眠れぬ男

男は寝ていなかった。
今夜こそ寝ようと思っていた。
「よし…」
時刻は午後9時。
就寝には申し分のない時間である。
風呂に入って、歯を磨き、布団に入ったのは9時30分。
今日は眠れるかもしれない。そう思ったその時。
「うっ…」突然押し寄せる強い尿意。
たまらず布団を飛び出し用をたす。
さて今度こそ…と布団に入る。しかし
「なにか…忘れてる気がする…」
何時も寝る前に欠かさずやっている何かが足りない気がする。
何だっただろうか。
何だったろう…
と考えているうちに男は眠りに落ちた。
暗転する意識。
目を覚ました男は、外が明るいのに驚いた。慌てて時計を見ると、10時29分。
男は慌てて電話をかける。
今日は大事な会議が7時からある。
慌てて男は上司に電話をかけた。
上司は、受話器が震えるほどの大声で、
「目覚ましをかけ忘れただと!?」

「はっ!?」
男は布団からガバッと起き上がった。
午後10時。
体中汗びっしょりである。とはいえ、もう10時。目覚ましをかけ、再度布団に潜り込む。危なく寝坊するところだった。
しかし暫くして男は布団から起き上がる。
非常にのどが渇いている。
コップ1杯の水を飲むと、ほうと息をつく。水がこんなにも美味しいとは。
男は2杯、3杯と立て続けに飲んで、はたと気づく。
眠気が飛びかけている。
いけないいけないと慌てて布団に戻る。
今度は寝られるだろう。水も飲んだ。
しかし布団に入ってしばらくすると、猛烈な腹痛に襲われた。
当然だ。こんな寒い季節の夜に汗だくのまま布団から出て、水を何杯も飲んだのだから。
うんうん唸りながらトイレに駆け込む。
しばしの後に男は出てきた。
変えの下着を探し、汗だくのシャツをとりあえず洗濯機に放り込んでおく。
ふと時計を見ると、11時10分ごろを指していた。
慌てて布団に入る。こうなれば意地だ。なんとしても寝なければ。
今夜こそは。
しかし男の考えに反して慌てて寝ようとする心臓は激しく脈を打ち、慌てれば慌てるほど眠気は遠のいていく。
この状態で寝るのは不可能だ。
12時前に男は布団を抜け、本を読む。
本棚で一番つまらなさそうなサスペンス小説を手に取った。
とりあえず読むことにしたが、物語は二転三転、どんでん返しの繰り返しで、全く切り際が見つからない。
感動のラストにため息をついて本を置いたのが午前3時だ。
男の脇を嫌な汗が流れる。
このままでは今夜も貫徹してしまう…
とりあえず布団に入るが、全く眠くない。
仕方ない。眠くなるまで仕事をやっていよう…
男は肩を落としながらノートパソコンを開く。仕事をしよう…
しかし画面右下の3:14という表示が気になって集中できない。
結局すぐにやめてしまった。
眠れない。
眠れない。
眠れない…
もうヤケだ。男は布団に潜り込んだ。
もう眠くなるまで布団に入っているしかないと心にきめ、布団に潜り込んだ。
男は考える。
なぜ眠れないのだろう。
男は考える。
医師にカウンセリングを受けたが帰ってきた答えは「異状なし」。
渡された睡眠導入剤は飲みきってしまった挙句、全く効かなかった。
では何が原因なのか。男にはわからなかった。
何か大きな力が男を寝かせまいとしているようにしか男には感じられなかった。
ならば…
男は悟った。
ならば寝なくてもいいではないか。
どうせならばすっぱり諦めて仕事をこなして、趣味を楽しんだほうが効率もいいだろう。
ならば…
もう起きてしまおう。
5時30分にセットしておいた目覚ましがなった。
もう起きる時間だ。
男は今夜も眠れなかった。しかし、彼の心は清々しかった。
今夜こそ貫徹しよう。
登る朝日を見つめ、男は決心した。

眠れぬ男

暇な時にちょいちょい加筆したり訂正したりします

眠れぬ男

コメディーとか言ってますがお笑い要素は全くないです

  • 小説
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-12-05

CC BY-NC-ND
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