ミス・ゴールドフィッシュ
「栄えある『ミス・金魚娘』は……海藤ミチルさんに決定しました!」
歓声と拍手が起こる。ミチルは、おっとりとパイプ椅子から腰をあげた。あたしはそっぽを向き、そんなん分かってたしとつぶやいた。勿論負け惜しみ。
「やはり美しいですねえ。おめでとうっ」
でかい蝶ネクタイをした司会者が、一抱えほどもあるトロフィーを手渡した。和金が踊るクラシックな浴衣で、ミチルはにっこり感謝の笑みをこぼす。会場からため息が漏れ、審査員たちはしまりなく笑った。
「馬鹿ばっかりだよ」
恨みを込めて、あたしは再びつぶやく。
ミニ丈の浴衣は、ピンクのランチュウが泳ぐ超・素敵なやつを新調した。かつてない高さに茶髪を盛ったし、カラコンもつけま(つげ)も、メイクだって完璧に仕上げた……のに駄目だった。ふと魔がさす。
「あいつ、本当は男ですよ! 地声はすんごい低いんです!」
あらんかぎりに叫んでやろうかとニヤつく。選んだおじさんたち、100%気づいてないだろう。一方で、そんなことに何の意味もないと知っていた。ミチルには、賞金もトロフィーも全然重要じゃない。奴は試してみただけなのだ、自分が”女として”どこまで通用するかを。
かなわないことは、幼馴染のあたしが一番よく分かってる。それでも全力を尽くすべきだと思った。芸能界を目指すと誓った、ライバル同士だからだ。
「ミスと準ミス、検討をたたえる握手をお願いします」
意味不明な儀式は続く。ミチルが目の前に立っていた。かんざしでまとめた黒髪が艶やかに眩しく、あたしは地面に目を落とした。突然、すごい力で腕をつかみあげられた。低く野太い声が降る。
「グジグジしてんな」
驚いて顔を上げると、観音様のような笑顔があった。久しぶりに会う、男のミチルだ。
「ちゃんと後ろ、ついてこいや」
荒っぽいけれど、優しさにあふれた言葉。蝶ネクタイの司会が、空耳かと目を白黒させた。あたしは反射的に「うるせえよ」と怒鳴る。その意気だとでも言うように、彼女はまたニヤリと笑う。
未だかつてないエネルギーが、ふいに心の底から湧いてくる。
悔しい、悔しい悔しい。あたしはこんなところでは終わらない、ちゃちなミスコンなんかで打ちのめされたりはしない。必ず後悔させてみせるから覚えとけ。とりわけ開催委員長のバーコード禿、首洗って待っとけよ!
あたしは挑むように、ミチルを強く見返す。
彼女はしとやかに背筋を伸ばし、小悪魔な裏声で「がんばってね」と囁いた。
ミス・ゴールドフィッシュ