ドラえもん最終回『宿題は、終わったのかい?』(ろく)
(ろく)
時は戻り、総理官邸にて──
「タイムパラドックス?」
スネ夫はそういうと片手を顎元にあて、記憶を探る様に答えた。
「たしか……時間旅行の際、歴史に影響を与える事による矛盾だったかな?」
「そう! さすが骨川くんだ」
出木杉はスネ夫の解答に敬意を込める。
そして肘を机に立てると、手を顔の前で組みながら静かに、そしてゆっくりと語り始めた。
「今、我々の文明は袋小路に迷い込んだと言ってもいいだろう。」
「君たちは知ってるはずだ。 『ドラえもんが来た未来の時代』に繋がるにしては、進化のスピードがあまりにも緩やかだと。」
その言葉に二人は思った。 確かにそうかもしれないと。
「そういやぁガキの頃、良く想像してたよな。 大人になる頃には宇宙旅行が当たり前に出来るって。」
「言ってたね。 チューブに乗って移動したり、ボタン1つで料理、そしてメイドロボ。」
二人はそう言いながら、昔良くドラえもん達と22世紀の未来に行った時の事を思い出していた。
タイムマシンで未来に行き、目に飛び込んできた風景には度肝を抜かされたものだった。
見たこともない建物やビルが立ち並び、その間を縫う様にパイプ状の物が延びていて、その中をタイヤの無い空飛ぶ車が走り回る。
街中には自由に動き周るロボット達、言葉を話し動き周る自動販売機。
ゴミがあればどんなモノでも回収する自動清掃ロボット。
その他、一家に一台のお手伝いロボットなど、色々なロボット達が人間と一緒に街中を行き交い暮らしていた。
まるで映画やマンガの世界に入り込んだかの様な錯覚にさえなる。
過去にそういう世界を自分達の目で実際に見てきたスネ夫たちにとっては、近い将来必ずそうなるものだと信じ込んでいたし、疑う事もなかった。
だが今、改めて『今の技術進化のスピードでは、あの未来にならないのではないか』と言われてみると、確かにその通りなのかも知れない。
だがそうだとすると、実際に自分達が見てきた世界は一体何だったのだ、という事になる。
二人はその矛盾に答えを見つける事ができなかった。
出木杉はそんな二人の心情を察しつつ話を続ける。
「うん。 ぼくも今の君達と同じ疑問に気が付いた。 それからは観察者として慎重に、注意深く行動するように努めたんだ。」
「君達が夏休みの度にしていた冒険にも参加せずにね。」
そう言いながらゆっくり席を立ち上がると、体を窓の外に向ける。
「……出木杉?」
ジャイアンはそんな出木杉の後ろ姿に違和感を感じていた。
元々出木杉とはそこまで仲が良かった訳ではない。
今更ながら昔話に華を咲かせたかったという訳でもないだろうし、相手は日本国の代表であり総理大臣だ。 そんな暇があるはずもない。
じゃあ、なぜ?
なぜオレ達にそんな話を?
いったい何が言いたい?
ジャイアンは色々と考えを巡らせるが、答えは出てこなかった。
きっとスネ夫も同様に感じているだろう。
彼等それぞれの思惑の中、室内は沈黙に包まれていった。
「今夜──」
出来杉は突然そう一言発すると、その沈黙を破った。
「今夜……文明を一足飛びに進化させる発明が、ある技術者によって完成する。」
「この事実は歴史が狂うほどの危険性をもっている為、全世界のトップに、
『彼ノ者ヘノ干渉を禁ズ』
と、未来から通達される程の超重要極秘事項だ。」
その突然の言葉にジャイアンは驚いた。
「お……おい、俺達にそんなこと話してもいいのか?」
「その技術者ってまさか……!?」
スネ夫も答える。
出木杉は後ろ目に二人の顔をチラリと見渡し、その通りと言わんばかりに微笑んでみせた。
「ぼくにもやっと分かった。 彼は何一つ変わってはいなかったのだと……」
「まさしくパラドックス(逆説的)だが、35年前、世界の夢と未来は彼に託されていたんだ。」
そう言うと、出木杉は夜明けの空を静かに見上げた。
朝の光を受けながら、過去の記憶とこれからの未来の先を見つめるかのように……
──しずかさん。
あの時、君の言った言葉の意味が、今ようやく分かったよ。
そして、そんな彼に気付いていたあの頃の……君の心も……
時は同じく場所は変わり、とある邸宅にて──
「あなたー!」
燐とした優しい声が部屋中に響く。
朝食の準備が出来ると、それを伝える為にしずかはのび太を呼んだのだ。
しかし、そんな呼び掛けに対し、のび太からの反応は何も返ってこなかった。
のび太はいつもそうだった。 研究や何かの制作に没頭中の時は、まったく周囲の事に気が付かないのだ。
しずかはタメ息を一つ溢すと、のび太を探す為にキッチンをあとにした。
のび太はいつも一つ同じ場所にはおらず、研究や制作物、その時の気分によって居場所をころころと良く変えている。
家自体はすごく大きいと言うわけではないが、けして小さくもない。
毎度の事とはいえ、彼女一人で探すには正直手間であった。
しずかは声を掛けながら部屋を周るも、のび太は何処にも見つからない。
まったくもうといった感じで半ば諦めかけていたその時、地下室の方から何やら声が聞こえてくる。
どうやらしずかの事を呼んでいる様であった。
「あなた?」
「しずか。 こっちへ来てごらん」
やはり地下へと続く階段からのび太の呼ぶ声がある。
しかし、しずかはそこに入るのを少しためらった。
それは今まで、のび太に危ないから絶対に入ってはいけないと言われ続けていた場所であったからだ。
前に一度、のび太を探しに行った際、中を覗こうとしてのび太の逆鱗に触れた事があった。
それ故、そこには良い思い出がないのだ。
もちろんそれ以来、しずかは地下に行こうと思った事も無いし、実際行く事もなかった。
「ここは危険だから入ってはいけないって……」
そう言いながら、地下に行く階段を遠慮がちに降りて行く。
「あなた……のび太さん?」
恐る恐る扉を開け中を覗くと、そこには大きな装置や機械などが部屋一杯に敷き詰められ、まるで別世界であった。
しずかは初めて見るその室内を、物珍しそうに大きく見回す。
そしてその機械群の中央に置いてある作業用の寝台に目が止まると、しずかは大きく驚いた。
それは本来、決してソコにある筈の無いモノがあったからだ。
余りに突然の事に自分の目を疑う。
そして、想わず声が洩れる……
「ドラ…………ちゃん……?」
そう、そこに居たのは、遠い昔、未来に帰ってしまって本来居る筈のない者の姿が、目の前に横たわっていたからだ。
ただ一点、頭に耳が付いている部分は違えど、それはまぎれもなく、あの時、あの頃のドラえもんそのものであった。
「ど、どうして…………ここに……!?」
困惑するしずかに対し、部屋の片隅に居たのび太から声が掛かる。
「しずか……今まで内緒にしていてすまなかった……」
のび太は申し訳なさそうにそう一言断ると、もっと中に入って来るように勧める。
しずかはその言葉に少しぎこちなく頷くと、恐る恐る足を室内へ踏み入れた……
その表情は、驚きと困惑が入り混じった複雑なものとなっていた。
のび太はそんな彼女に対し、ゆっくり語り始めた。
ドラえもんが動かなくなった、あの日の出来事を……
ドラミちゃんの言葉を……
そして自分自身、心に強く決意し、この為だけに己の生涯を費やして来たことを……
彼は想いの全てを、ただ静かに語り続けた……
ゆっくりと……
本当にゆっくりと…………一つ一つ、余す事なく……
「みんなには、今まで黙っていて本当にすまなかったと思っている……」
「だけど、ドラえもんが壊れてしまった事が……ドラえもんが目を覚まさないなんて事が……正直ぼくには信じられなかったんだ……」
「もしかしたら、明日になるとドラえもんが……学校から帰ると、いつもの様に……と」
「もちろん頭では解っていたさ。 もうムリなんだって事が……不可能なんだって事が……」
「だからこそちゃんと伝えなきゃ……みんなに本当の事を言わなければと…………本当に何度も思ったよ……」
「──だけど、言えなかった」
「もし、みんなに事実を伝えてしまうと……本当にドラえもんが戻って来ない様な気がして、中々言い出せなかったんだ……」
しずかは何も言葉が出て来なかった。
それは今までずっと内緒にしていた事に対して怒っていたからでも、突然の驚きから言葉を失った訳でもない。
ただ、のび太の気持ちが……今まで誰にも言えずにずっと一人で孤独に耐えてきたその辛さが、痛いほどに伝わってきたからだ。
ドラえもんはしずか達にとっても親友であり、命を掛けお互い助け合ってきた本当の仲間だ。
実際、ドラえもんが未来に帰ってしまったとのび太から聞いた時のその悲しみは、今でも決して忘れる事はない。
ジャイアンからは怒り、殴られ、手加減ない時もあった。 スネ夫にはイヤミを言われ続け、ドラえもんの事でみんなにどれだけ責められてきたか……。
しずかもやはり、怒り、悲しみ、のび太を責めた時もあった。
何故、たった一言だけでも別れの挨拶を言わせてくれなかったのか……何故、少しの時間だけでも帰るのを引き止めてくれなかったのかと……。
しかし、今のび太の話を聞いてる内、あの時のび太を責めてしまった事を酷く後悔する。
自分の事ばかりで、のび太の気持ちを考えてあげられなかった自分に、恥ずかしさと自分自身への嫌悪感で一杯になる。
実際のび太が受けた悲しみは、みんなのそれとは比べものにならない程に辛く、そして苦しかった筈である。
今、のび太の話を聞いたしずかには、そんなのび太に対して掛ける言葉など見つかる筈もなかった。
自分の気持ちを淡々と語るのび太の横顔を……ただその言葉を静かに受け止める事しか出来なかった……
のび太は時間を掛けながらその話を終えると、静かに目を閉じた。
部屋は沈黙に包まれ、静寂が深深と耳に突き刺さる……
そんな静寂の中、しずかは不思議な感覚に陥っていた。
この地下室は大小様々な機械や機器に囲まれており、殺伐とした空間になっている。
それは人によって、冷たさや冷めた空間に感じる事もあるだろう。
もちろん技術者でもないしずかが、そう感じてもおかしくはない。
だが、不思議とそういった事とは別に、違うモノを感じていた。
それは今言った事とは反対に、暖かさ、安らぎといった感覚である。
何故そう感じるのかは、しずか自身にもよく分からない。
ただ、彼の……のび太のドラえもんに対する愛情や想い出、人生を掛けて頑張ってきた努力と誓い、そういった沢山の気持ちが、この部屋には詰まり溢れているからなのかもしれない。
そして、それを感じ取れるのは、もしかしたら長年一緒に連れ添って来たしずかだけなのかもしれない。
しずかは部屋に溢れるそんな想いを、そっと自分の心に染み込ませる……
のび太もまた、そんなしずかの気持ちを理解し、そして再びゆっくりと口を開いた。
「……しずか。 今日、君をこの場所に呼んだのはね、今まで培(つちか)ってきた僕の全てを……そして僕の生涯を掛けた夢が……今まさに叶おうとしているからなんだ」
「僕たちの友達……僕たちの大親友であるドラえもんが永い時を越えて、今日帰って来るんだ」
のび太はそう言って優しく微笑むと、視線をドラえもんに移し、手元の起動スイッチに軽く手を這わせる。
ドラえもんをじっと見つめるのび太の表情には、様々な感情が交錯している様に見えた。
きっとその脳裏には、誓いを立てたあの日から今日まで、色々な出来事が走馬灯の様に駆け巡っているのだろう。
のび太はゆっくりと息を吸い込み、一呼吸する。
「しずか。 今……スイッチを入れるよ」
のび太は何かを確認するかの様に、静かに、そして丁寧にスイッチへ力を込めた。
その瞬間マシンはそれぞれに起動し始め、同時に周りにある沢山の計器が一斉に作動する。
多種多様の音と光で室内は輝きだした。
計器の光を浴びるのび太の表情には、不思議と失敗の不安など一切感じられない……
ただ真っ直ぐ、ドラえもんを見据えて……
ただ、もう一度ドラえもんに逢いたくて……
ただ、それだけの為に生涯を掛けてきた……
ただ、逢いたくて……
一筋の涙が頬を伝う……
全ての光がドラえもんに集まり……
室内は静寂に返る……
ほんの少しの時の間が……
とても長く感じられる……
そして、その瞬間が訪れる……
ドラえもんにピクリと小さな反応が起こる
永い間、その閉ざされていた目が、ゆっくりと開き
ムクリと起き上がるドラえもん
ドラえもんは眠そうな目を擦りながら、ただ一言、言葉を洩らした……
「ムニャムニャ……のび太くん、宿題は終わったのかい?」
今まさにこの瞬間、ドラえもんの永い永い刻の流れが繋がったのだ。
のび太はその言葉に……ただ真っ直ぐドラえもんに飛び込み、無我夢中でしがみついた。
「うん、もう終わったよ……ドラえもん」
顔を涙や鼻水でクシャクシャにしながらドラえもんに抱きつく。
その姿はまるで、少年の頃の、のび太そのものであった。
少年時代に誓ったあの日から──
のび太の心の時間もまた、ドラえもんと一緒に止まっていたのだ──
のび太はこの時、この瞬間の為だけに全てを掛けて技術者となる──
ただもう一度、ドラえもんに逢いたくて──
あんなこといいな
できたらいいな
あんな夢 こんな夢
いっぱいあるけど
みんな みんな みんな
かなえてくれる
不思議なポッケでかなえてくれる
空を自由に飛びたいな
ハイ タケコプター
アン アン アン
とっても大好きドラえもん
アン アン アン
とっても大好きドラえもん♪
「お帰り、ドラえもん」
今日もまた、あの日と同じ白い雲が、青い空にぽっかりと浮かんでいた──
fin
著者 クリスティーヌ剛田
ドラえもん最終回『宿題は、終わったのかい?』(ろく)
どうでしたでしょうか?
ドラ好きな自分としては、この作品に感動、そして感銘を受けました。
はっきり言って、涙ちょちょ切れですw
自分の当初の目的として、この作品の小説化(?)が無事完成出来た事が、なにより嬉しく思います。
もし、皆様にお時間が御座いましたら、サイドストーリー(続編)作品として、
ドラえもん最終回『Trace of memores~思い出の軌跡~』
も、楽しんで頂けたら幸いです。
((o(。>ω<。)o))
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