あの日、あの時の夢の果て
初なので試し的にありがちな恋愛系を書いてみました。
数十年前くらい昔だっただろうか。
俺がまだ小学生くらいだったときだ。その時の俺は、ただ漠然と夢は頑張ればきっと叶うんだなんて酷く安易で、子供らしい世の中への楽観と希望を持っていた。
けど、そんな小学生の時の夢なんてのは中学、高校と上がっていくにつれどんどんと薄れて、ついには諦めてしまった。
そのまま社会に何となく夢もなく出て、働なくちゃとただ漠然と思って入ったそこまで有名でもない地元でのみ有名な程度のローカルな会社に勤め、特に好きでもない女性に告白され、何となく付き合って別れて――そんなどこにでもあるような代わり映えのしない生活をしながら毎日を惰性で過ごしていた。
「これ……」
その日、珍しく上司から『有給を使え』なんて言葉を貰った俺は、久しぶりの休みでする事があるはずもなくチマチマと賃貸している自室を漁っていた。
勿論、借りている部屋なんかも働いている会社でも余裕で返せるようなそこそこ中堅程度のマンションだ。
そんな部屋を漁っていた訳で、たいした物も出るはずがないと踏んでいたのだが、ベッド下というエロ本を隠す場所の定番のような場所から一冊の本が出てきた。
「卒業アルバムか」
「珍しい物が出てきたもんだな」なんて軽口を叩きながらいつの時の卒業アルバムかを見る。
俺の卒業校の『白山小学校』なんて名前が見えるので、本当に昔のアルバムであるのが見える。
「ま、見てみるかな」
そう言いながら俺は懐かしい気持ちを感じながら当時集まって撮っ卒業写真を見る。
俺も勿論のように子供らしい幼い顔立ちをしている。
本当に懐かしいメンバーだ。昔仲がよかった友達や、今でも交流がある親友。
そんなメンツが見える中で一人、目にとまった女の子がいた。
俺の真横に並んでピースをしている女の子だ。
「この子、確か――」
俺は記憶を手繰り、この女の子の名前を思い出す。
幼少時、毎日のように遊び、毎日のように家に招いた女の子。
確か名前は――
「篠山彩香(しのやまさいか)……」
――そうだ。
篠山彩香だ。確か夢はモデルだとかそんな事を言ってたはずだ。
高校中盤まで俺と同じ高校にいたのに、モデルになるために東京に上京したはずだ。
幼なじみというのを省いても、本当に美人だったはずだ。
「あいつ、どうしてるんだろうな」
俺の生活は、仕事ばかりに打ち込み続け、大してテレビも見ない生活だ。
最近は新しい企画だとか、そんなそこそこに大きな仕事があったため余計にそういう話は分からない。
彩香はモデルになれたんだろうか?
子供の時の夢を叶える事が出来たんだろうか?
そんな事を期待しながら、反面なれるわけがない、子供の時の夢なんて叶うはずがないと思っている自分もいる。
「ちょっと連絡とってみるか」
最近は申し訳程度にしか触ってもいない携帯のアドレス帳を開き、篠山彩香で登録してある電話番号をコールする。
短いコール音の後に長めのコール音が二三回鳴り、なにか切り替わるような電子音が聞こえ、音声が聞こえ始める。
『留守番コールセンターです。ご用の場合はピーッと鳴りました後、用件をお伝えください』
どうやら今は出れない状況らしい。
『そう簡単には電話に出ないか』なんてそんな事を思いながら俺は何となく留守番に伝言を残す事にした。
「もしもし、青崎だけど。なんとなく電話かけたんだけどモデルになるってあれ、どうなったんだ? テレビとかあんまり見ないからさ、よく知らなくて。また、返せるんだったら今日中なら暇だからかけてくれよ。それじゃ」
軽くそうとだけ言って電話を切る。
無機質な電子音が鳴り響き、また部屋を漁る気分にもなれず、俺はベッドに倒れ込む。
見慣れた天井だ。いつもよく見た天井。
あまり眠くもないのに、ベッドで横になると不思議と眠気がわいてくる。
次第に目の前が霞んできはじめ、ついにはまぶたが開けられないほどの重力を帯びているかのようにどんどん閉じていく。
少しだけ寝よう。
そうとだけ思うと、俺は眠気に負けて意識を手放した。
――――――音が聞こえる。
一定の音が延々と鳴り続けるような、そんな音。
昔は聞き慣れたような懐かしい音だ。
例えるならば目覚ましのアラーム音のようなそんな音というべきか。
「……ん?」
意識の底から急速に引き上げられるような、そんな言いがたい感覚を感じ、俺は目を覚ました。
真横からは携帯のコール音のような音が聞こえる。
誰からだろうか、などとそんな事を思いながら折りたたみの携帯を開く。
画面には『篠山彩香』という名前が見える。
どうやら本当にかけてきたようだ。
ふと、時計を見れば二時過ぎくらいだ。
どうやら三、四時間ほど寝てしまったらしい。
「……もしもし」
つい先ほどまで寝ていたからか、少しいつもより音程の低い声を出してしまう。
『もしもし? 和也であってる?』
五年前ほどまで聞き慣れたような声が電話越しから聞こえてくる。
可愛い声というわけではなく、どちらかと言えば凛々しい系統の声だ。
「ああ、合ってるよ。久しぶりだな彩香」
『うん。数年ぶり、で良いのかな? すっごく懐かしいよね、元気してた?』
電話越しから聞こえるうれしそうな声に、思わず俺も頬を緩ます。
昔から何も変わらないような、いつも会っているようなフランクさが込められたその声に親近感も同時に感じる。
「ああ、そこそこに元気だぞ。仕事もそこそこやっていけてるしな」
『へぇ、仕事? 仕事ってなにやってるの?』
「地元で有名だった企業あったろ? 今そこで働いてるんだ」
『小学校の時言ってた『警察官になる』って夢はどうなったの?』
少し残念そうな声色を出して、俺にそんな事を聞いてくる。
懐かしいような、小学生の時に言った夢だ。
高校になって、進路を決めて。そんな過程の中でその夢は諦めてしまい、今に至っているのだ。
でも、今はこれでよかったとも思えている。仕事を任せられるようになってからはそこそこに充実感のようなものを感じれているからだ。
「就職するときにスッパリ諦めたよ。でも、今はこの仕事になって良かったかもって思ってもいるんだ」
『そうなんだ。今で満足って事?』
「そうだな。そこそこに満足してる。いつかはもっと上の人間にもなりたいけどな。で、彩香の方はどうなんだ? モデル、実際になれたのか?」
『うん。今は読モしてるんだよ。いつかはテレビにも出れるような有名なモデルにもなりたいんだけどね』
彩香の夢が叶っている――そう聞くと、うれしく思う気持ちと同時に多少のやるせなさを感じた。
俺ももっとがむしゃらに頑張れば夢が叶えられたんじゃないかという多少の後悔だ。
醜い感情だ、そう思う。頑張れば出来たんじゃないか――なんて言うのはやらなかった人間の希望的観測であって実際にどうなるかは分からない。第一、そんな感情を感じるくらいならそれを感じないように普段からがむしゃらに、先の事なんて考えなければ良かったのだ。
失敗を考えて失敗を恐れて、夢を諦めた俺にそう思う資格なんてありはしないのだ。
「そうか、おめでとうだな。都会も大変だろうけど、よく夢に近づけたよな」
『ありがと! ……で、今からなんだけど時間ある?』
「ん? なんでだ? 彩香は今東京なんだろ?」
『ううん。今久しぶりに実家に帰ってて地元にいるの。久しぶりに会いたいからきてくれない?』
タイミングの良さに思わず驚いてしまった。
こんなに都合良く、たまの休みに重なって帰ってくるなんて事があるとは全く思っていなかった。
「わかった。じゃ、今から行くから十分くらい待っててくれよ」
『うん。それじゃ、また後でね』
そんな彩香の言葉を聞く前から軽く準備を始める。
服を部屋着からアメカジ系の私服にに着替え、ワックスで頭髪を軽く整え、車の鍵を持ち家から出る。
鍵も忘れずにしっかりと閉め、階段で三階分程降り、車を駐めてある二階の駐車場に向かい、最近奮発して買った日産のGT?Rに乗り込む。
普段金を使う機会が少ないので、普段移動に使うくらい良い物にしようと購入したのだ。
だいたい、残りの借金が四百万近くあったりするけど、月十万くらい返しているので後四年もあれば返済終了するだろう。
そんな青のカラーリングのGT?Rを運転し、見慣れた町中を走っていく。
不思議と高揚感を感じながら、意気揚々と言うほどの軽快な心持ちで車を走らせる。
久しぶりに幼なじみに会える事がうれしいのだろう。
なにせ、昔からよく知っている仲だ。
どのぐらい変わったのか、それが気になるんだろう。
「ん、もう着くのか。早いな」
目の前に見えた彩香の家を見ながらぼやく。
よく見れば、家の前で突っ立っている女性がいる。
薄めの茶髪に、活発的な雰囲気のロングヘアーの女性。
顔立ちは凛々しい美人と言った感じだが、雰囲気が活発なのだ。相反する印象だが、不思議とおかしさは感じない。
染めたんだろう茶髪も、割と違和感なく似合っているし、黒髪の時と大差ないようにも思える。
「よ、彩香。なに家の前で突っ立ってんだ」
家の前で突っ立っていた彩香の前に車を止める。
割と綺麗に駐められ、個人的にはそれだけでうれしい感覚を感じる。
「あ! 和也が乗ってた車なの!? へぇ、良い車にのってるのね?」
「まあな。これしか買う物無いしな」
「これしかってほかにも色々あるんじゃない? プレゼントとかだとかそんなん」
「あ? 俺誰とも付き合ってないから買わなくて良いんだけど?」
車のエンジンを切り、鍵を抜きながら言うと何故だか驚かれた。
今、この年で彼女の一人もいない事を馬鹿にしているのだろうか?
もしそうだとするなら、東京に上京してから彩香は性格が酷く悪くなったようだ。
「意外ね?。モテそうなものなのにね」
「なんか気分乗らないから付き合ってないだけだ。付き合ってもすぐ別れるしな」
男友達だとか、そういう仲間には遊ぶだけ遊んだ方が良いなどとかをよく言われるのだが、なぜだかそういう気分にならない。
どうにも好きという感情が分からないのだ。
だから、告白されても保留だし、乗り気にならず断ったり、付き合ってもやっぱり違うと思って別れる。
優柔不断、こんな言葉がふさわしいのかもしれない。
「へえ。とりあえず、ご飯食べに行きましょ。ほら、もう一回乗って乗って」
「ファミレスで良いよな?」
車にもう一回乗り直し、エンジンをかけ直して車を出す。
彩香は助手席に乗って、せわしなく車の中を見ている。
そんなにこの車が珍しいんだろうか? 高い車というだけならフェラーリやマクラーレンなどほかにも色々あるはずなのに、おかしなヤツだな。
なんてそんな事を考えながら運転に集中するようにする。
「ねえ。和也?」
「どうしたんだ?」
「私ね、ここ一ヶ月くらいはこっちにいるんだ。モデルの仕事、今実は休業中でね。なんかよくわからなくなっちゃってて」
耳を少し傾けながら話を聞く。
悩みの相談らしい。それも、どうやら結構悩んでるようだ。
夢を叶えた側には叶えた側の苦労、みたいなものがあるらしい。
「何が分からなくなったんだ?」
「本当にこれで良いのかなって」
「モデルの事か? それなら、今まで通り頑張ればいい。彩香ならきっと有名になれるだろうしな。ほかの事なら、少し言ってみてくれ」
彩香の声が止まる。
言うべきか、言わないべきかを考えているんだろう。
「……なら話すね。えっと、今までずっとがむしゃらに走ってきたんだけど、読モも決まって少し余裕が出来てから思ったの。もし、このままで終わっちゃったら私が今まで頑張ってきた理由なんて無いも同然なんじゃないか?って。私が頑張ってきた十数年なんて意味の無いものなんじゃないかって」
「意味なくはないだろ。彩香は頑張っただろ? 充実した生活じゃなかったのか? なにもない怠惰な生活だったのか?」
「ううん。充実してた」
「なら、彩香の十数年は意味があったんだろ。それに、意味とか探して生活してるヤツなんてそうそういないだろ」
俺なんてそんな事一度も考えた事無いしな。
むしろ、そんな発想すらなかった。そんな考えを思いつく方がよっぽどすごいと思ってしまう。
「……うん、そうだね。ありがと和也」
「どういたしまして。で、悩みはそんだけだったのか?」
「ん?、あとはそうだね?。相談できるような内容ではないかな」
「彼氏だとかそんなんか」
…………お。ファミレス見えてきた。
とか、そんな事を思いながら話を流しながら聞く。
「いやいや、彼氏とかいないから。好きな人はいるけど」
「へ?。東京で会ったヤツとか?」
「いや、地元のだよ」
やっとファミレスに着き、駐車する。
車が傷物にならないように、しっかりと気をつけながらだ。
我ながら話しながら良く出来るもんだ、だとかそんな事を思う。まあ、普通なのかもしれないが。
「で、誰って?」
駐車し終えたのでしっかりと彩香の顔と目を見る。
よくよく考えれば、男女が二人きりという状況で少々ドキマギする。
甘い香りがして、それが更に拍車をかけて車内の空気を重くさせているような気もする。
「ん……」
そして、彩香は静かに前方に向かって指を……
……?
もしかして、俺なのだろうか?
いや、早とちりは待つべきだな。
「それってまさか俺だったりする?」
「うん……」
鼓動が早くなるのを感じる。
感じた事の無いような感覚だ。
「お、おう」
なぜだかどもってしまった。
なんでこんなに緊張してるのか分からない。
いつも軽く返事を返しているのに、なんで今回はこんなに緊張しているんだろう?
これが俗に言う好きってヤツなんだろうか?
未だにこれがそうなのかは分からないが、彩香といればいつかは分かるような……そんな気がした。
「好きってのはよく分からないけど……、俺と付き合ってくれないか彩香?」
車の中で告白をする。なんだか奇妙な感じだ。
「うん、よろしく和也」
そう言って手を伸ばす彩香の手を取る。
すごく嬉しそうに、けど少し泣きそうな彩香の顔がひどく印象的だった。
あの日、あの時の夢の果て