現実世界


現実世界が充実している人をリア充と言うそうだ。

誰が考え出したのか、そもそもネットの世界で自分が充実していたってそれを目の前にする自分は現実世界の生き物だというのに。
それを思えば私は「リア充」という生き物なのだろう。
平凡な家庭で育ち、優しい両親、仲の良すぎる兄弟、慕ってくれる友人、学生時代からずっと愛してくれる彼氏。
そこそこ人並みに悩んだりもするけど、決して不幸ではない私の人生。
テレビで騒がれるような問題に振り回されることもなく人生の糧になるような学生生活を終えて、大好きな服飾の仕事も決まって順風満帆な何も非の付け所のない人生。
これをリア充と呼ばずして何としようか。
私は間違いなく幸せでしかない。
むしろ、それを幸せと感じなくても日常的に幸せであるなら普遍的なものなのだろうけど、両親の教えは絶大だ。
下手に刺激を求める必要もない。

だけど、1つ、不幸を唱えるとするならそれは夢だろうか。
将来の、とかではない。眠りに落ちたときにみるあの、夢だ。

「何が幸せだと言い切れるの?ドラマのような小説のような作り物のようなそんな世界に幸せはあるの?」

何処か懐かしいような、だけど聞きなれない声が遠くからする夢。
はっきりと同じような疑問を私に問いかけてくる。
幼い頃から、それは時折夢に現れて、忘れかけた頃だったり毎晩だったり頻度は違えど物心ついた頃からずっと見るのだ。
夢の中で私に反論の余地はなく、問いかけられても返答に困るものばかり囁かれる。
幸せだなんて、人それぞれだし私は今が、生涯の全てが幸せだと思える環境で生きてきたのにそんなこと聞かれても…というのが正直な答えなんだけど如何せん、それは夢で問いかけてくる誰かには関係ないようだ。

「何が幸せだと言い切れるの?」
「またあの夢?」

私が無機質な声で夢の再現をすると彼は苦笑いをした。
幼い頃から傍にいた彼は私が怯えて泣いていた頃からこの夢の話を聞き続けてくれている。有難いことだ。

「いい加減大人なんだから夢なんて気にしなくても良いじゃん。死んだ婆ちゃんが毎日に感謝しなさいとかそういう事でも伝えようとしてくれてるんじゃないの?」

彼の意見はもっともです。
生まれる前に亡くなってしまった祖母の声なんて覚えようもないし、何となく懐かしい気がするのも納得がいく。
にしては、その声に温かみもなくて不満は残るけど。

「それより旅行どうする?伊豆とか近場で温泉でも良いと思うんだけど」

こうやって私の気が晴れるような彼の話題の変え方が大好きで笑ってしまった。
だから付き合っているんだけど。
でも何十年も見続ける夢に今更答えなんて要らないはずなのにどうして疑問を持ち出してしまったのだろう。
何度も夢の理由を考えては諦めたのに。
それは数学とは違って答えがあるものではないから、想像の域をでないと結論付けたはずなのに。
特に病気とかでもないし、そうだ、事故にも事件にも大病を患った訳でもない私は幸せなんだ。
それで良い筈なのに。

「何が幸せだと言い切れるの?」

また同じ夢を見ているんだろうか。
今日の声はやけに煩いな。
明日から研修が始まる。朝も早いのだから放っておいてよ。
全部が幸せなの。
だから黙っていて、お願いだから。

「幸せだと誰が決めたの?幸せとは何を指しているの?」

両親の結婚記念日に兄弟とささやかなお祝いをするの。
どこのお店に招待しようかな。
いや、お姉ちゃんと豪華な料理を作るのもありかな。

「思い込みの幸せではないの?作られた幸せではないの?」

サークル仲間の合同誕生日会っていつだっけ。
あの幹事ってば連絡遅いからな。
顔面ケーキとか今年もやるのかな。
皆、集まれるかな。社会人は集まれないって先輩言ってたけど。

「幸せだと思い込んでるだけでしょ?幸せでいないといけないと」

来週の旅行楽しみでしかないや。
付き合って5年か。早かったな。
プロポーズとかされたら、どうしよう。
気が早いか。
でも結婚して子供を産んで、目元は彼に似ると良いな。
幸せな家庭を築いて、私みたいに普通でいいから幸せな人生を



「それは全部、夢なのに」




知ってるよ。

本当の私が両親から捨てられて、兄弟も腹違いが何処かに何人も居て、友達の作り方も分からず苛められ続けて、彼氏だと思った人は子供が出来たと告げると消えたのが私の現実だなんて、知ってるから。

誰にも愛されずに愛し方も分からずに一人途方に暮れている私が目を覚ませば其処に居ることなんて、分かってる。

夢の声が他の誰でもない私の声で、幸せだと思ったことがないから薄っぺらい想像の幸せしか作れない私の夢だなんて分かってる。

帰りたいのに帰る場所がない。
暖かい夕餉を囲む家族も、笑い合える友達も、大切にしてくれる彼氏も、本当はどこにもいない。

何が違ったのかな、何処で間違えたのかな。

もっと両親がまともだったら、もっと人より学力が身体能力が容姿が優れていたら、素直に誰とでも打ち解けられる前向きな性格だったら、全てが幸せだったはずなのに。
誰からも虐げられる人生じゃなかったはずなのに。

でも、大丈夫。
私は最期に「正しい」ことをしたの。

きっと、もう目が覚めることはないのだから。

ずっと幸せな夢を見続けられる。



普遍 的な、終わらない、し あ わせ  な、  ゆm       。

現実世界

現実世界

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-12-05

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted