は意外と大きく、簡単なホームパーティをするには丁度良い広さだと感じた。


部屋の真ん中には大きなテーブルがあり、その周りの三方向をソファーが囲む様に配置されている。



「ほら、ノビィ! いつまでもそんな処でつっ立ってないで適当に座れよ」



「あ……うん、ありがとう」



ハイミは棚や引き出しと、何かゴソゴソと探し物をしながら言う。


のび太はそんなハイミの勧め通りすぐ傍に在ったソファーに手を置き、少し遠慮がちにゆっくりと腰を納めた。


目の前のテーブルには既に幾つかの料理が並べられており、湯気の立ち方から今用意されたばかりだと云う事がすぐに判った。


そのメニューは、チキンのソテーやポテトフライ、パンやスープにシーザーサラダなど、多種多様の料理が綺麗に盛付け並んでいる。


なかには寿司らしきモノまであった。


カリフォリニアロールと言うんだろうか、海苔は使わず具をライスだけで巻物状に丸め、それを均等に切り分けられた物だ。


他にも形は握り寿司だが、乗っているネタはステーキやマヨネーズサラダと要った、いかにもな寿司ばかりであった。


やはり食材を生のままで食べる事が余りないアメリカならではのメニューといった処なのだろうか……。


のび太は視線をテーブルから部屋全体へと移しながら、普段あまり見る事のない風景をゆっくりと見回した。


そんな中、ふとある事に気付く。



「あれ、そういえばブライアンは?」



ハイミに訪ねる。



「ブライアン? ヤツならキッチンに居んじゃねえか?」



そう言うとハイミは奥の部屋に通じる通路を示した。


確かにそう言われてみると、通路向こうの隣の部屋から笑い声が聞こえ漏れて来ている。


どうやらこの部屋と隣のキッチンは通路一本で繋がっている様だった。


のび太は何となしに席を立つと、キッチンの方に足を向けた。


だがのび太がキッチンに着くよりも先に、向こう側から両手に料理を持ったブライアンが現れた。



「おっと! どうしたんだい、ノビィ?」



のび太は通路内へ足を踏み込もうとした処で、角度的に丁度死角になっていた為か、のび太の突然の出現にブライアンは驚いていた。



「いや、何か手伝う事でもあるかなと思って……」



「なんだ、別にそんな事気にしなくてもいいのに。 それに料理もコレと後からマリアが持って来るので全部だからもう終わりさ」



ブライアンは手に持った料理をのび太に軽く見せテーブルに向かう。



「まあ、座りなよ。 それにそこに立ってるとマリアも驚いちゃうよ」



そう言いながらブライアンは料理をテーブルに並べ、ソファーに座りこんだ。


のび太もそんなブライアンに習って席に着く。


そして間もなくして、残りの料理を肩口に持ったマリアが颯爽とした足取りでキッチンより現れた。



「ハアーイ! ノビィ!」



マリアは軽くウィンクをすると、料理をテーブルに置く。


白くスラリと延びた指先から、馴れた手付きで次々とテーブルに料理が分けられていく。


マリアの家系は、ブライアンとはまた違って生粋の白人家系であり、ハイミとは幼馴染みである。


彼女の両親は企業家で幾つもの会社を経営しており、とても裕福な家柄にあった。


昔から好きなモノは何でも買って貰え、何かをやりたいと言えば二つ返事でやらせて貰えた様だ。


普通の人からみたら、誰もが羨ましがる生活であるが、彼女にしてみればそうでもないらしい。


元々しっかり者で自律心旺盛なマリアは、何でもやってくれるそんな環境があまり好きではないらしく、今はアルバイトをしながら一人暮らしをしている。


真っ白な肌と金色に輝くブロンドの長い髪、そして一際目立つブルーの瞳は妖艶な色気をかもし出し、顔立ち、スタイルとも完璧に整えられたその姿は、のび太にはとても同じ歳とは思えなかった。


もちろんその人気はアカデミーの内外問わず、特に男子からの反応はかなりのモノである。


だがマリアの理想が高いのか、彼女に言い寄る男共は事如く弾き返され、誰一人として彼女を落とした者はいない。


──ただ、ある者一人を除いては……。



マリアは料理を分けつつ、サラリと落ちてくる長い髪をうるさそうに耳後ろに託し上げる。



「それにしても、ハイミはまた居ないの?」



料理を手際よく盛り付けながら少し不機嫌そうに言う。



「今日はノビィも来てるし、多分また何時ものアレでも用意してるんじゃない?」



ブライアンは部屋に響くリズムに身体を軽く乗せながら答えた。


そんなブライアンの言葉にに、マリアは小さく首を振り溜め息を溢した。



「またぁ? もう……アイツは幾つになってもホントにガキなんだから!」



「ふふっ……まあ、今日はノビィも来てるし、テンションが高くなってるんだよ、きっと」



少し荒い口調のマリアをなだめる様にブライアンは言う。



「でもだからって──」



マリアがそう言いかけると同時に部屋の戸が開いた。



「ヤァ、お待たせ!」



ハイミは上機嫌な様子で両手一杯のケースと共にガチャガチャと音を立てて入って来た。


そしてそんな彼の後ろに人影があった。


それは金髪でショートヘアの女の子だ。


彼女はオドオドした様子で少しうつ向きつつも、チラリと視線を上げ室内を見渡す。



「こ……こんばんは」



その声は小さく、少しオドオドした感じであった。


そんな彼女に最初に気付き応えたのはマリアだ。 マリアは少し悪戯っぽい微笑みを向け、指を小刻みに動かして見せる。


彼女はそんなマリアの仕草を見つけると、固くなっていた表情から少し笑顔が溢れ、彼女もマリアと同じ様に指を小さく上げて応えた。


彼女の名前はルーシィ。


マリアとは昔からの知り合いで仲の良い親友である。


ルーシィは内気で人見知りする性格があり、余程気を許した人以外には余り笑顔を見せる事はない。


今居るメンバーも友達としては仲は良いが、実際彼女が本当に気を許せる者は多分マリアぐらいだけなのだろう。


強気なマリアに内気なルーシィ。 客観的に観ると相反した性格の二人だが、以外にも馬が合うようだ。



マリアは自分の隣をポンポンと軽く叩き、隣の席へ来る様に薦める。


だがルーシィは金色の髪を小さく左右にふるふる震わせると、その小柄な身体を右に一歩移動させる。


するとそんな彼女の後ろから、もう一人の人影が現れた。


栗色の髪の毛をポニーテールに結わえた可愛い女の子だ。



「皆さん、はじめまして!」



その声はルーシィとはまた違い、元気イッパイで弾ける様な明るい声であった。


そしてルーシィは、彼女の言葉を続ける様に紹介を始める。



「あの……紹介しますね。 私のクラスメートで、青葉ノン子さん。 彼女、私と違って気さくな性格だからみんなとは仲良くなれると思うの。 あの……みんな宜しくね。」



ルーシィはそう言うと少し遠慮がちに微笑んだ。



「もちろんだよ、ルーシィ!」



彼女のすぐ隣に居たハイミが最初に声を掛けて応える。



「オレはハイミ、ヨロシク! ノンコ!」



右手を差し出し握手を交わす。


次にマリアが続く。



「ハァイ! はじめましてノンコ! 貴女の話はルーシィからよく聞いているわ。 マリアよ」



「うふふ、私も貴女の事は良く聞いてるわ。 こちらこそよろしく、マリアさん!」



ノン子は元気よく返事を返す。


そして次にブライアンが手を延ばした。



「オレはブライアン……っとまあ、今更こんな挨拶は必要はなかったかな?」



ブライアンはノン子の右手を捕ったまま悪戯っぽくそう言うと、軽く肩をスクめてみせた。


そんな彼の態度を見てノン子はクスクスと笑いを溢す。



「ええ、そうね。 ブライアン・F・ファブリッシオさん!」



彼女は明るく笑ってそう応えた。


二人は既に見知った仲であり、ブライアンが昼間のび太に言っていたゲストとは彼女の事であった。


彼女は名前からも分かる様に日本人である。


アメリカに来てからここ数ヵ月、いまだに日本人の知り合いを持たないのび太の為にブライアンが用意したプレゼントだった。


もちろんこれからノン子もパーティに来るようになれば、のび太も気軽に来る様になるかもしれないとの意味合いもあるのだが……。



「それじゃあ、ノン子。 今度はこっちからも一人紹介するよ」



ブライアンはそう言うと、のび太の方に身体を開く。



「彼はノビィ。 留学生として今年からアカデミーに入学したオレ達の新しい仲間だ。 物理エネルギー特科を専攻していて成績優秀、運動音痴と当アカデミーの超有望株さ!」



満面の笑みを浮かべ、ジョーク混じりで紹介するブライアン。


そして、その言葉を横に居たハイミが拾う。



「そうそう! この間あったバスケの試合でも、オレのパスをモロに顔面で受けて、弾かれたボールはそのままリングへ一直線! 流石のNBA選手にも止められない?ノールック顔面シュートを打つノビィは、チームにとっても期待の新星ってところかな!?」



クックックッと笑いを堪えながら話すハイミ。



「ちょ、ちょっとハイミ……!!」



のび太は今ソレを言わなくてもと言わんばかりに大慌てで止めに入るが、時は既に遅く周りからはドッと笑いが沸き起こった。


怒りか、恥ずかしさの為か、のび太は顔を真っ赤にしながらハイミを睨み突ける。


そんなのび太にブライアンは、まあまあとなだめる様にポンポンとのび太の背中を叩いた。



「いやあ、悪りぃ悪りぃ! 少し言い過ぎた。 でもオレはお前のそんな不器用な所も含めて気に入ってるんだぜ!」



ハイミは少し悪乗りした事を軽く謝る。


だが今度はマリアがハイミに食ってかかった。


どうやらハイミの態度が気に入らなかったらしく、嫌悪の言葉を投げつける。



「ハイミ! いつもそうやって直ぐ調子に乗る癖、何とかしなさいよ! わたしはアンタのそうゆう所がキライなの!」



その言葉を聞いたハイミも少しカチンと来たらしく、言葉使いの悪いお前に言われたくないとばかりに言葉を返す。


売り言葉に買い言葉であり、お互いの言い合いは少しづつエスカレートし声が荒立っていく。


突然始まった二人の言い争いに少しびっくり顔のノン子と、二人を止めるべきかオロオロ迷うルーシィを余所に、ブライアンだけは二人のやり取りをサラリと流していた。



「ふふふっ! 別に気にしなくていいから! まあ、取り合えず座りなよ」



アレは二人のいつものコミュニケーションの一つだから気にしなくていいと言うように肩をスクめ、ノン子とルーシィをソファーに勧めた。


二人はブライアンの勧め通り長い方のソファーに並んで座り、のび太はノン子の右斜め前の一人掛けの席に着いた。


座って直ぐノン子と視線が合い、ソレを切っ掛けにのび太は改めて自己紹介をする。



「僕、野比のび太。 よろしく!」



のび太は右手を差し出す。



「…………青葉……ノン子です」



彼女は先程までの明るい態度とは裏腹に、意外にものび太への反応は冷めたかった。


のび太もそんな彼女の反応に少し違和感を感じつつも、そのまま話を続ける。



「ノン子さんは日本の人だよね? ずっとアメリカに住んでるの?」



「……ええ、幼稚園の頃にこっちへ来てからずっと……」



「へぇ、そうなんだ。 じゃぁ、アメリカ生活にも完全になれてるんだね。 すごいなぁ、僕なんか最近来たばかりだから右も左もサッパリだよ!」



アハハと笑いながら話をするのび太。


その後も東京を出てから今日まで、失敗談を面白可笑しく簡単に語るが彼女から笑顔が漏れて来る事はなかった。



(つづく)

ドラえもん最終回『Trace of memores~思い出の軌跡~』(6)

ドラえもん最終回『Trace of memores~思い出の軌跡~』(6)

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-12-12

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