髭

父の頬ずり、痛かったのを私は未だに覚えている・・・。

 休日の朝、一緒に寝ていた妻は既に布団から出て朝食の準備をしている。私も眠い目を擦りながら、顔を洗うためと伸びた髭を剃りに流し台へと向かった。

顔を洗って、伸びた髭を手で触っていると、何故か妙な懐かしい記憶が頭の中に思い浮かんだ。

それは、私がまだ子供の頃、「とうちゃ~ん」っとよく父のもとに近寄っては、父の伸びた髭で、私の小さい頬に頬ずりをする懐かしい記憶であった。

どの家庭でも、よくありそうなごく普通の光景だが、何故だかこのとき頭の中にその記憶が思い浮かんだ。

 私の父は、小さな町工場に勤めていて働いている。どこにでも居るようなごく普通の父親だ。

性格としては、厳格という言葉とは程遠く、いつも母に言い負かされている物腰柔らかな父親だった。

ただ、妙に髭だけが伸びるのが早く、小さいときは父のもとに「とうちゃ~ん」と駆け寄ると、そのまま抱きかかえられて伸びた髭で、私の小さな頬に頬ずりをよくしていた。

 ある日、学校でいじめられている同級生を見かけて、その子を庇い、いじめっ子と殴り合いの喧嘩になった日があった。

いじめっ子の両親は自分の子供が怪我をしたとのことで、私の家までやってきて父に「うちの子に怪我を負わせてどうしてくれるんだ」っと怒鳴りつけてきた。

そこで父がとった行動は、一度、私に事情を聞いた後「父さんに任せろ」っと一言だけ言って、いじめっ子の両親とまた向かい合い

「息子はいじめられてる子が居たからその子を庇っただけだと言っている。」と言うと相手のいじめっ子の方を見た。

そのときは気づかなかったがおそらく父は、そのときの真実をいじめっ子の表情を見て判断したのだろう・・・。

子供は、物事を隠すのが下手なものだから表情に出てしまうから。

言い合いは、2時間近くにも及んだが向こうの両親も根負けして、帰って行ってしまった。

そんな父の姿を見たときは、物腰柔らかないつもの父とは到底私には思えなかった。

 またそれとは逆に、私がやんちゃをして学校の窓ガラスを割ったりしたときは、父は先生などに私の頭を押さえつけながら頭を下げて謝っていた。

父は確かに厳格ではなかったが、そんな父の姿が私には誇らしかったし、どこか尊敬をしていた。

 高校のときだったか、私は世に言う反抗期というやつで、夜遅くまで友達と遊んでいて家の帰りが遅くなることもしばしばあった。

母は「また、こんなに遅くに帰って」っと私を叱ったが、父は「夜遊びもなかなか楽しいもんだろう」っと言ってニッコリ笑っていた。

このことを思い出すと今でも笑ってしまう。夜遅く帰った息子に 夜遊びもなかなか楽しいもんだろうって言うもんかな普通・・・・。

あのときから思っていた父にはかなわないなって。

 まぁ、当の本人は今頃、朝のお茶でもすすっている頃だろう。

そんなことを思い出していると、私の息子が駆け寄ってきた「パパ~おはよう~~」 そのまま私は息子を抱きかかえて、伸びた髭で息子の小さな頬に頬ずりした。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-11-21

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