忘れじの行末までは難ければ 今日をかぎりの命ともがな
不安が募る、彼女の話。
『絶対に、君のことは忘れないよ。』
そういってくれた貴方の言葉が、今でも頭の中で響いている。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
一目ぼれに近い恋をして、お互い、笑ってしまうほど四苦八苦しながら、やっと恋人同士になった私たち。周囲からの祝福がとても嬉しくて、彼と思いが通じ合ったことがとても嬉しくて。あの時程幸せに思った瞬間なんて、多分これから一生来ないだろうなんて思ってしまった。
「・・・ごめん。仕事の都合で、数年だけ海外出張に行くことになったんだ。」
それでも、運命は残酷で。幸せを噛みしめながら生きることは、叶わなかった。
「大丈夫よ、待ってるから。・・・だから、元気でいってらっしゃい。」
「・・・・本当にすまない。君も、元気でいてくれ。」
「当たり前よ。」
奈落の底に突き落とされたような感覚を押し殺し、『いい女』になりきって笑顔を作る。申し訳なさそうな彼を精一杯励まして、背中を押して。・・・私が泣くのは、後回しにした。
「一つだけ、宣言させてくれないか。」
「なに?」
「・・・帰ってきたら、言いたいことがあるんだ。だから、それまで待っててほしい。」
「・・・・えぇ、待ってるわ。」
鈍感じゃないから、言いたいことはなんとなくわかった。だって、私たちもういい年齢になるんだから。
お互い目を合わせて、そっと寄り添うように抱き合う。触れ合うだけのキスをして、目の前にある温もりを確かめ合うように、また抱き合った。
その翌日。比較的小さなアタッシュケースだけを持って、彼は母国を旅立って行った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
先日、彼から届いた幾度目かの手紙を見ながら、あの日のことを思い出す。抱き合った彼の温もりも、交わした口づけも、約束も、ちゃんと頭の中に残っているのに。
「・・・ホント、時の流れって残酷よね。」
新しいものを覚えるたび、少しずつ薄れていく彼との思い出。それと同時に、彼の中からも、私が消えてしまうんじゃないかと冷や冷やする日々。
「こんなことなら、彼に精一杯愛されていたあの日のまま、すべてを終わらせてしまいたかったわ。」
彼に愛されたまま、彼を愛したまま。そんな幸せな感情しか持たないまま時間が止まったのなら、どんなに幸せなことなのだろうか。
忘れじの行末までは難ければ 今日をかぎりの命ともがな
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