絶対☆下剋上

絶対☆下剋上

運動抜群、成績優秀、生徒会長の斉藤と、いつも斉藤に負け続きのりん(赤月 りん)
0勝96敗の歴史をもつりんは斉藤を倒そうとあがくが、どうやっても一向に勝てない。
99敗目の時、ついに最後の勝負だと体育祭でのリレー戦を挑んだ。
はたしてりんは100敗となってしまうのか、それとも奇跡の一勝を手に入れるのか――

「うおおおおりゃあああああっ!」
 渾身の力をこめて、足を高く前へと突き出す。狙いをさだめ、今までの怒気と努力のすべて集めて蹴りを繰り出した。
 しかし目の前の人物は背後を襲われたにも関わらず、すらりと紙一重で横にずれる。目的物をなくして宙に浮いたままの足は、前へ体を引っ張って床に撃ちつけた。
「いったあっ!」
 冷たく固い廊下に派手にずっこける。肘と下半身がすこし動いただけでも悲鳴を上げそうだ。
「避けるなよ、この眼鏡野郎っ!」
 飛び掛かったりんは、痛さでまだ立てずとも目つきだけは鋭くして目の前の男、生徒会長の高柳を睨んだ。しかし男はまったく動じず、眼鏡を掛けなおす。
「避けるななんてほうが無茶ですよ、赤月さん。人間には反射というものがあって、危険などを感じたら脳に電波が送られるより早く運動神経が動くのです」
 科学的な解説を説く男に、りんは言葉を遮るように立ち上がった。
「うっせー! そんな澄ました顔しやがって……だから眼鏡オタク野郎なんだよっ‼」
「俺は眼鏡をかけていますが、オタクではありません。毎度言っているのに学習しない脳ですね。本当に脳みそが入っているかも怪しいところです。しかも女の子が飛び蹴りって……」
「なっ……女の子って言うなあー!!」
 懲りずにりんは拳を繰り出すが簡単に受け止められて一歩引き下がった。顔が熱い。
(またこいつ、あたしを女の子扱いしやがった!)
 昔からこの短気で暴力的な性格が祟って男気溢れる子に育ってきたので、女の子扱いされるのは慣れてない。
「次こそ倒してやる、覚悟しとけよ!」
 負け犬の遠吠えごとく、ぎゃあぎゃあと廊下で騒ぐ不良めいた少女を冷静・客観的な生徒会長が相手する、そんな場面を目の前に観客側は全員そろって思う。

『ああ、また始まったのか』
 と。


「懲りずに今日も生徒会長と喧嘩したの? 0勝96敗おめだとう」
 呆れ半分、すりむいた頬へばんそうこを貼る友人に、りんはむっとした顔で首を振った。
「喧嘩じゃない、奇襲だ」
「……突っ込むのはそこなのね」
 頬をさすりながらお気に入りのいちご牛乳を口に運ぶ。ストローを吸うと甘い香りが口の中に広がった。
(96敗かー……)
 今までの戦歴を空を振り返る。
 始めの頃は堂々と本人の目の前へ挑みに行ったが、最近では真正面では勝てないことを学んだので襲うように隠れて飛び出していくようになった。だがどんなに上手く背後や頭上を狙えたとしても、あと一歩の所で打ち返されてしまうのだ。
「あれだけやって一勝もできないほうがすごいと思うわ。あ、これ褒め言葉よ? そんなにむくれないの」
 友人のくせして毒つく百合架にりんはさらに頬を膨らませる。それにくすりと笑ってメロンパンを差し出した。
「ほらこれで機嫌治して。むしろあんたが喧嘩吹っかけてる間に買ってきてやったんだから感謝してほしいぐらいだわ」
「いつもありがとございます」
 りんの大好物だと知っていながら見せびらかす百合架にばっと頭を下げる。よろしいという言葉と共にメロンパンが手渡された。
「さて、今日の夕方は雨が降るっていう予報だけど……まだやるの?」
「もちろん!」
 怪訝な顔をした百合架にメロンパンを頬張りながらグッチョブサインを出した。


「おらーどけどけどっ! どかないと巻き込むぜ。今日こそ倒してやる―っ!!」
 驚いた顔で振り返る生徒を前に真っ直ぐ突っ走る。目標はたった一人、今にも校舎を出ようとしている高柳だ。
「おらっ」
 下駄箱までたどり着くと靴も履かずに傘を地面へと突き立て弾みをつける。
「覚悟ーっ!!」
 空中へと勢いをつけて飛ぶと猫のようにしなやかに前方へ踵落としをお見舞いした。
「五月蠅いです、赤月さん。それと傘を振り回さないでください」
 今の今まで振り向きもしなかった背中が後ろを向き足をぐいっと引っ張る。抵抗もできずに引っ張られるとぎゅっと確保された。
「――なっ! 離せ変態いいいいーっ!!」
 抱きしめられていることに気づき持っていた傘を真下へと振り下ろす。しかしそれも簡単に握りしめられ、なすすべをなくした。
(なんなんだ、この状況!? 腕でがっちり押さえられてて離れらんないし、しかも高柳が近いっ)
 あわあわと目を見開いて痙攣しそうになっていると、頭上からくすりと笑い声が降ってきた。そっと高柳が耳元に口を寄せる。
「あれ反撃終了ですか? まるで借りてきた猫のようだ。こうすれば大人しくなるんですね、水玉パンツさん」
 からかいを含んだ低い声をいつもより近距離で聞いて、りんの頭はついに破裂した。
「くたばれ変態野郎っ!! 私に今後一切近づくなーっ! 半径一メートル以内に近づいたら速攻でおねんねさせてやる」
 足を思いっきり踏みつけるとしゃがみ込んで腕の檻を抜ける。そのまま校舎へと走り去った。


「水玉……パンツ見られた…………」
 屋上でがくりとうなだれる。まだあの時の腕の感覚が残っていて熱が収まらず妙に胸がうずいた。
「うあああああああ」
 変なうめき声をあげて髪をぐしゃぐしゃとかきむしりながらその場に倒れる。
 いつもより色めいた声、細身ながらしっかり筋肉のついている腕、高柳の知らなかった部分を知ってしまった。
 もともと高柳はかなり整った容姿だ。深い海を思わせる紺の瞳にストレートで長めな髪、あまり笑わない性格だからか、たまにに微笑すると黄色い悲鳴が上がる。
 勉強は首席で常に冷静な彼は生徒会長になるにふさわしい人材だった。
 自分とは大違いだ。
 自分が自慢できるのなんて170はある身長と腰まで伸びたこの長い髪ぐらい。
「最初っから負けてんのかなー……」
 寝転がりながら空を見上げるとポツリと頬に何かがあたった。水滴だ。
「ああっ雨がふるんだっけ!?」
 そう思った瞬間、かなりの勢いで降ってきた雨に身を跳ねるようにして起こし急いで校舎へと戻った。
「此処にいたのね、りん。探したわよ」
 屋上の扉を閉めると百合架が鞄を持って階段を上がってくるところだった。そういえば一緒に帰る約束をしていたのだった。
「ごめん、待たせた。今鞄とってくる……」
「――持ってきてるわよ」
 ほらと差し出されたリュックサックは確かに自分のものだ。普段平気で毒づいたりいじめてくるが本当は優しい。
「さっ行くわよ、ドーナッツ屋さん。早くしないと一日三十個のストロベリーホイップリングがなくなる!」
 めずらしく急かした様子の百合架に腕を引かれると何かを思い出したように振り返った。
「そうそう、もしこれでドーナッツ売り切れてたらあんたのおごりでやけ食いするから。こんな遅い時間になったのもりんのせいだしね」
 やっぱり『優しい』なんて言葉は撤回だ。
「ええっ!? やけ食いって百合架、結構食べるじゃん……」
 細いくせしてかなりの量を食べる百合架に恐怖を覚えたが「ごちゃごちゃ言わないの」と諭され、どうか売り切れていないことを願うばかりだった。


「おらおら、小テストで勝負しやがれっ!」
 高柳の机の前に仁王立ちしてりんはばんっと机を叩いた。本から顔を上げる高柳に得意げな顔をする。
 次の授業は歴史の小テストが行われる。勉強はからっきし得意ではないが、なぜか歴史だけは人一倍できた。それもこれもきっと幼い頃、強くてかっこいい武将たちに憧れてきたからだろう。いわゆる歴女と言ったところだ。
「なんだ、あたしに恐れをなして逃げるつもりか? けっこれだからいまどきの草食男子は……昔の肉食系の武将達を見習えってんだ」
「……俺、まだ何もいってないんですけど」
 一人で盛り上がるりんに呆れた眼差しを向ける。しかしりんは鼻歌でもしそうな生き生きとした表情で「とにかく勝負だからな!」と言い残し席へと戻っていた。

「昨日のテスト結果を発表するー」
 歴史のおじいちゃん先生の一言で教室がざわついた。「歴史とか覚える必要ないだろー」とか「あそこ間違っちゃってさあ」という声を横で聞きながらりんは口元を緩めた。
(かなり手ごたえはあったし、100点いくかも……!)
「まず満点の奴から発表するぞー。100点……――赤月」
「はいっ!」
 力いっぱい立ち上がってテストを受け取る。ついに勝利の時が来たと思うとにやけ顔が止まらなかった。
「だが今回はさらに上の奴がいた。102点……――高柳」
「ええっ!?」
 驚いて高柳のテスト用紙を見ると確かに『102』の点数がある。
「どういうことなんだよ、このテストは100点満点でしょ!?」
 教師ということを忘れて食いかかるとのんびりした声が返ってきた。
「いやあそれがね、高柳の答案には年表までびっしり書かれてて、これは追加点ありかなって思ったんだよ。ごめんね」
 てへっと髪のない頭をこづくようなしぐさをする教師にりんはがぱっと口を開けた。
「そんなあほな……」
「昨日の傘の騒動も含めると98敗目ですか?」
 少しだけ笑みを含んだ高柳の言葉に、りんが鉄拳をくりだし、しかし高柳はそれをあっさりと交わしてしまったのは言うまでもない。

「早食い競争だ、こんちくしょー!!」
 食堂にりんの声が響き渡る。高柳の目の前に特大カレーライスを置いた。テストでまさかの敗北にどんな手段でもいいから勝利しようという気持ちが生まれたのだ。
(絶対勝つ!)
 面白そうに見守る百合架を横にりんはスプーンを手に持った。
「このカレーはあなたのおごりですか?」
「まあな、それより早く始めるぞ!」
「では遠慮なく、ごちそうになります」
 もうりんの無茶ぶりには慣れっこなのか高柳もスプーンを手に取る。
「じゃあ……――スタート!」
 百合架のかけ声を合図にりんはカレーライスを口の中に突っ込んだ。もう年頃の乙女とは言えない大口だ。
 口いっぱいにカレーライスを頬張り、みるみるうちにたいらげていく。後一口、そんなとき手を合わせる音が聞こえた。
「ご馳走様でした」
 スプーンを置いて礼儀よく手を合わせる高柳にりんはカレーライスを食べるのやめて見上げる。ものの一分でたいらげたというのか。しかしそんな早食いをした様には見えないほど皿は綺麗で上品なしぐさだ。のちに高柳の早食いは学校の伝説としても語り継がれることになるのだった。


「99敗おめでとーう!」
 拍手しながら笑顔の百合架を見つめてりんは「こいつは本当にあたしの友人か?」と一瞬疑った。友達が負けて悔しんでいるのに喜んでいるのだ。
「いや、本当あっぱれよ。あんたのあきらめの悪さが99敗という大事を成し遂げたのね。100敗まであと少し、ガンバ!」
 本気で楽しんできている百合架に恨みさえ芽生えてくる。
「少しは『大丈夫、きっと勝てるよ』とか励ましてくれないの?」
「何言ってんのよ。そんな夢みたいな事言って期待させるの悪いじゃない。なら現実を見てほしいっていう私の優しさよ」
「夢みたいな事って……」
 百合架が励ましの言葉をくれるなんて思っていなかったけれど、それよりもダイレクトな言葉を受け取ってしまった。
 彼女はこうゆう友人なんだと認めてあきらめるしかない。
「でも100敗だけはしたない」
 珍しく思いつめた顔をしたりんに百合架は首をかしげた。
「99敗も100敗もそんなに変わらないじゃない。そもそもなんでりんは生徒会長へ喧嘩を吹っ掛けるようになったの?」
「それはね……」
 りんはごくりといちご牛乳を一飲みした。
「私の――メロンパンを踏んづけたからよ!」
「へ……?」
「私がまだ入学したての頃、購買でメロンパンを買ったとき落としちゃったの。慌てて拾おうとしたんだけどその時あいつがメロンパンを踏んづけやがって……!」
「それってただ、あんたが落としたのが原因なんじゃ……」
「何言ってんのよ!? 足元に不注意な高柳が悪いのよ! 後から謝られたし代わりのメロンパンも貰ったけど、やっぱり食べ物の恨みは収まらなかったわ!」
「代わりのメロンパンを貰ったんなら許しなさいよ!」
 百合架がぺしっとりんの頭を叩いた。しかしりんは唇を尖らせる。
「えーでもー、メロンパン踏んづけたんだよ!? 語るも涙、聞くも涙の悲劇でしょ!」
 その言葉に百合架は心底呆れたように大きなため息をつく。
「……会長も不憫ね。なんだか可哀そうになってきた」
 そんな言葉は今だ当時の状況を熱烈に語るりんの耳には届かなかった。


「100戦目の対決、それは……リレー競争だ!」
 三日後、体育祭がやってくる。毎日のように高柳へと奇襲をかけていたから気づかなかったが、かなり体育祭ムードが漂っていた。
 そして今回は体育祭の大トリ『リレー』にて100戦目を争う。
 りんの足は一番の武器だ。インターハイに出られるレベルで一部生徒(特に陸上部)からかなり熱烈な歓迎を受けるほどのものだ。だが部活には興味がないので帰宅部と称して断っている。
「あんた考えたわね」
 百合架もそれなら……とうなづいた。
「100戦目の対決に、勝負の行方が分からない対決。そんでもってりんは170センチの身長のお陰で走ってる姿もかっこいいしね。賭けにブロマイド……かなり儲けるかも」
ぶつぶつ言いながら百合架はニタリと微笑んだ。
「りん、最高の100戦目にしましょうね!」
「? おうっ」
 不敵な笑顔を受けべたまま、百合架は準備があると速足で過ぎ去っていった。


 それから何度もスタートの姿勢から走りまで練習した。
 運動が好きなおかげでなにかと気の合う体育の教師にも指導してもらいながらついに本番前日となった。
「じゃあラスト一本走るわよー!」
 百合架がカメラを抱えながら手を振る。なぜカメラをもっているのかりんには謎だったが、どうにも彼女が嬉しそうだったので触れないでおいた。
「おーう」
 手を振りかえしてクラウチングスタートの姿勢をとる。他の生徒が旗をおろし「よーい、スタートっ」と旗を振り上げた。
 タイミングよく犬のように地面を蹴って飛び出す。その時目の前に何かが迫った。「え?」と思っている間にあしをとられて派手に転倒する。
「すっすいません!」
 慌てたような生徒と共に悲鳴を上げた百合架が走り寄ってきた。
「りん、大丈夫!?」
「な、んとか……」
 地面から体を起こし土を払う。すり傷は所々見えるがそんなもの日常茶飯事だから気にならない。
「どこかを捻ったりとかしかなかった?」
 それでも百合架は心配そうで大丈夫だとりんは元気に笑って見せた。
 転んだ原因は飛んできたサッカーボールが足に当たったらしく、蹴った本人は半分涙目になりながら謝っていた。

 百合架にもサッカー部員にも心配はかけられない。
 そんな思いからりんは自分で知らない間に足の妙な痛みをそっと隠していた。


「皆様、こんにちは。今日は雲一つない晴天でして、風も爽やかに吹いております。まさに神が私たちを祝福……ああっと、ながいって? ではさっそく体育祭スタートだ!」
 わあっと歓声が上がって一気に音楽が大音量で流れる。色とりどりのハチマキや団旗があふれ、中にはチアガールや応援団も集まっている。やる気は全員バッチリだ。
 応援合戦にパンくい競争、綱引きに大玉、組体操、体育祭の王道と思われる競技が次々と行われ終盤に行くにつれて雰囲気は高まっていった。
「もうすぐリレーよ、りん」
 プログラム表を見ながら百合架は告げる。りんはストレッチを十分行い、髪をポニーテールになるように頭部で縛った。
「うん。でもその前に一試合」
 リレー前の騎馬戦へと備えて校庭へと駆けていく。
 騎馬戦は男女混合だが男子が圧倒的に多く女子は限られた数しかいなかった。その場で騎馬を組み始めるがどうも周りから女子の騎馬なので「チョロイな」という目線が注がれる。
「今のうちに思ってろばーか」
 小声で舌を出したときスタートの合図がされた。
 その途端待ってましたとばかりに三騎の騎馬が襲ってきた。りんは上から抱えてくれている子たちに指示を出すと思いっきり腕を伸ばして男子のハチマキをぶんどっていく。
 その勇敢な姿は勇ましく、男気溢れるりんに黄色い歓声が上がった。
 その後着実にハチマキを手に入れ、りんの属する団は勝利を収めた。

「あれは女か……」
 普通の男よりも男らしいりんに男子生徒から疑問の声が上がる。高柳も「俺も疑うところです」とうなづいた。
「でも、赤月さんはやはり女の子ですよ。あの軽い身のこなしと猫のように隙間を狙ってハチマキを取る技は男子にはできませんから」
 苦笑交じりに答えた高柳はどこか楽しそうだ。
「お前、この後リレーで赤月と一戦交えるんだろ。これで100勝目になるのか?」
「どうでしょう」
 今回は本当に結果が分からない。彼女の方はいつもより本気で臨んでいるようだ。
(100勝……ねえ)
 ぼんやりと心でリピートしていると、りんが少しだけ顔をしかめたのが見えた。だがすぐに笑顔で騎馬の子達とハイタッチしている。
「ん?」
 見間違いか? と首をかしげるがやはりどこか少しだけ歩き方が変だった。何かをかばっているようだ。
「怪我、でもしてるのか……?」
 つい素に戻りかけたときリレー選手の収集がかかった。後ろ髪を引かれる思いだったが高柳は仕方なく自分のハチマキを手に取るとその場を去って行った


「今日こそ長年の決着がつくな、変態メガネがり勉早食い野郎」
「……とんだ言い草ですね。僕は変態でもがり勉でも早食いでもありませんよ。まあ、いいです。100敗した時には祝ってあげましょう」
「はあ? そんなのいらん。なにせ今回はあたしが初勝利するからな!」
「ああ、今まで『0勝』だったんでしたっけ?」
「強調していうなー!!」
 このやり取りがもうほとんど日常的になっていた生徒たちは呆れるを通り越して保護者のような温かい目つきで二人を見守る。
 今回りんと高柳はアンカーだ。その前の生徒で不利、有利もあるがたとえ高柳に早くバトンが渡っても抜かせる自信はあった。
「では位置についてー……よーい――スタート」
 ピストルが勢いよく鳴り響く。4人の生徒たちは一斉に飛び出して行った。
 りんの属する団がぐんぐんと伸びていき、上位を走る。このままいけばりんの方が早くバトンが渡りそうだ。
 まだかまだかとうずうずしながらりんはレースの上に立った。高柳の団の生徒は2番手でその前をりんの団が走る。
 だがその時、りんの団の生徒がつまずいて転んだ。今までの期待に満ちた大きな歓声は「ああ……」というため息に変わる。それでも転んだ生徒は立ち上がり、りんへと向かってバトンを突き出した。
「ごめんなさいっ」
「大丈夫、あとはあたしに任せて!」
 転んだことによるロスタイムでほぼ同時に高柳とりんへバトンが渡される。その瞬間りんは一本の弓矢のごとく走り出した。
 昨日痛めた足が再び悲鳴を上げたが今は止まれない。
(お願い、少しだけ耐えて!)
 願いながらゴールへの50メートルラインをきった。高柳も同じ速さでラインをきる。
 その時、足になまりをぶつけたような痛みが走った。一瞬眉をひそめるた時、なぜかふっと高柳のスピードが落ちた。そのままりんはゴールテープをきる。
「勝った……の?」
 現実味のない現状に首をかしげるがどうもうまく頭が回らない
「りんー! 初勝利よ!」
 そんな百合架の声が頭の隅で聞こえたが、りんはその場でうずくまるように倒れた。

「りんっ!?」
 いきなり倒れたりんへと観客からどよめきが上がる。とっさに保健委員が前に出たとき高柳がりんを持ち上げた。
「俺が保健室につれていきます。皆さんはこのまま戴冠式へと準備を進めてください」
 抱きかかえたまま高柳は校舎へと身をひるがえす。
「ふーん」
 と百合架はにやにやしながら二人を見届けた。
「生徒会長様、今あなた、とっても焦った様子だけどお気づきかしら?」
 冷静な高柳の珍しい表情。それはどんなことを物語っているのか百合架にはお見通しだった。


「赤月さん、起きれますか?」
 遠のいた意識がひんやりとしたタオルによって引き戻されていく。頭に乗っけられたタオルを押さえながらゆっくりとりんは起き上った。
「ここは保健室です。先ほどまで先生がいたんですが今は出かけています。喉は乾いていますか?」
 まだぼんやりとした意識でこくりと素直にうなづく。高柳はスポーツドリンクのペットボトルを手渡してくれた。
「……あたしは、勝ったのか?」
「はい、あなたの勝ちです。おめでとう」
 優しい表情で高柳はベットに座るりんの傍へよる。しかしその後、高柳は軽くりんの頭をはたいた。
「なっ、なにすんだ!」
「赤月さん、なんでその足でリレーなんて出たんですか?」
 低く怒気を払った聞いたことない声にびくりと肩を震わせた。自分の足を見ると包帯を巻かれているが腫れているのがわかる。
「捻挫です、かなり重度の。足に負担をかけすぎて倒れたんだと先生は言っていました。無理を承知で出たんですか?」
「違っ……くないけど、無理に出たんじゃない……」
 確かに痛みは感じたが捻挫だとは思わなかった。大丈夫だと思えた。
 しかし高柳は怒ったままだ。
「リレーの時、あなたが痛そうな顔をしていて、途中放棄でも保健室へ連行しようと思いました」
 その言葉を聞いて、はっとりんは顔を上げた。
「やっぱりあの時スピードが落ちたのは気のせいじゃないんだな! ためらいがあったから遅くなったんだろう!? ……これじゃあ勝ったって言えない」
 りんはペットボトルを握りしめた。しかし足のことを反省せず、勝利にこだわるりんに高柳はぷちっとなにかが切れたようだ。
 いきなり手首がつかまれベットへと押し付けられた。抵抗する間もなく上に高柳が乗っかる。
「どれだけ心配したと思ってる……――しかも俺があなたに勝ったことなんて一度もないっ」
「……え」
 振り乱したさらさらの髪に真っ直ぐ見つめてくる瞳、敬語が抜けた荒い言葉使い。
(あ、やばい。あたし高柳に見とれそうだ……)
 場違いだが、見たこともない彼の表情に見入った。
「……勝ったことがないってどういうことだ……?」
 かすれた声で問いかける。彼は99勝しているはずだ。
「実質上では俺が99勝しましたが、精神的にはいつも負けっぱなしです。……あなたの笑顔があまりにもかわいくて、つい抱きしめたくなるから……」
 ささやくように言われた言葉が時間をかけて浸透してきた。顔が、いや、全身が熱くなっていく。
「な、なにいってんだ……へんたい……」
 わなわなと震える声で抵抗しようとしたが強くつかまれた手首からは高柳の熱も伝わってきて上手く力が入らない。
「変態って呼ばれてもいいです。でも、今だけはこうさせて……」
 ばふっと音と共に高柳が覆いかぶさってきた。体重をしっかりかけてりんを抱きしめる。
「本当に心配したんだ。もうあなたが足の怪我のせいで俺のもとへ駆けてこなくなったらって、元気なあなたが見られなくなったらって……」
 いつも冷静・客観的な高柳と思えない弱音が顔のすぐ横でつぶやかれ、本当に心配させてことを今更ながら実感した。
「……ごめん、以後気を付ける」
「はい、分かりました」
 りんが謝るとあっさり抱擁を解いた高柳に少しだけ驚いた。なんだか熱が離れて行って寒い。
「って、なに思ってんだあたしーっ!」
 もう少しあのままでよかったかもなんて死んでも認めたくない事実だ。
 すっかり元気になった様子のりんに高柳は苦笑した。
「では、俺はこの後の戴冠式が控えてるんで失礼します。赤月さんもリレーで一位とったんだから早く来て賞貰ってくださいよ」
「あっ、ちょっと待て」
「なんですか?」
 今にも出ていきそうな高柳にりんはベットから立ち上がると駆け寄った。
「あの時お前も本気で走ってたらお前が勝ってたかもしれない。だからあたしの今日の一勝はちゃらだ!」
 不利な勝利はいらないと、今まで自分がやってきた卑怯な勝負を棚に上げてりんは宣言した。高柳は少し驚いた顔をしていたがふっと笑う。
「じゃあ俺は100勝ですね」
「勝ってたかもしれない、だからわかんないだろう! もしかしたらあたしが本当に勝利を勝ち取ってたかも……」
「俺が勝ちましたよ」
「なんでそんなこと言えんだよ……?」
 自信ありげな高柳をむっとして見上げる。高柳は笑顔で即答した。
「俺が負けなければあなたはずっと勝つために走り寄ってきてくれる。あなたを傍におくためには負けるわけいかないんです」
 さらっとなにか甘いセリフを言われた気がする。
 再びあの熱い感覚がよみがえってくる前にベッドへもぐり逃げようとすると、ぐいっと腕を引かれた。
「100勝したご褒美をもらっていいですか?」
「褒美!? そんなもんな……――」
 ない、と言おうとしたとき高柳によって口がふさがれた。軽く触れるようなものではなく深い口づけだ。
「もし嫌だったらすいません。でもあなたがかわいすぎるのが悪いんです。すぐ赤くなるから」
 まじめなような、からかうような口調にりんは拳を振り上げた。
「こっの、変態メガネがり勉早食いホスト野郎っ!! 絶対お前に勝って仕返ししてやる!」
「仕返しって口づけの? もしかしてもっと甘い口づけをくれるんですか」
 期待を込めた眼差しで振り上げた拳を握られ、りんはもう片方もふりあげた。
「ちっがーう!!!」

 その後の戴冠式では鼻にティッシュを詰め込んだ生徒会長が現れた。
 保健室で顔面パンチという初の攻撃に成功したのだ。
 しかしりんの顔はりんごのように真っ赤で百合架は何があったのかすぐに諭した。

 これからもりんの下剋上は続く。
「絶対勝つ!」
 そんな言葉が今日も空へと響き渡っている。

(おわり)

絶対☆下剋上

絶対☆下剋上

頑張る女の子のお話!

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-12-07

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