ジゴクノモンバンⅡ(3)

第三章 交通ジゴク

 ゴー。ゴー。キー。キー。ぴぽぴぽ。ぴぽぴぽ。ガシャガシャ。ガシャガシャ。うーうー。うーうー。
 様々な音が自分の音を誇示するかのようにけたたましく鳴り響いている。
「やかましい音やな。何の音やろ」
「ほんま、耳が痛うおまんな。行ってみまひょ」
 青太たちは公園から音のする方に向かった。

 そこは道路だった。両側6車線の道路に車が行き交っている。歩道に立ち尽くす青太たち。
「すごい、車の量や」
「どっから車が沸いてきよんですかいな」
「空からかいな」
「海からとちゃいまっか」
「いや、地面や。俺らが落ちた公園の下に大きな口が開いとって、そこから車が出て来よる。地面の中に車のお母さんがおって、子どもの車が出てきよんのや」
「ほんでっか。車のママですか。それにしては、いろんな形の子どもがおりますね」
「そりゃそうや。みんな、遺伝子が違うんや。俺んとこは、妹と俺は顔は似とるけど、よう見たら少し違うで。赤夫とこやって、弟がおるけど、違うやろ」
「ほんまや。ママが一緒でも、生まれてくる子どもは違うんや。不思議や」
「そうや。それが、生命の神秘っちゅうもんや」
「生命の神秘でっか?何か難しい話ですね」
「難しい話やないで。俺ら鬼も、人間も、車も生きとるいうことや」
「わからんような、わかるような話でんな」

 信号が赤から青に変わる。人間たちが横断歩道を歩いて行く。
「おっ、今まで、車が走っとったけど、今度は、人間が歩きよるで。人間と車が交代で道路を使うんかいな。仲がええこっちゃ」
「仲がええんか悪いんかわかりませんけど、車に限らず、人も多いでっせ。どこから沸いてきよんですかいな」
「そりゃ、かあちゃんのお腹の中や」
「と言うことは、ママもたくさんおるいうことでんね」
「「そういうことになるなあ。あっ、なんか三つの灯りのうち、青いんだけが明るいなあ」
「反対に、車が走る方向は、赤いんだけが明るうおまっせ」
「いや、青の方が明るい」
「いいえ、赤の方が明るうおまっせ」
「何!赤夫、俺に喧嘩売るんかいな」
「そうやおまへんけど、言いだしたのは青太の方でっせ」
「まあ、人間がやってることや。鬼同士の喧嘩はやめよ。それよりも、青いんが明るい時は、青鬼が通って、赤いんが明るい時は、赤鬼が通るんかいな」
「いやあ、それはわかりやしませんわ」
「ジゴクに帰ったら、早速、道路に人間と同じような標識をつけるよう、先生に言うてみよう」
「よく見たら、真ん中に、黄色もありまっせ。黄鬼の専用ですかいな」
「他の色はないんかいな。藍鬼や白鬼、黒鬼たちもおるで」
「なかったら作ったらええんですよって」
「そりゃええこと言うわ。ほんでも、すごい数の標識になるで」
「それやったら、代表して三つだけにしますか?」
「まあ、ジゴクに帰ってから考えよ」

 青太と赤夫は横断歩道の前で車道の様子を眺めていた。
「おっ、車が走り出したで」
「すごい音立てて、我先に走ってまっせ。競争でもしてますのかいな」
「あらっ、道路のまん中に人がおるで」
「おばあさんでっせ」
「なにしょんやろ」
「道路の真ん中にええことあるんかいな」
「そんなことはあらしませんやろ。取り残されたんとちゃいまっか」
「ほな、助けなあかんやろ」
「ほんでも、車はびゅーびゅーと隙間もなく走ってまっから、真ん中へは行かれしやしませんわ」
「誰一人、車を止めようとせんなあ」
「車が走っとるこっち側でも、向こう側でも、人間がおるけど、誰も助けに行こうとしませんなあ。みんな、関わりとうないんと違いまっか」
「そういう問題かいな」
「そういう問題でっせ」
「この道路はジゴクかいな」
「僕らが住んでいるジゴクはこんことはありゃしません。誰かが困ってたら、助けの手を差し伸ばしまっせ」
「ジゴクに落ちてきた、いや、登って来た人間には救いの手は伸ばさんけどなあ」
「それは、自業自損ですわ」
「まあ、それはええわ。ほないくで」
「いきまっか」
 青太と赤夫は、車が走っているにも関わらず、道路を渡り始めた。
 キー。急ブレーキの音。
「バカヤロー。死にたいんか」の罵声。
 それでも、気にせずに、道路を渡る青太たち。
 道路の真ん中までやってきた。真ん中には、クスノキが植えられており、安全地帯となっている。その真ん中で、乳母車を押したおばあさんが座っている。
「おばあさん。大丈夫ですか」
「僕たちが助けてあげますよ」
 青太たちがおばあさんにやさしく声を掛けた。
 だが、おばあさんはうつろな目で車を見ているだけで、青太たちの問いかけに返事をしない。
 互いの顔を見つめる青太たち。
「どないする?」
「返事がありまへんね」
「助けなくてもええんかなあ」
「さあ」
「でも、このままほっておくわけにはいかんやろ」
「そりゃそうでんな」
 青太がおばあさんをかつぎ、赤夫は乳母車を持ち上げ、反対側の歩道に運んだ。
 キー。急ブレーキの音。
「こらあ、死にたいんか」の罵声。
 それでも、平然と歩く青太たち。
「どっこいしょ」
 おばあさんと乳母車を安全を確認し、歩道に下ろした。おばあさんがようやく口を開いた。
「何すんのや。せっかく、休んどったのに。いらんことすな。このアホガキども」
と、急に怒りだして、商店街の方に乳母車を押していった。互いに顔を見合す青鬼と赤鬼。
「なんや。折角、助けてやったのに」
「ほんまや。ほんでも、あの言い方がお礼と違いまっか」
「そうかいな。目が三角になっとたで。声は吐き捨てるようやった」
「人間界では、当り前のことと違いまっか。「いらんことすんな」を人間語で翻訳すると「ありがとうございました」になるんと違いまっか」
「ほんまかいな。複雑な世界やな。倒錯しとんのやな」
「悪が、人間界では正義なんですわ。ほなけん、人間は死んだら、ジゴクに来るんと違いまっか」
 二人が立ち話をしていると、ちりちりん、ちりちりんとベルが鳴る。ふと顔を上げると、そこには自転車。車に負けないくらいの台数だ。
「なんや、あいつら口がないんか。ベルの音だけで、わしらにどけ言うとるで」
「この世界は、ベルが言語なのかもしれませんで。ちりちりんは、そこのけ、そこのけという意味と違いまっか」
「そうかいな。ほな、歩きょる人間もベル持っとんのか。お店でお菓子を買う時も、ベル鳴らすんかいな。「これください」の代わりに、リリリリリン」
「店員の方も「ありがとうございます」の、リリリリリン」
「やかましゅうてしょうがないんなあ」
「ベルよりも、人間のしゃべりの方がやかましいんと違いまっか。それで、ベルを使うんでっせ」
「ほんまかいな。寂しい世の中や」
「いいや。車やベルの音でじゃかましい世の中でっせ」

ジゴクノモンバンⅡ(3)

ジゴクノモンバンⅡ(3)

第三章 交通ジゴク

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-12-07

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