小春日和

     雲ひとつない空は、なんだか退屈だけど
     晩秋のとある日、暖かさに誘われてプラプラ散歩しながら買い物に行く。
     丘の上の土の道、道というより草の中、皆が歩いて踏み固められてできた通り路
     そこを歩いていると、なんだか地面がキラキラと光っている。
     
     

     陽の光になにかが反射しているのだけど
     まるでプラチナの粉でも蒔かれているようで、奇麗に見えた。
     それが気になって下ばかり見ていたら、
     陽溜まりをアリンコたちもへたりへたりと歩いているのを見つける。
     


     やっぱりあたたかさに誘われたのか。
     足元にいるのに気がつけば、よけるのだけど
     何匹かは、すでに私の靴の下敷きになってしまったかもしれない。
     


     太陽の熱にあたためられた風が気持ちよい。
     遮るものなく陽の恵みを浴びて。
     この心地よさを味わえるのもまた後少しになってきた、と空を仰ぎ思う。
     


     しばらくの間、南の海で熱帯魚みたく暮らしたいのだけど。
     そんな余裕もないし、金魚鉢の金魚のごとくあるしかない。
     


     ご存知ですか放置された人工林を。


     
     やがて、その腐った山から胞子が飛んでくる。
     ほんとうは害のない花粉なのだけど
     私にとっては毒気を孕んでいて、身体を蝕むもの。
     


     山や木々のせいじゃない、営利目的な人間の仕業、その仕打ち。


     
     それは自然の循環を狂わせただけではなく、心に与える影響もありそう。
     本来の日本の秋の山々は繊細な彩りをみせ、心を膨らませるような感動を与えてくれる。
     その光景が日本人の情緒を育んできてたのではないだろうか。
     でも今はその中に、瘡蓋のような暗いかたまりが点在したり、
     一山まるまる、黒い山になっていたりして、紅葉を愛でる目に違和感を与える。
     なめらかなビロードに手を滑らせ、でも途中に綻びをみつけた手触りのような。
     ため息が落ちる。


     
     なんてね、せっかくの小春日和だ。
     気を取り直して、ひとときの夢を歩もう。
     踏んでしまったアリンコさん、
     ごめんなさい。

小春日和

小春日和

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-10-02

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