ドラえもん最終回『宿題は、終わったのかい?』(よん)
(よん)
ドラミちゃんに最後通達を受けてから、どれ程の時間が経ったのだろうか……。
外はいつの間にか日も暮れ、空には沢山の星々が溢れんばかり輝いていた。
各家々の窓からは家庭の暖かい光が洩れ、家族団らんでの食事中だろうか、笑い声が絶え間なく聞こえ溢れていた。
「のび太、ドラちゃん、ご飯よー。」
ママの優しい声が階段を伝わりのび太の部屋に響く。
しかし、そんなママの呼び掛けに対し、のび太のいる2階からは何の反応も返ってこなかった。
何時もなら、元気な返事と共にドタバタと階段を駆け降りてくる筈なのに……。
「どうしたんだ?」
パパは読んでいた新聞を少し下げ、首をかしげるママに視線を送った。
「返事もしないのよ。 またケンカでもしたのかしら……?」
昔から2人がケンカをしていると、中々降りて来ない事が度々あった。
まあいつもの事で、お腹が空けばいずれ降りてくるだろうと思ったママは、それ以上深くは干渉しなかった。
「どうせすぐに降りて来るわよ。 ご飯が冷めない内に先に頂きましょう。」
ママはパパにそう言うと、静かに食卓に着いた。
空には大きな満月が登っており、その光は優しくのび太の部屋を照らしている。
そんな月明かりだけが灯された部屋の中で、のび太は柱にもたれ、ちょこんと座っているドラえもんを眺めていた。
のび太は数時間前まで大泣きしていたせいか、その目は真っ赤に腫れあがっている。
しかしドラえもんを見詰めるその瞳は、とても静かに、まるで親が寝た子を見守る様に暖かく優しい眼差しであった。
今はこの静寂の空間に、永遠に続くんではないかと感じられるこの刻の流れに、ただ静かにその身を委ねていた。
「……ねぇ、ドラえもん。 初めて会った時の事覚えてる?」
のび太はドラえもんに向けてゆっくり、そして静かに語りかけた。
「あれは丁度お正月の時だったよね。」
「ドラえもんたらぼくの新年の豊富に対して、どこからともなく“ろくなことがない年になる”なんて言うんだもん。 驚いたよ。」
「そして突然ぼくの机の中から出てきてさ。 初めてタケコプターで空を飛んだのも、あの日だったっけ?」
「ドラえもんとの最初の印象は余り良くなかったけど、キミと出逢ってから今日まで、キミのおかげでぼくは強くなった気がするよ。」
「ピー助を恐竜の世界に帰しに行った時の事覚えてるかい?」
「ハンターに追われ命からがら逃げ回ったっけ。」
「あの時、結局ハンターに追い詰められちゃってさ、もうムリかなって思った時、ジャイアンが自分の危険もかえりみず「俺は歩く! のび太と一緒にな!!」って言ってくれたのがすごく嬉しかった。 ジャイアンの気持ちが……みんなの友情が、ぼくに勇気と力を分けて貰った気がしたよ。」
「他にもホントに沢山の事があったよね。 過去、未来、宇宙、その他不思議の世界へ大冒険。」
「でもドラえもんたら慌てると、あれでもないこれでもないって、てんでダメになるんだから。」
のび太はふふっと微笑んだ。
「でもそんな沢山の危険を乗り越える度に、みんなとの友情をどんどん深める事が出来たんだ。」
「それもこれも全部、ドラえもん……きみが居てくれたから出来たことなんだよ。」
のび太は思い出を話す度に、また胸の奥から熱いものが込み上げて来るものを感じた。
その目には涙がうっすらと溜まっており、流れ出るのを必死に抑えいた。
「……いつもぼくがいじめれてた時、自分の事の様に思ってくれて……」
「ちゃんとお礼を言ってなかったけど……本当に嬉しかったんだよ……」
「本気で取っ組み合いのケンカもしたっけ。 でも、その数だけ仲直りしたんだよね…………」
「よお……なんとか言えよ、ドラえもん……。 ドラえもん……てば………………」
「ドラ……えもん……………………うっうっうっ……」
もうのび太には、流れ出す涙を抑える事が出来なかった。
昼間にあれほど、怒り、叫び、悲しみ、そして涙を流したのに……
のび太の目からは枯れることなく涙が溢れ続け、そのまま時間はただゆっくりと過ぎ去って逝った……
そして翌朝──
「……そう。」
「わかったわ。 きっとお兄ちゃんものび太さんとの思い出、消されたくないと思ってるはずよ。」
「ありがとう。 のび太さんに出会えてよかった。 きっと未来、お兄ちゃんを直す手立てが見つかる。 そんな予感がするわ。」
そう言って、ドラミちゃんはタイムテレビの画面越しにのび太へ笑顔を送る。
のび太は昨夜ずっと考えていた。
泣いては落ち込み、考えてはまた泣き、一晩中ずっと同じことを繰り返し、そして一つの結論を導き出した。
『ドラえもんは未来に帰さず、この時代に置いておく』
と。
そしてそう言い切るのび太の言葉には、なによりその瞳には迷いの一つもなかった。
そこには、いつもの情けないのび太は居ない。
「ドラミちゃんこそ、今までありがとう。」
のび太はそう言うとモニターからドラえもんに視線を移し、スクッと立ち上がる。
「……ぼくが」
そうぽつりと呟くと、真っ直ぐに前を見据えてゆっくりと窓の外を見つめた。
野比 のび太。
小学5年生、暑い夏の日の出来事である。
(つづく)
ドラえもん最終回『宿題は、終わったのかい?』(よん)