悠々勇者

 魔王の復活を止めるため、俺は急遽羽田に降り立った。
 飛行機は定刻通りに到着していた。
 なんてこった、これじゃあ早すぎる。俺は時間を潰すべく、カフェの席に腰掛けた。
「ハンバーガー、大盛りで」
 魔王復活の一報はtwitterで流れていた。気がついたのは俺くらいのものだ。
 どんな奴なんだろう。だが復活させるわけにはいかない、寸前で阻止する。それが一番効果的だからだ、嫌がらせという意味で。
 だが復活までにはまだ時間がある。
 事前の情報では、午前0時5分とのことだった、まだまだ半日はあるわけだ。
 腹が減っていては、魔王の必殺技を5~6回喰らったところで力尽きる可能性もあるからね、きっちりしておかないと。
 ふとスマホを見ると、ハンバーガーの割引が配信されていた。
 しまった、使いそびれてしまった! ちくしょう、この恨みは魔王にぶつけてやる。
 俺は決意を新たにした。

「腹も膨れたし、そろそろ行くか」
 と、俺はマンガ喫茶に向かった。
 これは単なる時間つぶしではない、さらなる情報収集と精神集中のためなのである。
 インターネットからの情報収集は、いまどき幼稚園児でもやっていることだが、俺くらいになると簡単に魔王の弱点も攻略法もわかってしまうのである。
 簡単なことだ。俺のキーワードはいつだって適切だ。「魔王」「弱点」、これだけだ。あとは俺の魔法の指がクリックすれば、たちどころにわかる、一瞬だ。
 どうやら魔王の弱点は、娘にねだられると何でも買ってしまうことらしい。
 おかげで魔界の財政は火の車、その責任を問われて、嫁の手により娘とともに封印されたとのことだ。そう、まとめサイトに書いてある。
 なるほど、これを利用すればいちころだろう。過去の勇者はこの事を知らなかったはずだ、だが俺のこの神の右手が瞬時に勝利を引き寄せたのだ。
 これで対策は万全だ。
 だがまだ時間がある、どうやら俺の仕事は早すぎるようだな、優秀過ぎるのも罪、そういうことか。
 俺は仕方なく数多の勇者の戦い方を学ぶべく、マンガを読みふけった。
 主にハーレム系が中心だ、ハーレム系には勇者が満載、これは俺のみが知る真実だ、他の者には理解できまい。
 俺は1冊5分で次々に読破していった。

 お、もうこんな時間か。
 パソコンの時計はすでに10時を回っている。
 俺は会計を済ませ、マンガ喫茶を後にした。
 はあ魔王かあ。なんかめんどくさくなってきたな、別に俺が復活を止めなくても誰かが止めるかもしれないし。それに復活したとしても大して問題ないのかもしれないしな、意外にいいことをするのかもしれないし。
 でもまあ、一応行っておくかな、イベントとして見るだけでも。
 俺は復活場所として記載されていた立川に向かうことにした。
 そこそこ真剣に迷ったが、ここで帰るのもなんだしと思い。
 しかし、都心からは結構遠いよなあ、でもまだ時間はある、間に合うだろう。
 俺はJR中央本線・高尾行に乗り込み、シルバーシートではない席に腰を下ろした。
「はー」
 車窓はもう真っ暗だ、それを見ていると眠気がこみ上げてくる、でも寝過したら、いや、そのときはそのときだ、へへ、へへへ。

 はっ。
 と気がついたら国分寺だった。
 なんだ、寝過ごさなかったじゃないか、まったく高尾だったらそれはそれで登っちゃおうかななんて思っていたが、いや真夜中だけど。
 立川に降り立つと、11時半を回っていた。
 復活場所は駅前のバスターミナルとのことだった。
 よし、間に合ったな。俺は改札を通り、バスターミナルへと向かった。
 しかし、魔王も大胆不敵なものだ、自衛隊駐屯地の間近で復活とは。
 恐らく通常の戦力など敵ではないということなのだろう。
 だが俺にかかればいちころだ、なにせ俺の右手には先祖代々受け継がれたとてもミラクルな力が宿っているのだ。まだ真の力は解放されていないが、徐々に力が高まっているのがわかる。
 うおっ、うおおっ、危ない……、もう少しで暴走するところだったぜ、いやあ、だがこれも俺の宿命かな。
 バスターミナルは、帰宅途中のサラリーマンがひっきりなしに通って行く。
 飲んでいる人、飲んでいない人。最近は不景気だ、飲んでいる人はそんなにはいない、一時に比べれば半分以下だな。
 まあ、ここに来たのは初めてだけど、何となくそんな感じだろう。
 お、そろそろじゃないか。よし、精神集中だ、力をため、先制攻撃で一気にカタをつけてやるよ。
「今だっ!」
 俺は大きな声を出した。
 やばい、じろっと見られた、いや、でも、魔王は、魔王はどこに。
 0時5分をまわっても、特に変わったことはないようだ。
 ガセか!? ガセなのか?! いや、時間が若干ずれているということもありうる、いわば遅刻だ。まったく魔王ったら、どういうことだよ、社会人失格だな。
 仕方ないもうちょっと待ってみるか、うう、結構冷えるな。
 10分ほど待ってみたが、特に変わったことは起こらない。なんだよ、こんなことならマン喫で徹夜した方がましだったよ、まったく。
 俺は憤りを感じ、傍にいた気の弱そうなサラリーマンを睨みつけた。
 おそらく鬼の形相であっただろう、俺の眼力はちょっとやそっとじゃ真似のできない領域に到達していることは俺自身自覚していた。だから普段はそんなことはしないが、今日はわざわざ飛行機まで使ったわけだから仕方がない、仕方がないじゃないか、お勤めごくろうさまです、そう思いながら。
「なぜ……、わかったのだ……」
 サラリーマンは言った。
「え、いや、なんのことでしょう」
「パパ―、遅いよ。ケーキ買ってくれるって言ったじゃない」
 そこへ、10歳位の女の子がやってきた。
「あ、いや、すまん。今日はちょっと、もう遅いし、早く帰ろう。で、では、失礼いたします」
 サラリーマンは、そそくさと女の子を連れて立ち去ろうとした。
 ここで、俺の野生の勘がビビビッときたのだ、ビビビビッてね、やはり俺は選ばれし者。
「貴様っ、魔王だな!」
「いっ、いえ、違いますけど……」
 サラリーマンは鞄で顔を隠した、ふふっ、決まりだな。
「ずいぶんと地味な復活劇じゃないか、危うく見逃すところだったよ。しかし、残念だったな、即あの世行きだよ」
 俺は、ゆっくりと、自信に満ちた足取りでサラリーマンに近づいた。
「ちょっとなんなんですか、あなた」
 女の子がつっかかってきた。
「ふふ、魔王の娘よ、安心しろ。貴様も一緒に始末してやるよ、仲良く成仏しな」
 俺は、ゆっくりと右手の封印を解いていった、心の中で。

 パシ!

 女の子にビンタされた。結構効く、だがっ、俺はそんなことではびくともしない、たとえアントニオ猪木のビンタでも、翌日にはピンピンしているだろう、最悪でもその程度だ。
「こら、お前は下がっていなさい――ここまできたら、仕方がありませんね」
 サラリーマンは、意を決した表情で女の子を下がらせ、俺の目をじっと見つめてきた。
「くっくっく、やはりか。望むところだ、やってやろうじゃないか、魔王! ここがお前の墓場だ! 首を洗って待っていろ!」
 目の前の相手に言う言葉ではなかったかもしれない、だが俺は言いたかった、これだけは言いたかったのだ。
「私もそこまで言われて逃げ出すほど落ちぶれてはいませんからね」
 サラリーマンは、上着を脱ぎ、鞄とともに地面に置いた。
「さあ、きなさい、勇者よ!」
「言われなくてもやってやるよ、魔王、天国へ、いや地獄へ、ああでも魔王には天国の方が地獄なのか、いやでもやっぱり地獄、いや天国、いや地獄、とにかくあの世に行きやがれ―!」
 俺はいきなり超必殺技、ギャラクティックエクスクラメーションファンタジアを繰り出した、傍目にはただのパンチだが、わかる人にはわかるはずだ。
「おっと」
 サラリーマンは間一髪で俺の超絶必殺技をすり抜けた、本当にほんの数マイクロメートルというところで、あと0.00001秒早ければ完全にやつの顔面は吹っ飛んでいたはずなんだ、本当だ、これは本当のことなんだ。
「全然大したことありませんね、焦って損しましたよ」
 サラリーマンは苦笑した。
 はったりだ、俺は確信していた。なぜなら次の一撃で決まることは、もはや確定事項だからだ。
「まったく動揺を隠し切れていないんだよ、魔王さんよ! 本当は逃げたいんだろう、はーっはっは。だが逃がさんよ、この俺の奥の手、これでジ・エンドだ!!」
「はあ? もうさっさとやってしまっていいですかね、早く帰らないと嫁さんがうるさいんで」

 一瞬の静寂、長いようで短い、そんな一瞬が過ぎた。

「うおおーーっ!」

 俺は放った、持てる力の全てを注ぎ込んで右足を真上に蹴り上げたのだ。
 その激しさは全国各地の白糸の滝ですら逆流させるだろう。風流に、あくまでも優雅に、それでいて気高く勇ましく、ちょっとニヒルな印象をも持ち合わせながら、野性味も感じさせる、そしてどことなく南仏の日差しを思い出させる、そんな銀河に咲いた一輪のカスミソウ、それが俺だった。
「終わったな」
 おれはゆっくりと魔王に背を向けた。

「はっ!」
「おお、目覚めたか勇者よ、死んでしまうとは情けない、そなたにもう一度機会を与えよう」
 気がつくと、目の前に王様がいた、王様直々に看病とは、いややはり俺クラスになるとそれくらい当然か。
 だがなぜだ、俺は魔王を倒して姫を救い出し、宿屋でいいことをしていたはず、それなのに。
「あ、あの、魔王は、お、俺、なんで、俺、死んだりとか、そんな」
「魔王……か……。実はな、勇者よ……」
 王様は、窓にかかったブラインドを指で開き、覗き込みながら話し始めた。
「これを見るがよい!」
 振り返ると、王様はブラインドを一気に上げた。
「なんてこった、これが、これが立川だっていうのか、そんな、そんなことって」
 そこには、一面の荒野が広がっていた、吹きすさぶ砂嵐。
「ここはアリゾナだよ、勇者よ」
 ああ、アリゾナか、それなら問題ないな、俺は素直にそう思った。
 なぜなら、ここは俺の故郷、そしてここは俺の部屋だからだ。
 実は気がついていた、だがそれではあんまりだと思ったんだ、大見得切って出ていって、いつの間にか連れ戻されていたなんて、勇者として、勇者として……、俺は………。
「どうする、勇者よ、復活の呪文を聞くか? 結構長くなるが」
「いや、いいよ、もう。俺は勇者を辞める、そして銀行に就職するよ」
「銀行か、この先も厳しい戦いになりそうだな」
「ああ、だが、決めたんだ」
 アリゾナの風は、激しく吹きつけ、俺の門出を祝っていた。

悠々勇者

悠々勇者

俺は勇者。魔王の復活を止めるべく、安くない飛行機代を支払って、遠路はるばるやってきた者だ。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • アクション
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-11-25

CC BY-NC
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