そして私は恋におちた

男に取り入って生活費を稼ぐ美佳はここの所連戦連敗だった。仕方なくバイトしていた美佳は、そこで声を掛けてきた男に恋に落ちてしまった。  (性的な表現が含まれています。苦手な方はご遠慮ください。)

 ”○×○○○○×××”これがここ最近の勝敗表。収入覧には¥0が並ぶばかりだ。
 パソコンの画面を見詰めながら、美佳は大きな溜息を吐いた。
 ここの所取りはぐってばっかり……。このままじゃその内貯金も底を着いてしまう。残高を確認しながら、なんとかしなければという焦りだけが募っていた。
 どうしてなんだろう? そんなにがっついてるつもりはないのに、男達は皆自分から離れて行ってしまう。
 美佳は席を離れて姿鏡の前に立った。
 顔は童顔で背も小さ目。二十代も半ばを過ぎたというのに、今でも高校生で通用する事がある。愛くるしい表情と若い身体。美佳の武器はこれだけだ。
 しなやかな身体にはまだまだ自信があったが、確かに最近少し肌が荒れてきたような気がする。これ程気を遣っているのに、女の身体はそれ程年齢を正直に表す物なんだろうか?
 そう考えると、遠くない日に今の生活にも限界がやって来るのは間違いなかった。

 男に取り入って深い仲になり、現金を引っ張り出す。これが美佳の金の稼ぎ方。
 単に援助して貰えればそれでよし。無理なら、カード、保険証や印鑑を勝手に使い、現金を作り出した。男のパソコンとカードでショッピング。男の妻になってキャッシュローン。
 取る物取ったら、さようなら。
 カードの引き落としや請求が来る前に、男の家から自分の痕跡を消し去ると、借りていたウィークリーマンションを引き払い新たな地へ旅立って行く。
 天涯孤独の美佳は預けられていた遠い親戚の家を飛び出してから、こんな事を繰り返して生きてきた。一度も警察のお世話にならずに済んでいるのが奇蹟と言える人生だ。
 しかも困った事に、美佳には全く罪悪感がない。身体を差し出すのだから、それに見合った物を頂いて何が悪い? それが美香の理屈だった。
 もっとも自分でもそれが屁理屈に近いという事は自覚していたが、今更生き方を変えられないのだから仕方がない。

 それにしてもこの三連敗はきつかった。しかも次のターゲットはまだ見付かっていない。お金との出会いを求めて出歩いてはいるが、宛もなく彷徨っても出費が嵩むだけだった。
 お肌のお肌の曲がり角……♪ 点けっぱなしのテレビから癪に触る童謡の替え歌が流れてくる。
 何よ……、まだまだ十分綺麗なんだから。鏡に顔を近付けた美佳は、右に左にと角度をを変えながら自分を見詰めた。
「あ~ぁ」
 美佳はもう一度大きな溜息を吐くと、パソコンの電源を落とし、出掛ける支度を始めた。

 ***

「まあ、本当にかわいらしいお嬢さんね」
 二人は美佳をひと目見るなりそう言ってくれた。
 これが彼のご両親か……。会社のワンマン社長だというからもっと厳つい感じを想像していたのに、会ってみれば夫婦共どこにでもいるような優しい雰囲気の人達だった。
 とある高級レストランでの会食。彼の両親との顔合わせは、席に着く前にお互いを紹介し合う形で始まった。
 彼に買って貰った胸元に花のアレンジが付いた白いワンピース身を包み、美佳は何度も丁寧に挨拶を返す事になった。
 さすがの美佳もこういう場には慣れていない。いつも男との間がここまで進展する前に姿を消しているのだから、当たり前だった。
 こんなに緊張する物だなんて思いもしなかった。息苦しい程ドキドキと忙しい心臓が、口から飛び出してしまいそうだ。
 彼には「普段通りに接してくれればいいから」と言われたが、美佳には最早何が”普段通り”なのか分からなくなっていた。 

 三連敗の後、止むに止まれずバイトしていた美佳は、そこで池上翔太という男性に声を掛けられた。正直夕飯目当てで付き合う事にした美佳だったが、彼が社長の息子だという事が分かると目の色が変わった。
 当然一度きりの食事なんかで終わらせる訳にはいかない。苦しんでいる美佳に神様がくれたチャンスなのだと思った。
 早速次の休みに会う約束をした。少しだけお洒落をして、まずは様子見だ。彼の好み、人となり、そして財産。言葉巧みに彼の姿を炙り出す。
 向こうから声を掛けて来たのだから脈はあるだろう。そう思って自分からも積極的に連絡を取る事にした。
 顔は格好いいというよりは優しそうな印象だった。厳しく躾けられて育ったのか、礼儀や人当たりも申し分ない。後はお金だった。
 何度かデートを重ねる内に話しも弾むようになった。彼の横を歩き、手を繋ぐのが当たり前になると、やがて彼の家に遊びに行くようになった。
 彼はまだ父親の会社で一社員として仕事をしていたが、遠からず役員になるのだろう。
 ひとり暮らしのマンション住まい。彼の部屋は一見質素だったが、よく見ると高価な品が無造作に置かれていたりする。
 初めてそれらを見た時は、美佳はそれこそ飛び上がって喜んだ。神様ありがとう。これなら十分稼げそうだ、と。
 でもせっかくの獲物を前にしながら、なぜか美佳のテンションは長続きしなかった。
 取れそうな物がないからではない。
 いつの間にか美佳は彼に恋をしていたからだ。
 男はお金を運んで来るだけの物だったというのに、一体どうしたというんだろう。美佳はそんな自分に戸惑いを隠せなかった。
 初めて彼にキスをされた時、美佳の顔は真っ赤になっていた。それ所か涙ぐんですらいた。頭の中で、「ばっかじゃないの……」と自分を罵る声が聞こえた。
 けれどそれでも美佳は嬉しかった。明らかに自分の中の何かが変わり始めている証拠だった。
 彼の情報など欲しくなくなっていたし、逢う日が近付くだけで、電話やメールを交わすだけで心がときめいた。
 否定しても否定しても勝手に好きになっていく。
 いつしか欲しいのは彼自身に変わっていた。

 でも彼と離れたくないと思った瞬間、美佳は初めて自分のしてきた過去が、とてつもない重荷になる事を予感せずにはいられなかった。

 隣の席の彼はよく笑っていた。彼はなぜ私の事を両親に紹介するんだろう? 天涯孤独の不良娘だ。育ちが良くない事くらい分かっているはずなのに……。
 本当の事を知ったらきっと、彼も、彼の両親も卒倒するだろう。そう思うと今自分がこの席に収まっていていいのかと悩んだ。
 嘘で塗り固められた美佳の履歴。本当の事など話せるはずがない。正直に話したのは両親がいないという事くらいだった。
 彼の隣りにいられるのは幸せだった。でも……。
 
 美佳は嬉しくて、悲しかった。

 ***

 シャワーを浴びた彼女は灯りを落とした寝室のベッドに先に入り、彼が来るのを待っていた。 ドアが開いて閉じ、フローリングを黒い影が進んで来ると、彼女は恥ずかしくなって布団を目の位置まで引き上げる。
 ベッドサイドに立った彼が布団を剥いで、そっとキスをしてくる。目を閉じて口付を交わした彼女はそれだけで溶けてしまいそうだった。
 すぐにベッドに滑り込み、覆い被さってくる彼の重みを心地よく感じながら、彼の行為を受け入れる。
 そんな優しい愛撫がしばらく続くと、彼女はいつでも彼を受け入れられるようになっていた。
「ねぇ、アイマスクしてみて」
 今になってなんでそんな事を言うんだろう?
 本当は怖かった彼女。
「ダメ?」でもその言葉に、彼女は首を横に振る事が出来なかった。
「いいよ」
 ゴムの入ったきついアイマスクが彼女の頭を締め付け、同時に視界を奪い去った。
「やっぱり怖い……」
 唇を塞がれた後、彼女はそう呟いた。肌に触れてくる唇に彼女の身体は小刻みに震えていた。
「怖がらないで、楽しんで……」耳元で彼が囁いた。吹き掛かる息がくすぐったい。
 やがて彼の手に、優しく、激しく身体を撫で回された彼女は、上気して呼吸が荒くなっていく。
「いい?」
 彼に抱き付こうとした両腕は、彼に握り返され、ベッドに押し付けられていた。
「うん……」彼女がこくりと頷くと、彼の腰がゆっくりと動き始めた。

 でも彼に愛されながら、彼女はじきに違和感を感じ始めた。なんとなく周りがざわつく感じ。そして何かが身体に触れてくる。そう、手の数が多いのだ。
 突然誰かが足首を掴んできた。彼女の腕を押さえる掌も四つになっている。
「ねぇ、おかしいよ。なんなの? 誰かいるでしょう?」
 呻き声がして、彼の身体が離れていくのが分かる。
「やだっ!! 何するのよっ!! 手を離して!!」
 四本の手足を別々の手に押さえ付けられ、身動きの取れなくなった彼女に、複数の男が襲い掛かった。
「やめて!」叫び、暴れる彼女を何人もの男達が凌辱していく。
 寝室には彼女を突き上げる音が響き渡り、男達の興奮した息遣いが、彼女の苦しげな嗚咽を掻き消してしまう。
 拘束された彼女が複数の男達の力には敵うはずもない。
 彼女は訳も分からぬまま何時間にも渡って犯され続ける事になった。

 コンコン……。
 寝室の扉を小さくノックする音に、男達はようやく我に返ったようだ。
 細く開けた扉から手招きする”彼”は、男達の性力に苦笑していた。まったくいつまでやってるんだと言いたかった。
 彼女の身体から離れた男のひとりが、その細い首に手を掛けた。
「殺さないで……」締め付る手に力が加わり、彼女は苦しそうに声を上げた。「お願いっ!!」 股間が晒されるのも構わず必死に脚を振り回す彼女に、男は満足したように手を離した。
「大人しくしてな」震える彼女にそう囁くと、その脚を大きく広げた状態でベッドに縛り付けた。
 やがて男達は各々下着を着け、ズボンを履くと、家の中に散らばって行った。
 予め彼が家の間取りを説明し、探すべき場所をレクチャしてあったが、それでもありとあらゆる場所がひっくり返されていく。
 ウォークインクロゼット、寝室からキッチンまで、棚や抽斗、とにかく手当たり次第に中身がぶちまけられていった。
 再び彼が合図を出すと、現金やカード、バックやアクセサリー類まで、とにかく金になりそうな物のすべてを抱え込んだ男達が居間に集まってくる。
 そして居間のテーブルに積み上げられた品物を、ひとつひとつ確認していく彼の姿を、男達が興味深そうに見詰めていた。

 そう。彼らはかつて美佳に金を騙し取られた男達だった。

 取り敢えず一律に現金が分配された。集められた他の品は、彼が換金してから被害額に応じて振り込む手筈になっている。もちろん計画を立てた彼にも報酬が支払われる事になっていた。
 嵩張るブランド物のバックをビニール袋に詰め込み、アクセサリーや宝飾品は別に纏めて箱に入れた。
「ざっくりこんなもんかな」品物を確認した彼は片手を開いて見せた。思ったより少ない額に、男達から不満の声が上がる。
「仕方ないだろう? 元々全額は無理だと分かっていたはずだ」彼はそう言って男達を宥める。
 荷物を玄関まで運び、後は車に積むだけの状態にすると、男達は再び寝室に取って返した。
 足音に気付いた彼女は明らかに怯えていた。
 男達が再び身動きの取れない彼女の身体に取り付くと、彼女が涙を流して懇願する。
 しかし彼らがそんな物に耳を傾けるはずがなかった。散々男心を弄ばれた挙句、金を奪って姿を晦ました女の戯言などに、一体誰が耳を貸すというのか? 
 不足分は身体で返してもらおう。そう言わんばかりに、彼らは何年も溜め込んだ恨み、憎しみ、そして蟠りを彼女にぶちまけていく。
 彼女にはもう反抗する力など残っていなかった。そしてその意識は徐々に遠退いていった。

 ***

 インターネットの集まりで、女に金を奪い取られた被害者達が情報交換しているのを発見したのは偶然だった。
 彼らの住んでいる所はばらばらで、女が名乗っていた姓も違っていたが、名前は皆美佳だという。
 そしてそこにアップロードされていた一枚の写真には、間違えようもない美佳の姿が映っていた。どこかの遊園地で撮影されたらしい写真の中の彼女は、見知らぬ男と腕を組み、楽しそうに微笑んでいた。
 こんな所で、彼女が”お尋ね者”になっていると誰が思うだろうか? 私が当惑するのも当然だろう。
 その集まりには九人の男性がいて、彼らは女の情報を求め、互いに積極的に情報をやりとりしていた。彼女の取った行動やしゃべりの特徴、移動経路などが付き合わされ、どうすれば彼女を捕まえられるか、そして盗られた金を取り戻せるか、そんな事が話題の中心になっていた。
 履歴を見れるとかなり前まで遡る事が出来た。どうやら彼らは随分前から美佳を探しているらしい。そしてここを見付けた他の被害者が加わって今の状態になった、という事なのだろう。
 つまり彼らの執念は、多少時間が経ったからといって消える物ではないという事だった。
 私は考えた末に、その集まりに自分も加わる事にした。
 自分が現在付き合っている女が、正にその”美佳”かもしれないと発信したのだ。
 彼らがこの発言に興味を持たないはずがなかった。
 もちろん名前は美佳で、付き合い始めて二か月程度の彼女は、多少髪型は変わっているが、顔は写真に瓜二つだという事。そして彼女の大体の身長、一人暮らしである事など、自分が知っているデータを大まかに追記した。
 それでもまだ半身半疑だった彼らの一人が、写真を撮ってアップして欲しいと言ってきたので、こちらからも条件を出す事にした。
 彼女の目に触れてはまずいという理由で、今のホームページを閉鎖して、自分が開いたSNSのコミニティに移って貰いたいと要望したのだ。
 そこでなら彼女の写真を公開してもいいと告げた。
 彼らはそれを承諾し、後日私は約束通り写真を公開した。全ての参加者から「間違いない」という返事が返ってきた。
 美佳はカメラを嫌がるので隠し撮りになってしまったが、その写真嫌いも女に共通した物だった。
 今まではどこにいるのか分からない女から金を取り戻す事など絵空事に過ぎなかったが、本人が見付かれば話しは違ってくる。
 警察に突き出そうという者もいたが、私はまだ被害に遭っていないし、警察の取り調べ、刑事裁判への出廷などに時間を取られる上、金を取り戻すにはさらに民事の裁判も起こさなければならない。
 手間も時間も金も掛かり、戻ってくる金額も減ってしまうだろう。
 しかも彼女は確信犯だ。謝罪などしないかもしれないし、開き直る恐れすらあった。
 そこで私はひとつの提案をした。それは彼女に知らせずに”美佳”に会わせてやろう、という物だった。
 これだけの被害者と顔を合わせれば、さすがの彼女もシラを切れないだろうと思ったからだ。
 金は彼女と直接交渉して取り戻せばいい。もちろん必要なら自分が間に入って話しをしてもいいと言った。
 彼らには皆仕事があった。数日の休みなら取れるが、今更裁判などご免だというのが本音だろう。
 だからいずれ自分にも本性を現すであろう彼女に制裁を加える為に、私は自分が中心になって、彼らの復讐を手伝う事にしたのだ。
 もちろん彼女から金目の物を回収し分配するのが目的だったが、彼らは金だけでなく、彼女の身体にも未練のある者ばかりだった。
 私は彼らの恨みを晴らし、彼女に深く後悔させる妙案を思い付いた。何をしても彼女に訴え出る事など出来ないのだから、あなた方は何の憂いもなく復讐を果たせるはずだと……。

 ***

 一心不乱に彼女の身体に取り付く男達。あまりに激しい行為が続いたせいで、彼女はいつの間にか気を失っていた。
 様子がおかしい事に気付いた男のひとりが仲間を制止し、彼女が気絶している事を確認する。 すると彼らには同じ思いが浮かんだようだった。
「アイマスクを外して、そのツラを拝んでやろう」
 目を隠していたマスクが取り除かれるのに従って、その顔を見ようと皆がベッドに近付いていく。
 一瞬の沈黙。誰もが女の顔を凝視した。唾を飲み込む音が聞こえた。
 そしてベッドサイドの灯りが点けられると、不安は不安ではなくなっていた。
「あの女じゃない。別人じゃないか……」
 男達は真っ青になった。咄嗟にリーダーの彼を捜したが、どこにも姿が見当たらない。
 何をしても大丈夫だというから、ここまで女を好き勝手に出来たのだ。
 一体何がどうなっているのか、彼らにはまったく分からなかった。
 荷物は残されたまま、”彼”の車もなくなっているという。その彼の運転するバンに乗って来た男達には、実はここがどこなのかもよく分かっていなかった。
 下半身を晒け出した男達がわらわらと逃げ出そうとした時、遠くからパトカーのサイレンが近付いて来るのが聞こえた。
 いよいよパニックに陥った彼らを迎えるように、家の玄関扉が開けられ、複数の男達が靴を脱いで上がり始めた。

 ***

 会食からふた月後、美佳は翔太を自分のマンションに案内していた。ずっと前からの約束だったのだ。
 彼は貧乏だとばかり思っていた美佳が、小綺麗なマンションに住んでいる事にひどく驚いていた。
 まだ何か隠してるんじゃないか。顔を覗き込む彼に、「これが私の唯一の財産なの」と笑う。
 ここは男を騙す時に使っている仮住まいではなく、美佳の本宅だった。
 この家に他人を入れるのはもちろん初めての事だ。

 夕飯は美佳の得意料理を振る舞い、美味しいと言ってくれる彼の顔を眺めて過ごした。
 美佳にとって料理や家事は朝飯前だ。これくらい出来ないようでは男心を掴む事など覚束ない。
 ふたりの会話が途切れると、彼の唇が美佳のそれを塞いだ。

 やがてベッドに移ったふたり。彼の腕に抱かれ美佳は幸せだった。
 彼に一枚一枚服を脱がされると、美佳はそのままベッドに押し倒されていた。
 優しくキスを交わし、彼の愛撫が始まると、美佳はすぐに息が荒くなった。
 愛する人とのセックスがこんなに気持ちいいなんて……。
 美佳は彼に包まれながら、やがて絶頂を迎えていった。
 ……そのまままどろみながら寄り添うふたり。
 呼吸が静まった美佳は、彼に胸を押し付けるように背中に腕を回すと、その耳元でそっと囁いた。
「翔くん。翔くん、大好き……」

 ***

 彼の両親との会食の後、翔太の部屋まで付いて来た美佳は、まったく元気をなくしていた。
 何も話さない内から泣き始める彼女に困惑しながら、翔太は取り敢えず家に入るように促して、背中を押す。
 やがて小さなテーブルに向かい合って座ると、美佳は意を決したように口を開いた。
「ごめんね。ご両親に紹介して貰ったばかりなのに、こんな話しをする私を許してほしい」そう切り出した美佳は、今まで自分がしてきた過去の行いを告白し始めた。
 つまり男から金を奪って、ずっと生活してきたという話しだ。
「あなたと離れたくなかった。けど、いつかあなたが私のしてきた事に気付いた時、きっと私を許さないと思った。だから今日話してしまおうと決めたの……」
「ごめんなさい」彼女は何度も謝っては、嫌われるのは覚悟の上だと泣きじゃくった。
 自分に近付いたのも、確かに初めはお金が目的だったと言う美佳。
「でも今は違うの。信じてもらえないかもしれないけど、翔くんの事を好きになって、私は変わった気がする」
 美香は涙を拭ってから少しだけ微笑んだ。「これで私の話しはお仕舞い……」
 なるほど……。口を挟まずにすべてを聞き終えた翔太は、出逢った頃の彼女の不自然な行動を思い出していた。
 明らかに気のなさそうだった彼女が、突然積極的になった理由を聞いて、内心苦笑する思いだった。これまでにもそういう女は何人かいたが、彼女のそれはあまりにもあからさまで、口にはしなかったが半分折込済みで考えていたのだ。
 彼女がたったひとりで生きていくのに選んだ道は、当然褒められる物ではなかったが、きっとそうするしかない時期もあったんだろうと想像出来た。
 彼女の告白に驚かなかったと言えば嘘になるが、どこか普通に生活していないように感じていたのも確かだった。もっとも告白はそれ以上の内容だったが……。
 わざわざ話すのだから彼女の話しは本当なんだろう。そして自分の財産には手を付けていない。
 でも今の彼女を信用していい物なのか? 確かに彼女は途中から変わり始めた。恥じらいというか、遠慮というか、そういう何かが彼女の雰囲気をより魅力的に変えていた。
 それが自分に恋したからなのかは、正直分からなかった。
 ……いろんな想像が頭の中を渦巻いていた。でも、それでも翔太は彼女を突き放す事が出来なかった。
 彼女は自分を好きになってくれたという。でも翔太は出逢った時から彼女の事を好きになっていたのだ。これで相思相愛になれた事を考えれば、彼女の過去など見なかった事にすればいい。
 バカな男だと笑われる事になるかもしれないな。そんな考えが頭を過(よぎ)った。
 何も言わない翔太を見て、突然立ち上がった美佳が、「さよなら」を言おうとしたのが分かった。
 翔太はそんな彼女の手首を掴んで引き留める。
 そして項垂れる美佳の身体をきつく抱き締めると、再び彼女の目から涙が溢れ出した。

 ***

 翔太に後悔はなかったが、ひとつ気になる事があった。
 後日、興味本位を装って彼女のこれまでの手口を聞いた翔太は、そのずさんな後始末に不安を抱き始めていた。彼女はただ逃走しただけで、痕跡を残し過ぎていると思ったのだ。
 そこでこっそり美佳の周辺を調べる事にした。
 調査の過程で被害者の男達の事を知ったのは本当に偶然だった。調査対象は美佳を追い続ける彼らにも広げられ、その生活を探っていく。
 一方翔太はデータが揃うまでの間、彼らに大人しくして貰う方法を考えていた。

 コミニティは閉鎖し、被害者の男達のパソコン、携帯に残っていたデータは消去した上、ウィルスまで感染させておいた。
 彼らの部屋に侵入して、美佳に関する物が見付かれば処分するようにも言ってあった。全てを消し去るのは無理かもしれないが、思い付く限りの手は打っておいた。
 もちろんすべては非合法なやり方だ。
 しかしこれで仮に美佳の件が発覚したとしても、データの復旧は困難で、証拠となるような品も出てこないだろうと思った。
 
 警察が来たと思って飛び出したあいつらを待っていたのは部下達だ。
 暴力団と付き合いのある総会屋の妻を犯した犯人として、さぞひどい目に遭った事だろう。 実際女を集団で凌辱したのだから警察にも届けられまい。
 何より美佳の件を追及しようという気持ちが削がれたに違いなかった。

 翔太の会社は、実は美佳が思っている様なまともな会社ではなかった。裏の仕事をする人間を抱えている様な会社なのだ。
 人を動かしたのは翔太だが、実行したのはまったく別の人間だった。

 もうあいつらに狙われる事もないだろう。
 愛しい美佳……。自分の胸に顔を埋めて眠る彼女の髪を翔太はそっと撫でた。

そして私は恋におちた

そして私は恋におちた

男に取り入って生活費を稼ぐ美佳はここの所連戦連敗だった。仕方なくバイトしていた美佳は、そこで声を掛けてきた男に恋に落ちてしまった。 (性的な表現が含まれています。苦手な方はご遠慮ください。)

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登録日
2013-11-27

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