僕が『神様』じゃない証拠はあるのかい?

神様になった日

タチバナシュウサクは帰路の電車の中にいた。
18時台でベッドタウン方面へ向かう電車は朝のラッシュに負けず劣らずの混み具合でタチバナが早々に座れたのは幸運な事だった。

〈閉まれ〉

駆け込み乗車を試みた中年男性を冷たくあしらうと、電車はゆっくりと加速し始める。
窓越しに過ぎて行く中年男性の何とも言えない顔が見えたが思うことは特になかった。

タチバナの前には大学生と思わしき男性が二人、ぺちゃくちゃと不快な悪口陰口を言い合いながら笑っている。

〈消えろ〉

次の駅に着いたところで、片方の男性は「じゃあね」と相方に言うと降りていった。
さっきまで威勢のいい事ばかり言っていた相方は、嘘の様に静かになると、ポケットから携帯電話を取り出しいじり始めた。

タチバナが住んでいるアパートは会社から電車で30分程、徒歩で10分のまあまあよくある距離である。
ベッドタウンとオフィス街の丁度中間にある駅が最寄りの為、行きも帰りもずっと人混みの中にいる形になってしまう。
だから、というわけでもないが、タチバナにとってはこの風景もいつもの事だった。

大学生の男性はさっきの駅からふたつ過ぎた駅で降りていった。代わりに恰幅のよい主婦らしき女性がやってきた。

デパートにでも行っていたのだろう。
彼女の両手には大きな紙袋が全部で5つ握られており、厚い化粧によそ行き様の少し値段の高そうな服、そして不快な香水のにおい。

〈死ね〉

次の駅に着いた時、車内にアナウンスが流れた。
どうやら別の電車で人身事故があったらしく、出発が遅れるらしい。

今日は帰りが少し遅くなりそうだ。



アパートに帰りついたのは17時を過ぎた頃だった。

テレビをつけて夕食を作る。
テレビでは流行りのアイドルやお笑い芸人達がオモシロおかしくおしゃべりをしていた。
夕食はインスタントラーメンに少しだけ野菜を足した簡単な物だ。
安く済むし貧乏舌には十分美味しく食べられる。それにすぐ作れるので好きだ。

ソファに座りラーメンをすすりながらテレビを見る。
この生活ももう慣れたもので、無意識と言ってもいいぐらいに繰り返ししてきた。

『ピーンポーン』と軽快な呼び鈴がなった。
誰かが訪ねて来た。

〈帰れ〉

疲れていたタチバナはテレビの音量を下げ、居留守を決め込むことにした。
呼び鈴は二度なる事はなく、どうやら帰ったみたいだ。

僕が『神様』じゃない証拠はあるのかい?

僕が『神様』じゃない証拠はあるのかい?

例えばこの手を振りかざした瞬間に世界の何処かで僕の知らない誰かが死んだかもしれない。 例えば僕が「消えろ」と言った瞬間に世界の何処かで誰にも知られずそこにあった何かが消し飛んだかもしれない。 例えを言えばキリがないけれど、キリがないほどに可能性があるから。 だから僕は『神様』だと思った。 きっと僕は『神様』なんだと確信した。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-12-06

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