いつか見た世界
はじまり
はじまり
その日、堀田誠(ほったまこと)は、思いがけない邂逅を果たした。
「ありがとうございましたー」
店員の言葉に軽く会釈をして、店の自動ドアを開けた誠を迎えたのは、ちらり、ちらりと舞い降りる、白い妖精たちだった。
午後七時を回り、駅前通りは活気に満ちあふれていた。喫茶店横に飾られた、クリスマス・ツリーのライトが、いよいよ本格的に灯され、辺りに色とりどりの光彩を放ち、さらに舞う白い妖精たちとの相乗効果によって、道行く人々を笑顔にさせていた。
ホワイトクリスマスなんて……生まれて初めてだな。
楽しそうに会話をする人々の傍ら、誠は、左手に黒いハンドバッグを握りつつ、少々不安げな顔をして歩いていた。
バッグの中には、大切なものが入っていた。
大丈夫。きっと喜んでくれる。
そう自分に言い聞かせると、少し楽になった気がした。自然に、引き締まった顔がほころんだ。
大切なもの。その正体とは、誠の幼馴染、葉月恵(はづきけい)へのクリスマス・プレゼントだった。
誠には、両親がいない。誠が中学校に上がるころ、交通事故で亡くなってしまったのだ。
誠にとって、恵は、ただの幼馴染以上の関係だった。誠に料理を教えたのも恵だし、誠が困った時に手を貸してくれたのは、いつも恵だった。
おそらく、恵にとっても、誠は、ただの幼馴染以上なのだろう。
そんな中、誠は、恵が独り暮らしのため、引っ越しをすることを知った。日時は、十二月二十六日。すなわち、今の誠から見れば、明後日ということになる。今まで、ほとんどお礼らしいお礼をすることができなかった誠は、せめて一度だけでも、きちんとしたお礼をしようと考えたのだった。
結局、誠は十分なお金を持っておらず、あまり込んだ物を買うことはできなかったのだが。
やがて、轟音を上げて通過していく鉄道の高架下をくぐり、しばらく進むと、辺りは一転して閑静な住宅街になった。大きく眩いイルミネーションが飾られているわけでもない。それでも、時折見かける小さなクリスマス・ツリーが、駅前の活気を脳裏によみがえらせた。
雪は降る勢いを増し、次第に路面がうっすらと白くなり始めていた。
地面を踏みしめる靴音が、次第に柔らかい音へと変わっていった。
すれ違う車も人もなく、誠は、ただただ一歩一歩、歩みを進めていた。
あまりにも人気のない世界を歩いているうちに、誠は自分が世界に一人取り残されたかのような感覚を覚えた……。
……一つの邂逅を果たすまでの、わずかな間。
いつか見た世界