practice(26)



二十六



 『ちくちくとする草よりも,すやすやとした寝顔にかける言葉が光の中で見え難いから陰日向を作りたいと思う。手を翳したりしたものでなくて,貰った帽子を被ったりしたものじゃなくて,もっとしっかりとした別のもので,時間によって影も形も変えたりするもので。
 小高い丘の上に登って来てくれたボールには名前を書いて,色違いの屋根の上を低く行く雲には落書きをして,吹く風に掛けるのはいつも背が高かった癖っ毛に,ずっと届かなかった感謝の気持ち。繕い直した季節の青の上には淡々と流れる歳月に,負けず劣らずのものを乗せて,歩き込める。その仕方が面白い様に違うと言われたうちの一人分は過ぎる人の数を数えるより,立ち止まる出会いを覚えて,方向音痴は無くなった。それから寄り道も上手になって,近道だって見つけられるようになった。迷子なら小さい時分から考えても,もうない。振り返ることはあっても,それは違うことを考えた結果,朝陽の中に忘れたように,そこだけにあると思い出すためにあるから,また心配は要らない。季節はもう,秋を過ぎてる。
 着込んだ格好は毛糸ばかり,ふっくらにもなって,風邪は引かないようにと言われたから,暖かさは忘れて行かない。昔取った杵柄で飛んだり跳ねたりは,もう出来ないから,石畳の道をしっかりと踏んでる。澄んだところに大人な素振りを見せながら,雨とかに滑りやすい底に気を付けながら,駅を出てから帰る道にも訪れる時間にも,見失わない気持ちが無くならないのは一歩も先を行かないで,夕陽に暮れる事も惚ける連れ立つようオレンジのおかげと分かってる。果物好きな事実はきっと,例えば野菜屋さんに行ったりしても,何個だって買える可能性を探してる。それには笑うことはあっても,求めたりはしない。野菜屋さんで出会った女の子のように,誰よりも先に座って,見送る準備もしてる。小さな声で泣いたり,大きな顔で嘘を付くこともしないでいつもの調子,いつもの私で,『いつもみたい』をいつでも出来る私で居る。
 だからいいとは,言わないけれど。
 手紙のように書いた私事とテーブルに置いたひと挿しの花に,つける花言葉を外して,ポケットの中に仕舞い込むのは,意地悪でも何でもなく,育てて欲しいこと。いつもと違うように曲がり角を二回ずつ曲がったら,辿り着ける野菜屋さんで女の子にまた出会えたら,渡してあげたいひとつのこと。
 陽射しみたいに,期待してる。』


 

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-12-04

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