自然の摂理

授業で流された映像。それは凌辱にしか見えなかった。

「次のは少しキツイ映像なので、見たくない人は画面をオフにして下さい」
 先生の忠告に”嘘”はないから、ほとんどの女子が従った。一方、興味深々の男子の方は特に構う様子はない。
 一拍置いてディスプレイのブルーが消えた。
 映し出されたのは灯りの落とされた一室で、置かれたベッドがアップになると、セックスに勤しむ男女の姿が確認出来た。
 でもニヤリとしたのは一瞬だけで、皆、違和感の正体を探ろうと画面をじっと凝視する。
 横たわった細身の女性に腰を振るのは割と筋肉質の男性で、いわゆる正常位での合体だ。
 ただ衣擦れ以外に聞こえる音は男性の荒い呼吸だけ。しかもアップの顔は苦痛に歪んで、悲鳴のような呻きを漏らし、”頑張ってる”のとは異なる汗が顎からぼたぼたと垂れている。
 女性の方も不自然だ。眠らされているのか、明らかに脱力した手足はだらりと垂れて、されるがままに犯されている、……ように見える。
「やだ……。これってレイプされてるんじゃないの?」隣りの璃美が口を押さえて目線を逸らすと、ちょうど私と目が合った。
 私は小さく顔を傾けて、「何とも言えない」と無言で返す。確かに合意の上とは思えない。けど先生の意図がどこにあるのかが気になった。
 視線を戻すと、男性の動きが激しくなった。
 左右に大きく開かれた細い脚。その間で彼が突き上げる度にダブルベッドがギシギシと軋み、豊かな乳房が上下に揺れる。
”はっ、はっ、はっ……”規則正しく繰り返される行為がなんとも不気味で、私も璃美の意見に傾いた。
 仮に女性が泥酔しているのだとしても、これは準強姦罪というヤツだ。やはりどう好意的に考えても、そうとしか思えない。
 右下で繰り下がる数字の羅列がゼロを目指して減っていく。しかしその横に表示された日付に気付いて、私はちょっと驚いだ。

 途端に映像が切り替わる。
 明らかに別の部屋。間接照明が室内全体をうっすらと照らして、二人の異常な関係をはっきりと映し出していた。
 なぜなら口に猿轡、両の手首を括られた若い女性が交わっている。
 さっきと同じように女性が下の正常位だが、今度は眠らされてはいなかった。
”くっ! あっ、うっ……”くびれを掴まれて押し込まれる彼女の華奢な上半身が、右に左に捻られながら何度も何度も仰け反った。
 人の性癖は様々だから、単にこういう行為がお気に入りなのか、と最初は単純に考えた。
 でもそれは違ったらしい。
”痛いっ! いた……いよ……”女性の口から漏れるのは悲鳴ばかり。実際、彼女の頬には涙の跡が光っている。
 処女なのか、それとも経験が浅いのかは分からないが、ともかく相手の男性に気遣う様子は見られない。それどころか、のたうち回る小さな裸体に被さって、逃げられないように肩を抱き、彼はさらに激しく突き上げた。
”んあっ! やだっ、いやぁ!”艶めいた淡いピンク色の唇。そこからゴボゴボと泡が弾けて垂れる。
 それでも男性は止まらなかった。
 背中と接したシーツの色が汗で濃くなり、広がっていく。
 吠えるような野太い声と同期して、上を向いた土踏まずががくがくと小刻みに揺すられる。
 髪が解れてブラウンがベッドに広がった。
 寝室は落ち着いた木目調の家具で統一されていて、かわいい小物も飾られている。それらは皆綺麗に並んだままで、脱ぎ散らかした衣服も見当たらない。
 二人は暴漢と被害者の関係じゃなく、実は夫婦なんじゃないのか? そう思い付いたのは私だけだろうか?
 しかし二人の関係がどうであれ、女性が子供みたいに泣いているのは紛れもない事実。幸せだった家庭に在らぬ不幸が訪れた、ということなのか……。
「ひどい、酷過ぎるよ……」そこで璃美は画面を閉じたが、その判断は正解だった。
”ごぼっ!!”突然、女性の呻きが途切れ、動き続けた二本の腕もいきなりぱたりと事切れた。
 あまりの痛みに気を失ったのは明らかだ。
 鬼のような形相でペニスを押し込む鬼畜の姿に、教室はシンと静まり返る。
 その瞬間、男性が、いや、犯人がフィニッシュし、生徒の心を突き刺すような慟哭の雄叫びを上げた。

 ***

「あれ? まだ続きがあるんだけどな……」先生が口を挟んだのは、机に埋め込まれたモニタからすべての光が失われてしまったたからだ。
 しかし気分の悪くなった女子が一人二人教室を飛び出して行き、他の生徒も皆、打ちひしがれたように俯いたまま、誰も返事を返さない。
「これって一体何なのよ?」璃美のそんな呟きこそが、ここにいる全員の代弁だった。
「先生、これって大昔のヤツですよね?」顔を上げ、私は挙手もせずに問い掛けた。
「ああ、知ってる人もいるんだねぇ」まだ若い教授は感慨深げに息を吐く。「最後のは人工授精を行う場面だったんだ」
「ああ……」そっか。なら、そっちを先にすればよかったのに、と思いつつ、私は気付いた理由を追加した。「日付が相当古かったから……」と。
 私は昔、こういう世の中があったと知っていた。
 それは数世紀も前の大昔。
 でも誰が、どうやって引き起こしたのかは、未だ解明されていないという。

 概略はこうだ。
 地球の人口が百億に達しようという頃、突然人類の肉体が”進化”した。
 より大きな遺伝子の差異を求めるように塩基配列が変化して、男と女の合体を容易に許さなくなったのだ。
 似通った遺伝子の二人が無理に交わろうとすると、耐え切れないほどの強烈な痛みが伴ったという。
 これではどんなに愛し合った二人でも、身体を重ねられるとは限らない。それはまるで愛の強さを試されるかのようだった、という雑誌の記事も記憶にあった。
 つまり二つの映像はレイプではなく、当時、愛情と子作りの狭間で苦しんだ、幾多の夫婦の一例だった。
 女性を眠らせて、苦痛に耐えてでも子を成そうとした者。人工受精を試みた者。方法は様々だったが、片や痛みに耐え切れず、片や費用を工面出来ず、驚くほどのスピードで子供の数が減少した。
 もちろん女性を眠らせ、拘束したのは痛みから逃れ、耐える為。猿轡は舌を噛まない為の工夫だった。
 いずれにしてもコトは秘め事。国連や政府の対策が後手に回ったのは仕方がない。
 初めはウィルス説や陰謀説も囁かれたが、地球規模の同時発生を説明出来ず、結局、最後まで原因の特定もなされなかった。
 分かったのはDNAが変化して、近親を拒むようになったという事実だけ。
 結局、地球が自身を守る為に”動いた”んじゃないのか?
 どこかに隠されていた秘密のスイッチをオンにしたんじゃないのか?
 すべては憶測、推測に過ぎないが、これも自然の摂理の一部なんだと、納得させられるだけの理由があった。
 確かに当時、増え過ぎた人類が地球を滅ぼす勢力だったのは事実だが、実は目前に地磁気の逆転が迫っていた。
 バンアレン帯が縮小すると、オゾン層も一緒に薄められ、地上に通常の数倍の高速粒子や紫外線が降り注ぐ。それは”裸”の肌を傷付けるのだ。
 すべてはまさに天網恢恢。十年ほどで地磁気の反転が終わりを告げて、南北のNとSが逆転すると、DNAも時を置かずに”退化”した。
 すなわち、現在と同じように誰とでも自由に性交出来るように戻ったのだ。
 その間、世界の人口は激減し、僅か十億までに縮小したが、”意図的”な混血が進んだお蔭で、この教室にいる生徒の肌も皆、イエローではなく黒に近い。
 メラニンは強い、言い換えれば高いエネルギーの光線に耐性がある。
 ……つまり、そういうことだ。

 そうして地球は人を守り、同時に自らの負荷を減らすことにも成功した。
 果たして絶滅しないよう身体に変化を与えたのはどんな理由によるものだろう?
 天網恢恢。そうやって人知の知れぬところで私たちは生かされている。
 生殖概論。担当の教授のメッセージは、多分そのひと言に尽きるのだと思う。

自然の摂理

自然の摂理

授業で流された映像。それは凌辱にしか見えなかった。

  • 小説
  • 掌編
  • 成人向け
  • 強い性的表現
更新日
登録日
2013-12-04

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