空を仰げば
side 空
空の想いを 空への想いを 言葉にできたら。
「司、そして舞。結婚おめでとう」
僕は今日、幼なじみ2人の結婚式にきていた。
派手なものにはしたくないという2人の願いもあり、こじんまりとしたものだった。
だが、内装も料理もなかなかのものだ。
きっと司がプロデュースしたのだろう。直感でそう感じた。
そして僕が2人の友人代表挨拶をするのも当然だろう。
僕たち3人は、物心ついた頃からの親友なのだから。
「友人を代表しまして、僕、空が挨拶をさせていただきます。2人に出会った日のことを、僕は覚えていません。まぁオムツをしている司を想像したくもないので思い出すのはやめておきます」
和やかに進む僕のスピーチに、一体誰が疑問を持つだろうか。小さなこの空間、空気もすべてが2人を祝福していた。
「ずっと一緒だったため、2人のことなら何でも知っているつもりです。もちろんここでは言えないこともたくさん」
「はははっ」と会場の中で笑いが込み上げる。
そう、僕は何でも知っているのだ。お互いが、お互いに片想いをしていた時から…僕は知っている。
2人とも決まって相談は僕だった。両想いにも関わらず、そのことにすら気づかずに、不安や葛藤ときには相手の好きなところをぺらぺらと時を忘れたかのように僕にすべて伝えていた。
僕はわかっていながらもその真実を、2人に告げることはなかった。
「2人が愛を育み始めて…もう十年ですか」
2人が付き合い始めたのは、高校2年の夏。絶対に告白なんかしないタイプだと思っていた司だったが、ついに舞に想いを伝えた。
もちろん…答えはひとつ。
告白が成功した司の誇らしげな顔も、告白された舞の照れくさそうな笑顔も、僕は決して忘れない。
「僕だけ取り残されちゃったなぁ。ちゃんと婚活しなきゃな。このままじゃ一生独身、まぁ独身貴族もありですかね?」
クスクスと舞が笑った。僕だって、テキトーな女と付き合ったこともある。でも、どうしてもダメだった。
どうしても忘れることが出来なかった。だって君は遊んで遅く帰る僕に「また夜遊びして。心配かけないの」……そう言うんだろ?
「僕は2人に出会えたことを、誇りに思います。2人は僕の一生の宝です」
僕は君に出会えて幸せだった。男2人に女1人だから、どんどん男らしくなっていった君。でもどこか温かくて「うるさいな」と僕は言っていたけど、本当は嬉しくて…心地よかった。
「司は僕が出会った人の中で、最も優しい男です」
司。僕はお前にはかなわない。僕は司を憎むことが出来なかった。出来るはずがなかった。
司は舞だけじゃなく、僕のことも本当に大切にしてくれた。だからこそ2人きりのデートなんて、ほんの少ししかなかったんじゃないかな。僕はずっと司に甘えていたのかも知れない。いつまでも子供のままでいることなんて、出来ないのに…。
僕はもう、1人でも大丈夫だ。
「舞はいい女でした。気が利くし、サバサバして付き合いやすいし。まぁ、料理は出来ませんが」
「ちょっと空!」と舞は頬を赤く染めた。
バカだなぁ…。もう君は司のものなのに。僕が照れた舞を愛しいと思ってるなんて、きっと君は知らないんだろうな。僕はずっと前から、司に想われ愛される前から。
「大好きです……2人のこと」
大好きでした。僕はずっと、ずっと前から舞のことが大好きだった。でも、伝えられなかった。
僕は2人のそばにいれて、本当に幸せだったから。僕は子供から大人になった。2人は今日、結婚した。2人からの卒業。
さようなら。ありがとう。
「どうか、幸せになってください」
心から2人が愛し、愛されますように、そう願う。優しい鈴の音が聴こえた。
side 舞
「はい。では皆さん、静かにして先生の話を聞いてください」
私は幼なじみである司と結婚してからも、中学校教諭を続けていた。でもそれも今日で一旦おしまいだ。少し悲しくもあるが、私を慰めるかのように左薬指の指輪が輝いていた。
私の一声に、生徒は静まりかえった。
「先生は明日から、産休に入ります」
司と結婚して一年。私は司との子供を身籠った。望んで生まれてくる我が子。
「おめでとうございます!!」「産まれたらみせて下さい」あちらこちらから、喜びの声があがった。
「そこでひとつ、皆さんに伝えたいことがあります」
今は秋。私が帰ってくる頃に、三年生であるこの子たちはもういない。どうしても今日伝える必要があった。
「私の大切な友達の話です」
いつもにぎやかなクラスでも、私の話は静かに聞いてくれた。
「私の友達は小さい頃から身体が弱く、入退院を繰り返していました」
今も瞼を閉じれば、鮮明に幼い頃のあなたを思い出せる。子供のあなたも、大人になったあなたも忘れられない。
あなたは、何かに自分を押さえつけられるのが大嫌いだった。病院もよく抜け出したし、帰ってくるのが遅い日も少なくはなかった。
「でも彼が、弱音を吐くことはありませんでした」
何よりも、私と司に会うことを喜んでくれた。私と司のデートコースは病室だった。私たちが付き合えたのは、きっとあなたのおかげ。あなたはずっと、人に気を使うタイプではなかった。ズバズバと思ったことは何でも言った。
でも空……あなたは自分の気持ちを一度も口にしなかった。
「私は少しくらい弱いところを見せるのも大切だと思います」
私はずっと空の本音が聞きたかった。いつでも私と司のことばかり。少し私は、悔しかったのかも知れない。私たちと一線を引いているような気がして。
「私はただ、皆さんに自分の進みたい道を、必死で進んで欲しいと思います」
私は我慢出来ずに涙が溢れた。
「彼は最後に言いました『僕の人生は幸せだった』」
そして司と私のことを大好きだと言ってくれた。初めて気持ちを伝えてくれた。
私もあなたが大好きだった。あなたの生き方が、大好きだった。
「皆さん、友達…大切な人を心から大切にしてください。そして自分の気持ちは伝えてください。皆さんの大切な人は、必ず喜んでくれます。そして、笑っていてください」
私は空の涙を見たことがなかった。だって彼は、ずっと笑っていたから。彼は最後の最後まで、笑っていた。
それはもう、幸せそうに。
だからこそ、私はみんなに伝えたい。
「皆さん、幸せになってください」
私がそう告げると、みんなは糸を切ったかのように「はい!!」「先生もねっ」と声を出し始めた。そのあと私は、生徒たちとの別れを惜しむかのように抱き合い、泣き合った。
私はみんなに出会えて幸せだよ。
きっとみんなも空のように歩んでくれる。
「ねぇ、そうでしょ?…空」
私は窓から外を眺めた。今日も空は笑っていた。
side 司
「久しぶりだな、空」
俺は長らく顔を見ていない空に、妻である舞と息子を連れ、会いに来た。
「今日はいい天気だな」
俺が空を仰ぐと、そこには雲ひとつない青空。「パパーだぁれ?」とまだ三歳の息子は聞いてきた。そういえばまだ、空のことを言っていなかった。言わなかったのではない、言えなかったのだ。
「空っていうんだ。パパとママの親友だよ」
「しんゆう?」言葉の意味がわからないのか、首を傾げた。
「大切な友達ってことよ」と舞は俺の代わりに答えた。
舞の顔がだんだんと、曇っていくのがわかる。春の暖かい風が俺の頬をかすめた。
「空、お前にも見せてやりたかったよ」
俺と舞が元気をなくしたのに気がついたのか、息子は黙ってしまった。
「空………」
俺はそっと空に触れた。冷たく、固かった。そうかお前はもう、人間の身体じゃないんだな。前よりもずっと小さく、ずっと重くなってしまった。もう、体温もない。
空の笑顔だってない。
「なんで…なんでお前だったんだよ」
俺はその場に崩れ落ちた。
空が死んだのは、俺と舞が結婚してすぐのことだった。
今思えば、結婚式なんかに呼ばなければ良かった。いっそのこと病室で結婚式をやればよかった。……なんて、頑固なお前に言ったら怒るんだろうな。
止めどない涙が溢れ、空へ落ちる。それは隣にいる舞も同じだった。舞は必死になにかを堪えるように、息子の手を握っていた。
「パパ?ママ?」と息子は今にも泣きそうな顔で呟く。
「俺は優しい男なんかじゃねぇよ」
空は結婚式の日に言った。司は僕が出会った中で最も優しい男だと。
なにを言ってんだよ。俺にとっては空のほうが何倍も、何十倍も優しい男だ。
ずっとずっとわかっていた。俺たちに心配かけたくなくて…俺たちの仲を壊したくなくて、自分の気持ちを言わなかったことを。どんなに俺ら2人のことを大切に思っていたのか。
だって空は、俺たちが病室へ行くと「またうるさいのが来た」と言いながら照れくさそうに笑うんだ。それが俺の一番の喜びだった。
「家族3人、しあわせだよ」
俺は立ち上がり、舞の肩を抱き寄せた。逆の腕で息子を持ち上げる。俺は幸せものだ。お前のような親友がいて、舞のような妻がいて、そして………
「空。俺たちの息子…空太」
息子の名前はお前からとったんだ。優しく強く、笑っていられる男になって欲しくて。まぁ今は若干甘やかしぎみだが。
いつか空太にも、俺にとっての空のような親友が出来るのかな。そして…空太が結婚して幸せになるそのときまでどうか、見守って欲しい。
約束だぞ、空。
「空は今、幸せか?」
「幸せだよ」そう空から聞こえたような気がした。最後までお前は俺の、一番だった。
「パパ、ママ、泣かないで」そう言うと空太は、俺の頭を撫でた。
な? 優しい男だろ?
空を仰げば、笑顔が輝いてた。
空を仰げば