工作ガール

 

 工業製品のように無愛想な、でもどこかユーモラスな何かを作りあげたい。きらきら光るものや流行りのものは別に作りたくない。無骨で超シンプルで、それでいて間の抜けたおちゃめなものを作りたいのだ。どうしても。
 おもちゃでなくても、工作でなくてもよいのかもしれない。
 それはとても強い気持ちで、言葉ではどうしてもうまく説明することができない。でも誰かにわかってほしくて、認めてほしくて激しくもどかしい。焦るエネルギーは再び、工作にのめりこむ情熱へと滝のように流れこんでいく。心の循環システムはどんどんその規模を広げ、いよいよ熱を増していくばかりだ。

 姉が朝帰りしたとき、あたしはガムテープと格闘している最中だった。彼女はふわりとしたボウタイつきのブラウスに、ごく短いタータンチェックのパンツをはいていた。爪が桃色のグラデーションに色づいているところをみると、今夜は合コンだったらしい。
「遅かったじゃん。彼氏んち? 飲み会?」
「飲み会。あんた、また夜更かしして。なにを作成中?」
「和ちゃんに頼まれたやつ仕上げてんの、一歳になる男の子用」
「和ちゃん……ああ、三津子おばちゃんとこの」
 姉はあたしの机の上からコップを取り上げ、麦茶をひとくち飲んだ。
「うん、なんかね、上の子がこういうおもちゃを買ってもらったんだって。キャラクターがついてる乗り物ね。そしたら弟くんも遊びたいから争奪戦がすごいらしくて。なにか代わりのものお願い、って。和ちゃん、大変そうだった」
「そうか……人って争う生き物ねえ」
 ひとりごとのようにつぶやきながら、姉はショートパンツを脱ぎ、濃い紫のタイツを脱ぎ、ばっちり『田中』と刺繍の入った高校時代のジャージにはき替えた。ふと、あたしの手もとをのぞきこむ。
「あらー、先生。今度の作品、ちょっとすごいじゃないの」
 作っているのは、小さい子どもが遊べる手押し車だ。主な材料は、紙とビニール。縦横三十センチ、高さ五センチほどの段ボール箱に古新聞をぎっしり詰めて封をし、車輪つきのキャスターをビニールひもでしばりつける。フロントガラス部分にあたる前面は、牛乳パックを三つ重ねて接着した。ラップのしんと箱で作った持ち手をつけて土台の完成だ。色のついたガムテープを分厚くていねいに巻き、壊れにくいよう仕上げていく。今のところ、失敗もなくうまくできている。
 工作をやっているとき、姉はあたしを先生と呼んだ。これほど凝る理由は、保育士になりたいからだと思っているのだ。彼女を含め父母、祖母からいとこにいたるまで、親族全員がそう思い込んでいた。 
「そうだよ、かけてる手間が違うもん。作り始めて一週間経つけど、まだできてないし」
「へえーすごいね、レベル上がってきたね」
 化粧落としのコットンを片手に、姉はふと思い出し笑いをする。一番最初のおきあがりこぼし、ひどい不良品だったもんねえ。
「ちょっとぉ、もう忘れてよ」
「いや、あのゆがんだ顔は一生忘れられん。怖かった!」
 彼女はしつこい性格だ。手もとから目を離さず、あたしは即座に話を変えた。
「そんなことより、就職活動うまくいってるの」
「んー、ぼちぼちかな。まあ、どっか引っかかるんじゃないかね」
 特に不安もなさそうに姉は言う。へえ強気じゃん、さすがだねとあたしは笑う。
「だってどうにかするしかないじゃない」
 態度はさっぱりしていて、悩みは見えない。かっこいい、と口笛のひとつも吹きたくなるくらい。

 いつか訪れるX―DAYを、あたしはぼんやりと思い描く。ビッグバンは、あのほこりっぽい進路指導室で起きるだろうか。古い赤本や面接のノウハウ本、『猫でもわかる数学A』など等ぎっしり詰まった本棚に囲まれて、あたしは一人の味方もなく立ちつくすはめになるだろう。それはお腹が痛いときのようにつらく苦しい瞬間だろうか、それともいっそすがすがしい気持ちだろうか。
 進路という名のレールはたくさんあるけれど、興味の向くものが、そのなかにひとつもないとしたら。好きなことはあっても、理解してもらいにくい種類のものだったら。それを他人と共有したいという思いが、あまり強くなかったら。適当にごまかして、その場をしのぎ続けるのがベター――あたしの答えは、いつもそこにたどりつく。
 社会でのありふれた形式(一般常識と言いかえてもいい)に自分をあてはめておけるなら、心をすべて打ち明ける必要はないはずだ。要はふつうに人づきあいできるなら、本心は黙ってたっていいじゃんってこと。友達のAは「それ冷たくない?」と咎めるけど、あたしはそうは思わない。もっと冷たいことは、世の中にたくさんあると思う。
 ともかく、家族と学校をも巻き込んだ『教師志望』の幻想を、どのような形で終わらせるかが目下の悩みだった。高校二年生の今、デッドラインはひしひしと迫りつつある。先生なんて、もう一ミリもなりたいとは思えなかった。あたしはただ、工作が好きで仕方がないだけ。とくに深い理由もなく。 

 風呂あがりの姉からは、フローラルの青々しい香りがした。ぱんぱんと髪をタオルドライしながら、笑ってあたしのほっぺたをつねる。
「ほんとに、楽しいのね」
 あたしは目の前の置き時計をみた。AM3:55。
「楽しいよ」
 たった一人で考えて考え抜いて、ひたすら集中して手を動かすこと。思ったとおりにいかなくて、イライラして自分の頭を殴りたくなること。完成したときの誇らしさと、言葉に表せないほどの喜び。それら全ては素晴らしい快感で、進路指導室ではすこしも説明できない、最高のライフワークだ。

工作ガール

工作ガール

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-12-02

Copyrighted
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