ドラえもん最終回『Trace of memores~思い出の軌跡~』(5)

Trace of memores(5)


場所は変わりアメリカ、カリフォルニア南西部郊外。


そこはのび太の通う学園からバスで約一時間程離れた場所にあり、アメリカに引っ越して来てから現在、のび太が暮らしている小さくものどかな田舎町。


学園のある市街とは違い、昼間でも然程交通量は多くなく、小川や小鳥の鳴き声といった音色に自然の豊かさが溢れている。


ちょっとした小高い丘に登れば遠方に海が見渡せ、夜になれば空一面に星々が輝き、けして東京では見ることの出来ない素晴らしい風景が一望出来た。


ただ、今はまだ夕刻程の時間帯で空にはまだ星は出ていないが、赤い夕陽の光によって幻想的に染め上げられた古い町並みもまた、のび太のお気に入りの一つであった。


のび太の住むマンションは町のほぼ中央にあるバス停から徒歩3分程の場所にあり、通学するには好条件の場所にある。




のび太は定期を機械に通してバスを降りると、身体をほぐす様に腕を挙げなまった身体を大きく伸ばした。


そんなのび太に対し、バスは挨拶をするかの様にププッと一鳴すると、黒煙を吐きながら発車し始めた。


のび太もそれに応える様に軽く手を挙げて返すと、そのままアパート近くのスーパーへと歩を向けた。


最近ではマンションに帰る前に必ずこの場所に立ち寄り、夕食の食材などを購入してからマンションに帰るといった習慣が出来ている。


何時もは時間をかけてのんびり商品を見てまわるのだが、今日は軽く見回すだけして何も購入せずに店を後にした。


実は今日、ハイミの家で月に何回か行われるホームパーティに呼ばれているからである。


のび太はチラリと腕時計を確認すると少し足早で帰路に向かった。






チンッ



エレベーターで五階まで上がると、のび太はポケットからストラップの付いた鍵を取りだし部屋の鍵穴に差し込む。


部屋へ入るなり肩に掛けていた鞄をリビングのソファーに放り投げ、冷蔵庫から飲み物を一つ取りだすと、それを一気に喉へと流し込んだ。




この部屋の間取りは3LDKと、のび太が一人で暮らすにはかなり広すぎるマンションである。


本来、もっと安いアパートでもよかったのだが、日本と比べて治安が悪いアメリカだというで、最低限オートロックの付いた所にしてくれと両親たっての願いからこのマンションに住む事になったのだ。


実際、住み心地は悪くはない。


……が、やはりのび太一人には広すぎる為、部屋二つ程開かずの間となっている。



のび太はそのままリビングのソファーに身体を落ち着かせてみたものの、昼間の残熱からジンワリと汗が滲み出してくる。


じっとしているとその暑さが余計に強調され、否応なしに汗が額に流れた。


のび太は居てもたってもいられず、その重い腰を上げ窓際に移動する。


この部屋には一応クーラーなど冷暖房機具は完備されているが、節約の為極力使わない様にしているのだ。


軽く窓を開けると、外から入り込んでくる柔らかい風が頬を撫でる様に抜けていき、それが何とも心地良かった。



プップーーーッ!



しかし、窓を開けて入って来るものは、なにも風だけではない。


交通量が少ないとは云え、全く車が走っていない訳ではなく、町の喧騒といったものも少なからず入ってくる。



プップーーーッ!



のび太は何時までも鳴り止まないクラクションに、何気なく窓下を覗き込んだ。


するとそこには見慣れた車と人影が……



──ブライアンである。



「ハイ! ノビィ!」



ブライアンは車の窓から体を乗り出し軽く手を挙げていた。


のび太はチラリと腕時計に視線を落すが、時間はまだ六時を回ったばかりである。


約束の時間には少し早いとも思ったが、取り合えず手を挙げ軽く合図を返すと出掛けの準備もそこそこに、そのままマンションを出る事にした。





「やあブライアン、早いね」



のび太は軽く手を挙げ挨拶をする。



「まだ六時だよ? 少し早いんじゃない?」



「まあね。 ちょっと別の用事が在ったんだけど思ったよりもそれが早く終わってね」



ブライアンは両肩を軽く竦(すく)める。



「そんなことより、ノビィはもう出発しても大丈夫なのかい?」



「うん。 僕は大丈夫だよ」



「OK! じゃあ、少し早いけど行こうか。 乗りなよノビィ!」



ブライアンは助手席を親指で指し勧める。 のび太が車に乗り込むのを確認するとアクセルを踏み込み南へと車を走らせた。






ハイミの住む家は学園やのび太の住むマンションよりも更に南の海岸沿いにあり、のび太のマンションから車で約30分といった所にある。


二人は時間がまだ早い事もあり、ドライブがてら少し遠回りしながらゆっくりとハイミの家を目指した。




暫く車を走らせ数十分、気が付くとのび太達は何時しか海岸沿いを走っていた。


左側に広がる地平線は、海に沈んだ夕陽によってうっすらと光輝き、その上空にはきらびやかな星々が散りばめられている。


そしてその反対側にある町並みは丘の傾斜に建てられており、全ての家々が一望できる形になっていた。


海岸側から見るその灯りは、まるで丘の傾斜にちりめられた宝石の様に輝き、その美しさにのび太はしばらく見入っしまっていた。



「どうだい、ノビィ?」



「ん?」



「ここからの景色は最高でしょ? 昔からオレのお気に入りの場所なんだ」



そう言うとブライアンは嬉しそうに微笑む。



「……昔から? ここにはよく来たりするの?」



「まあね。 この町はオレの両親も気に入っていて、家族で住んでいたんだ」



「そうなんだ。 じゃあ今も……」



「う〜ん……今は誰もいないかな?」



「オレの父はね、この町でずっと仕事をしていたんだけど、ある事件に巻き込まれてしまってね……今は二人とも天国で仲良くやってる筈さ」



「でもだからといって、この町を嫌いになったりはしないよ! ここは両親が愛した町だし、オレもこの町が大好きだからね」



ブライアンは別に気にするなと言わんばかりに笑って見せる。


何時も陽気に振る舞うブライアンに、そんな過去が在った事にのび太は少し驚いた。



「……ごめん」



少しバツが悪そうに呟く。



「だから気にする事はないって! それに突然こんな話をしてしまって、逆に謝るのはオレの方さ」



「それに多かれ少なかれ、辛い過去なんて誰にでもある。 きっとノビィにだって辛い過去はあったろうし……」



のび太はそんなブライアンの言葉に、ドラえもんの事を思い出した。


ドラえもんとは血の繋がりが無いとは云え、家族の一員として過ごして来た仲だ。


それが何の前触れもなく突然欠別してしまった事は、のび太にとって本当に辛い過去であった。


あれからかなりの時間と年数が過ぎた今でも、まだ完全には立ち直れていない……。


しかし、だからこそブライアンの辛さが自分事の様によく分かる。


ましてブライアンの場合は両親であり、のび太のそれとは比べ様もなく辛かったハズである。


のび太はブライアンと比べて、自分の弱さを改めて認識する。



「……君は強いんだね」



「そんなことないさ。 それに……」



何かを言おうとして止めたブライアンの表情が、のび太には一瞬暗く曇った様な気がしたが、すぐにいつもの明るいブライアンに戻っていた。


その後はいつもの様に他愛のない話しに華を咲かせつつ、車はハイミの家へと向かって行った。






ハイミの家に到着したのは時計の針が7時を少し過ぎた頃。



「さあ、着いたよ」



そう言うとブライアンは車を路肩に寄せて駐車する。


ハイミの家は海岸沿いに在ると前もって聞いていたが、道路一本挟んで向こう側は本当に海岸となっていた。


車から降りると、海からくる波風と潮の香りがのび太の鼻をくすぐる。


眼前に広がる星と海の一大パノラマは、のび太の心を強く引き寄せ離さなかった。



「ノビィ、何してるんだ? こっちだよ」



そんなのび太の気持ちと裏腹に、ブライアンは建物の方に親指を立てる。



「あ……うん、今行く」



のび太は軽く返事を返すと、チラリと景色を見返えしすぐにブライアンの後を追った。




家のチャイムを鳴らすと数秒もしないで直ぐに扉が開いた。



「Hai、ハイミ!」



ブライアンはハイミと軽く挨拶を交わす。



「今日は君の愛しの彼をちゃんと連れてきたよ」



ブライアンはそう言いながらのび太の背中をポンと叩く。



「やっと来やがったな、コノヤロー!」



ハイミはそんなのび太の姿を見るや否や、笑顔で軽口を叩きコブシを突き出した。


のび太もそれに自分のコブシを合わせる。



「お前はムリにでも誘わないとホントに来やしないんだから!」



「お陰でお前の分の料理を代わりに食ってたルキがメタボになっちまうんじゃないかと心配してた処だぜ」



ハイミはそう言うと、のび太の後からのんびりとした足取りで入って来たネコを指差した。



「アハハっ! ゴメンゴメン」



のび太はそう言うと軽く謝りながらしゃがみ込み、入って来たネコの鼻元に手を差し出す。



「そうか……君が噂のルキ君だね、初めまして! 僕、のび太。 宜しくね」



しかしルキはそんなのび太の言葉も気にせず、目の前の指を嗅ぎ回す。



「ん? なんだ、その……噂のって?」



ハイミは不思議そうに答える。



「うん、実は今日ね、昼間にルキとジョンが僕に会いたがってるって話をちょっと聞いていてね」



のび太はブライアンと視線を見合わせフフッと笑った。



「なんだそりゃ!?」



ハイミは肩をすくめる。



「よし! それじゃ今まで君に迷惑掛けてしまった様だから、代わりに今日は僕が君の分まで食べさせて貰おうかな?」



のび太はそう言いながらルキの喉元を撫でる。


しかしルキはプイッとそっぽを向き、のび太を無視してスタスタと奥の部屋へ行ってしまった。



「ハッハッハッ! あの様子じゃ、今日の分だけじゃ許さないって感じだな!」



ハイミとブライアンは大きく笑った。


のび太は困った様に頭を掻く。



「まあいいや。 とりあえず入れよ、ノビィ! まだ全員集まってないけどな」



ハイミは首をクイッと軽く上げ、のび太達を奥の部屋へと案内した。




(つづく)

ドラえもん最終回『Trace of memores~思い出の軌跡~』(5)

ドラえもん最終回『Trace of memores~思い出の軌跡~』(5)

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-12-12

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二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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