左乃助の鬼腕・・第一章桶狭間編

左乃助の鬼腕・・第一章桶狭間編

左乃助と織田信長とうとう桶狭間の激戦の中へ突入!

桶狭間編 8話 今川義元

 第一章

 桶狭間編 1

   左乃助の鬼腕 第8話 「今川義元」


 ヤマタイの戦国の世に生きる武将たちの夢も「天下統一」というところでは変わりはない。
 しかしスルガオウミを納め、オワリ近隣の豪族も手中に収めている今川義元。この男の描く天下は他の武将とは異なっていた。
 今川義元が思う天下とは王族に取り入り、王族の中で出来るだけ位の高い官位を賜り、いずれは王族を牛耳る立場になる。それが今川義元の抱くプランであった。
 そのためにはこの乱世に乗じて京にのぼり、この数百年で弱体化した王族の武力を今川家が担わなければならないのだ。
「そのためには早くオワリを叩かなければなりませぬ」
 勺経は僧衣のまま義元の前にドカリと座り、織田攻めの公算を語った。
 京までの道を確保するにはオワリを踏みつぶすしかない、それは義元も承知の上のこと、だが義元が思うほど織田の当主信長は「うつけ」ではないと勺経は踏んでいる。
 噂に聞く奇行の数々には、演出めいた物を感じずにはいられないのだ。その信長を叩くには戦力が貧弱な今、力業で還付無きまでに踏みつぶすしかない。
 それには御偽(オンギ)を使うのが手っ取り早い。
「いやじゃ・・・」
「何がイヤなのです?」
「堀田が持ってきよった化け物を使うといいたいのじゃろう。ワシが知らぬと思っていたか勺経。二年前からコソコソと堀田の軍師と密会しておること、ワシの耳に入らぬとおもうたか」
 勺経も義元がそれほど無能だとは思っていない。この二年間道幻との繋がりも義元の耳にどのように入るのかを見極めて居たところもあったのだ。
「いえ、殿にはいずれこの勺経からお伝えいたそうと思っておりました」
「それが今日か、二年もヌケヌケとようそのような事がいえたものじゃ、とにかくワシは今川の手勢だけで織田を倒すぞ、あのような鬼を使って京に上ったとあっては王族の方々がこの今川義元を受け入れてくれまい。それではワシはなんの為に京へ上るのかわからんではないか」
 義元はいち早く王族の雅な世界に入り込みたいのだ。イヤ、勺経は義元の心の奥底に仕舞い込んである淀んだ野望を知っている。というより、そう思っていたのだと思いこますことが出来る。
「殿はそれだけで満足なのですか、わたくしは殿こそが王になるべきだと思っております」
「なにをバカな!そのような戯言。二度と口にするでないぞ、いまどれほど恐ろしいことを口にしたかわかっておろう勺経」
「戯言ではございませぬ、わたくしは殿の本心をこの口に乗せたまでのこと。殿は王になって当然の器、王族とも遠縁の間柄であり、何度も縁戚関係を結んでおります。京に上るのであればそこまでのご覚悟をお示しなさらねば」
 今川義元の白粉顔に薄らと脂汗が滲んだ。
 
「もうよい。勺経。とにかく織田攻めには堀田は同行させるでないぞ。信長の首は今川の者がとらねばならぬ。そうせねば京に旗を立てた後、豊田にいいように操られるぞ」
 勺経は言葉に詰まった。まさかこの昼行灯のような殿から芯を突かれる言葉が出ようとは。

(まさに殿のおっしゃる通りだ、私は堀田道幻の幻術に踊らされていたとでも言うのか・・・イヤ・・・今の状況に御偽が必要なのは確かな事。殿は御偽の本当の力を知らないからただ恐れているだけなのだ)
 勺経の中にはこの二年間、実際に見、報告を聞き、御偽の力に傾倒しているところがあり、そこから離れることは難しくなっていた。
 しかし、義元の言うように織田は今川の手で滅ぼさねばならない。それは分かっている。だから堀田の率いる軍は遙か後方につけるようにいってある。
「私が居る限り、堀田の好きにはさせませぬ」
 そう我が胸に語るような独言を吐くと、勺経は大広間を後にした。
 それが今川隊が上洛に向けスルガの城を発つ二日前。
 時は決壊を待つ水だまりのように激しい濁流を待っているかのようであった。

 一方信長。
 信長は今川隊が動き出したとの情報とほぼ同時に全軍を移動させた。
「今川義元の軍勢一万」
 藤吉郎の間者からの報告。
「今川の軍その数八千弱」
 これは藤兵衛の間者の報告。
 おそらく藤兵衛の間者からの報告の方が正確であろう事は分かっているが、信長は藤吉郎側の情報に織り込まれる臨場感のある生の情報に目を見張った。
「一万の兵のうち、義元を信頼し命を懸ける者は半数もおりますまい。半数以上は大原勺経の支持者で御座います」
 大袈裟に報告しがちな藤吉郎の報告ではあったが、捨てがたい情報である。
 大原勺経を討てば自然と今川軍。いや、今川家は崩壊するだろう。
 
 それは前々から分かっていた事だ。が、しかしいままで強大な今川に押されているだけで、今川家の中枢を討とうなど空想の世界でしかなかったのだが、今川義元本体が攻めて来る戦闘となればどうとでも手はうてる。

「今川から大原勺経を引き剥がす最大の好機がやってきたぞ」
 信長は東へ向かう馬上で何度もつぶやいた。

外伝「タケイ」

 カッパのタケイ。
 それが彼の名だ。
正式な名は「タケイ」。「カッパ」とは彼等の人種をさげすむ隠語で、タケイ達にとっては気持ちの良い呼び方ではない。
 彼らの人種は「河野歩(かのふ)」といい、元々ヤマタイに住んでいた人種と言われる。
 タケイ達の人種は大人になっても五歳児程度の背丈にしかならず、背骨が大きく湾曲している。
 太古より「死者の骨を喰らうモノ」だとか「鬼の睾丸より生まれ出たる人々」などと呼ばれ、まともな職業にありつけなかった。
 そんな河野歩達が得た職業が「隠密」つまり情報収集役であった。
「カッパ」の俊敏さ、情報収集能力が買われ、各地で諜報活動を行っているのだ。
 皆、河野歩(カッパ)をさげすみながらも、何故か心を開いて喋ってしまうのだ。


 1部・・第9話
   「桶狭間(3)外伝・タケイ」


 タケイは山道を走っている。
 目指すは桶狭間山。
 田楽狭間と呼ばれる谷間を望めるその小高い山に、今川義元の陣がある。
 タケイは、藤兵衛の命令によりその山を目指していた。
「タケイよ。お前はこの仕事で死ぬだろうだが、お前の家族に金貨五十枚と田畑をやろう」
 それが藤兵衛から出された条件だった。
 タケイはただその条件を飲んだ。
 金貨五十枚あれば家族五人、二年から三年は不自由なく暮らしてゆける。
 まして、自分の田畑も持てれば一家の行く末は安泰だろう。
 自分の命には僅かばかり未練はあるが、家族の人生の保証には代え難かった。

「何故に命が無くなるんでヤス?」
 タケイは河野歩特有の喋り方で藤兵衛に訪ねた。
「敵に捕まるのがお前の第一の仕事だからだ」
「敵にわざと捕らえられるんでゲスか?」
「そうだ」
「それだけで金二十?」
「それだけではない」
 そういって、藤兵衛は巻物をタケイに手渡した。
「その密書を敵に見つけられるのだ」
「わざと・・・ですかい?」
「左様。うまくやればそれで敵は沈んでくれる」
 藤兵衛の目が冷たく光っていた。

 タケイは夕暮れ前に桶狭間山の麓まで来ると。
「さてどうしヤスかねぇ」
 と考えた。
 今まで捕まらぬように敵陣に進入した事はあるが、わざと見つかれというのも難しい条件だ。
 見つかるにしても、こちらの目論見が知れるような捕まり方では意味がない。
タケイは地面から適当な大きさの石を五つほど取り上げると、一つを握りしめ、後は懐へ押し込んだ。

山の斜面を少し登ると、見張りの者らしき人影が見えた。
見張りは、見えるだけで三人。一人が短い槍を杖代わりに立ち、回りを見ている。
後の二人は、膝を抱え座り居眠りをしていた。
「ふっ」
と、短い息を吐き、タケイは小石を思い切り投げつけた。
小石は立って見張りをしている者の額を直撃し、見張りは叫びながら倒れた。
居眠りを決め込んでいた二人もその声に飛び起きた。そこへ、もう一つ小石が。

 コーンと高い音をたて松の幹に当たった。
「何者」
 言った見張りの額にも小石が当たった。
「ぐはぁ」
 叫ぶとその見張りはうずくまり動かなくなった。
「誰か!だれか!」
 被害を受けていない見張りが、声の限りに叫ぶ。
スタッ。と僅かな音の方を見ると、見張りの目の前タケイが着地した。
「へへぇ・・・叫ぶと殺すぜ」
タケイは小刀を抜くと、次の瞬間には視界から消えていた。
「カッパだぁ!カッパがおるぞ!」
すぐに隣の見張り場から二人の男が駆けつけてきた。
一人は弓を、一人は長槍を持っている。
「カッパだと!何処じゃ」
 弓の男が言う。
「今ここに現れてフイッと消えおった」
 その時、弓の男の肩に小石が当たった。
「ちぃ、外したか」
 薄暗くなりかけた山の中に、甲高いタケイの声がした。
遠くで聞こえるような、耳元で喋っているような不思議な響きだ。
「あそこだ!」
 長槍の男が指さす方を見ると、近くの木に張り付くタケイの姿があった。
「カッパめ」
 弓の男が、弓を構えて放つ。
シュッ!っと弓は風を切り、タケイの真横に突き刺さった。
「あぶねぇあぶねぇ」
ニヤリを笑うと、タケイの姿はもうそこには無かった。
「素早いカッパじゃ」
「ヘイ、それだけが取り柄でゲスんで」
タケイは弓の男の目の前に現れると、左腕を小刀で切りつけた。
「ぎゃっ」
と、短く叫ぶと弓の男の左腕から鮮血が飛び散る。
「畜生!カッパ!」
長槍の男が、ブンと槍を振り回したが、長槍は木々の茂る森の中では木の幹を強打するだけで、何の役にも立たない。
その槍の柄にタケイがチョコンと飛び乗ると、槍を構えたまま呆然としている男の方へ猛然と突進してきた。
槍の柄の上をである。
タケイは躊躇無く槍の男の胸を一突きし、槍を蹴りあげ跳躍した。
「このぐらいやればいいだろう」
タケイは杉の木にしがみつきながら力を抜いた。
シュッシュッ。
タケイの横を何本もの矢がすり抜けて行く。
「やつら。本気にさせすぎたでゲスかねぇ」
見ると、騒ぎを聞きつけ本陣の部隊がやってきたのだろう。松明の数から察するに十数名いるだろいう。
本陣の部隊は精鋭で、弓の腕も見張りの人間とは比べ者にならない。
「これはまずいのぉ、ここで死んでしまっては言いつけを守れないでゲスよ」
 タケイは妙に楽しそうにいい、木から木へ飛び移った。
 今川の兵士十数人が小男一人に翻弄された。
頭上を飛び回る猿のような小男を、皆が目で追った。
すると、タケイは皆のいる中心部に降りた。
鳥が着地するように落下したタケイは、地面につま先が着くと同時に、近くにいた男の太股を切りつけた。
タケイは小刀を鞘に納め、取り押さえようと迫ってきた男の身体を駆け上がり、そのまま近くの木をよじ登ってしまった。
そこを狙い、弓矢の束が襲いかかってくる。
タケイは枝に飛びつき、回転して上の枝に移ろうと手を伸ばした。
「しもぉた!」
タケイの懐から密書がハラリと舞い落ちた。
すかさず舞い落ちる密書に手を伸ばした瞬間、タケイの肩に数本の矢が突き刺さった。

 ドサリ。
 タケイの小さな身体が地面に落ち、斜面を転がった。
「捕まえろ!捕まえろ!殺すでないぞ!何をしに潜り込んだのか調べる」
 タケイは斜面の窪みに落ち、力無く天を仰いだ。
木々の隙間から星が見える。
「これでいいでゲス・・・」


 タケイは今川隊の本陣へ引き出された。
二人の兵士に両腕を捕まれ引きずられて来るタケイの顔は赤々と腫れ上がり、変形し、それが松明の明かりに浮かび上がり、異様な様を見せていた。
「いったい何の騒ぎじゃ」
今川の家臣、岡田喜八郎と言う者が騒ぎを聞きつけ、家臣団の詰める幕の中から出てきた。
「カッパが潜り込んでおりました」
「何ぃカッパだと」
喜八郎はゴミでも見るようにタケイの晴れ上がった顔を一瞥すると。
「汚らわしい、斬って捨てておけ」

「岡田様!お待ちください!この者どうやらだだの物見ではないようです」
見張りのうちの一人が、タケイの落とした密書を見つけだし、喜八郎の前に差し出した。
「なに・・・」
密書を一読すると喜八郎の表情は見る見る険しくなった。
「そのカッパ。よぉ見張っておれ」
喜八郎は渋い顔のまま幕の中へ消えた。

喜八郎は陣の中に戻ると、侍大将の安部川彦一を幕の外へ呼び、平伏すると密書を手渡した。
彦一は密書に目を通すと、眼球が飛び出るほどに顔面を硬直させ。
「喜八郎。このことは他言するでないぞ」
と、震える声を残してその場を去った。

彦一は今川義元の居る陣内まで走り、息を切らせ、その幕の外で平伏し叫んだ。
「殿!殿!安部川彦一に御座います。殿のお耳に入れたいお話が御座いまして散じました」
「うるさい!今で無くともよかろう」
 義元の声がトゲついている。
「しかし。急を要する用件にて」
「やかましい!後じゃ後じゃ!今、勺経と陣張りについて論じておる!後にいたせぇ」
「勺経先生がおいでですか・・・」
 彦一の手が震え、脂汗が全身からにじみでた。
「では、彦一ここでお待ちしておりますゆえ」
「そうせい」
 義元の声から議論が白熱し、義元をいらだたせて居るのがわかった。

 一時間ほどすると陣幕の中から勺経が疲れはてた表情で現れた。
「安倍川殿。お待たせいたし申しわかない」
 そういい残すと、勺経はゆっくりとその場を立ち去った。彦一はあまりの緊張と恐怖で勺経を直視する事ができなかった。

「彦一。入れ」
 暫くすると、義元の機嫌の悪い声が幕の内から飛んでくる。
彦一は陣幕をまくり、義元の方へ深々と一礼し、二歩ほど前に歩みでるとその場で平伏した。
「彦一、ワシは疲れておる。勺経の奴め、長々とワシに説教をしおって・・・」
義元の白塗りの化粧が疲れでひび割れていた。
「これ以上こみいった話はしとぉないのじゃ彦一」
「殿のお疲れお察しいたしますが、急を要する話でありまして」
「前置きなどよい。はよぉ本題を話せ」
義元は露骨に疲れを全面に出した顔を見せ、話を終わらせようとしていた。
「では、殿。気をしっかりもってこれをお読み下さいませ」

 義元はため息を吐くと書状に目を通し始めた。
 義元の白粉顔が見る見る、怒りと恐怖に震え、全身が震えるのが彦一からも手に取るようにわかった。

「これは・・・」
義元の絞り出すような声。
「オワリの織田から勺経先生に宛てられたものであります」
「わかっておる」
義元は空を睨み、右膝をポンポンと叩くと。
「大飯を呼んでくるのじゃ」

数分後、大飯源吾郎という枯れた小枝のような細身の老人が現れ、信長の密書とされる物に目を通した。
この時代、大国主には大体「判別師」と呼ばれる文章鑑定人を囲っていて。
近隣の国主の肉筆、右筆の書いた筆の癖まで頭に入っている判別師の中でも大飯源吾郎は最上級の判別師との呼び声が高かった。
その大飯源吾郎が、書状に軽く目を通しただけで、信長の肉筆と断定した。
「では、ここに書かれている事は誠である。と、そういうのだな」
「真筆であることは間違いございませぬ、ならば、内容も真であろうかと存じます」
「左様か」
義元はため息のように言うと。
「勺経をここへ連れて参れ」
義元の目は怒りと絶望で光を失っていた。

「先ほどの軍議、儂の桶狭間への進行をあれほど拒んだのは、あのうつけと共謀し儂を亡きものとするためか」
義元の声は冷ややかで感情がない。
「何をおっしゃっているのか私には解りかねますが」
「これを見よ!」
義元は信長からの密書を勺経の方へ放り投げた。
「それには、織田のうつけと勺経で儂を亡きもっとし、領土は分けあおう、と、書かれておる。その為には桶狭間山に儂を縛り付けておけと・・・」
「そのような」
勺経は書状を拾い上げ、震えながら内容を確かめ。信長の策略を悟り身震いした。
「これは信長の策略で御座います!どうか、冷静に」
「勺経。この内容から察するに、この提案はお前から出されたものらしいのぉ」
義元の目はすわり、もう勺経の弁解も届きそうにない。勺経は我が身の終焉を悟る他なかった。
「儂が桶狭間に進行したいと言ったのを、あのように強く否定したのは、オワリのうつけと裏で繋がっていたからなのだな・・・」
「殿・・・どうか冷静に。このような偽文章は誰にでも作れます。どうか殿。頭を冷やされて下さい」
「儂に頭を冷やせと?それは勺経。お前じゃ、その理屈ばかり入っておる頭を切り落とせば、その頭さぞ冷えるであろう」
 義元が周りの者に顎をしゃくり合図をすると、勺経は数人の者に取り押さえられ、瞬く間に首をはねられてしまった。

 タケイはというと、逆さ吊りにされ棒で叩き回され死んでいった。
酷い光景であった。
 タケイは拷問の中、勺経の首がはねられたと聞くと、薄笑いを浮かべ。
「それで死ねるでゲス」と吐き絶命したという。

左乃助の鬼腕・・第一章桶狭間編

左乃助の鬼腕。長い長いお話の最初のクライマックスがやってきました

左乃助の鬼腕・・第一章桶狭間編

架空の日本「ヤマタイ」でおきる鬼の腕を宿してしまった少年、左乃助と戦国武将たちの歴史大河ファンタジーです。 って軽い気持ちで読める物をめざして書いております

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-12-04

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 桶狭間編 8話 今川義元
  2. 外伝「タケイ」