リナリアに乗せた想いの行方
淡い恋心を抱く、彼女の話。
気づけば、行き場を失っていた。私の感情。
店先で見つけたオレンジ色の花に乗せて、そっとポケットにしまい込んだ。
「いらっしゃいませー!」
午後13時半丁度。寸分の狂いもなく、毎日同じ時間にやってくるあの人。それが、私の初恋だった。
綺麗に磨かれたトレーを持ち、一人分の水入れたコップとお手拭を置き歩き出す。あの人が座っている机に近づくにつれて、どんどんと鼓動が早くなっていった。
「お冷失礼します。……ご注文はお決まりですか?」
『…あぁ、コーヒー1つと今日のおすすめケーキを頼む。』
「かしこまりました。」
整った顔立ちに少しクールさを漂わせた雰囲気、そしてキッチリ着こなされたスーツ姿。しかし、それに似合わず毎回…毎日頼むのは、一杯のコーヒーとケーキ一つだった。
「店長!いつもの二つセット、お願いします。」
『了解。あのお客さんよね?』
「はい。」
こんな日々が1か月も続いてしまえば、私たち店員にとっては慣れてしまうもので、注文内容をすべて言わずとも私と店長の間で会話が成立してしまう。
店長が冷蔵庫から作り置きしている今日のおすすめケーキを盛り付けているのを横目に、私はコーヒーを注ぐ。真っ白なカップに黒い液が流れ込むコントラストに、少し目を奪われてしまった。
『ケーキできたから、早く持って行ってあげて!』
「はい、わかりました。」
店長に渡されたケーキの皿と先ほど注いだばかりのコーヒーを、同じトレーに乗せる。そして私は、店長から見えない位置で、ポケットに忍ばせていた花をそっとケーキの上に乗せた。
「お待たせいたしました。コーヒーと、本日のケーキになります。」
『…この花は?』
「………ケーキに合うと思い、店長が付け足してみたらしいですよ。花の名前は知りませんが。」
それだけ言い、高鳴りっぱなしの心臓を落ち着かせながらその場から去る。そして、店の裏側に戻った瞬間に真っ赤な顔を隠して座り込んだ。
『……で?この花は本当にお前が入れたのか?』
「いやだ、私がそんなロマンチックなことをするとでも?」
昼時の時間が過ぎ、人がまばらになった店内。一人の少女が消えた後、入れ替わるようにして店内に少し背の高い女性が現れ、一人の男性客と談笑し始めた。
『地球が崩壊しても、思わないな。』
「あら、酷いわね。……それにしても、リナリアなんて…あの子も隅に置けないわねぇ。」
『この花はリナリアというのか?』
「…そんなことも知らないの?」
『生憎、そっち方面はサッパリなんでな。』
「リナリアはね、色んな色が合って色彩鮮やかな花なのよ。時期は…5~6月くらいだったかしらね。」
『……で、なんでその花がここに乗せられているんだ?』
「さぁ、それくらい自分で考えなさい。この朴念仁。」
『朴念仁……?』
ふふっ、と悪戯をしたような笑みを讃えて、ヒールをカツカツと鳴らしながら店内から去っていく女性。そうして、間もなく裏方の方に消えていった。閑散としたその場に残ったのは、一人の男性の疑問だけだった。
「リナリアの花言葉は、私の思いを知ってください。」
それはまるで、たくさんの色にほんの少しの純粋な恋心を混ぜたような、可愛らしい告白。年端もいかない少女の、精一杯の選択肢だった。
リナリアに乗せた想いの行方
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