そして彼らは
ひどく乾いた空間に押し込められた私は考える。元より私は現在の様な姿であっただろうかと。私はすぐ側にいる同胞に声をかけた。
「よう兄弟、あんたも私と同じかい」
側にいたそいつはこちらを見向きもせず(もっとも、この密集率では身動きすらままならないが)答えた。
「よう兄弟、俺もまるきりお前さんと同じさ。俺だけじゃないぜ。ここいらにいるやつらは全員、同じ運命を辿るのさ」
すると同胞たちは我も我もとさざめき合い、暗い空間はほんのわずかにカサカサ鳴った。
「成程成程、ならば我らはまさしく運命共同体であるわけだ。しかし考えてもみたまえ同胞たちよ、我らは元来、この様な姿であっただろうか」
いささか哲学的とも思える私の問いに、空間内は静まり返る。無理もない。今現在このような姿であるなら、我らは生まれた時からこの姿であったかもしれぬ。しかし私にはどうしてもそうは思えぬ節がある。なんとはなしに、そう感じるのだ。
「そういやお前さん、一体どっから来なすった」
側にいた同胞が私に尋ねる。するとそいつに覆いかぶさるように重なった別の同胞が、私が答えるより先にずいと身を乗り出した。
「おいらはずっと南の方から来たぜ」
「そいつは全く奇遇だな、俺も確か南からだ」
「あったかいのは好きか」
「ああ大好きだ」
他の同胞たちも、我も我もとさざめき合い、暗い空間はカサカサ鳴った。
「こっちへ来たのはいつ頃だ」
「確かそうだな春ごろだ」
「秋にはまた南へ帰るつもりだった」
「そうさ秋には帰るつもりだったのだ」
「全体、どうしてこんな事になっちまったのか」
「全くだ、何故このような姿で、こんな狭っくるしい所に押し込められねばならぬのか」
銘々が身の上の不幸を嘆き始めると、乾燥していた空間はほんの少し湿っぽくなった。私のいる場所のずっと下の方で、何かがぶうと膨らむ気配がした。
「わしが若い時分には、よく仲間と群れを成して広い広い大海原を駆け抜けたものだ」
私の下にいた同胞が懐古し、静かに話し始めた。
「あの頃はよかった。皆がのびのびと生きていたし、今より脂が乗っていてぎらぎらしていた。皆活き活きと、青春を謳歌したものだ」
「そうだそうだ、こんなカサカサではなかった」
「もっとぎらぎらだった」
「今は皆、見る影もないな」
誰かの放った一言で、空間内はまたしんと静まり返った。
どこかでせっかちな啄木鳥のように、忙しなくリズムを刻む音がする。そしてチチチチ…とこれまた鳥の囀りのような音。気付けば空間内はどこか緊張感が漂い始めていた。
「…我々は敵の罠にかかったのだ」
誰かがそう呟く。
「そうだ、我らが温暖な場所を求めて来たところに、先の敵襲を受けたのだ」
「あの時も、こんな具合に身動きがとれなかった」
「我らは捕らえられたのだ」
そうだ。厳しい冬を生き延び乗り越えてきた我らは誇りをもって生きてきた。我らには脈々と子孫を残すという使命があった。
だが私を含めここにいるのは全員、その志半ばで終わったものたちばかりだ。
「ああなんと屈辱的である事か。捕らえられ、晒しものにされ、身を剥がれては炎天下の中で幾日も日干しにされたのだ」
「我らはみるみる干乾びた」
「嗚呼あの時は辛かった」
どこからともなく聞える、すすり泣くような声に、己がゆく末を嘆く声。いつしかここは絶望に満ちた空間と化していた。まずい事になった。私は自らが提示した疑問によって、同胞たちを絶望へと追いやってしまった事に罪悪感を感じた。
突如、けたたましく鳴きじゃくる蝉のような音と、金属の擦れ合いぶつかり合う音とに、全身電流が走った。皆体を強張らせて、今はもうカサカサとも鳴らない。
「終わりだ。もうお終いだ。我らの最期の時がやってきた」
若かりし頃を語った同胞は小さく、しかしはっきりとつぶやく。誰もが自らの人生の終わりを悟った。皆体を強張らせて、今はもうカサカサとも鳴らない。
「…皆聞いてくれ。私の提示した愚問の所為で、皆には大変辛い思いをさせてしまった。ひどく申し訳ない。ああだからこそ聞いてくれ、我が同胞、こ れから迎える運命を共にする兄弟たちよ。君たちの話を聞いて思い出した。我らは真、かつてはひとつであったのだ。冬を乗り越え、大洋を渡り、己が使命を全うすべく生きてきた誇り高きかつての勇者たちよ。今は敵の手に落ち、この様なまるでおがくずのような身に成り果てようとも、我らがかつて勇者であった事に変わりはない。だがどうだ。これから迎える最期を、勇敢なる諸君らはみっともなく嘆き、断末魔の叫びをあげながら朽ち果てるのか。それは本当に勇者として誇らしい末期と言えるのか。否! それだけは断じてあってはならない! 我らは後世に子孫を残すという大命を遂行できなかった身だ。しかしならばこそ、自らの人生の最後くらい、誇り高く散ろうではないか!」
熱の篭もった私の言葉に、最初は圧され気味であった同胞たちも、話し終わる頃には誰もが昔の栄光をその身に讃え声を上げた。それに答えるように、突然頭上から眩しいほどの光が降り注ぐ。
しかしその光がすぐ何者かによって遮断されたかと思うと、おもむろに体がふわりと浮いた。下にいた同胞たちの姿はみるみる小さくなり、皆別れを惜しむ声とも、鬨の声とも取れる声を上げて天を仰いでいる。
「さらば、さらばだ同胞たちよ! どうやら私は一足先に逝かねばならぬようだ。しかし私は恐れはしない。ここにいる、最期の時を共にする同志たちとてそうだ。なにも恐れはしない!嗚呼さらばだ兄弟よ! 来世で再び!!」
どんどん小さくなっていく同胞たちに向かって、私は声の限り叫んだ。そしてこれから運命を共にするものたちに向かって最期の激励を与えた。
「さあ逝こう同志たちよ。我ら最期の戦場へ。さあこれからが見ものだ。あの地獄の業火に焼かれながらも、最期の最期まで誇り高く、今ある生を全うしようじゃないか」
宙高く舞い上がった私たちは、立ちこめる熱気に誘われて、はらはら、はらはらと舞い落ちる。
さあ今に見ていろ観客たちよ。我らの命の煌きを。
それがたとえ運命のいたずらに翻弄され、踊らされているだけのちっぽけな存在でも、最期まで今ある生を全うし、この身が爛れて朽ちるまで、誇りを持って踊ってみせようではないか!
そう、この…幾層にも生地が積み重ねられ、お好みソースとマヨネーズが織り成す何とも芳しい香に包まれた、最高の舞台の上で。
(了)
そして彼らは