微熱

日曜の昼下がり、起きたとき妙に体が熱いと思い、熱を計ると三十度七分という微熱だった。明日は月曜日、仕事に影響が出てはいけないと思い、今日は一日中家に籠もることにした。……仕事は厳しい、職場には上司にばれないように手を抜く輩がいる、上司は自分の仕事を部下である私に押し付けてくる。もちろん、あからさまにと言う訳ではない、気づかれないように繕いながらである。私はそういう輩にはなるまいと必死に仕事をした、その挙句がこの状況とは余りにも報われない。

「とりあえず昼食を済ませたらまた寝ることにしよう」

私はそう考えて、昼食はお粥で軽く済まし、市販薬を飲むことにした。しかしよく見てみると市販薬の期限が切れている。
「食べ物じゃあるまいし、少しくらい期限が切れているものを飲んだところで腹を壊すこともないだろう」

そしてその期限切れの薬を飲み、自分の部屋でまた布団に潜り込んだ。

「もし悪化して会社を休んでしまったらどうしようか……、会社では私に仕事を押し付けられたと文句をいう者が必ずでてくるだろう」

そんな考えが脳裏に浮かんだが、よほど体調が良くなかったのかすぐに眠りについてしまった。
 
 
 
 
部屋の上部に掛かる時計を見ると目覚めたのは夜の八時ほど、外はもう暗い。どうやら寝過ぎたようだ。体の調子は健康な状態に戻った気がする。……しかし何かが違うようだ。まだベッドで寝たままの状態なのだが、自分の部屋ではないような感覚がある……。心臓はまるで何か危険を訴えるように速く、大きく鼓動している。

「とりあえず水を飲みに行こう」

私はそう考えて起き上がろうとした。しかしなぜか起き上がれない。体が布団にくっ付いたかのように全く動けない。

「どういうことだ!」

私は混乱した。あの期限切れの薬のせいで体がマヒしてしまったのか、それともこれが俗に言う金縛りというやつなのか、自分でも考えの整理がつかない。

「とりあえず全力で起き上がる」

自分に言い聞かすようにそう呟いた私は大きく息を吸い込み、そして一気に体を起こした。それと同時に体と布団の間に何か剥がれたような感覚があった。

「今の感覚はなんだ?」

……後ろを見てみると愕然とした。私の寝ていた部分が何故か『無い』のだ。無いというか真っ白なのだ。それは印刷用紙の白よりももっと白く、一面の銀世界も比べ物にならない程である。白という原色そのものがそこにある……、そんな感じである。

「こ、これは……、一体どういうことだ」

私はおそるおそるその『白』に触れてみようとした。ところが私の指はそれを通り抜け、その中にまで入った。私はその驚きで思わずベッドから飛び上った。そして部屋の入口まで移動し後ろを振り返った。そこから見た光景にまた驚きを隠せなかった……。今、私が触れた部分すべてが『白』になっている。

「な、なんで……」

私は言葉を失いそこに立ちつくしてしまった。すると血の気が引いたような感覚ののち、強い立ちくらみが起こった。一瞬視界が暗くなり、次に眼球がその世界をとらえたときには一面が『白』になっていた。

「えっ?」

その一言を言い終える間もなく、私の体は『白』の世界に落ちて行った。
 
 
 

今日二度目の目覚めに痛みはなかった。もはや今日なのかも分からない……。私の眼球は依然として『白』しかとらえない。

「いったいどこだ、ここは?」

状況を捉えられない私は辺りをうろついてみた。その結果分かったのはここには地面があり、壁があり、そして何者かの存在があるということだ。どういうことかと言うと、まず足を踏み出すと微力だが反発力を感じる。地球のそれと比べるとだいぶ小さい。そして歩いて行くと何かにぶつかった。手探りで確かめてみるとどうやら壁らしい。行き詰った私がしばらく同じ場所に佇んでいると、何かが肩にぶつかった。もちろんその存在を私は見ることが出来ない。その存在は何か言葉のようなものを発して消えてしまった。果たしてあれは言葉なのかは分からない。ただ辺りを歩いている中で同じような音を発している『何か』に私は何度も出会った。それらは互いにその音で意思疎通を図っているように聞こえた。その音はおよそ地球では聞いたことのないような奇怪な音だった。言語が違うというレベルではなく、音そのものが違う……そんな感じであった。

「いったいここからどうすればいいんだ」

半ば諦めたような声を出した私だが、次の瞬間にはあの強い立ちくらみ状態になっていた。

「ま、また……」

視界が徐々に世界を捉える……。そこには『赤』が広がっていた。
 
 
 
 
『赤』の世界も『白』の世界と基本的に同じであった。地面、壁、未知なる存在、それらはこちらを認識出来ている風もなく、またこちらも同じであった。ただ存在だけは感じられる……。

「歩いても、歩いても『赤』、頭がおかしくなりそうだ」

誰が聞くでもないその文句は、烈火のごとく噴出する溶岩をも褪せさせてしまう『赤』に吸い込まれていった。
この不可思議な状態はしばらく続いた。その間に何度も、立ちくらみ、そして別の色の世界、というようなサイクルが続いたのである。白、赤、緑、黒……、色々な世界があった。しかし一つとして同じ色に戻ったことは無かった。まだまだこれからも同じ流れが待っている、そんな気がして私は気力を失い、『黒』にしゃがみ込んでしまった。
 
 
 
 
「お前はこんなところで何をしている」

何者かの声が聞こえる。脳がそれを声として認識できている。そのことに驚いた私が声の方向、上を見るとそこには光が見えた。

「お、お前は?」

当然のことで気が動転している私はとりあえず情報を得ようと思った。

「私は管理者だ」

「お前のように世界からはみ出してしまったものを元の色に帰してやるのが役目だ」

その声の主は慣れたような口調でそう語る。

「では私は帰れるのか!」

喜びの言葉を口にしたのに、なぜか私の心は晴れた気分とは程遠い。

「本来ならば数回世界を移動するうちに元の世界に帰れるはずなのだがね……」

私の心を見透かしたように声の主は言葉に含みを持たせた。

「お前は元の世界に帰りたくないのだろう?隠す必要はないぞ」

「わ、私が?そんなはずは無い……」

そう言われて初めて気づいた、帰りたくないその気持ちが胸の内にあることに……。

「お前に言っておこう。お前には地球のある世界しか存在できる場所はない。他の世界ではお前は干渉出来ないのだ」

「今はまだ元の世界で作り上げたその心と体がある。しかし、しばらくするとお前の中から元の色は消えていき、存在そのものも消えてしまうだろう」

「では早く元の世界に帰してくれ!」

消えてしまうという言葉に驚いた私は声の主に懇願した。声の主は若干の間ののち、喋りだした。

「もちろん、それが私の使命だ。だが帰す前に言っておこう。」

「な、なんだ?」

「お前は元の世界に不満を持っているようだが、そこは紛れもなくお前の世界。お前の居た世界の色はその世界に存在する、ありとあらゆるものによって出来ている。そこには生物だけではなく物質や様々な物理法則なども含まれる。世界は一体となっているのだ」

「……何が言いたい?」

「世界は個人を作る。個人は世界を構成する。今ある状況を不幸だと思うな。お前の嫌いなその世界がお前を作ったのだ」

「しかし理不尽ではないか」

「そういうものだ。平等を求めることは大切だが、世に平等など存在しない。お前は状況を受け入れてそのまま生きろ」

「……私はそんなことは嫌だ。帰ったら私が周りの意識を変えさせてやる」

「まあ出来るならやると良い。それで変えられたならお前はそういう役目だったということだ」

声の主がその言葉を言い終えると足元に違和感がある。良く見ると足が消えている。

「これで帰れるのだな?」

確認の意味でそう口にした私に重い口調で、「そうだ」とだけ答え、光はどこかに消えてしまった。

一面の『青』から段々と視界がクリアになっていき、私の世界を捉える……。地球の存在する『青』の世界を。
 
 
 
 
 
……あのときのことは今思い返しても不思議だった。

しかし今、私はそれどころではないのだ!早くハローワークに行って仕事を探さなければ借金が返せない。それにこのままでは一日が乗り切れない。まったく、大衆を敵に回すとこうなると分かっていれば会社に文句を言うことも無かっただろうに……。

微熱

微熱

思いっきりSF。 微妙な感じ……。 これ書いた後残念な気分になりました。 今後もっと頑張って書かないといけない……。

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-09-27

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted