雨とともに
外では気が滅入るような暗雲が立ち込め、窓に雨が激しく打ち付けている。
夕食は既に食べ終え、俺は完璧に暇を持て余していた。チャンネルを回すもいい番組はなく、DVDを借りに行くにも雨が煩わしい。結局、ソファーに寝転がりアクセサリー雑誌を読むことにした俺の耳にピンポーンと間の抜けた音が聞こえた。
両親は旅行、姉はチャンスとばかりに彼氏の家に泊まりに行き、広い家に俺は一人。必然的に俺が出るしかなく重い腰を上げて玄関に向かう。こんな雨だ。来訪者など来るはずがない、どうせ宅急便か何かだろう。そう思ってドアスコープを覗いた。
ーー刹那、俺は弾かれるように扉を開けた。
「おいっ、どうしたんだよ聡!」
この雨の中傘も差してない聡を慌てて中へ引きずり込んだ。灰色のジャージ姿でビショビショの彼は俯いたまま顔を上げようとしない。急いで洗面所からタオルを持ってきて頭を軽く拭いた。されるがままの彼の姿に言いようのない不安が胸をよぎる。
「とりあえずお前風呂入って来い。着るもん貸すから」
そう言った俺は、微動だにしない聡を無理矢理風呂に押し込んだ。
いつもならぎゃーぎゃー文句を言う奴はまだ一言も喋らない。ただ俯いているだけだ。あり得ない、全くもって奴に何があったんだか、大丈夫なのか。着替えやタオルを用意しながらそんな風に思考を巡らしている間にガチャリ、と風呂を上がる音がした。
温かいココアをマグカップにいれ、風呂を上がった聡の前に置く。そして俺も聡の隣に同じようにソファーに座った。俺の青いパーカーは少々大きかったらしく、指先はほとんど見えず、日頃テニス部で鍛えられている身体を覆い隠していた。
そして自然と訪れる沈黙。どうしようか頭を悩ます俺に奴は小さく呟いた。
「俺、兄貴と片親違うらしい」
「……まじで?」
「さっき母さんに言われて、思わず家飛び出してきた」
聡と8歳離れた兄、満さんは誰もが認める位のイケメンな社会人だ。それを言ったら聡も十分格好良いのだが、2人は吃驚するほど系統が違う。聡は中性的なのに対し、満さんは男らしい格好良さだ。どうしてこうも兄弟で系統が違うのかと最初会った時は驚いた。どちらにしろ妬みたくなるほど格好良いからそんなことすぐに忘れていた。
「そんで俺、兄貴と異父兄弟って知ってさ、思ったんだよ……」
不自然に切れた台詞に続きを待つ。いつもならギャーギャー騒いでいる奴が静かなのに、俺はそれほどショックを受けたのかと慰めるように頭を撫でた。そして掌が持ち上がる感覚と同時に、俯いていて見えなかった顔がパッと上がる。
「やっべええええええ! 俺マジ漫画のキャラっぽくね!? って!!」
「……は?」
何を言い出すんだこいつは。
いきなり態度の変わった聡に目が点になる。そんな俺を気にするはずがなく、立ち上がり、興奮したように続けた。
「それ聞いたら、もう居ても立っても居られないなくて。まじ誰かに話したくって、叫びたくなっちゃって。もー、そんで真面目な顔して話してた母さんには、あんた大丈夫? なんてドン引きされてさー。取り敢えず、彰いつも暇そうだし家行ってみるかって思って家飛び出してここ来たわけ!」
ああ、清々しいほどにいつもの聡だ。そうだよこいつはこういう奴なんだ。うん、わかっていたさ。わかっていたけど、なんだ、このやるせない気持ち。
つまりまとめてみるとこうか。満さんと異父兄弟だと知ってショックを受けたわけでもなく、ただただ興奮して誰かに言いたくてそのまま傘も差さずにここに来たというわけか。
まじくだらない。
異様なほどにキラキラ輝いて見える笑顔に頭が痛くなった。
「へぇ。で、今の感想は?」
俺の冷たい視線を物ともせず、目をぱちぱち瞬かせてから一言。
「俺今超楽しい!!」
ついでに泊まらせて!
なんて付け加えられた暁には拳骨で一発食らわせてやった。図々しいにも程がある。それでも俺はこいつを泊めるんだろうけど。この雨の中を帰すのに気が引ける、ただそれだけだからな!
本当にもう、俺の心配返せよ。
雨とともに