学庸・短編小説集
学庸論猛 作
学庸論猛 編
短編:「当店では手袋をして」
「当店では手袋の着用をお願いします」
そういう注意書きを見かけたことがないだろうか?
男(坂倉千次)は、その注意書きを見て、店員にこう質問した。
「何故手袋をしなきゃならないんだ」
店員は手袋をしていた。それだけではない、周囲のお客も全員だ。あいにく、男は手袋を忘れてしまった。いや、家電製品の販売店に手袋を持ってくる人間などいるわけがなかった。
「それは教えられません。私も上から命じられているだけなのです」
サングラスをした中年風の男が手袋をしつつ家電製品の方へと向かう。事前に彼らはそれを用意できていたのだ。自分のチラシには一言もない。男は訝しみつつも他の客を見る。
「お望みのものを買ったんだろう?手袋を貸してくれ。外で待っていればお礼の金をやる」
その言葉に女は驚愕して後ずさった。しかも家電製品を落としそうになりながら。
「ダメよ!貴方にこれを貸すわけにはいかないわ。これがないと」
店員はニヤニヤして女を眺めた。女は肩を落として過ぎ去っていく。
「困ったなあ。今日は、お買い得だからって来たのに」
颯爽とレジの下から何かを取り出す店員。
「ここにカタログがあります。どうぞごゆっくり」
「すげーー、こんなにいっぱいあるのか!」
「見回ってください、見る分にはただです」
男は、少し気づいた。こんなに製品がある広い店なのに店員は一人だけだ。何かがおかしい。
「何をお買いになるか決まりましたか」
同じ店員がことあるごとに通路の一列に現れる。男はぞっとして周囲を見渡す。
「くそっどうして」
店員はにこやかに笑った。手袋をした老人が店から出て行く。
「お困りでしょう?いい商品を教えますよ」
「おい、そこの店員!なぜ手袋をしなければならない!確実に答えろ!買ってやらんぞ」
店員は申し訳なさそうに客の怒りを収めようと口を開く。
「商品を教えるという事にして、貴方に特別に言います。この店、手袋をしないと出られないんですよ」
店員の言葉に思わず男が走りだす。ガラスのドアを開けようとしたが店員が玄関の陰にうつった。本当に出られない。鍵がかかっているような感じだ。
「ならばその手袋を奪ってやる」
男は店員に押し寄せて店員の首を絞めた。店員の命がそこで事切れ、男は店員の手袋をはめる。しかし、それを他の客は見ていた。
「家電製品店のレジから手袋を強盗した殺人犯が逃走しました。警察はそれを追っている模様です。容疑者は坂倉千次」
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