ささやかなおまじない

山向こうへお使いを頼まれた男の子は、
途中で罠にかかっていた狐を助けていたこともあって、
大人なら半日で超えられる山を半分来たところで、
太陽も落ち日が暮れてきていた。

丁度見える先に小さな小屋がある。
そこで朝まで厄介になることにした。

中には誰もいないし埃がたまっている。
数年は使われていないように思える。
風が冷たくしっかり戸を閉めてしまうと、
明かりがまるで入らず真っ暗。
さっさと眠って朝になるのを待とうとした。

疲れのせいもありすぐにうとうとしだすが、
トントントン。
トントントン。
外から戸を叩く音が聞こえる。

目を開けるが当然暗闇しかない小屋の中から、
戸を叩いている者の姿はおろか、
どの位置から叩かれているのかすら見えない。
それでも返事をすると向こう側から戸が開いた。

「おや、こんな真っ暗な中小さな子が一人かい?」

もうすっかり暗くなっている中をおじいさんが、
一人歩いて来たのだろう。
一人前の大人ではない二人にとっては、
半日で超えることは難しい。

「父上が病の為、
となり村にいる知り合いのところまでお使いです。」

「それは関心関心。
しかしこんなところで一人というのはまずいのう。
夜になるとこの辺りは夜行性の連中が、
さまよい出すからのう。
何があっても戸を開けてはならんぞ。
けっして開けてはならん。」

元々朝まで出る気もなかったから特に気にせず、
早く眠りたかった。


再び静かになると小屋の外に足音が聞こえる。
さっき行っていたことは本当だ。
次第に数が多くなり小屋を取り囲むように、
無数の足音が聞こえる。
これでは眠るどころではない。
もしも戸をぶち破って入ってきたらどうする。
もっとしっかり閉めておくべきだった。

少しでも様子を確かめようと戸に近づいて、
ほんの少しだけ開けてみた。
するとギョロッと光る怪しい目が見え、
驚いた拍子に戸を閉めた。

そしてさっきのおじいさんの言葉を思い出す。

けっして開けてはならん。

その意味がようやく分かった。
一歩でも外へ出てしまえば命の保証はない。
獣道の途中に建てられた小屋だから、
もう何年もの間誰も利用することがなかった。

心臓の音がドキドキと聞こえる。
こんな状態では朝まで持ちそうにない。
心細くなったこともあっておじいさんのそばへ行こうと、
声を掛けてみるが反応がない。
もう眠ってしまっているのだろうか。

手探りで小屋の中を回ってみるが、
どこにもおじいさんの姿を見つけることができない。
そうこうしているうちに小屋を叩く音があちこちから聞こえる。
どう考えても人のものではなく、
さっき見た目の持ち主たちに違いない。

今にも戸を破って入ってきそうな勢いだが、
どうすることもできない。
何もすることなくジッと朝になるのだけを待った。


すると途端に気配が消えていく。
それまでずっとバタバタと走り回る音や、
ドンドンと叩く音がしていたのに、
パタリと音が無くなり静かな小屋へと戻った。

恐る恐る戸を開けてみると明るい日差しが眩しい。
そしておじいさんにも朝が来たことを伝えようと、
振り返っておじいさんを探したがどこにも見当たらない。
先に出たのかもしれない。
いないものを探していてもまた夜になると思い、
残りの道をせっせと下っていくと、
日が暮れる前に麓にある村へと到着して、
お使いのものを手渡した。

「言っていた数よりも油揚げが一つ少ないな。
途中で狐にでも馬鹿されたのかい?」

冗談のように笑いながらポンポンと頭を叩かれた。


あれは狐が騙しただけのことだったのだろうか。
それとも狐が恩返しをしてくれたのだろうか。
それから何度も山を往復したが、
男の子がその狐に出会うことはなかったし、
あの小屋に泊まってもおかしな足音は、
一度も聞こえてくることはなかった。

ささやかなおまじない

ささやかなおまじない

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-11-19

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