魔法使いのかくれんぼ

次の読み物を考えていたはずが、こんなものが単体で出てきてしまい、とりあえず残しとこうという…
本当にくだらない話です。

第0話

最初に言っておきたいことがある。
俺は主人公なんて大それた登場人物なんかじゃない。この話に主人公は存在しない。
俺の憧れるヒーローなんかもいない。
だから俺の知らない所で、金持ちのお譲ちゃんが誘拐ついでにかくれんぼをしてみた話だとか、ものさがし専門の探偵が実につまらなそうに謎解きをする話だとかがあったところで、そいつらが主人公になるわけでもない。
こんなのは雑談で、与太話だ。
俺は暇つぶしに語るだけ。
俺が語るから、辛うじて物語となった、そんな話。


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第1話

魔法が奇妙奇天烈摩訶不思議な力だと思うか?
非科学的だとかそんなことを聞いてるわけじゃない。魔法自体は本当に存在するんだから。
魔力は誰でも持ってるけど、誰でも魔法が使えるわけじゃない。
これは一種の才能。一生のうちに一つでも見付けられたら良い方だ。そして使える魔法に依れば天才と称される。
モノに依る。
偉そうに語っているが、俺は魔法が使えない側の普通の人間だ。
一方、今俺の目の前に居る見るからに不愛想な男は
「さっきから何なんだ。俺の顔に何か付いてるか?」
探偵の魔法使い。あるいは魔法使いの探偵、である。
「べつにぃ?魔法使いっつーのはどんなもんかねぇ、と思ってね」
「どんなもん?」
「ほら、魔法使い同士ってわかるらしいじゃん?魔力が見えるとか。どんなふうに見えるんだ?」
「知らんな。俺は俺以外の魔法使いに直接会ったことがないし、確かそれ、同種の魔法使い同士じゃなかったか?」
「ん?そうだっけ?自分に関係ないことは覚えが悪いなやっぱり」
「興味がないから俺もうろ覚えだがな」
そう言って、読みかけの資料に目を戻す。
「それ、仕事の依頼?」
「ああ。飼い猫を探してほしいって依頼だ。こっちは犬、インコ、モモンガ、…」
「あっはは、大繁盛」
わざと呆れたように笑ってみせると、探偵はさして気にも留めない様子で答える。
「御蔭様でな」
探偵の魔法は『ものさがし』だ。
果たしてそれが魔法なのかと疑問に思うのは尤もだが、あるものはある。
だから言ったろ?モノに依るんだって。
「ものさがしは嫌いじゃない」と言っていたから、本人は気に入っているらしいが。
「浮気調査とかねぇの?俺そういう方が興味ある」
「あったとしたら断わりたい」
ないそうだ。
「そういう姿勢って職務怠慢じゃねぇの?」
「お前には言われたくない」
そう言って、探偵は壁掛け時計を指差す。
「……ぉうぇ!?もうこんな時間か!?」
昼休みが終わろうとしていた。
俺は毎日のようにこの探偵事務所を訪れてはいるが、助手とかそんなものでは決してない。
俺は俺で仕事がある。
「じゃあ、またな!」
「もう来るなよ鬱陶しい」
相変わらず辛辣な友人の言葉を背に受けながら後ろ手にドアを閉め、探偵事務所を後にした。
「…あー、言い訳どうしよう」
遅刻は絶対怒られる。
人生に迷ってたとか言ったら殴られるかな。


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第2話

「警察庁総監の御息女が誘拐されたわ」
職場に戻り、言い訳をしようとした俺に同僚は怒るでもなく開口一番そう言った。
「へぇ、そいつはまた…」
面白いことになってるな、とか口に出したら殴られるどころかクビだろうな。
俺の仕事は、まあ…堅い言い方が嫌いだから「おまわりさん」と呼んでおこう。
俺の好きなヒーローに近い職業だろ?
「どんな状況なんだ?」
「犯人はもう捕まえて、取り締まりも一通り済んでるの」
「なんだ、解決か」
「それがそうじゃないのよ。この誘拐犯、どうやら魔法使いらしくて…」
「魔法使い?」
なるほどそれはさらに面白くなっている。
「自分は神隠しの魔法使いだと言っているの」
「厄介だな」
いやほんと、面白い面白い。
神隠しは何でも隠してしまう。物も人も事の真相も。だから供述もあてにならない。
何が本当なのか、何が嘘なのか、本人にしかわからない。
犯人が捕まる前に総監の御息女から誘拐されたと連絡が入ったのだから、恐らく誘拐は本当なのだろう。
ところで犯人は、どうして自分を隠さなかったのだろう?
「愉快犯。犯人はゲームをしようと言ってきたそうよ。24時間以内に御息女が見つからなければ私たち警察の負け。世間には警察の不甲斐無さが広まるってわけ」
声を出して笑いそうになってしまった。何だよこの展開は。
面白いじゃないか。上手くいけば俺はヒーローの一人になれそうだ。
そう、一人に。
俺一人では無理だけど。
つまりこれは、あいつの出番ってことだろう?


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第3話

「喜べ相棒!仕事を持ってきてやったぞ!」
本日2度目の訪問。俺は探偵事務所のドアをいつも以上に勢いよく開けた。
「誰が相棒だ」
「そう言うなよ。とにかく仕事、引き受けてくれるよな?」
「内容による」
「お前向きだぜ?誘拐事件だよ誘拐事件!しかも誘拐されたのは我らが総監のご息女だ!こいつは派手だろ、かっけえだろ?」
「断る」
即答だった。清々しいほどに。
「それはお前ら警察の仕事だろう?そういう仕事は御免だ」
「そうはいかねぇ!俺がクビになるかヒーローになるかって話なんだぜ!?」
「転職は若いうちが良いぞ」
「しねぇよ!!」
意地でも引き受けてもらわなければ総監に「お任せください」と言ってしまった俺は本当に後に引けない状態だ。
「犯人はもう捕まってるんだがそいつがどうやら神隠しの魔法使いらしくてな。だから頼れるのはお前だけなんだよ」
探偵の両肩を掴む。
「考えてみろよ。今もどこかで小さな女の子が誰にも見つけてもらえず一人ぼっちなんだぜ?可哀想とか思わねえの?可哀想だろう?あーあ、泣いてるんだろうなぁ、お譲ちゃん」
暫くすると探偵は観念したかのように溜息を吐いた。
「わかったよ、捜せばいいんだろう、捜せば。その前に、その犯人とやらに会わせてほしい」
「犯人に?」
何をする気なんだ?
気にはなるがやっと乗り気なところに余計な質問はしない方がいいかもしれない。
「わかった。引き受けてくれるってんなら、話は通してみるよ」


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第4話

「なるほど、わかった、捜しに行くぞ」
「え?ちょ、待てよ!」
犯人との面会時間は10秒に満たなかった。
それまで嫌な笑みを浮かべていた犯人もぽかんと口を開けてしまっていた。
「まったくなんだってこんな…」
すたすたと先を歩く探偵はそんなことを呟いた。
「どうしたんだよ?」
「つまらないかくれんぼだよ、これは」

「本当に…ここにいるのか?」
辿り着いた廃墟には見覚えがあった。
というか、散々捜索した場所に俺が案内しただけだ。
探偵は
「犯人の供述通りで良い」
とだけ言った。
何度も何度も捜した場所だ。人一人を、見落としなんてあるわけがない。
探偵は手を差し出す。その先に目をやると
「かくれんぼは、終わりにしましょう、お嬢さん」
一人の少女が座り込んでいた。何に隠れるでもなく、ただそこに座っていた。
驚いたように大きな目をぱちくりさせて。
「お前がお譲ちゃんなんて言うから、もっと子どもだと思ってたぞ俺は」
「…あ、あー、だってまだ高校生だろう?お譲ちゃんじゃねぇか」
いつもの調子に答えたが、状況の飲み込めない俺は少女と探偵を交互に見つめた。
「お怪我はありませんか?」
「は…はい、大丈夫です。あの、」
「怪しい者ではありませんよ?あなたのお父上に頼まれて来たんです。俺はただの探偵ですが、こっちはこれでも警察です」
「何だよ失礼だな」
そう言いながら俺は警察手帳を少女に見せる。
「それじゃぁお譲ちゃん、帰ろうか。お父さんが心配してるよ」
「………はい、そう、ですね」
どことなく腑に落ちないような表情の少女は制服の汚れを払うようにして立ち上がった。
やっと見つけてもらえたってのにどうしてこんなに浮かない顔なんだ?

俺は、ヒーローになれたんじゃないのか?


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第5話

謝礼金は勿論………出なかった。
まあ手柄は手柄として。俺の出世の糧にはなったようだった。
けれど探偵は貰えたはずの謝礼を断り、何も受け取らなかった。
「もったいねぇの」
誘拐事件解決から数日後。
いつもの埃臭い探偵事務所でいつもと変わらない探偵を見て言った。
「俺は何もやっていないからな」
意味のわからないことを言う。
「あれはただのかくれんぼだ」
「かくれんぼねぇ」
確かにそうなのだろうけれど。
そのとき、こんこん、と。控え目にドアをノックする音が聞こえた。
「どーぞー、開いてますよー」
探偵の代わりに俺が返事をした。
依頼人でも訪ねて来たのかと、開くドアを見やる。
「あの…先日は、ありがとうございました」
来訪者はそういって頭を下げた。
「あれ?お譲ちゃん?」
総監のご息女だった。
「俺は何もしてませんよ」
「いいえ、探偵さんは私を見つけてくださいました」
「…貴女の望む結果ではなかったようですが?」
は?
一瞬、時が止まったようだった。
探偵がまた意味のわからないことを言ったせいだろう。
「おいおい何言ってるんだよ。お譲ちゃんが望む結果って」
「貴女は何をしに今日ここにいらしたんです?俺はもうかくれんぼには付き合いませんよ?」
「やっぱり」
と少女が呟く。
会話から爪弾きにされたらしい俺は黙って聞いているしかなかった。
「探偵さんも、魔法使いなんですね」
納得したように言う少女を見て俺は、先日の少女の表情を思い出していた。
あの、腑に落ちないような表情を。


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第6話

「そうですよ。ものさがしの魔法使いです。貴女とは逆で」
「おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい」
堪らず会話に横槍を入れた。
「どういうことだよ?」
「どうもこうも。神隠しの魔法使いはあの犯人じゃなくてこのお嬢さんの方だったってだけの話だ」
「…はぁ!?」
「ごめんなさい。本当に」
お譲ちゃんは深く頭を下げる。
「いや、謝られても…俺には何が何だか」
「そうですよ、お嬢さん。謝罪をする必要はありません。貴女が誘拐されたのは本当なんでしょうから」
「待て待て謝罪はいいけど説明してくれよお譲ちゃん」
少女は申し訳なさそうに俯き静かに話し始めた。
「…私、最初はよくわからなかったんです。自分でも、こんな魔法が使えただなんて確信はなくて。そんなときに、誘拐されてしまって…」
誘拐犯は面白いほど自分たちが見つからないもんだから勘違いをしてしまったらしい。自分は神隠しの魔法使いだと。同時にお譲ちゃんはお譲ちゃんで、確信が持てたということだ。
「この魔法を使えばすぐにでも逃げ出せました。けれど、…」
お嬢ちゃんは言葉を詰まらせた。
「けれど、試したくなってしまったんです、父を。…心配を、してもらいたかっただけなんです」
「あー…、なるほど、ちょっとわかってきたぞ。お譲ちゃんはたまたま遭遇した誘拐事件を利用して確かめたかったんだな?毎日仕事ばかりのお父さんが自分を想ってくれているのかどうかって」
年頃の女の子の、可愛いわがままだったというわけだ。
「あはは、まんまと騙されたわけだ、あの犯人も、俺たち警察も」
女子高校生一人に。
犯人は自分を神隠しの魔法使いと思い込み、俺たちもそう思い込んでしまった。
まったくタチが悪いな、この魔法は。
「先ほど探偵さんは、私の望む結果ではなかったとおっしゃいましたけれど、そんなことはありませんでした。父にはちゃんと、隠さず全て言いました。すごく怒られましたけど、謝ってもくれましたから。沢山の方に御迷惑をお掛けしておきながらこんな言い方はすべきでないと思うのですが、私には十分すぎる結果でした。まだ犯人さんには御迷惑が掛かりそうですけれど、そちらにも正直にお話しするつもりです」
「まあ…犯人の罪状も少しは変わりそうな話でもあるしな」
それでもこの話ならお譲ちゃんまでも罪に問われるようなことはないだろう。いざとなればお譲ちゃんとは対の魔法使いであるこの探偵が証言すればいい話だし。
犯人は自業自得だ。
「今日はこれから、弁護士の方にお会いする約束もしているんです」
「送って行こうか?てか、付き添おうか?」
なかなかしっかりしてそうなお譲ちゃんだが弁護士と女子高校生という組み合わせは不安を感じざるを得ない。
「いえ、大丈夫です。父が来てくれるので」
そう言って、照れたように彼女は笑った。


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第7話(最終話)

最後にまた深々と頭を下げて、お譲ちゃんは探偵事務所を去って行った。
「何だよ、相棒の俺に隠しごとかよ」
ものさがしの魔法使いが隠しごととはくだらない洒落だな、おい。
「俺が話すべきことじゃあなかったろう?」
確かにそうだが。
「それに、隠すのは俺の特技だ」
「………何だって?」
「隠す場所がわかっていないとさがせないだろう」
「だから、どういうことだ、それ?」
「ものさがしの魔法なんてものが、本当にあると思うか?」
「………………」
おいおい待て待て。
まさか探偵、お前の魔法って本当は
「…俺はお前がときどき堪らなく怖いと思うよ」
それだけ言うと、探偵は「そうか」と笑った。


.fin.


ただ心底安心したのは、この話でヒーローになれなかったことだ。
なれなくていい。こんな物語の主人公なんて願い下げだよ。

魔法使いのかくれんぼ

何だったんでしょう、この話…;
私の消化不良が治まっただけです;;
お付き合いいただき、本当に、ありがとうございました。

魔法使いのかくれんぼ

「物語に主人公が必ず存在すると思うなよ?」 そう難しく考えるなよ、単なる俺の戯言なんだから。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-10-01

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 第0話
  2. 第1話
  3. 第2話
  4. 第3話
  5. 第4話
  6. 第5話
  7. 第6話
  8. 第7話(最終話)